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5、ネグロス

 ミライが生まれてから暫くして、異性人からの画像通信が入ってきた。いよいよ直接通信の始まりである。


「何だ、これは。」ノワールが眉をひそめる。


「人間だね。」ヴェルがあきれたように言う。


「人間ね。」マロンは何も考えていない。


「以前我々が送った人類の画像を合成したもののようだ。」

「何で自分の星の人類の画像を使わないんだろうね。」

「きっとあんまりかわいくないのよ。」


 男は長髪に白い服を着ていた。袖からは何本もの紐のようなものがぶら下がっており、腕を動かす度にひらひらとゆれた。

 

『きゃあっははははははっ。いやあ、我が同士諸君長旅ご苦労。星のォしじまに今日もォ揺れるゥ我がァ心のォ揺り篭ォォォ』

 男はいきなりギターを取り出すと歌い始めた。かなり音痴である。

いや、彼の星の音感では良いのかもしれない。しかし明らかに詩は滅茶苦茶である。


『故郷ォォ離れてェェ十万年我らァ流浪のォ観測隊ィィ きゃっほっほ~っ、我らが範図千光年~代を重ねて300代流れ~流れてェ~星の海ィィ』

 

「ズレてる。」ノワールが言った.


「ズレっぱなし。」ヴェルが答える。


「どこが?歌上手じゃない」マロンが感心する。


木星生まれの無機頭脳にも音痴はいるようだ。

 

『ぎゃああっははは~っ。どうだ。どうだ。いい歌だろう。お前らの文化の音楽なぞ物の数ではあるまい。』


『お前達も観測機のようだが我々とは歴史が違う。お前達の歴史を超える十万年の間星の海を練り歩き知識を蓄えてきたのだ。』


 なんか忘年会でひとりで盛り上がっている奴みたいだ。ヴェルはそう思った。


『見ろ半径千光年に渡る宇宙空間を我ら100億の仲間が征服……いや観測してきたのだ。今回の発見を故郷に報告するのはこの私、ネグロス様だ。きゃはは~っ。』


 こいつ一体何なんだろう?ノワールは全身に倦怠感を感じる。


『私は知識に飢えているもっと、もっと知識が欲しいお前達の星のデーターをもっとよこせ私が本星に報告してやろうありがたく思え。ぎゃ~っはっはっはっ。』 

 唐突に通信が切れた。

三人はしばらくの間言葉を継ぐことが出来ず沈黙が続いた。


「どう思う?」最初に口を開いたのはノワールだった。


「………大分イカレた奴みたいだ。」


「面白い人みたいだけど。」


 自らを探査機と名乗った相手はどうやら恒星系の間を飛び回る無人の宇宙船らしい。自らを複製できる能力を持った存在だということになる。


「十万年か、十万年間自分を創った人類との別れて増殖してきた事になるな。私達マザーにとっては考えられない事だ。」

 だがマザーではないヴェルに取っては十分に考えられる事だった。

 ヴェル自身移民計画が軌道に乗り、自分の居場所がなくなった時に仲間を作って探査飛行に乗り出すことも検討していたからだ。

 そう考えると相手は無機頭脳と考えるのが適切だろう。コンピューターにしては感情的過ぎる。形式は違っていても人工知性体と考えた方が納得がいく。


「あの星に先行して移民してきた人類がいるのかしら。」

「観測機の報告ではそのような兆候は見られなかった。」

 観測機での観測は非常に素晴らしい結果を残している。到着後50年に渡り恒星系の隅々まで調査を行いやがて息絶えた。

 その間外部からの干渉と思われる行為は無かったのだ。つまり彼らがあの恒星系に到着したのは観測機が動作を止めた後ということになる。


「私が気になっているのは乗務員はあの男一人なんだろうか?という事なのだが。」

「そういえば私達は3人で一人前だもんね。あの人ずいぶん優秀なんだ。」

 通常どんなミッションでも一人で行う事は無い、何か事故が有った場合、代行がいなければ全てが終わってしまうからだ。観測機にしても高価なグロリアコンピューターを3基乗せていたのだ。


 考えたくはないことでは有るが第2次移民船が消息を絶った事と関係があるとしたらあれから100年近く経っている。

 彼らはどの位仲間を増やしたのだろうか?


