その3 話しかけてきた精霊
【急募! 第三区画街灯マナ供給できる無形精霊! 時給20ディーナル相当のマナ】
【契約主募集 当方訳アリ精霊 魔法属性相談 衣食住付きで時給100ディーナル~】
張り紙は、どうやら人間側、あるいは精霊側から出している募集のようだった。
精霊でもお仕事にありつかないことには生きていけないんだろうか。幻想的なイメージが崩れてちょっと悲しい。
ちなみにこの張り紙もさっきの書類も、全て日本語で書かれている。周囲から聞こえてくる会話も殆どが日本語だ。ところどころ英語らしき言葉も飛び交っているので、言語体系は地球と似ているのかもしれない。
やっぱりちょっと不思議な異世界だ。それとも似ているのは何か理由があるのだろうか?
とりあえず張り紙には一応全て目を通してみることにする。正式な紹介所に貼ってあるのだから変にやばいのはないだろう。
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募集の多くは人間が無形精霊を求める張り紙だった。
さっきのゆるふわお姉さんにそれとなく教えてもらったが、無形精霊さんは大規模な魔法には向いていない代わりに、日常の魔法、つまり恒常魔法に向いている存在だという。
光源魔法だったりお湯を沸かしたりといった、毎日の生活に欠かせないもの。それらは膨大なマナが必要ない代わりに、マナを定期的かつ安定して補充しなくてはならない。そういった仕事は有形精霊よりも無形精霊の方が適しているらしいのだ。
この世界においてエネルギーとはマナであり、それを日常的に生み出している無形精霊こそが、この世界を支えていると言ってもいいのかもしれない。
しかし今俺が求めているのは強力な魔法を使うための精霊であり、女の子の癒しであり、そして契約主とお風呂場でうっかり出くわすハプニングなのである。
さり気なくリトさんをリスペクトしつつ張り紙を見ていると、「触媒 持ち帰り自由」と書かれた小さな紙製のボックスが壁にあるのに気付く。
中を覗くと色とりどりの小さな石。どうやらこれがマナを生むのに必要な触媒らしい。貰えるなら貰っておけとばかりに、幾つか尻ポケットに仕舞い込んだ。
一通り見え終えたが特に掘り出し物の契約もなく、仕方なく立ち去ろうとした俺の方をつんつんとつつく感触がする。
「へろへろ。ちょいとそこの君」
落ち着いたトーンの声に呼び止められた。
振り向いた先には――というより眼前には――少女の顔。
眠たそうに少しトロンとした垂れ目。少し丸めの小さな顔。豪奢な銀色の長髪はポニーテルのように後ろで留めている。
「有形精霊をおっ探しかにぃ?」
妙なイントネーションにどこか舌足らずな話し方。だが「にへへ」と笑う表情には、不思議と嫌味がない。歳は俺と同じか少し上だろうか。マリナ程の美少女ではないが、男であれば10人中6人……いや7人はは振り向くであろう、不思議なな魅力がある。
「えっと、ああ。そうだけど」
「ほぉぉ~お~。くんくん……」
急に顔を近づけられドキッとする。間近で見るその眠たそうな瞳の中に、淡い青色の光がちらついているのが分った。
人ではない。
そう思ったのは、特異なのはその瞳だけではなく、彼女の肌――首筋や腕――がほんの少しだけ透けていることや、ぴこぴこ動く耳がやけに尖っていたりしたからだ。
「有形精霊を探してるなら。ぼくと契約とっかどぉー? ぼく、こう見えても広域担当もしたことあるんだよぉ」
「君は……もしかして精霊?」
「え、そりゃそうだけど。有形精霊が珍しい……ってかもしかして見るの初めてなの?」
どうやら彼女は精霊で、しかも有形精霊らしい。
受付で見た写真で人型をしているというのは何となく知っていたが、実物を見るのは初めてであるなんというか何かイメージしていたのより……随分軽い。個体差だろうか?
「ああ。見るのも契約するのも初めてなんだけど」
「え、初めてなのwww うけるwwww」
うけねえよ……何なのコイツ? 何だかクラスの仲良しグループで固まってる女子と同じ匂いを感じるんだけど。童貞ですみませんね!
「有形精霊を探してるのはそうなんだけど、金があんまなくてさ」
「うん。お金はまあ……適当でいいよ。むしろ契約はぼくがしたいっていうか? 訳アリっていうか」
にへへとはにかむ精霊少女。
「別に大昔みたいに生涯契約って訳でもないしぃ。気に入らなかったら途中で破棄もありだよ」
可愛い有形精霊の女の子。しかも金がかからないと来れば理想の条件だ。
正直この時点で心の天秤は相当揺れているのだが……金が適当でいいというのは、相当訳アリな気がしてならない。
精霊紹介所に来てから分ったのは、彼らも人同様、この世界を動かしている経済の一つの歯車だということ。彼女たちにとっても金は重要な存在のはずである。
だがおいしい話には違いない。とりあえず話を聞いてみてもいいだろう。契約するかどうかはそれから決めても遅くない。
「おっけ~。じゃちょっと話そっかぁ」
眠たそうな目でニコニコと笑ったまま、彼女は歩き出した。




