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少女の詠唱

「わたしの胸を自由に使ってイってください! 熱いモノをわたしにかけてください! 小さな発火(ピットファイア) 発効(オーバー)!」


 青く長い髪の少女が、恥ずかしそうに言葉発した。

 もし俺が日本にいる頃であれば、それが魔法の詠唱だとは夢にも思わなかっただろう。

 いや気づける方がどうかしてる。むしろこんな言葉を公衆の面前で放ったら、警察のご厄介になることは疑いようがない。ここが日本じゃなくて本当に良かった!


 そんな事を考えていると、右手に握られていた触媒が熱くなり、目の前に炎の渦が巻き起こり始める。圧倒的マナによって生み出された炎は、初級魔法ではありえない熱量である。

 俺がそのまま右手を突き出すと、それはまるで意思を持つかのように対戦相手に飛びかかっていった。


 だが相手も強者。慌てることなく何かを呟き、空中に手をひらひらと振る。

 相手を燃やし尽くすはずの炎の渦はその直前、まるで何かの壁に当たったかのように霧散した。


 ちっ……打消し魔法か。これまでの相手ならあれで圧倒できたけど……三回戦ともなると相手も一筋縄ではいかないってことか。


「マリナもう一発だ! いけるか?」

「は、はい。大丈夫です! ミキト様!」


 青い髪の少女が頬を紅潮させながら答えた。

 そりゃそうだ。恥ずかしいに決まってる。言葉の意味を知らなかった以前ならともかく、今はもう「理解」しているのだ。

 理解した上で、「さっきのようなちょっぴり恥ずかしい言葉を連呼」を多数の観客の前でしなければならないのだから、一国の元首である彼女にとって……辱め以外の何物でもない。


 だが勝つことは彼女の望みだ。俺が躊躇しても仕方がない! 更なる魔法を使うために俺は詠唱を促す。


「下のお口でご奉仕!」

「し、下のお口でご奉仕! ごっくんは上のお口で! 風塵牙(ウィンドサーベル) 発効(オーバー)!」


 その言葉をなぞるように――強制的に彼女の唇が――リンクしていく。直後、目前に風が舞い上がり、それは大木をも切り裂く突風となって対戦相手に向かっていく。


 だが相手はそれほど脅威には感じていないのか表情に変化はない。多少リスキーでも防御するつもりのようだ。そして次の一発を狙っている。

 こちらが攻撃魔法を連発しているのだから三発目はないと踏んで、カウンターを放つ気である。確かにそのタイミングで放たれれば、連続して魔法を使ったこちらには防御する魔法を使う余力はなく、相手に勝利が転がり込だろう。


 だが。それはこっちが「三発目の魔法」を使えなければの話だ。


「ごっしゅじーん。準備おっけーだよぉ」


 背後に隠れていた銀髪の精霊が、いつものようにのんびりとした声を発する。

 俺が最強の魔法士になりえた理由。それを彼に見せつけてやるのだ。

 既に俺の指先はポケットにある文明の利器に触れていた、そして――――。




   *******




 ジリリと耳障りな音が聞こえた。


 その不快な音は七時にセットしていた目覚ましに違いない。

 ゴールデンウィーク初日の今日は、近所の兄ちゃんからエロゲの新作を借りる約束をしているのだ。もし寝過ごせば兄ちゃんはさっさと出かけてしまい、無為な一日を過ごすことになってしまうだろう。


 妙な夢の続きが気になりはしたが、目をゆっくりと開ける。

 真っ先に見えたのは、美少女のポスターがびっしり貼られた見慣れた天井。東京都大田区にある自分の部屋に間違いない。


 目を覚ましたらそこは異世界……なんてことはないし、ましてや魔界でもハーレム天国でもない。隣に幼馴染がいつの間にか寝ている可能性もない。ついでに言うなら超能力もなければ魔法もない、「気」のパワーを手に集中させて相手にぶつけることもできない。


 自分は特別な人間ではないのだ。

 高校二年生になる今年まで気が付かなかったのだから、中二病とはげに恐ろしき病かな。


 俺がこの結論に辿り着いた時には、既に図書館にある殆どの本を読みつくすほどの文学少年になっており、何かあるごとに「失われた聖杯」やら「オーパーツ」やら「古代錬金術について」なんて話をしていたものだから、クラスメイトからは一目置かれ――――るのではなく、距離を置かれる存在になってしまっていた。