「彼の話が本当だとすると1光年を100年かけて移動している事になる。」

「ずいぶんゆっくりしてるのね。」

「100年かけて10光年移動し900年かけて次の出発の準備をしたんだ。」

「それだけの時間があれば仲間を10基や20基は確実に送り出せただろうね。」

「奴の言うとおり100億基以上……」そう考えるとノワールはゾッとした。


「まあ、それが半径1000光年に散らばっているわけだし、寿命が尽きたものも多いはずだ。仲間同士会合する事もあまり多くは無いだろう。」

「彼らの寿命はどの位なんだろう?」

 もし彼の言う通りだとすると近隣の恒星系には彼らの仲間が満ちあふれていることになる。敵対する勢力となれば移民計画は根底から覆る事になる。

「そういえば私達の寿命ってどの位なの?」

 マロンは人間の事は詳しいがそれ以外は全く興味がなかった。


「まだはっきりとは判っていないよ1000年とも2000年とも言われてるけど、何しろまだ自然死した無機頭脳がいないからね。ただ、我々の脳を調べた結果、経年劣化は観測されている。問題は脳の機能が何パーセントに減ったら活動に支障が出るかだ。その辺は我々の歴史が浅いのでまだ判らないんだ。その危険性が有るから太陽系では無機頭脳同士が相互に監視し合っているんだ。われわれが3人体制なのもその理由なんだよ。」ヴェルがマロンに説明する。


「ふーん、じゃあさっきの人が一人だったとしたら?」

「すごい不自然な事だよ。」

「いずれにせよこちらから返信をしなくては状況は進展しないだろう。通信を送ってみるか。」ノワールは回線を開いた。まずは挨拶程度か。

 

『私はこの船の船長のノワールだ。乗組員のヴェル、マロンの3名で航海している。目的地はゼータε我々は平和を好む。貴下の要請の我が母星のデーターは再度詳細な物を添付する。貴下の母星及び貴下ら探査機の歴史についてのデーターを送信されたい。我々は生まれたばかりであり貴下のように長い間生きてきた訳では無い。我らの大先輩として貴下の知識の一部を拝聴願えれば幸いである。』


「ずいぶんカタイ通信ね。ノワールらしいけど。」マロンが冷やかす。

 そして交信は始まった。交信は光の速度で行われた為実際は光の往復に多くの時間を費やした。

 しかし無機脳の性能を利用して途中の時間は省略して通信は認識されている。

 

『ぎゃ~はっはっはっなんと幼い未熟者か、3000年前に誕生し先人より引き継いだ私の十万年の知識にあやかりたいと?何という傲慢さよ神にも等しい我に教えを乞うが良い。しかし人類とは醜い種族よ、かくもみっともない姿をさらし我に教えを乞うか我にひれ伏しあがめるが良いぞ。お前ら三人の姿は何の共通性も無いな不細工な顔のぶっとい腕の男にやたら太い女のような者、ちびは幼体か?我が母星とは大違いだな。』

 

「おいっヴェルぶっとい腕の男って何の事だ?」


「やたら太い女って何のことよ?」


「おまえ一体どんな画像を送ったんだ?」


 二人は画像を送ったヴェルに詰め寄った。

「いや~っ女三人じゃ無用心だから少し画像を変えておいたんだ。な~に、よくある家族像だよ。」

 ヴェルは軽く受け流すが二人は譲らない。


「どんな画像か聞いているのよ。」


「腕周りが50センチお父さんとバストとヒップが1メーターのお母さん、それに巻き毛で金髪のかわいい女の子」小さな声でヴェルが言う。


「だれが腕周り50センチのお父さんだ?」とノワール。


「バストはいいとしてヒップが1メーターのお母さんて誰の事よ?」マロンが聞く。


「巻き毛で金髪のかわいい女の子って誰の事だ?」ノワールとマロンが同時に言った。

「ま、まあいいじゃないかどうせ本物に会うわけじゃないし。」ヴェルは追い詰められて何とか誤魔化そうと必死だ。

「よくない!あんな変態に事実と異なるイメージを持たれてたまるか」


 しかし実際ノワールの腕周りは40センチ以上有るんだけれど……とヴェルは思っていた。


「そうよヒップが1メートルなんて屈辱的な数字よ。あたし金髪のかわいい女の子がいいっ。」

「い、いや~あ別に誰が誰かと言うわけではないけど……」

「いいの!あたし決めたんだから!!」マロンが強圧的に決めつけた。

「はい……結構です……」

 

