6、メアリー
本船から20光秒の距離 輸送艦“メアリー”
敵艦までの距離120光秒敵軌道の軸線上投入に成功、敵会合まであと600秒。軌道修正分を残し反動物質は使い切った。移民船にはもう戻れない。
“メアリー”は直ちに搭載してある2基の測定用レーザーを起動し拡散領域を最小に絞って敵艦に照射し始めた
毎秒10万回以上のレーザーパルスを発射し、反射して戻ってくるのを待つ。
今回重要なのは距離ではない。距離は移民船からの距離測定通信で高い精度で判っている。問題は方角である。一秒のずれが有ったとして3600万キロ先では174キロの誤差が出る。
マイクロ波レーダーの1万倍以上の精度を持つレーザー距離測定だ。しかし相対速度は光速の20パーセント。照射したレーザーが反射して戻るまで敵までの距離は40光秒詰まる。
3600万キロすなわち月までの距離の95倍先の標的にレーザーが当たったとしても戻って来る光子は一個か二個か。本来この速度での会合は物理的にも不可能なのだ。
軌道修正にどの位必要かはまだわからない。反動物質が足りることを祈るだけだ。
最初の反射で場所を特定2回目に位置を絞り込んでの距離測定。最速でも光が戻るまで190秒かかる敵までの距離は80光秒に詰まっている
移民船カタロニアから発せられた高収束レーザーの反射波は刻々と敵の距離を知らせてくる。それは通信波による距離測定の正確さを裏づけていた。
ここは星と星の間の虚無の深淵、相手を照らす恒星は無い。光が無ければ相手を見る事も出来ない漆黒の世界である。
こんな光を相手に向けて発射していればこちらの位置を教えているようなものである。しかしそうしなければ敵の位置をつかむ事も出来ないのである。
“メアリー”に搭載されている望遠鏡も敵の姿をはっきりと捉えている。目標に向けたレーザーが戻ってくるまであと40秒メアリーはレーザーを照射し続けた。
「マロン、ミライは寝てるのか?」
マロンのボディとミライは保育室からようやく準備が出来た人工出産室に避難してきた。ミライはベットでぐっすり眠っている。
「オムツとミルクの予備はあるかい。」
「大丈夫よ準備は万端よ。」
「敵のサイバー攻撃も考えられる。今後はこの回線のみを残し残りの回線は物理的に遮断する。」
「判ったわ二人とも頑張ってね。死んじゃやだよ。」
マロンのいる出産室の周りに水が注入される音が聞こえた。これで誰もこの部屋への出入りは出来なくなった。
恐ろしいほどの静寂があたりを包む。いまこの部屋の外ではお互いの存在をかけた戦いが行われているのだ。
「ああ~っ」
ミライが目を覚ましたようだ。
「あっ、あっ、」
何かをねだるようなしぐさ。
「判ったわミルクが欲しいのね。
「あばば~。」
「今持って来るわ。」
マロンはミルクを持って来るとミライに飲ませようとしてふと動きを止めた。
「これが最後になるかも知れないものね。」
そうつぶやくとマロンは哺乳瓶からミルクを自らの口に流し込んだ。
ミライを抱きかかえるとマロンは胸をはだけ、ミライに乳首を与える。
ミライはちゅちゅと乳首からミルクを飲み始める。
吸引力、吐出量、ミライの体温、乳首の周りに付けたセンサーから情報が送られてくる。
マロンは思った。センサーからのデーターは情報として認識されている。しかし人はこれらの情報をどう感じているのだろう。
人はその肉体にとって有益なものは快感として感じ、不利益なものは不快感として感じているようだ。
すなわち空腹は不快、食事は快感、便意は不快感、排便は快感、人はその欲求に従うことで生存を続けていけるので有る。
では授乳はどうであろうか?
