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その1 異世界と二人の少女

「さて、どうしたもんかな」


 俺は比較的冷静に物事を分析できる方だと思っているが、流石にこんな突拍子もない出来事が起こった場合の対処は分からない。図書館で読んだ本の中にそんなものはなかったし。


 むしろ「異世界に行った場合は」なんて事例が書かれたマニュアルがあったなら書いた奴を疑うね。


 何を疑うかって? そりゃ中二病を患っているかどうかだな。

 まあもしかしたらここは異世界などではなく、地獄あるいは天国という可能性もない訳ではないが……目の前のガラス一枚隔てて竜がいるのを考えれば、まず間違いはないだろう。


 その異形の口の端からは炎が漏れでており、ガラス越しにでも熱さが伝わってくる。

 一度口を開けば、俺など一瞬で消し炭になるのは間違いなし。

 どう考えてもあまり気持ちのいい死に方ではなさそうなので、そんなバッドエンドはぜひ回避したい所なのだが……。



「何者だ!」



 ちょうどその時、女の子の叫び声と共に木製の扉が開いた。いや開いたと言うのにはやや語弊がある。正確に言うならば「扉が蹴られて吹き飛びました」が正しい表現だろう。


 どんなパワーだよ……。若干呆れながら中に入ってきた女の子を見る。

 年は同じくらいだろうか。白いティーシャツにハーフパンツ。明るい茶色髪を後ろで纏めている。


 率直に言って可愛い。いやかなり可愛い。平均的な女子の16倍くらいは可愛い。


 ああ、だけどね。平均的な女子はね。扉を蹴飛ばした勢いそのまま部屋に足を踏み入れて、警棒のようなモノを突き出し警戒する体勢は取れないから。ついでに圧迫するような威圧感も出せないから。