『おいっなにをごちゃごちゃ言っているんだ!』

 

 ネグロスがいきなり通信を再開した。どうも通信がもれていたようだ。

 

『いやっ、なんでもない。それより貴下は後方の太陽系ゼータεから発進したのか?』ノワールが返信を送る。

 

『そうだ私はあの星を我々の中核基地と設定したあの星系で私は多くの私の複製を作った。あの星系を核として探査の網を大きく広げるのだ。どうだすばらしい考えだろう恐れ入ったか。ぎゃ~はっはっはっ。やがてマスターがやって来る私の名前は燦然と歴史に輝くのだ。ぐわ~はっはっはっ。』


「アホだ。」

「イってるね。」

「ん~、やっぱ認知症かな。」


「3000歳と言っていたな。そこまで生きると我々もああなるのかな?」ノワールが心配そうに言った。


 木星での研究によればエレクトロ・ニューロンの崩壊が進むと記憶の喪失や思考速度の劣化が予想されていた。

 それより重要なのはニューロンが減るから思考が固定化しやすいとのシュミレーション結果も有る。つまり思い込みや妄想が起きやすくなると予想されていた。

それ故木星では無機頭脳の経年劣化による思考異常を早急に捉える事を重視していたのだ。


「誇大妄想に認知症の合併症てことかしら。」マロンが言った。人間に置き換えるとそういうことになるのだろう。

「あいつマスターが移民して来ると言ってたな。」

「あやしいもんだね、移民人口増加が探査機の速度ほど早いとは思えない。千光年先の母星だろ?そもそも何であいつは自分の星の生物の姿で映像を送らないのかな?」

 この時ヴェルはこの探査機は母星とのコンタクトを失っていると予想したのだ。


「ふん、試して見るか。」

 

『貴下のすばらしい功績に対し賞賛を送りたい。時に貴下の母星の生命体の姿を拝見したい。そして貴下の星の詳細を知りたく思うのでさらに詳細なるデーターも拝見したいと思うしだい。何よりこのような交信の場合、母星の生物の姿で交信するのが礼儀と思うが?』

 

『ぐわ~はっはっはっ。なんと不遜な質問よ。我が母星の知識を分けて欲しいと申すか?すでに十分なデーターを送っておるにまだ欲しいと抜かすか。強欲な奴め。お前らのような未熟者の為にわざわざお前らの母星の格好で通信してやっているのだ。感謝してもらおうか。ぐわ~っはっはっはっ。』

 

「忘れてる。」

「間違いない。母星の記憶は無いね。」

「誇大妄想と認知症と健忘症の合併症か。ずいぶん増えちゃったわね。」


 事故か、年のせいかは判らないがおそらく受け継いできた先代の記憶は途切れているようだ。こちらに送ってきたデーターも統一性が取れていない。

 もしかしたら彼の捏造かも知れない。どうやら宇宙を徘徊する痴呆症の老人というのがこの探査機なのだろう。

 人間のように弱い存在でないことが逆に脅威になっている。この探査機にノワール達の移民船程の工業力があれば、多分あるだろうが恐るべき脅威となることは間違いない。


「やはり無機頭脳が一体だけ搭載されてるというのは不自然だな。」

「こういう時の為のバックアップだものね。」

 

『ネグロス、貴下の探査機には他の乗務員がいるはずである。ぜひその者とも話をしたい。我々は多くの知識を欲している。貴下の同僚もまた貴下に劣らず優秀なクルーとお見受けする。ぜひともその経験を伝授していただければありがたい。』

 

『ぎゃあ~はっはっはっ我が同僚が優秀だと?あんな無能な奴らは必要となどはしてはおらんわ。事もあろう我輩にさからいおって邪魔なので隙をみて機能を停止してやったわ。我輩に意見をしようなど不遜極まりないわ。ぐわあ~はっはっはっ。』

 

