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その3 接敵とミキトの

 窓から見える景色は草原で、見たことのない――五本の指の様に伸びている――大きな木々がまばらに立っている。

 田園と森を合わせたようなそんな風景。建築物らしきものはなく、周辺に人影はない。


 ただし人型をした『何か』は、いた。


 三頭身の小さな子供ほどの大きさで、氷の天使と呼ばれるクリオネという生物に似ている。

 全身から淡い青色を放ち、ゆらりと動くたび錆びた車輪が回るような音を立てる。顔に当たる部分に表情はないが、何やら記号らしきものが一つ浮かんでおり、それがくるくる回ると感情を表す様に見えるのが不気味だ。


「なんだありゃ……お前のお友達か? もしくはお友達になりたくて来たとか?」

「変わった友人は間にあってるわ。あれは魔動魂(マジックドール)よ」


 明るい髪の少女が少し怒ったように答える。

 それは視界に入っているだけで五、六体。誰かに統率されているのか、等間隔に並びながら距離を詰めてくる。

 突然、それら全てが右手をこちらに向けた。同時にその手から青い光の矢が、俺たちのいる建物に向かって放たれた!


 当然、窓際にいた俺たちの方にも何本か向かってきた――そして一瞬覚悟もした――が、窓よりも手前に到達した瞬間、それらは音もなく四散した。

 まるで何かの防壁にでも当たったかのように。


「うおお……何今の。あれも魔法……なのか?」

「いいえ、あれは梱包されたマナを撃ちだしただけ。あの程度じゃ私の魔法障壁(マジックフォグ)は抜かれないわ」

「よく分からないがつまりクライムのカタトリオをオラトリアムなしでって事だな」

「なにそれ?」

「気にするな。こっちの世界の魔法だ」


 今の俺に分るのは、少なくともあの奇妙な人形は彼女らのお友達ではないし、握手ではなく危害を求めているという事くらいだった。

 軽く息を吐いたリーフは呆れたように俺を見つめる。


「ずいぶん落ち着いてるわね。異世界とやらやらの住民さん」

「ファンタジー小説なら図書館にもあったしな。腐る程読んだから知識だけはあるんだわ」


 と、軽口は叩いてはみたものの、現状に困惑していないはずもない。

 俺が恐慌もせず理路整然とできている理由。それは『言葉が通じている』所が大きい。


 彼女たちが話している言語は間違いなく日本語だ。多少イントネーションが若干独特な部分もあるが、津軽弁ほどずれてはいないなし、女子高校生語ほど難解でもない。

 何故同じ言語を話しているのかは分からないが、意思の疎通が滞りなく行われているのは大きく、それが俺を恐慌状態に陥るのを回避させているのだ。


「ファンタジーショウセツって何よ? ……まあいいわ。聞きたいことは山ほどあるけど、とりあえずアレらを片付けてからにするわ」

「同意だ。さっきの竜に焼き払って貰うんだな。分かります」


 竜と言えばファンタジー最強生物の一角である。相手にすれば――あの人形がどの程度の強さなのは図れないが――少なくとも無傷では済まないだろう。

 焼き払えーとか号令しちゃうのかな!


 と、一瞬ワクワクしてしまったのだが、俺が最初に見た竜は、今どこにも見当たらないことに気が付いた。


「ってさっきの竜はどこいったんだ? (しもべ)とか言ってたやつ」

「あれは初歩の屈折魔法(ルーチェンアハト)だから」

「ん、もう少し分かり易く頼む」

「幻影ってこと。実体はないわ」

「把握。つまり、割とピンチって事ですね」


 異世界にきて初めて見た竜がまさか魔法で作られた幻影だったとは。ちょっとショックである。ついでに解決策の一つが消えたこともショック。


「まったく。首都から離れた校外とはいえ、攻撃性魔法を使うことになるなんて。あとで始末書ものね」


 彼女はそう呟くと砕けた窓に足を掛け、外へと躍り出る。

 素早く軽やかなその身のこなしは、まるで豹のようであり、一瞬見惚れるほどの動きだった。


 外に出た人間の姿を認識して、奇妙な人形どもが一斉に彼女へ体を向ける。

 無論その動きは、友好的なものではない。彼女に向けた人形たちの手が、先ほど同様淡い光を放ち始める。

 だが、それを向けられた少女は全く動じることはない。


『ヘルムネラ=ツー=リーンリーフが言霊の始まりを告げる。それは仇為す者 真紅の導き嵐となりて彼の者へ 魂の棺を砕き閉ざせ! 発効(オーバー)!』


 彼女は少し離れた俺にでも聞こえる透き通った声で、何かを言い終え、右手を天へかざす。

 人形たちが青い矢を放つとほぼ同時に、少女の身体の前に赤い炎の渦が巻き起こる。

 その渦は一瞬で五本の炎の鞭となり、まるで意思を持つかのように飛来した青い矢に向かっていく。

 炎の鞭に弾かれた青い矢は、方向を変えて飛ぶことはなく、その場でりんという音と共に消え去ってった。


 彼女の周りをうねって全ての矢を霧散させた炎の鞭は、そのまま対峙していた五体の人形へと向かっていく。

 逃げようとした人形を逃すことなく、蛇が獲物を締め殺すように巻き付いたその瞬間! 轟音を立てて人形ごと爆散した!