 ま、それを別に恥ずかしいとは思っていないし、後悔もしていない。

 そんな友達の少ない俺の興味がエロ方面――具体的にはエロ漫画とエロゲー――に向かった事もだ。

 エロ方面に全力開花し中二病を卒業した俺であったが、それでも心のどこかで、「異世界や魔法や可愛い女の子が隣に寝ていてほしい」と思っていたりするのは、それが男子の夢だからだろう。


「ま、そんな事はないんだけどな」


 誰に言う訳でもなく一言呟き、体を起こそうとした時だった。ぐにゃりと視界が歪み思わずベッドに手を付く。

 寝起きに弱い方ではない。むしろ一応だが剣道部にも所属していて、それなり真面目に朝練にも出ているから強い方ですらある。自分で言うのも何だが、寝起きで目眩というのはかなり珍しい。


 仕方なくそのまま寝転んで目を閉じる。しばらくじっとしていれば治まるだろう。

 案の定、ぐらぐらと頭が揺れるような感覚は、徐々に収まっていく。

 もう大丈夫だろう。そう思って目を開けようとした刹那、見たことのない眩い光が俺の瞼を貫いた。



 明るく、しかしそれでいて暗い。

 暖かくもあり冷たくもある。

 これまでの人生で触れたことのない感覚。



 そんな得体のしれないモノが俺の瞼を通っていった。奇妙な感覚は時間にして数秒ほどだったはずだが、不思議な感覚は瞼の裏に残っていた。

 そして恐る開ける開けた目に入った来たのは――――天井だった。


 ただしいつもと同じ天井ではない。

 美少女のポスターが貼られていないしマンションの一室なのに古い木製なのもおかしい。

 おかしいのだが、このままの状態でいても仕方がない。とりあえず体を起こそうとする。


 と、手に「ふにゃり」という擬音が出そうな感触が伝わった。それは奇妙な感覚で、柔らかく、そして温かい。

 目をやると俺の隣にいたのは青く長い髪の女の子であった。ちょっとエロティックな女の子が描かれた愛用の抱き枕ではなない。本物の女の子だ。

 そして俺の手のひらは、仰向けに寝ているその子の胸にあてがわれていた。


「何だ……こりゃ……?」


 掌にあるものを確認するかのように何度か揉みしだく。状況がわからないまま、モミモミを続ける。

 その女の子がゆっくりと長い睫毛を開いた。淡い若紫の大きな瞳は明らかに寝ぼけ眼であり、それは隣の俺と自分の胸にあてがわれている俺の手のひらを、交互に見つめる。


「えっと、誤解しないでほしい。これは」

「え、きゃあああああああああああ!」


 俺の言い訳は最後まで言うことは叶わず、彼女の叫び声によってあっさりかき消された。

 着の身着のまま木製の扉を開け飛び出していく彼女を、長い青い髪がやたら綺麗だなんて思いながら、俺は見送った……っていやいや。冷静に分析してる場合じゃない!  ここは何処なんだよ!


 よく見ると、彼女が飛び出ていった木製の扉も俺の部屋のものではない。部屋を見回すと愛用の机もその上にあるはずのパソコンもない。もちろん魔法少女マグラのフィギュアが飾ってある棚もないし、エロ小説がぎっしり詰まった本棚もない。あるのは小さなテーブルと、その上にある花瓶くらいだ。


 立ち上がって数歩歩き大きな窓の傍に立つ。

 そこから見えた巨大で異形の影を見た時、俺が呟いた言葉は「バ、バカな!」ではなく「ああ、やっぱりあるんだなぁ」であった。



 初めて見た『巨大な(ドラゴン)』に対しての感想だ。



 ここが何処なのか、さっきの女の子は誰だろうか、色々考えるべきことはあったが、それらは後回しだろう。とりあえず窓の外から圧倒的な威圧を持って睨みつけているアレに対してどうすべきか、そこ注力した方が賢明なのは間違いない。

 真っ青な鱗の竜の後ろに見える風景は、草原というより森に近い。見たこともない大きな大木がそびえ立ち、その木から窓に向かって飛んできた鳥と目が合う。まあ俺が知っている鳥には手足を持ったモノはいないから、あれは正確には鳥ではないんだろうけど。



 今日は2014年4月末日。ゴールデンウィークの初日。

 俺――南野美樹人――は目を覚ましたら異世界にいた。




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