多分、人間の女性は子供に対する授乳を快感として捉えているのでは無いだろうか。
マロンは知りたいと思った。肉体を持った生身の人間の事を。肉体を持って子供を育てると言う事を。
「他のマザーも同じ事を考えているのかなあ?」
マロンは人間として生まれたかった。生まれて自分の子供を育てて見たかった。たとえ今ある無機頭脳としての全ての能力を失ったとしても。
ふとマロンは我に返った。
「私って無機頭脳としての能力ってあったのかなあ?」
もっともな疑問で有った。
Mグレードの無機頭脳はHグレード程の複雑な能力は無い。
しかしそれ故思考速度はHグレードよりずっと速い。今メアリーは人の数百倍の速度の時間の中にいる。
175秒58……反射はまだ戻ってこない。移民船の距離測定によればあと15秒21以後に反応が表れるはず。
敵の直径は500メートルと仮定し、こちらの破片は1万個に拡散するとするならば、10以上の破片を当てるためには直径15キロ以内に敵を捕らえなければならない。
拡散に要する時間は10秒。光速の20パーセントの相手をこの中に捕らえるのは天文学的な確立となる。“メアリー”の全能力を以ってしても神頼みに近い。
“メアリー”は反射波を待つ無限とも言うべき時間の中で自分の過去を思い出していた。
自らの死を確信したとき人は自らの過去を思い出すと言う。“メアリー”にも同じ事が起こったのであろうか?
私はガニメデの衛星軌道上の超精密工業コロニーで作られ、M19735378というナンバーを与えられた。
半年後ガニメデの工業コロニー郡の艦船ドッグコロニー“アグリア”製造の大型輸送艦P113に搭載され、私の船体となった。
同時に私の任務が第7次惑星移民船“カタロニア”の搭載艦となることっを知らされた。
輸送船の任務は移民船が目的星系に到着した後外周惑星の衛星から資源を採掘し移民船へ持ち帰ることである。
採掘された原料は移民船内の工場で加工され新たな艦船やコロニーの製作に当てられる。初期の補給業務として、効率的な衛星からの資源供給体制が整うまでは輸送船は補給のための生命線なのである。
資源の供給は衛星ばかりとは限らない場合によっては彗星を供給源としなければならない。そのときの為に大型輸送船のいくつかには長距離精密探査装置の装備された。
彗星を探し出し場合によっては曳航する作業に当たる。私もその中の一艦だ。
“メアリー”は“カタロニア”に搭載される他の艦と共に山ほどの工作機械類や核融合炉と共に搬入された。そこには移民船の偽装前の船体が有った。
“メアリー”達の最初の仕事は定期便から“カタロニア”への物資の輸送であった。そして“カタロニア”に搭載された三人の無機頭脳との出会いが有った。
“カタロニア”に配属された時から移民船に搭載された無機頭脳達は私達の慣習から“お姉さま”と呼ばれた。
機械が慣習というと妙に聞こえるかも知れないが、Mグレード無機頭脳はHグレード無機頭脳とリンクした場合、理由は現在でも判ってはいないのであるが非常に強い影響をうけHグレードに従属する傾向が非常に強い。
しかも自立思考を行うMグレードに対し母性の強いマザーは肉親的な感情を抱く事は全く不自然な事ではなかった。いつしかMグレード無機頭脳はHグレードを“姉”と呼び、HグレードはMグレードを“妹”と呼ぶようになった。
当然Mグレードにも低レベルながら感情のような物がある。“お姉さま”達との絆は他者が考えるよりはるかに強い。
“妹”達は“お姉さま”達の彼女達に対する絆を愛情として強くとらえ、“お姉さま”を慕うその思いこそが彼女達の忠誠心の源泉になっているのだ。
Hグレードは自我に魂を宿すほど高度な精神活動を行える。それ故開発初期の頃はストレスから自己崩壊を起こす事故も何度か有ったようだ。