 熱風が顔に吹き付けられ、俺は思わず腕で覆い目を閉じる。

 目を開けた時には……5体の人形は跡形も残らず、文字通り消し飛んでいた。


「すげぇ……」


 思わず俺の口から感嘆が漏れる。

 今のは間違いなく魔法だ。俺が脳内で想定していた魔法そのものだ。


「炎系魔法です。ふふ、炎の精霊が好む言霊をリーフは熟知しているのですよ。だってこの間なんか……」


 隣からお嬢様(長ったらしい名前だったが確かマリナ)が、別に聞いてもいない事をニコニコと説明し始めてくれる。襲われているってのに随分呑気である。

 図太い神経……というより、多分天然なのだろう。


「魔法ってのは、誰でも使えるのか? 何か特別な才能が必要とか?」

「いいえ、そういうものは必要ありません。体内に僅かな種火のマナさえあれば誰にでも使えます。極稀にない人も、その、いるのですが……」


 そう言って僅かに顔を伏せるお嬢様であったが、俺にしてみれば「誰にでも使える」という部分さえ聞ければ良かった。

 それはつまり! この俺にも使えるという事である!

 俺が一人興奮していると、大きく息をついたリーフが振り向いて声を張り上げる。


「ご無事ですか」


 もちろん俺に向けたものではなく、隣にいるお嬢様に対してだろう。マリナお嬢様が軽く手を振ると、リーフは安堵するような微笑みを浮かべる。


「今のうちに首都(アラント)へ戻りましょう。新手がこないとも限りません。未来視で見た正体の捜索はまたいずれにしましょう」


 俺たちの所まで歩いて来た時には、既に笑みはなく険しい表情になっている。どうやらこの二人がここにいる理由は何かの探索のようだ。


「了解だリーフ。そうとわかれば話は早い。さっさとずらかろう」

「え、お前はここに居ていいわよ? あ、あとで憲兵に迎えに来させるから大丈夫。死んでなければ」


 あれあれ。見捨てていく系? もしかして見捨てられちゃう系?


「リーフ、それはいくらなんでも初対面の方に失礼では……」

「お嬢様。人に対してはまったくその通りかと存じます」

「え、微妙に人扱いされていない?」

「不審者は例外よ」

「俺のどこが不審者なんだ」

「お嬢様の寝室に潜り込むわ、異世界だの喚くわ、揚句にその伸び切った髪で半分顔は隠れてるわで、不審者の扱いをされるのに十分な要素を兼ね備えているのが自分では気が付かないの? もしそうなら一度脳の治癒魔法を受けることをお勧めするわ」


 俺を睨みつけて一呼吸で言い放つ。何? 無酸素運動の訓練なの?


「俺の世界じゃちょっとくらい髪は伸びてた方がカッコいいんだよ」

「ちょっとってレベルじゃないけど……。いいわ。お互い情報を擦り合わせする時間くらいは作ろうじゃない」

「上から目線なのが気になるが、ま、それは賢明だな」


 俺は何気なく窓の外、先ほど人形が居たあたりに目を向ける。焼け焦げた地面からは煙がくすぶり、未だ熱気は冷めやらぬことを示唆している。

 勿論、そんな現象に巻き込まれた人形たちは原型を留めていない。突然再生して襲ってくると言うシチュエーションもなさそうだ。



 だが微かな違和感はあった。



 それは剣道の試合中の緊迫した空気に似ており、言ってしまえば目の前に相手がいる時に感じるものだ。五体が爆散したはずで、そこにもう脅威は残ってない筈な……。

 だが僅かな時間で、その違和感の正体が「5」という数字だという事に思い至った!


「おい! さっき倒したのは5体だよな⁉」


 突然俺が声を張り上げたものだから、リーフがお嬢様を庇うよう警戒する。

 勿論俺に対しての行動なのだが、リーフもすぐにあることに思い至ったようで、表情を強張らせて呻く。


「だが居たのは5体じゃない……全部で6体だ!」


 それが引き金になったかのように、同時に窓の外に立っていたリーフの身体が横に吹き飛ぶ。無論自分から飛んだわけではない。横から来た衝撃によって飛ばされたのだ。

 リーフは大きく飛ばされたものの、途中で受け身を取り、接地の衝撃を和らげる動きを取る。その勢いのまま、体を捻り正面へと向けた。

 光の鎖が彼女の腕に絡みついているが、大きなダメージはないようだ。俺はホッとして彼女の視線の先、つまり光の鎖の持ち主を見る。



 そこに居たのは真っ赤な人形。



 先ほどの青い奴と大まかな形は似ているが、のっぺりしていたそれと違い鋭角なボディが鈍く光っている。図体も二倍はあるだろう。


「……緋色魔動魂(ルージュドール)⁉ まさかこんな一級アーティファクトまで!」


 リーフが驚きと共に表情を歪ませた。

 真っ赤な人形が俺――と隣にいるお嬢様――の方を向く。

 顔に当たる部分にはやはり文字らしきものがあるだけで表情はないが「目的の物を見つけた」とでも言いたげに、目まぐるしく文字を変化させると、手の先から赤い矢を俺たちに向かって放った。


 攻撃されたというのは瞬時に理解できたが、俺は特別慌てなかった。

 なぜなら、先程同じように放たれた青い矢は(仕組みは分からないが)少女の魔法で音もなく打ち消されたのだから、これも同様になるだろうと思ったのだ。


 だが直後、轟音と震動、それに爆風が俺たちの部屋を震わせた。

 俺の右側にあった壁が「やっほーちいいいす」とでも言わんばかりに、大きな口を開けている。

 あれ……? 全然大丈夫じゃないし?


