8、邂 逅
「ノワール、後方に核エネルギーの炎が見える。」天体観測をしていたヴェルが叫んだ。
「いつからだ?」ノワールが観測機器をチェックする。
「なに?なに?また未知との遭遇?」マロンが素っとん狂な声を上げる
「判らない、観測していて発見したんだ。距離は10光分位だよ。」
「えらく近いな、スペクトルにX線が強い、水素核融合だ。」
「あいつの仲間かしら?」マロンが不安そうに言った。
「判らない。だがこちらもいきなり攻撃するわけにも行くまい。」
「噴流のX線がこちらに向けられなけりゃいいんだけどね。」ヴェルがネグロとの戦いを思い出して言う。
「それが問題になるのはかなり接近してからだ。そうなればこちらにも備えはある。」
ノワールはネグロスとの戦いで用心深くなっていた。
「あれを使うの?」ヴェルが面白そうに言った。
「相手次第だな。」
「通信が入ってきたわよ。」
ノワールがふと気が付いてマロンに聞く。
「ミライは?」
「いま学校に行っているわよ。」
その時相手側からの音声通信がつながった。
「やあ、こんにちわ私の名はバレス。今日は良い日だ、ようやく君達に追いついたよ。先行する宇宙船の諸君、ぜひ君達の探査をしたい。応答してくれたまえ。」
緊張感のない通信が入ってきた。
ネグロスとの戦闘を知っているとすればあまりにもマヌケな発言である。
「なんだこいつは。」
「ネジが2,3本抜けてるみたいねえ」
「ネグロの時と同じ言語だね。やっぱりあいつの仲間だよ。」
不機嫌そうな感じでノワールが応答した。
「こちらゼータε移民船“カタロニア”、貴様何の用だ。」
「あはははぁ、ようやく見つけたよ。ネグロスがお世話になった様だねぇ。でも迂闊に動かないでね。私の核エンジンの噴流にはX線が多いいからね。浴びたくは無いだろう。じきに君達の船と同調するそれまでおとなしくしてくれたまえ。」
「なんだ?この野郎いやにへらへらした野郎だ。」
ノワールは性格的に男らしくない男が大嫌いであった。もっとも相手が男かどうかは判らないが。
「ネグロの仲間というのは、どうしてこういう風にずれてる奴が多いんだ。?」
ノワールがいらついている。
「もしかしたらこれが彼らの標準的メンタルなのかも知れないわよ。」
「あまり友達にはなりたくないなあ。」ヴェルがぼやく。
「貴様、ネグロスとはどういう関係だ。」
「はっ、はっ、はっ、知りたいかね?私はネグロに作られた。私たち星から星へと渡り歩いている探査船だ。目的の星に着いたらその星を探査し報告をするんだ。そしてその星で自分の複製を作ってから次の星を目指す。無限の宇宙を無限の仲間と共に探査を推し進めるのが私たちの役目だ。どうだ驚いたかね?」
間違いなくこいつはネグロスの子供だとノワールは確信した。
「そんなことはネグロスに聞いて知っている。我々を攻撃するつもりか?」
「攻撃?ああ、あれかい?ネグロスの指示で彗星を砕いた物を君達の軌道上にばら撒いたけれど、うまく当たったかい?」
この言葉を聞いて全員に緊張が走った。14人を殺しミライを誕生させた犯人にこんな所で合えるとは。
「あれは貴様の仕業だったのか。」ノワールが怒気をはらんで問いかける。
「なんだ気が付いてくれてたんだ、当たる確立は天文学的に小さかったんだけど、当たったみたいだね。」
「……ああ、当たったとも……最高の所にな。」ノワールは怒りに打ち震えながら答えた。
「そりゃ良かった。私も仕事の甲斐が有ったというものだ。」
「このや……」ノワールは核レーザーのスイッチを入れようとしたが、ヴェルに邪魔される。まだ遠い。
「君はどうやってボク達に追いついたんだい?軌道角度はかなり大きかったと思うよ。」
ヴェルが冷静に問いかける。あわてる事は無い。相手の目的を探ってからでも遅くは無い。
「ああ、近くに褐色矮星が有ってね、表面通過による軌道変更をして君達に追いついたのさ。」