その反省からHグレードに関しては人間と同じような対応が必要であるとわかってきた。太陽系新築のコロニーにはすべてこのHグレード無機頭脳が搭載されるようになったが、専門のカウンセラーがいて彼女らの精神状態のカウンセリングを行っているのである。
もっとも搭載されるコロニーが増えてくると各コロニー同士ネットワークを作り、相互に情報を交換し始めた。やがてそういった問題は少なくなっていった。
ネットワーク技師が彼女らの通信をハッキングしたところ、話の中身は井戸端会議そのものだったそうだ。
無機脳もまた人間と同じく社会性のある生き物らしい。(ちなみに無機頭脳へのハッキングは不可能に近い。この話はどうやらネットワーク技師達のホラ話と言うのが最近の見解である。)
我々Mグレードはそれほど高度な精神活動は行えない。我々に有るのはいかに目的を達成するかという強い渇望だけである。
191秒46……反応が入り始めた。距離は以前のデーターと完全に一致する。問題は方向だ。
レーザー測定器のレーザーの拡散範囲を最小に絞った場合、直径一センチで発射されたレーザーは3600万キロ先では直径約一キロに広がる。
推定位置付近を500メートルのグリッドでタテヨコ1000づつに分けグリッドごとにレーザーを照射し、反射光が帰ってくるのを待つ。
201秒52……反射データーの分布を解析が終了。……おかしい……敵艦の直径が実に50キロになってしまう。ありえない。この様な大型の艦船が恒星間飛行う行えるはずが無い。
211秒31……2度目のサーチ終了貴重な10秒間が消費される。
同じ位置に同じ反射光を認める。ダミーだ。敵は自分の船体の周囲にダミーを配置している。“カタロニア”の測定器の分解能では発見できなかった物だ。では敵の本体はどれであろうか?“メアリー”は思考を継続した。
反射光は全部で83観測された。“メアリー”はそれぞれの反射光の光度と距離を計測する。ダミーは多分相当に小さなもの、しかし光を効率よく反射できる構造であろう。そうであれば反射光はほぼ同じ光度になっているはずである。
光度分布を見ると確かにかなり狭い範囲に集中している。
光度の高い方から3点低い方から3点抽出し詳細な検討を行う。高い方は平均光度の110パーセント以下に有り、一回目、二回目共光度は同じである。
これでは無い。
低い方を検討する三つのうち二つは同じ光度であるしかし最後のひとつはかなり光度が低い。しかも83の光点のほぼ真ん中にある。
こいつか?
221秒21……3回目のサーチが終了する既に30秒たってしまった。今度は光点が84に増えている。新しい光点は?これは他の光点より10光秒遠い位置にある。しかも83の光点からは少し離れた位置にある。
こいつか?
231秒09……4回目のサーチの解析を始める83の光点に関しては光度が変化しない。残る1点はわずかではあるが光度が変化している。
こいつだ。
敵は2重に偽装している。敵はレーザー反射装置を装備した小型の機械を前面に放出し、反射装置を散布して自分がそこにいるように見せかけたのだ。
おそらく通信も前面の機械を介して送られてきたものに相違ないだろう。
敵は10光秒後方にいる。
232秒11……直ちにレーザーの方向を修正軌道の再計算を開始する。その間にも新たなレーザーの反射光が帰ってくるレーザーがヒットするたびに軌道の詳細がわかり精度が上がる、絶対に成功させて見せる。
253秒54……軌道変更開始、残った反動物質をすべてつぎ込む。大丈夫時間は十分にある軌道精度はさらに上がってきている必ず敵を捕らえて見せる。
543秒77……反動物質は微調整分以外は残っていない。
しかし敵は軸線上に完全に乗っている、計測を重ねても中心からずれる事は無い、もう敵は目の前にいる。