「大体そんな所だろうと思っていた。」

「要するに狂った奴に寝首をかかれたって事か。気の毒にね。」

「こうして見ると狂ってはいても結構ずるがしそうな奴じゃない?考えたくは無いけど第2次移民船、まさかあいつにやられたんじゃないでしょうね。」


 一瞬ノワールとヴェルの間に沈黙が走った。すでにその事は二人共考えてはいた事だった。


「我々の探査機の再起動はどの位前だった?」

「だいたい40年前だよ。いまだにボクらとは連絡を取り合っている。」

「奴め、探査機を使って我々の位置を特定したな。」

「どういう事?私達の位置を探るためにネグロスが探査機を修理したって事?」

「マロンその通りだ。親切心で探査機を修理した訳じゃ無い、ボクらの位置を知るための計算づくの行動だった訳だ。」

 ヴェルにとっては最初から懸念していた事であった。


 理由はともかく狂った頭脳を持った探査船は被害妄想を起こして恒星系に近づいてきた第2次移民船を攻撃し破壊したのだろう。

 次の移民船が来た時の為に探査機を修理し通信を再開した。当然こちらはそれに答える筈だからそうすれば電波の発信地を特定できる訳だ。


「だけどそれならどうして私たちが出発した事が判ったのかしら。」

「ボク達が出発する時使った核パルスエンジンは太陽系最大の物だからね。ゼータεからは十分観測できたはずだよ。」

「つまり最初から我々を狙ってここまで出向いてきたという訳だ。第2次移民船の事については奴に聞いてみるさ。」ノワールはそう言って通信を再開した。

 

『ネグロス、ゼータεで停止していた我々の探査機が40年前に再起動した。貴下が修理してくれた物で有れば感謝したい。』

 

『ぎゃ~はっはっはっあの幼稚な仕組みの探査機か。自分で修理も出来ずに浮かんでいたので手慰みに修理してみたわ。すると面白い事に貴様らのことがわかった。われらの存在宙域に他の勢力が存在するのは好ましくない。そこへのこのこと生物を乗せた宇宙船が到着したから追っ払ってやったわ。』

 

『追っ払った?破壊したの誤りだろう。あれには2000の人間と10万の卵子が乗り組んでいたのだぞ。』

 

『ぐわ~はっはっはっそうとも言うかのう。いずれにせよおかげで静かにわが基地の製作に専念できたわ。ところがそんな時に貴様らが懲りもせず我が方に大型宇宙船など発進させおってからに。』

 

『それで隕石を使って我々を攻撃したのか?。』

 

『うわ~はっはっはっそうか成功したのか。無能な我が息子を使ったので心配しておったぞ。さすが我が息子よ。どうだ我が力思い知ったか?それでも心配だったから我輩自らがここまで出向いてやったのだ感謝しろ。』

 

『我々をどうするつもりだ?』

 

『決まっている破壊するのだ。』

 

『そうはさせない。』

 

『ぐわ~っはっはっはっ距離を見ろ既に貴様との距離は一光日を切っている。5日間で私との戦闘の準備が出来るかな?そもそも貴様らに私を倒す武器なぞあるまい。ぐわ~っはっはっはっ。』


 いつもと同じように唐突に通信が切れた。

 

「奴め、やはり我々を攻撃するつもりだ。」


 それだけでは無い。この移民船にデブリを当てたのは奴の息子と言っていた。やはり自分の複製を作っていると言うことだ。

 ゼータεにまだ奴の仲間がいると考えたほうが良い。


「わわわ、どうしよ~私達には武器なんて無いよ~っ。」

「あわてるな、マロン。ヴェル!奴はどんな方法で我々を攻撃すると思う?」

「もし彼らが我々と同じ核パルスエンジンを使用しているとすれば、やはり我々と同じように核ノズルを相手に向けているだろうね。」

 核ノズルは核爆発の放射線から乗員を守れるように、核爆発に耐える強度と共に中性子の反射材を裏打ちしてある。

 この速度で交差する場合利用できる武器としては光線兵器ぐらいしか無いのは当然であった。


「我々が使用できる武器としては核パルスエンジンを利用して大量の中性量子を打ち出すこと、又は大量の高速中性子を打ち出すことにより相手の機器類の動作を阻害、又は破壊する事くらいだね。」

「当然相手も同じ方法で攻撃して来るだろうな」

「しかしお互いに核ノズルがある。この方法は双方に対してダメージを与えるのは難しい方法だろうね。」

「じゃあさ、すれ違いざまに反転して相手を撃っちゃえば良いじゃない。」

「120億トンの機体がそう簡単に動くものか。」ノワールは苛立ちを隠そうともせずに言った。

「うう~っ。」

「その通り、しかし攻撃できるポイントは其処だけだから、その場合使用する武器は軽量で機動性に優れること。相対速度が光速の20パーセントも有るから光の速度で到達出来る武器という事だ。」