楽しそうにバレスは話す。ノワールは核レーザーのスイッチを押そうとするが、その度にヴェルに邪魔される。
「この速度で軌道変更をしたのかい?なんて無茶な事をしたんだ。」ヴェルが聞いた。
もしゼータεからの発進であれば速度を落とさずに180度ターンをしたことになる。正気の沙汰ではない。
「ああ、船体には五千G程の潮汐力がかかったよ。大分補強をして有ったが、それなりに被害も出たよ。」
へらへらしながらも、かなりの無理をした事を認めている。こいつは本当の馬鹿か?あるいは……。
「やっぱりこいつ100本位ネジが抜けてるな。」ノワールが吐き捨てる様に言った。
「それでボク達をどうしたいのかな?」
「君達を探査する。協力してくれるとうれしいな。」
交信している間に相手の宇宙船は既に数光秒の位置まで近づいて来ていた。
距離が遠いので実際の交信には何日もかかっているが、ノワール達はその間の時間をパスして思考している。
「どうする?ノワール。撃っちゃう?」
ノワール達は以前ネグロスとの交戦の経験から、切り離して近くに係留してあった加速用核パルスエンジンの反射板に核レーザーを仕掛けて置いたのだ。
「ダメだ見ろ。こいつ以前のネグロスとは違う。外周をかなり補強している。」
ノワール達には船の望遠鏡でバレスの船体が見え始めていた。
胴体部分はトラス構造でふた周り位太くなっており特徴的な中央部のふくらみは隠れてしまっている。
トラスの間にはコンテナのような物が付いており全体として外壁のような形になっていた。
「後ろを取られたのはまずかったな。一撃で脳か動力を破壊しないと、奴はこちらに核エンジンのX線放射を向けるだろう。
我々だけならともかくこちらにはミライや子供達がいる。」
ヴェルは淡々として続ける。「キミはネグロスに作られたようだが他に仲間はいないのかい?」
「ああ、私が生まれたときは他にも数基いたよ。ただその後は会っていないがね。」
バレスはベラベラと自分の事ををしゃべる。戦略的には自分の事は隠した方が良い。思ったより幼いのかも知れない。
「いや、そうではなくその船にはキミ一人しか乗り組んでいないのか?」
「そうとも私一人でここまで来た。君達は3人もいてにぎやかでいいねえ。」
にぎやか過ぎるけどね。とヴェルは思ったが口にはしなかった
「ネグロスは奴が作った機体の無機頭脳も一体しか起動していないようだね。」
「それよりあの狂った頭でちゃんと子孫を組み立てられた方が驚きだ。」
どうもノワールは気に入らない相手にはとことん邪険である。
「それで、どういう探査をしたいのかな?。」相変わらずヴェルはポーカーフェイスである。
「そちらのクルーはどういう構成なのか、教えてもらえないだろうか?」
「われわれは無機脳が3体、炭素生命体が一体乗り組んでいる。」
ヴェルはミライの事は伏せておこうかとも考えたが、どうせ乗り込んでくるだろう。狭い船内ではミライを隠しようが無い、そう考えたのでそのまま答えた。
それに相手の興味をひきつけて、その隙にレーザーを打ち込めばいい。
「なんと!炭素生命体がいるのか。それでは是非そちらに乗り込んで探査をさせてもらいたい。」
バレスは餌に食いついた。
「ダメだ。そんな事は認められない。」ヴェルは強烈に拒否する。
「君達が拒否出来る立場とも思えないんだがなあ。」
「ちっ、この野郎……」ノワールが歯噛みする。
バレスの船は既にノワール達の真後ろに来ており、速度も殆ど同調している。
「よし!条件が有る。」
「条件?なんだい?」なんだかこいつは楽しそうに話しをする。
「炭素生命体は幼体である。したがってもろい、取り扱いには細心の注意を行う事、無論一切危害を加えてはならない。」
「そんなことか。もちろんいいとも。」
「こちらの船ではこちらの言語を使用してもらう。」
「判った。」
「こちらに乗り込む探査体は我々と同じ格好をしてもらう。」
