4、誕 生
「みて、こんなに大きくなったわ。」
「うん、あと三ヶ月だ。ここまでくればもう大丈夫だ。」
「女の子だね。どんな子に育つんだろう。」
「私達の未来を担う子だからミライ。美人になるわよ。」
マロンはややはしゃぎ気味に話した。
「…てゆうか何で私達三人はプライベートボディでここに集まっているんだ?」ノワールが疑問を呈した。赤ん坊の様子は全員が逐一観察しているので判っている。
にもかかわらず三人は各個人が所有を許されている完全人型のロボットのプライベートボディにインストールして、人工出産室に集まっていた。
「その上マロンはナース服にトンボめがねを掛けているし。」ヴェルが不思議な物を見るように言った。ロボットが近視の訳が無い。
「雰囲気よ。雰囲気!」マロンはフリフリしながら答える。
壁には一面に人工子宮が設置されていた。目的地についてエネルギーを補給すればこの出産室は胎児であふれかえるだろう。
しかし今は壁一面の人工子宮の中で、子供が育っているのは一箇所だけである。
「かわいいでしょう。こんな美人はそうはいないわよ。」
「どこをどう見ればそういう感想がでるんだろう?」ヴェルがあきれる。
「無機脳の美的センスを疑われるな。」ノワールが嘆く。
「いいじゃないの医療用カメラで見るよりこうやって胎児を外から見ているほうが。」
「どちらかというと悪趣味だと思うが。だいいちカメラである事はこのボデイでも同じだと思うが?」
子宮の中の子供はすでに人間の形になっている。とはいえ透明な人工子宮の球面ガラスの中に浮かぶ胎児はやはりグロテスクであり、人が自然の摂理に反して行われる生命の誕生はどこか背徳的な気持ちを起こさせる。
「野暮な人ねえ。こういうのを趣があるっていうのよ。」
「ちがうと思う。」ヴェルがボソッと言った。
一時人格崩壊の危険性すらあったマロンはノワール達の努力によって立ち直った。しかもその後さらにエネルギッシュに子供の世話をしている。
「何故かノワールとの直接コンタクトの後、天然に磨きがかかったような気がするんだけど。」ヴェルがノワールにたずねた。
「少なくとも私のせいでは無い……と思う。」自信無げにノワールが呟く。
「そこっ、何を話しているの?」マロンがいきなり振り返って叫んだ。
以前に比べて勘も鋭くなっている。
「それはそれとして…マロンなんだそれは。」
「あら?何のこと??」
「その胸…。」
以前に比べて一回り大きくなったマロンの胸はナース服の上からもはっきり見て取れた。
「あらやだ気が付いた?ノワールも大きくする?」
気が付かない方がおかしい変化だが、わざととぼけてるとしか思えない状況だ。それにもかかわらずマロンは堂々ととぼけている。
「いや結構だ……いや、そういうことじゃなくって!!」
「だってえ子供が生まれたら母乳で育てなきゃならないじゃない?」
「だから?」ノワールがいらだった様子で続ける。
「ちょこっと改造しちゃったのよお。ほらっ、口のここからミルクを注入するとおっぱいの中に溜まるのよ。ヒーターも付いてるからいつでも人肌で飲ませられるわよ。」
マロンはさらにフリフリを強調しながら答える。ついでに胸もフリフリしている。
ばこっ!
いきなりノワールがマロンの頭をどついた。
「や・る・な」
「いったあいっ。頭蓋骨がへこんだあ。」
マロンが頭を抱えてしゃがみこんだ。高性能人型ボディは人間偽装システムを備えていて、痛みを感じたり血を流したり出来るのだ。
「ノワール、マロン。」突然ヴェルが声を上げた。
「どうしたヴァル。」
「変な信号を受信した」
彼ら無機脳は人口出産室にPBを使ってみんなで集合てはいるが、同時に船のシステムをコントロールしているのだ。
今ヴェルが担当している部分の通信機が異常な信号をキャッチしたことに気が付いたのだ。
「外部受信機HA1287。」
「確かに人為的な信号だな。」すぐにノワールとマロンも検索にかかる。
「初の地球外文明との接触となるかも知れない。これは重大な事項だ。直ちに木星に連絡しよう。」もっとも返事が返って来るのに十年以上はかかるが。
「わあっ、すごいすごい。こんなのすごいサプライズだよお。」マロンがはしゃぐ。
「一概にそうとは言えないかもしれないよ。」ヴェルは浮かない感じで言った。
「なんでよお、歴史に残る大発見だよお。」
「ボクらの進行方向だよ。偶然にしては出来すぎだと思わないか?探査機の再起動とあわせて考えるとゼータεから来たとしても驚かないね。」
「十分にありえる仮説だな。」ノワールも同意した。偶然は出来すぎの場合は必ず裏に何かがある。
「なんでえ?探査機を直してくれたのなら親切な宇宙人じゃない。」