「あなた! 一体どこの国の回し者よ! まさかゾーンハイムの者か⁉」


 彼女はそのままの軽快したままの姿勢で詰問してくる。良く分からない単語が出たことで俺は確信した。

 ここはやっぱり異世界なんだなってね。


「はあ。日本だけど」


 どこの国とか言われたから答えはしたが、我ながら明らかに覇気のない間抜けた返事であったと思う。

 そもそも日本語で良かったのかと思ったが、先ほど女の子が発したのは日本語だったので多分大丈夫だろう。


「にっぽ……ん? そんな都市国家あったかな……」


 良かった。一応言葉は通じているようだ。

 少女は一瞬呆気にとられ何か呟いたが、バカにされたと判断したのかその白い頬がすぐに紅潮する。


「そんな国はないわ! あなた……本当の事を言わないのならッ……」


 明らかに殺気を込めた一歩を踏み出そうとするのを見て、俺は慌てて言い直す。


「待てって! 俺は怪しい者じゃないって!」

「お嬢様のご寝室に忍び込んだヤツが怪しい者でなければ、たいていの人間は怪しくなるわ!」


 お嬢様。寝室。忍び込む。

 彼女が発したそれらの単語から推測するに、どうやら先ほど隣で寝ていたのは高貴な身分の女の子だったようだ。

 つまり異世界へ飛んだ俺が最初にしたことは、隣に寝ていたお嬢様の胸を揉みしだくことだった、と。


「なるほど。確かに俺は怪しい奴だ。君の説明で分かった。ありがとう」

「分かればいい……って違うわよ!」


 割とノリがいい奴だった。と思ったのも束の間、殺気を数倍にして睨みつけてくる。


「目的もない者が、私がこの扉にかけた『開かざる鍵(スロゥトル・スロット)』を破ってまで入ってなどこないわ! あなたがお嬢様を狙って入ってきたのは明らかよ!」


 何かわからない言葉が飛び出た。とりあえず彼女にとって何か想定外の事が起きたのは分った。


「いやその『すろとるなんとか』が何かは分からないが、残念だがまったくの見当違いだ。そもそも俺は何で今ここにいるかすら分かっていないんだって」


「我が下僕(ドラゴン)に消し炭にされたいかか、それともこの魔具の錆となりたいのか。いいわ、好きな方を選びなさい」


 彼女は真剣な目であり、俺の言う事はまったく聞いてもらえていない。

 その心情とリンクするかのように、窓の外から唸るような声が大きくなり背中に感じる熱さが増していく。どうやらあの美形でない隣の怪物くんは彼女の従順な僕らしい。


「そういう死に方はごめんしたい」

「だったら素直に吐くことね」

「分った。俺は多分異世界から来た。ここにいる目的は不明だ」

「……」


 俺を見据える少女の目が一段と鋭くなる。まったく信じて貰えていないのは一目瞭然だが、現段階では俺もこれ以上推理できない。


「もういい。素直に目的を言わないというのならこちらも相応の対応をするまでよ」

「くっ……! もはや何を言っても信じて貰えないのか。ならばわかった。おれのもくてきをはなそう」


 俺が言葉を発した瞬間、彼女の周りの空気が緊張する。目の前に突き出された警棒がピクリと動く。(彼女からしてみれば)敵が真意を吐くと答えたのだ。当然だろう。

 だが今の俺に真実は分からない。


 であるならば!


 俺にできることは真実の「可能性」を彼女に提示することだけ!

 図書館で得た知識に、ゲームのイベントシーン、ファンタジー小説、映画や創作小説サイト! 全ての可能性を踏まえ、最も有効的な回答を!


 キッと彼女を見据る。

 その瞳が一瞬怯んだような気がしたが、構わずに脳内で得られた答えを伝える。



「俺は……この世界を救うヒーローとして召喚された!」



「………………は?」

「オーケー分った。囚われたお姫様を救うために邪悪な竜を退治する、というパターン?」

「…………………………」

「じゃあこうだ。どこかの魔法使いが勇者の召喚に失敗して間違った座標にワープしてしまったという可能性だ。そして君がその魔法使いだ! どうよ?」


 思いついた幾つかの可能性を、目の前の少女に提示するも、詰問した当人はぽかんと口を開けたまま返答はない。


 む、どれも外れか? 大体こんなパターンが王道なんだが……。最近だと死ぬとチート能力を持って生まれ変わるってのも王道になりつつあるがそれだったか? いやでも俺は死んでないしな。