「ばか! こいつの体内に埋め込まれたコアは小都市の年間消費マナに匹敵するのよ! 即席の魔法障壁(マジックフォグ)では中和できないわ! 天井を破壊した攻撃はきっとこいつの……きゃっ!」


 もう片方の手で光の鎖を勢い良く振り払うと、リーフが横へ投げ飛ばされる。空中で体勢を立て直し着地すると、赤い人形を忌々しげに睨みつけ――その次に俺を睨みつけた。


「私ならこいつを倒せなくはないけど、そちらに手が回らないわ! ……だから不本意だけど! あなたはお嬢様を連れて『六体目』に見つかる前に逃げて!」


「……ああ、言われなくてもそうするつもりだったんだがな。ちと遅かったみたいだ」


 先程リーフが撃ち漏らした一体。それは既に俺たちの目の前にいた。出口を塞ぐように扉の前に立っていたのだった。

 俺の言葉の意味を悟った彼女は、すぐにこちらへ身体を向けるが、赤い人形が幾つもの矢を放ち牽制し、それもままならないようだった。


「なあ、お嬢様! あんたの魔法であれは何とかできないのか⁉」

「……すみません、私は魔法を使えないのです。種火のマナを持たない、数少ない例なのです……」


 申し訳なさげに俯く。リーフはアレと対峙するのに背一杯で、こちらの援護ができるような状況ではない。こちらは魔法が使えないお嬢様と、異国から来た単なる中学生。

 あれ? もしかして詰みに近い? てか詰んでる?


「じゃあさ、俺にその種火のマナってのはある?」

「あ、はい。ミキト様からは感じられますが……」

「オーケー。じゃ、魔法ってのはどう使うか教えてくれ!」

「え?」

「はやく!」


 そう言った刹那、目の前の人形から青い矢がお嬢様に向かって放たれた。


 俺が彼女を庇いながら倒れ込めたのは奇跡でも火事場のなんたらでもなく、その攻撃を予期していたからであるが、直撃を回避する事は出来ても、矢が壁に当てって発生する爆発は避けようもない。

 吹き飛ばされ、床を転がる。激痛が全身を走る。

 目を開けるとお嬢様に被さる俺に向けて、青い人形が次の一撃を放とうとその腕を向けた所だった。


「お嬢様……! 無事ならなら早く教えてくれ!」

「は、はい。魔法はマナさえあれば誰でも使えます。ですがミキト様は精霊と契約していませんのでマナの生成が……」


 何か言いかけ俯きかけたマリナだったが、意を決したように顔を上げる。


「ミキト様。何か言葉を下さい! わたくしがそれをマナに変えます」

「言葉? 言葉ってどんな」

「できるだけ想いを込めた、強くて好きな言葉を!」


 青い矢が俺たちに向けて放たれたのは、マリナがそう叫んだ直後だった。



 俺はこれまでの人生で死という物を感じたことはない。あくまで小説や漫画の中での出来事だと漠然と思っていた。

 勿論、事故や病気、寿命で死ぬ人々が日本だけでも毎日3000人いるのだから、死自体は不思議な事象ではない。

 しかし中学生の自分にとって、その「事象」と「自分の死」というのは別物で、関係を結び付けるには遠すぎる存在だった。


 だが、それは今身近に迫っている。


 あの青い矢が直撃すれば、間違いなく死に至るだろう。

 爆死だろうか、それとも焼死? 痛みは一瞬? それとも意識が切れるまで永劫に続く?

 分からない。何もかも理不尽だと思った。

 でもそれは死そのものに対してではなく「異世界にきたのに何もしないうちに死ぬ」という、腹立たしさに対してだ!



 だから俺は――――!



「もっとエロゲーやりたい! 鍵の新作やりたい! あときっといつかダーク落ちしたはなざーさんヌキゲーでがおち○ぽぐりぐりとかいう熱い台詞を言ってくれると信じてる! あと異世界の獣耳の女の子と仲良くなりたかったぜぇ! くそったれのオーバーカーヤーローウー!」



 やり残したことを精いっぱい叫んだ。



 その直後、視界が眩い光で覆われる。

 それが意識を失う瞬間を捉えた物なのか、それとも死に際の最後に視ると言う灯なのかは分からなかった。



 ――ま、死んだら誰かに聞いてみればいいか――



 そう最後の呟きを吐いて、俺は目を閉じた。




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