「再起動後の探査機のデータに地球外文明の存在を示唆したものがあったかな?」ヴェルが説明する。
探査機は再起動の原因を知らせて来てはいないのだ。
「そういえば、確かにそんなのなかったわよねえ。」
「第一あそこの星系に地球型惑星は無いから文明が発生したはずが無い。」
「じゃあやっぱりあの星からきたんじゃないんだ。」
「信号の強さからしてかなり近いと思われるんだけど、こちらと同じ通信能力と仮定すると約一光月、光学観測で発見できる距離じゃないから、明らかにこちらの位置をつかんでいるね。」
星と星の間にある空間に光は無い。つまりお互いを見ることは殆ど出来ないのだ。
レーダー電波が届かずお互いを見ることも出来ない場所でのファースト・コンタクトなどはありえないのである。
「なんでこっちの位置がわかったのかしら。」
「こちらが出している探査機との通信を傍受したと考えるべきだろうな。」
「相手方の信号の内容は?」
「パルス一回、パターンA、パルス2回、パターンB…標準的な言語探査方式だよ。」
「パターンAが水素、パターンBがリチウムってか。」
「よし、こちらも同様の通信を送ろう。」
「どの程度の情報を送ろうか?」ヴェルは用心するべき者としてこの相手を捉えていた。
「こちらの社会規模は止めていた方がいいだろう。言葉を教えられる最小限度にしておこう。」ヴェルの言っている意味をノワールはすばやく理解した。
「返事が来るのにしばらくかかるからお互い十分に言葉を解析できるよ。」
「相手との相対速度は?」
「ドップラーシフトから推測できる。光速の20パーセント近いね。向こうも恒星間移動を行っているんだ。」
「ランデブーは一瞬の事だな。」
星間移動を行うもの同士の交信は殆ど不可能と言って良い。
木星との交信が出来るのは木星の位置が判っており木星側の通信能力が非常に大きいからである。
移民船同士の通信は位置が判っていない場合は非常に難しいのである。
「相手の軌道がわかるのはどのくらいかかる?」
「位置のずれを観測するからすこし時間がかかるなあ。」
「以前衝突した隕石の軌道との関連性は有ると思うか?」ノワールは気になる様子でヴェルに尋ねる。
「軌道角度は違っているから相関関係は薄いと思うけど、何故そんな事を?」ヴェルも実は同じ事を考えていた。
「あんな事故の後だからちょっと気になってな。偶然が二度続くとそれは偶然では無い。」
「向こうの言語形態はだいたい判ってきたよ。」
「うん、それほど極端な言語ではないな。」
「イルカよりは人間の言語に近いわね。」
通信を受け取ってからしばらくして解析が進み相手の様子が少しづつ判り始めた。
「ただおかしいんだよね。肝心の人類の形状がはっきりしないんだよ。」
「確かにおかしいわね。二足歩行には間違いないようだけれど、感覚器官が頭頂部にあるような表現と体中央部にあるような表現が混ざっているわ。」
「腕に相当するような物は有る様だが第3の腕が有るような表現と無いとする示唆が同時に存在している。」
「文法上の誤解かなあ。それとも何種類も違う宇宙人が乗ってるのかなあ。」
「観念的な言語は少し解読出来た物があるわ。怒りとか恐れに相当する言語らしい物はあるわね。」
「多分メンタル的にはそんなに変わらな感じだな。」
「平和的な種族かしら。」
「向こうから通信してきたんだからそう考えていいだろうな。どの位の間接触が可能なんだろう。」
「向こうの宇宙船の軌道はまだ誤差が大きくて正確ではないよ。星と違って人工物は仮定が多くてね。ただこれだけ時間が経っても位置が変わらないし電波も強くなってきているから間違いなくこちらに向かってきているね。」
「こちらから返信した電波が向こうに届いたら、その確認の信号を送り返して来るだろ。もし最初の仮定通り一光月位の距離でこちらに向かってきているとすれば、そろそろこちらに返信が届く時期ということだろう。」
三人はファーストコンタクトに関し期待と不安を持っていた。うまくすれば世紀の大発見と言える功績だ。
もっとも相手が攻撃的な種族であったとしても接触はほんの一瞬である。脅威にはならないだろう。
「ね、二人ともボディで付き合ってくれる?」突然マロンが言った。
こういう仕事には向いていないマロンである。気晴らしがしたくなったのかも知れない。
「なんだ?またミライに会いに行くのか?あと一ヶ月で生まれるんだから待ち遠しいようだな」
「ううん、そうじゃなくて。」
マロンは二人を居住区の繁華街へ連れて行った。繁華街といっても住人がいないのであるから店があるわけでもない。