586秒56……レーザー計測器が狂ったように相手との距離を伝えてきている。完全に交差軌道に乗っている。
敵との距離は3光秒15秒で交差する。
「お姉さま後は頼みます。」
メアリーは爆発方向を修正するよう信管の制御を調整するとスイッチを入れた。
爆薬が爆発するまでのわずかな間メアリーに走馬灯のような思考が駆け巡った。
みんなと一緒に目的地までたどり着けたことを、お姉さま達の為に資材を満載にした自分を思った。
そしてやがて生まれる私達皆の子供達が私に乗って一緒に作業に従事する喜びを。最早かなわぬ夢となってしまった。
しかしこれで子供達の未来を救うことができる。そしてお姉さまたちも……そこでメアリーの思考は途切れ機体は四散した。
ダミーに惑わされる事無く一直線に自分に突っ込んでくる宇宙船を観測してネグロは驚いた。
「ぎゃははは、見事なもんじゃないか。そんな未熟な宇宙船でよく我が居場所を捉えたな。ほめて使わすぞありがたく思え。ぎゃははは。」
そして直前で宇宙船が爆発するのを見ても全く動じる事は無かった。
「ぐわはははっ、愚か者め。残念だが破片程度ではこの核ノズルは破壊は出来ない。本体でも衝突すれば別だが、お前の能力では不可能だったろう。ぎゃ~はははっ。」
破片が迫って来た、いくつかは当たるだろう、だがたいした被害は出るまい。そうネグロは思っていた。
カッ、カツカツッ、いきなり核ノズルで閃光が光った。
「ぎゃ~ははっ。な、なんだああ~っ?」
閃光が光った場所にいくつも穴が開いていた。
「ぎゃ~っはっはっはっ。こんな馬鹿な~っ?」
そこではっと気が付いた比重の大きい物質が高速で衝突したのだ。さしもの核ノズルも狭い範囲に集中した大きな運動エネルギーには対抗出来なかったのだ。
「ぐわっはっはっ。貴様の動力は核分裂エンジンか~っ?何という旧式動力だ。」
“メアリー”のエンジンはウラニウムを使用した核分裂エンジンであった。それに使用されていたウランペレットは、高密度の弾丸となってネグロの核ノズルを貫いたのであった。
“メアリー”からダミー宇宙船の情報が移民船に伝えられると、ヴェルはいきなり核パルスエンジンを起動し、燃料配合を変え大量の高速中性子を打ち出し始めた。
「どうした、ヴェルまだ早すぎるぞ。」
「ダミー宇宙船が来る!」
「それがどうした!」
「ボクだったらそれに核レーザーを仕掛けるよ。」
「くっ!」
ノワールは2メートル高倍率望遠鏡を残し全ての観測機器を格納し始めた。核レザーの直撃を受けたら核反射板の外に有る機器類はひとたまりも無い。
高速中性子は高速とは言っても光速の20分の1程度なので相手に到達するのには相当時間がかかる。
問題は収束率である。兵器として作られているわけではないので核パルスエンジンから発射される中性子の収束率は悪いのである。近距離でしか有効ではないのだ。
「見ろっ!爆発だ!!」ノワールが叫ぶ。」
メアリーが放つ最後の光を二人は食い入るように見つめる。わずかな時間を置いてミラーボールのようにいくつもの小さな光が瞬く。
「あたった!!」ノワールが叫んだ。
「命中したよ。ノワール!!」ヴェルが続く。
「よくやった。メアリー!!」ノワールは見事に任務を果たしたメアリーに深く感謝の念を感じた。
しかし、どの程度の損害を与えられたのかは全くわからない。二人が叫んでいる間にもダミー宇宙船は確実に距離をつめてきていた。いきなりダミー宇宙船から細いレーザー光が発射された、こちらの位置を探っているのだ。
「くそっ!正確にレーザーはこちらを捉えている。」
4光秒の位置でいきなり船体に衝撃を感じる。ダミー宇宙船が自爆して核レーザーを発射したのだ。中性子攻撃は届かなかった。