「炭素生命体の形の探査体を作れということかな?」
「そうだ。それと生命体は歩行が出来ない。その事を問いただしてはならない。いいな!」
「了解した。それでは必要な資料とそちらの星の情報、炭素生命体に接触するのに必要な基礎知識などのデーターを転送してくれ。」
連絡はそれで切れた。意外と素直な反応をしたので3人は驚いた。思った以上にしたたかなのか、あるいは本当はまともな奴なのか、少なくともネグロとは違うようだ。
「よし資料をまとめるぞ。あまり詳しい資料は必要ないな。」
「生物学的データの資料は私が作るわ。」
「じゃあ人間の社会生活の資料はボクがまとめるよ。」
「言語変換データーは以前に作った物が有るな。」
「後はバレスの人型のデザインだね。」
「あいつは男かな?」
「多分。」
「よし、男ならハンフリー・ボガードで決まりだ。」
ノワールは旧世界のクラシック映画のファンであった。
「ちょっとノワール何勝手に決めてるのよ男の子といえばジェームズ・ディーンちゃんよ。」
実はマロンも同じ趣味だったのだ。
「なんだ、あんなガキのどこがいいんだ?」
「ボガードなんてオヤジじゃない。ミライちゃんが怖がるわよ。」
2人ともこの手の話になると熱を帯びてくる。
「男の中の男といえばボガードだ。」
「ディーンちゃんの方がかわいいわよ。」
「ボガードだ!」
「ディーンちゃんよ!」
どうも収まりそうも無い。
「なーにを言っているのかな?キミ達。」
ヴェルはあきれて勝手に資料を作って送ってしまった。
「え?」
「今何を送ったの?」
「ベルバラ。」
ヴェルは旧世界の漫画ファンだったのである。
数日してバレスから準備が出来たのでそちらへ移動すると連絡が入っると、バレスの船から小型のランチがこちらに向かってきた。
搭載艇から降りてきたバレスは正に珍妙ないでたちであった。身長は185センチ程か。
金色に輝くウエーブした髪を背中まで伸ばしフリルのついたシャツに刺繍の入ったベスト、膝まである上着、白いニットのパンツと革の長靴、顔立ちは細めの眉に長いまつげ、人形のような真直ぐな鼻、どこからどう見ても人形のオモチャそのものである。
ノワール達のボディは仏頂面で立っていたが、実際は無線誘導である。本体の三人方はといえば腹を抱えて大笑いであった。
「初めまして皆さん、わたしはバレスと申します。皆さんにはおとなしくしていただければ幸いに思います。」
慇懃にそういうと一緒に降りてきた戦闘用ロボットが移動し始めた。
「この船は制圧させていただきます。つきましてはロボットに主要な施設の警備をさせていただきますのであしからず。」
警備用ロボットのデザインは二脚歩行二本の腕頭があり、腰の付近に不自然な出っ張りがある。おそらく武器と思われる。
どうやらこいつの造物主も人間とたいした差の無い形態をしているようだ。
「あなたがミライさんですね。」
バレスは真直ぐミライの方へ歩き始めた。三人の間にさっと緊張が走る。
しかしミライはいたってにこやかにバレスを迎えた。生まれて初めての来訪者にもかかわらずまったく緊張していない。これは三人にとっても意外な事で有った。
「はじめましてかわいいお嬢さん。君がこの船で唯一の炭素系知的生命体だね。」
車椅子に座るミライの前で膝を付くとミライの手を取ると、そっとその手に口付けをした。ミライは少し照れたような笑顔を返した。
とたんに三人の後ろで黒雲が爆発した。急速に雲が広がって三人を包む。しかも雲の間には稲妻がバチバチ音を立てて光っている。
妙な感覚に気が付いたの否か、バレスが顔を上げると目の前にノワールの拳があった。
ばこっ!
「ぐふっ!」
ぐちゃっと頭が床に叩き付けられる。
立ち上がろうとする所をヴェルのドロップキックが襲う。
「がへっ!」
遅れてマロンのキックが頭を捕らえる。
「どへっ!」
ばこっ!どてっ!ぐしゃっ!ずこっ!べきっ!