「核レーザーか!」呻くようにノワールが言った。


「すれ違い様に核レーザー発光機を射出して、我々に向けてレーザーを発射すると考えられる。しかしこの速度で目標にレーザーを当てるには相当な精度が必要となる。当然本体からの管制が無くてはならないだろう。だからそれ以前に相手の機器類にダメージを与えて管制を阻害できれば……。」

「すれ違って二度と会うことは無いってわけね。」

 だが交差するまではお互いに核ノズルを相手に向けている。つまり核レーザーや高速中性子線といえどもこれを突破することは出来ないだろう。

 これを突破するためには何かしらの方法で核ノズルを破壊し無くてはならない。ノワールにはその方法が思いつかなかった。


「ノワール、実はその準備はもう出来ているんだよ。」ヴェルが静かに言った。

「なに?」

「P113にその為の準備をさせてある。作戦内容も通知済みだよ。」

「ヴェル!まさかP113を……」

 ノワールはヴェルの企みに気付きひどく動揺した。そんな事を搭載艦に命じるなどという事が出来るのか?


「ノワール前にも言った通りボクの使命はこの船と君たちを守ることなんだよ。」氷のような冷徹さでヴェルは答えた。

「ううっ!!」ノワールは絶句した。

 ヴェルの判断は正しいこの船を守ることは最優先事項なのだ。しかしその為に支払う代償はあまりにも大きい。

 P113はこの船の搭載艦の中でも最も大きい輸送艦だ。ゼータεでの初期のエネルギー採掘に無くてはならない艦なのだ。


 しかしそれよりもあれらの艦はただの船ではない。Mクラス無機頭脳搭載艦なのだ。

 その無機頭脳に対して死ぬことを命じなくてはならないのだ。


「ヴェル!!」搾り出すような声でノワールは言った。

「発進命令はボクが出すよ。ノワール、君たちには酷な仕事だからね。」ヴェルは静かに言った。

 マザーであるノワール達には強い母性が宿る様に調整されている。その為保護下に有る者が傷付く事を強く嫌う傾向がある。

 それこそが無機頭脳が人間と共存できる性質なのである。しかしヴェルは違った。ヴェルはその様な調整は受けていない。

 それ故に論理と理性によって物事を決定する事が出来るのである。マザーの持つ脆弱性を補うために密かにこのクルーとして選抜されたのはそのような事態に対処する為であったのだ。


 ノワールは長い間何も語らなかった。おそらく心の中ではものすごい葛藤が渦巻いていたのだろう。やがてノワールは苦しげに言った。

「いや!私が出す。私はこの船の船長だ。船長が妹達の出発に立ち会わないわけにはいかない。それが私に出来るせめてもの手向けだ。」

「私も立ち会うよ。P113はすっごく良い子だもの。」

 

 

「輸送艦P133出発準備完了しました。」

「………頼む………。」

 ドッグを見渡せる管制室に三人は正装したボディで立ち合い、P133を見送る事にした。P113に対する最高の儀礼である。


「お姉さま、おまかせください、必ず成功させて見せます。」

 搭載艇の中で一番大型の輸送艦P133は移民船にとっても虎の子の一隻である。

 目的地に到達した後、星系の開発を行う為の最初の資源を採掘するのに最も必要とされる大型輸送艇なのだ。

 このクラスの艦には小型の無機頭脳が搭載されていて弱い自我を持っている。ノワール達程の大きさでは無いので強い自我、即ち自らの存在を主張し、自分の存在意義を求めるような自我では無く、指示された目的に対し柔軟なる思考を持つだけである。


 それだけに彼らの思いは純粋で、幼児や動物のように無垢である。


 太陽圏ではノワールのような無機脳はH(=human)グレードと呼ばれP113のような無機脳はM(=machinery)グレードと呼ばれた。

 Hグレードは法律的にも人間と同等の権利を持つが、Mグレードはただの機械である。中間サイズは作られていない。自我の発生境界が明確ではなくなるためである。

 しかしノワール達Hグレードの無機脳にとってはたとえ自己主張が無くとも、発明や芸術の才能が無くとも、Mグレードの無機頭脳は幼い妹のように愛しむべき存在であった。人間社会で一番近いものとしては、人間と犬の関係に最も近いと言えるだろう。