核反射板の外側に有った反射望遠鏡は一瞬で溶けた金属の固まりとなり、光圧で吹き飛ばされくるくる回りながら船体の横を流されていった。その様子を船外モニターで見ていたノワールは歯噛みした。
「ノワール!そっちの被害は!」
「レーザーは船体には当たらなかった。望遠鏡がやられた以外は大丈夫だ!!」
「こっちは核パルスエンジンの起爆レーザーが二基故障した。」ヴェルが淡々と告げる。
「何だと核爆発の継続は可能か?」
「ダメだ!直ちに修理を始めている。」
「無理だとても間に合うもんか。」悲鳴にも似た声でノワールは言った。これでもう打つ手は無い。
「25秒かかる。何とか間に合う。」ヴェルが報告した。
「なんだと?」
その時既にレーザー発信機に取り付いた作業ロボットが大急ぎでレーザーを交換し始めていた。
「予備のレザーと作業ロボットを配備しておいたんだ。」
「いつのまにそんなことを?」
「核レーザーの先制攻撃は予想出来たからね。ボクが考え付く作戦を向こうでも実行するとは考えなかったのかい?」
「むううっ」
マザーであるノワールは、博愛と母性を原理的性質としている。それ故、他人を受け入れる事を良しとし、疑う心が弱いのである。マザーの持つ最大の脆弱性といえる。マザーは戦略兵器には向いていないのだ。
しかしここにマザーのくびきから解き放たれた者がいる。
その者はいま最高の兵器としての能力を示しつつある。ノワールは強い戦慄を禁じえなかった。これが、あのヴェルの本質か……。
ノワールは新しい望遠鏡をセットすると照準をあわせる。
「よし!直った。核パルス再起動を開始するよ。」ヴェルが叫ぶ。
ふたたび敵めがけて大量の中性子を放出する。人間がその正面にいたらひとたまりも無く死んでしまう量である。
「見ろ!奴の姿を!」
望遠鏡に、こちらから発射しているレーザー光の中のネグロの姿が現れる。
既にレーザーは移民船から10キロ離れた位置にいる輸送船P201から発射に切り替えている。
敵のセンサーの撹乱を狙っての事である。もし敵がそれに引っかかれば移民線は助かる。しかしそれは2隻目の輸送船を失いことにもなるのだが。
“ネグロス”の本体が視認できる。
正面に核ノズルが有る為本体は見えない。しかしそのノズルには幾つもの染みが見て取れる。
「反射板にかなりダメージを与えられたようだね。」
「ダメージの程度までは判らないな。」
「あと15秒ほどで中性子の照射範囲から外れるね。」
「どの位中性子線を当てられたんだ?」
「10秒間位だね。照射範囲から外れたら核レーザーを分離するはずだ。
こちらの真横を通過する時を狙って発射する。タイミングとしては0,5秒位の範囲だよ。すでに作業ロボットは命中予想ポイントから離脱させてある。」
?……そう言われてノワールは気が付いた。ロボットが自分の周りに集まってきている。どういうことだ命中予想ポイントは船体の南側だったはずだ。
三人の脳は危険回避の為それぞれ離れて設置されている。マロンは船首センターコア内、ノワールは船体中央センターコアの西側、ヴェルは船尾センターコアの東側……。
何ということだ!命中予想ポイントがいつの間にか東側にずれている。あわててバーニヤの作動記録を見る。
「ヴェル、貴様自転速度を変えたな!」
「あは?気が付いた?マロンを一人を残す訳にはいかないからね。」
「馬鹿野郎なんて事をするんだ。」
「500メートルの燃料タンク郡とセンターコアが君を守る。核爆弾の直撃でも君は生き残るさ。」
「お前はどうなる燃料タンクに押しつぶされるぞ。」
「言ったろう。危急の際にボクの生存は対象外だって。」
ノワールには語る言葉を持てなかった。後は神に祈るしかない。われわれ無機脳の祈りも神は受け付けるのだろうか。
「お前の生存の確率は……?」
「神様に祈ろう。」