「あ、あの……ママ……」
ミライは止めようとしたが三人の迫力に押されて口を出せない。
護衛のロボットも何もしない。人間の格好をしてはいるが、所詮バレスのボデイは端末に過ぎないのだ。
「がるるるる~っ」
「ふうう~っ、ぐるる~っ」
「このっ、このっ、よくもミライちゃんに!」
マロンは執拗に蹴りを入れていたが、バレスはいきなりガバっと起き上がった。蹴り飛ばしていたマロンはもんどりうってひっくり返った。
「きゃっ!」
パンツ丸見え。すかさずヴェルは写真を撮る。うん、久々にいい写真が撮れた。
「丁重なる挨拶、いたみいる。君たちの星の挨拶は変わっているようですね。」
全く何事も無かったようにすっくと立ち上がっている。
「あいつ何にも感じてないな。」
ノワールは舌打ちをした。護衛ロボットが全く動かないところを見てもこのボディの持ち主はこのボディにあまりこだわっていないことは明らかだ。
「感覚器官が無いんだ、安物のボディだよ。」
「要するに無神経て訳ね。」
ミライが気を使ってバレスに話しかける。
「あ、あの~、ごめんなさい。これは挨拶じゃなくてえ……。」
バレスはミライのほうを向き直る。本当に状況を把握していない様である。
「ん?では何なのかな?」
何なのか?と真正面から問われても答えられる物では無い。ミライは答えに窮した。
「ま、まあ、いいじゃない?忘れましょう。」
バレスは何か納得いかない様子であったが三人の方を向き直った。
「ふむ、君がお母さん役の人だね。」
マロンの前に来て言った。
「あらっ?やっぱりわかる?」
マロンは大いに満足そうである。心なしか胸をはって大きさを強調しているような気がする。
「君たちから送られてきた資料によると女性は胸の突起物が大きいのが美人の基準だと有ったが、なるほど君は美人のようだね。」
『だれがそんな資料を送ったんだ?』
ノワールがシークレット回線で直接マロン達に話しかける。
『えへへ~、あたし。』
『マロン、嘘はいけないと思うよ』
『嘘じゃ無いわよ。小さいより大きい方が男の人には人気があるんだから。』
嘘では無いが、大分違うような気がする。
『たいした勘違いじゃ無い。ほうっておこう。』
そうは言いながらもノワールは心なしか胸を張っているように見えた。
次にバレスはヴェルの方に向き直ると、少し前かがみになって言った。
「君はお兄さん役の人かな?」
ぱこっ!
ヴェルがバレスの鼻を殴った。
「良く見ろ!ボクは女のボディだ!」
バレスは驚いた様子で言った。
「嘘だ!そちらから送られてきた1825枚の女性の画像データーを確認したが、女性には全員胸部突起があったぞ!」
ぱこっ!ぱこっ!ぱこっ!ぱこっ!
「ふむ、君とは何か勘違いが有った様だ。」
バレスは曲がった鼻を直しながら言った。
最後にノワールの方に向き直る。
「君はお父さん役の人だね。立派な体つきをしているな。」
一瞬その場が凍りつく。ノワールの頭から「ピキッ!」と言う音がしたような気がしたが、バレスは全く何も気がついていない。
「お父さんでは無い、お母さんだ。良く見ろ胸部突起が有るだろう。」
そしてバレスの運命を決定付ける一言が有った。
「ん?それは大胸筋では無いのかね?」
ばこっ!ばこっ!ばこっ!ばこっ!
「ふむ、君たちとの情報交換はなかなか難しい物があるようだ」
バレスは曲がった首を直しながら言った。
「さて、ミライさんよろしければこの船の案内をしていただけますか?」
再び三人の後ろに黒雲が渦巻き始めた。
「はい、喜んで。」
友人の誘いを受けるようにミライは答える。バレスを警戒する様子は全く無い。素直に育てすぎたかな?とノワールは思った。
「おおっ、それはありがとう。ではお願いいたしましょう。」
「まてっ!」ノワールが鬼の様な形相で言った。
「ミライに手を出そうとしたらその場でぶち壊すぞ。ここは私たちの体内だという事を忘れるな。」
「もちろんです。誓ってミライさんに危害は加えませんよ。」
そう言うとバレスはミライの車椅子を押して出て行った。
黒雲は部屋中に充満し、稲妻が渦巻いてた。
歩きながらバレスは首をかしげた。
「ん?何か背中がちくちくするような感覚があるが?」
「き、気のせいよ、気のせい。」
心なしかミライの笑い声は乾いているように聞こえた。