白猫
駅のコンコースにある自販機のゴミ箱あたりに、不審なバスケットがあり、中から子猫が覗いている。
わたしは、夫を送った帰りにバスケットを見た。3日間同じところにバスケットがあって、とうとうこらえきれずにバスケットを持ち帰る。
夫は猫を見て、喜んだ。灰色の猫だと思った。洗ったら白猫だった。
夫は白猫にすぐ夢中になった。
それまで冷え切っていた関係に光が差した。
うまくやれそうかもしれない。
希望を持った。
2日に一度猫を洗った。ノンシリコンの高いシャンプーで洗うと毛がばさつき、 安いシャンプーにしたら、つやが出た。
シャンプーのたびにドライヤーで乾かす。手が傷だらけになった。
白猫は赤ちゃんのように甘えて来た。
両手を差し出して肉球をほぼに当てた。唇を寄せると猫のほうからキスしてきた。柔らかい鼻先が湿っていた。
忘れかけていたぬくもりと愛情が蘇ってきた。
ある晩、猫が外に出た。月のきれいな晩だった。わたしは猫を追いかけ外に出た。猫は消えてしまったようだった
わたしは夫が元に戻って凶暴になるのを恐れた。猫がいる間はケンカも暴力もなかったからだ。
夫は変わった人だった。見た目には真面目な公務員だが、自分の気に入らないことがあるといきなり豹変した。
猫がいる間はそれがなかったのだ。
猫を逃がしたことを怒られるに違いないと思ったわたしは必死で猫を探す。
夫が降りるもよりの猫を拾った場所まで探しに行く。サンダル履きで、黒い長いスカートを履き、赤いセーターを着て洗いざらしの髪をした自分は、まるでホームレスの女のようだ。
電車が到着し、夫が戻って来た。夫は若い女の肩を抱き寄せて歩いていた。
今度はあんなに若い相手なのか。自分が惨めに思えた。若い女は白いセーターに白いミニスカートを履き、白いコートを羽織り、白いベロアのブーツを履いていた。そのブーツは猫の足先のようだった
夫は駅を出て、女を物陰に隠して、キスをした。
わたしは、急に覚めた。
夫に見つからないように家に先に戻ってから、何くわぬ顔でキッチンに向かった。
いつのまにか、足元に白い猫がいた。無邪気に丸い足先を見せつけて、猫の正座をしていた。
その足先がさっき見た女のブーツに見えた。わたしは猫を抱いて、喉をなぜた。猫は赤ちゃんのように安心しきって喉をカラダをぐるぐる言わせた。
急に憎しみがわいた。わたしは猫を抱き寄せてダイニングテーブルの椅子に腰掛けた。夫が放り出したままのライダーがあった。
わたしは猫を眠らせ 前足の先をつまんだ。そして、くるりと肉球を出すと、ライターの炎を遠くから段々近くに寄せて行った。
猫は火の熱に気付いてビクッと身を震わせた。
わたしは猫を両脚の間に挟んで、身動き取れないようにしてから、ゆっくりと肉球をあぶった
猫は必死にもがき、わたしの手と足を血だらけにした。
わたしは、肉球が焦げないくらいにやけどさせてから、猫を力いっぱい放り出した。
月は赤く潤んで、泣きはらした瞳でわたしをじっと見ている。
多分、明日もわたしは猫の肉球を焼くだろう。
明日はライターではなく、IHヒーターを低温にして、じっくり押し当てるつもりだ。
猫はわたしを恐れるだろう。夫に救いを求めて
甘い声でしかし、必死さを含んだ切実な声で夫の足元をぐるぐる回るだろう
夫はバカだから、猫が自分を、自分だけを求めてそうしているのだと勘違いして、更に可愛がるだろう。
そしたら、もうわたしには目もくれないに違いない。
白いコートの女と白い子猫と三人でここで暮らせば良いのだ。
わたしに構わず幸せになれば良いのだ。
憎しみも恨みも何もなかったようにわたしは新しい町で新しい友達と楽しく暮らして行くだろう。
泣きはらした月を見上げながらわたしは思う。