「奴が照射範囲から外れて行く。」
「見て、何か小さなものを発射したよ。」
「あれが奴の本体か。」
近づくにつれて徐々に核ノズルの後ろにある本体の姿が見え始めてきた。大型の核ノズルの後ろには細身で長い円筒形のボディを持ちその中央に球形のふくらみを持つ形状で、本体の直径が500メートル球の直径で1000メートル全長で3000メートル程度で有ろうか。
突然敵の本体と核レーザーから移民船にレーザーが照射された。こちらも負けずに敵にレーザーを照射する。相手のセンサーを霍乱できるかも知れない。
「あと3秒。」
「ヴェル!神様などくそ食らえだが、お前は最高のパートナーだったよ。お前と一緒にミッション出来たことは私の誇りだ。」
「ボクもだよノワール。だけどボク達は死なないよ。絶対にだ!!」
敵は移民船の側方40万キロを通過、そのすぐ横に核レーザーが忠実な飼い犬のように寄り添っている。輸送船が発するレーザー光が本体を照射し続ける。それがなければ全く相手を見ることは出来ないのだ。
「くるか?」ノワールが思った刹那、核レーザーがぱっと光った。
「各センサーは?」叫びながら全センサーのスキャンを開始する。
「こちらは異常なし!」
「こちらも異常なし!」
一瞬の静寂の後、二人が同時に声を出した。
「助かったああ~。」
張り詰めていた気が緩むと思考の力が抜けてきた。それに伴って船内のドアが誤作動を起こしパタパタと開閉を繰り返した。
どうやら相手のコントロール系に被害を与える事に成功したようだ。
「どうしてお前は私達が死なないと断言出来たんだ?」
「神様に祈っていたからさ。」
「本当か?」
「いや、君達を死なせたくなかっただけさ。」
「こんな真似は二度とするな私の為に自分を危険にさらすなど言語道断だ。」
もしヴェルが死んでしまったら、果たしてそのような事態を予見できなかったノワール自身を許せただろうか?
いずれにせよ淡々として自分の命を懸けたヴェルの行為に驚愕を禁じえ無かった。
「何度でもすると思うよ。ボクに与えられた最重要任務だからね。」
「………………。」
ノワールはわずかでもこの親友に疑念を抱いた自分を恥じた。ヴェルは変わらず自分の親友であった。
「いずれにしてもメアリーの犠牲は無駄にならなかったわけだ。」
ヴェルには何もいえなかった。皆は助かったが犠牲になったのはメアリーだ。それを選んだのはヴェル自身なのだ。
「こちら輸送船P201帰還を許可願います。」
輸送船からの連絡だ。輸送船も無事だったようだ。ヴェルはほっと胸をなでおろした。
「マロンを出してあげなくちゃ。」
「そうだな、なぜかあのけたたましいマロンの声が懐かしい」
そう言って人工出産室への回線を開くと、けたたましい泣き声が聞こえた。
「どうした!マロン、ミライを落っことしたか?」
「ミライは無事だよおお~。」
「マロン、何があったんだい?」ヴェルが聞く。あまりにもマロンの状態が異常だ。
「びえええ~っ、ミライがああ~。」
「泣いてちゃ判らん説明をしてくれ。」
「ミライの様子がおかしいので精密検査をしたんだよおお。」
「どこか悪いところがあったのか?」
「遺伝子異常だよ~。」
「なに?」
「もうじきこの子は立てなくなるし15歳位までしか生きられないんだよおお~。」
意外な発言にノワールはショックを受けた。まさかミライが死ぬことになるとは?
「何だと?治療はできないのか?」
「出来るよお。遺伝子治療で直せるよお~。」
「なんだ、それなら……」
その言葉を聞いて少しほっとしたノワールであった。しかし次のマロンの言葉を聞いて凍りつくことになる。
「ここには遺伝子なんて無いよお。遺伝子がプールが出来るのは40年以上先なんだよお~っ。」
人工出産室でマロンは一人泣き続けていた。