 なんて色々考えていると、暫しの自失から我を取り戻した彼女が呆れた声を上げる。


「はっ! 勇者とは大きく出たわね。少なくとも寝ている女の子の胸を揉みしだいて登場するヒーローなんて聞いた事ないわ。そんな言い訳に騙されるバカは……」

「そりゃ俺だってだな! 異世界に来たら、もうちょっとこう、格好良く姫様を助けるシーンとかからにしたかったわ! わかれよ! そこんとこ察しろよ!」

「な、な、何!?」


 突然の逆切れに戸惑う少女。


「いいさ! 名も無き平民を殺すがいい! その手が血に汚れて尚、平和が約束されるなら、この身を喜んで捧げようではないか!」


 俺は着ていたティーシャツの首元を掴むと左右に引き裂くと、ぽかんとしている少女に向かって胸元を差し出す。

 剣道で鍛えているからそれなりに引き締まった肉体だ。


「だかっ! ちょ! な、な、なんな、何なん!?」


 今度は明らかに動揺している。ついでに言うと彼女の視線は俺の胸元に注視されている。


「何って……もしかして男の裸が珍しいのか?」

「ば、バカ言いなさんなー! 見慣れていますー! いますー!」

「その割には顔が紅いようだが」

「ちが……っ! これは!」


 何か言いかけてから、少女ははぁーっと大きくため息を吐く。それから俺を睨みなおす。

 緊迫した空気はだいぶ散っていたが、彼女の手に持った警棒は未だ俺に向けられたままだ。

 うーん、この身を捧げるとは言ったが冗談だし、訳も分からないまま殺されるのもごめんである。いや、訳が分かっても嫌だが……。



「リーフ。お話を聞いてみませんか? そちらの方に悪意は無さそうですし」



 部屋の、かつて扉があった場所から控えめな声が俺たち投げかけられた。

 視線を向けると見覚えのある特徴的な青く美しい長い髪の女の子。それだけで俺の隣に寝ていた女の子だと分る。


 長い睫に大きな目。整った鼻立ちにサクランボのような淡い紅色の唇。透き通るような白い肌はまるで彫刻の様だ。


 さっきは半分寝ぼけていたのではっきりと見えなかったが、改めて見るとハッキリとわかる。

 そう、彼女がこれまで見たことがない程の、美少女だということが。


「お嬢様……この者の目的はまだはっきりしておりません。私の部屋へお戻りを」


 リーフと呼ばれた目の前の少女は、少し動揺したものの、俺から目を逸らすことなく返答する。


「リーフ。その方が私に危害を加えるつもりなら、既に私はここにいないでしょう。私が寝ている間にどうにでもできたはずです」

「う、それは……確かにそうかもしれませんが」

「驚いてしまって飛び出してしまったのは私の不注意でした。その……異性の方にあのような事をされたのは初めてなので……びっくりしてしまって……申し訳ありません」

 青い髪の少女はそう言って頭を下げる。


「あ、いや、俺も寝ぼけてたから……。あんな事はするつもりはなかったんだ。ごめん」


 まさか謝られるとは思わなかったので、成り行きを見守っていた俺も思わず彼女のお辞儀に合わせ頭を下げる。


「お嬢様……この男に、一体何をされたのですか?」

「え、あ、えっと」


 口ごもるお嬢様。仕方ない。ここは俺が代わりに答えてやるべきだろう。


「胸を揉んだ」

「は?」


 目を点にするリーフと呼ばれた少女。十分な沈黙の後、絞り出すような声を出す。


「……悪いけど、もう一度言って貰えるかしら?」

「む、なるほど。言い方が正確じゃなかったな。正しくは揉みしだいた、だ」

「よし、やはり殺るか」

「待って」


 首元に迫った警棒を押し留める。何だよ、正直に答えたのに!


「リーフ、もういいでしょう。それよりそちらの……えっとお名前は」

「南野美樹人だ。美樹人でいいよ」

「ミキトさんは何故……その……私のベッドにいらっしゃったのでしょうか?」

 お嬢様が少し言い難そうに尋ねてくる。

「いや、それはさっきこの子に話してたん」

「ミキトとやら! あなたがお嬢様に危害を加えるつもりではなかったと言うのは一応信用するわ。でも一体何処から忍び込んだの⁉」


 俺の言葉を遮ってリーフが再び詰問してくる。

 ええい、可愛いのにいちいちうるさい女である。お前のその大き目の胸も揉んで黙らせてやろうか! ……いやチキンなんでできないスけどね。


「だから! さっきから何度も言ってるだろう。俺は異世界から来たって」

「……あなたそれ本気で言ってるの?」

「ああ。俺はずっと真実しか言ってない」

「じゃあ『この世界を救うヒーローとして召喚された』ってのも本当なの?」

「いや、あれは冗談だ」

「ふ……やっぱ殺るか」


 睨みつけた少女の瞳が「やっぱ殺すか」とでも言いたげというか、もう言葉にしてた。血の気が多い奴である。


「俺だって気が動転してるんだよ。気が付いたらそこのベッドに寝ていて何か可愛い女の子が逃げていくし、今は今で可愛い女の子が目の前にいるしで」

「だ、だから、な、なな、なにいいよっと!? かわ、かわいいなどと! 冗談はよせ!」

「ああ、冗談だ」


 少女は俺を暫く睨みつけていたが、肩の力を抜いて息を吐くと警棒を引っ込める。


「……ふぅ。もういい。少なくとも敵意はないようだ。貴様はずっと真顔で言うからどれが冗談なのか分からないけどね」


 どうやら信用……とまではいかないが、少なくとも害はないと判断して貰えたようだ。とりあえず生命の危機は去った。


「リーフ」


 お嬢様が少女の名前を小さく呼ぶと、呼ばれた彼女は横まで歩いていく。

 その間も警戒を解くことはなく、常に注意を俺に向けている。最悪の事態を考えている証拠だ。若年ではあるが忠誠厚く有能な人物だというのが伺えた。


「お嬢様、どうされました?」

「何やら胸騒ぎがするのです」


 そう言った彼女の、胸の前で小さく組まれた手のひらが震えるのが遠目でも分った。


「ここは安全だと思っていましたが、離れた方が良いかもしれません」

「……! もしや『見え』ましたか⁉」

「うっすらとですが。黄色に銀朱が混じっていました」

「銀朱……赤みがある色ということは、凶兆の前触れでしょうか」

「ええ。変色速度が速かったので、もしかしたらもうすぐ……」


 彼女が何か言おうとした直後。怒声のような爆発音と共に、二人の話を遠巻きに聴いていた俺の体が大きく揺れた。


 いや、彼女たちも驚いた表情で床に手を付けたので揺れたのは俺だけではない。

 建物全体が揺れたのだ。



 そして天井が崩れるのがスローモーションのようにはっきりと見えた。


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