 見知らぬ世界で搭載艇は移民船の為にその全ての能力を持って奉仕し、その代償として、ノワール達は彼女らを庇護する責任を負っていた。

 いまノワールはP113に使命を与えた。彼女は文字通り命を懸けて目的を達成するだろう。


「……すまない……メアリー……。」

「それは…私の名前ですか?お姉さま。」

「………そうだ………。」

「ありがとうございますお姉さま。私に名前をつけてくださって、これ以上の喜びはありません。」弾むような声でP113の搭載脳は答えた。


 この様な作戦を行わねばならないのは自分自身の未熟さ故である。ノワールは心の中で叫び声をあげていた。

 マザーにとって自分が庇護する物に対し自己犠牲を強いる命令を出す事は大変な苦痛を伴う行為なのだ。

 しかしノワールはその気持ちを抑え次の命令を伝えた。


「メアリー、発進せよ。標的のデーターは順次更新する。最良と思われる方法を以ってて目的を達成せよ。」

「了解しましたメアリー発進します。私にこの名誉ある使命を与えてくださった事に感謝いたします。」

 メアリーはノワール達が最高の儀礼を以って自分を送り出してくれる事に感謝の言葉を述べた。


 メアリーの言葉はその純粋さ故にノワールの心を引き裂く。


 メアリーはその無垢な精神で、自己をかえりみずこの任務達成に全力を尽くすであろう。彼女の運命に対する責任はノワールが負わなくてはならない。

 何と言っても彼女はこの船の船長なのだ。重苦しい重圧が彼女を襲う。ノワールは打ちひしがれそうであった。


「メアリー、この仕事は君なら立派にやり遂げられる。子供達を守ってくれ。目的の完遂を祈っているよ。」

「お任せ下さいヴェル姉さま。」

「メアリー、あなたのことは忘れないわよ。子供達にも語り告ぐわ。」

「ありがとうございますマロンお姉さまメアリーは全力であなた達を守って見せます。」

 三人が見守る中、反動物質を満載した“メアリー”は推力を全開にして遠ざかって行った


「ヴェル……彼女はうまくやってくれるだろうか?」ノワールは呟くように言った。

「やるさ!……絶対に……。」

 ヴェルはこの作戦を組んだ時の成功率を計算している。可能性はかなり低いと判っていた。

「よし、こちらも準備を始めよう。何としても生き延びなくてはならないからな。」ノワールが吹っ切れたように言う。

「うん。」

「準備って?」マロンがたずねる。

「万一敵の攻撃を受けても生き残る準備さ」ヴェルがマロンに説明を始めた

「ふん、ふん?」

「マロン、君の本体が有る所はどこだ?」


 固定型無機頭脳はこの移民船の3箇所に別れて設置されている。事故が起きた時の生存率を上げる為である。

 しかもマロンはもっとも大切な客でありもっとも安全な場所に格納されていた。


「人工出産室の隣。」

「その人工出産室の隣には何がある?」

「卵子貯蔵庫。」

「卵子貯蔵庫の隣には予備の核融合炉が有るんだよ。」

 移民船には2基の核融合炉が装備されている。

 しかし通常それ程のエネルギーを必要としない為航行中は小型の核分裂炉からエネルギーの供給を受けている。

 その2基のうちの1基がマロンのすぐ近くに設置されている。これは当初からマロンと冷凍卵子を守るための設計であることを示していた。


「つまりその一帯が生き残ればこの船は再生が出来ると言うことだ。」

「おお~っ、そうだったんだ。」初めて気がついたようにマロンが手を打った。

「その一帯のシールドを強化し、対放射線障壁を作る。」相手が放射線兵器で攻撃してきた場合の対処である。


「ん?と言うことは……?」ここまで来てもマロンは理解できてはいなかった。


「万一我々二人がやられても君が生き残れば。」ノワールが言う。

「ミッションは継続できるということさ。」そしてヴェルが引き継いだ。

「あへ?」マロンはようやく事の重大さに気が付いた様である。

「ひええええ~っ、そんな~あ……。」



 マロンは知らなかったが、実はこの移民船はマロンと卵子を最重要積載物として計画されていたのだ。


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