そもそもが本来の居住区はまだ作られていない。円筒形の移民船の外周に10層の区画が作られているが、それらの大半は工業区画とライフラインである。
人間の為の居住区画はその上に10層分の増築を行うのである。必要の無い居住区をわざわざ作って持って行く必要は無いからだ。
今その居住区の予定地は減速の為の燃料と反動物質が詰まっている。
今いる居住区は恒星に到着した初期段階で居住区の増築と人間の育児を平行して行う為に居住施設が多少設けられてあるのだ。
三人は広場のベンチに腰をかけた。0.5気圧の窒素ガスの大気、気温はマイナス80℃、作業ロボットのオイルが凍らない温度だ。それでも船全体ともなればかなりのエネルギーを消耗する。
「第1次移民船まではこれとさして変わらない居住区に2000人を詰め込んで100年も暮らしたんだなあ。」ノワールが感慨深げに言った。
「100年分のエネルギーを余分に乗せての旅だからかなり節約しての旅だったそうだよ。」
マロンは広場の真ん中でくるっと体を回した。広場の明かりがぱっと明るさを増し、周りの店舗のショウウインドウを照らし出す。
「あと40年したら向こうに着くわ。そうしたらこの広場も子供達でいっぱいになるわね」
マロンはさらに手を広げると何度も体を回した。
「お店にもいっぱい品物が並ぶわ。私達10万人の親になるのよ。」
「ああ、ミライも一緒にな。」
マロンはさらに何度も何度も回った。…が足がもつれてひっくり返った。
「いったあい、鼻が潰れたあ。」
「胸は潰れなかったか?」ノワールが心配そうにマロンを覗き込んだ。
「大丈夫よ!」マロンが胸を押さえて言った。
「そりゃ残念。」本当にノワールは残念そうであった。
相手の宇宙線はこちらの信号を受信したようだ。デジタル信号の規格を送ってきた。ついでに距離測定用の信号規格も一緒だった。これで言語による通信が可能になる。
「これで向こうの正確な位置がでるわね。」
軌道測定を行った結果をたどって行くと出発点はやはりゼータεという結論が出た。やはりこの移民船の目的地と一致する。
つまり彼らが探査船を修理し、中のデーターを解析しこちらに通信をしてきた可能性が高いと言うことだ。
「探査機を再起動したのは彼らということは間違いなさそうだ。」
「だけど探査機にはそのような事実をデーターとして送ってきてはいないんだよね。」
何故相手の宇宙線は自らの存在を探査機から発信させ無かったのか?やはりファースト・コンタクトに対して用心をしているのだろうか?
「いずれにせよもうじき直接交信が可能になるからそれからだね。」
「どんな顔した宇宙人さんかな?映像を見るのが楽しみだわ。」
「ボク達はどんな顔して交信すればいいんだろう。」
「ボディでいいんじゃない?ほらこんなにかわいい女の子が3人もいるんだから。」
「人類に対して誤解を与えそうな気がする。」ヴェルがボソッと言う。
やがて相手から距離測定用のパルスが入ってきた。こちらから瞬時に同期した信号を送り返す事にする。それによって相手との性格な距離を測定する事が出来るようになる。
「現在の距離は約20光日位だから、会合は約100日後ということになるわね。」
「直接の光学観測は我々の持っている8メータ反射望遠鏡でも4光時位からだな。結局光学観測は直前までは不可能という事だ。」
「彼らの目的が何であるにせよ用心に越したことは無いね。前部エンジンの反射板を前方に向けておこうよ。核爆発に耐える反射板は相手のいかなる攻撃にも耐えられるからね。」ヴェルは用心深くそう言った。
ヴェルにしてみればノワール達の安全が最優先である。多少神経質になっている。
「相手も同じ事を考えているだろうな。」
「せっかくのファーストコンタクトなのに、こんな猜疑心を持ちながらじゃ悲しいわよね。」
「やむを得ない我々は十万人の命を預かっているんだからな。」
「さあ!いよいよ予定日よ、よ・て・い・び。」
マロンははしゃぎながら人工出産室の中を飛び回っていた。
「胎児の成育状態は十分な状態だね。いつ出産しても大丈夫だよ。」
きょうはミライの出産日である。
もっとも人間の母親と違い人工子宮の中で胎児は厳密な管理体制の元、胎児の状態に合わせて出産を行う。
人間で言えば全出産が帝王切開による出産ということになるのだ。
「それはそうと……なぜ我々は三人そろってこんな格好をしなければならないんだ?」ノワールがうんざりした様子で尋ねる。
三人はボディに、手術着に手術帽、マスクに手術手袋の完全装備で出産室に集まっていた。しかもヴェルは手術着が長すぎてすそを引きずっている。
「いやあねえ、出産なんだから当たり前じゃない。雑菌が付いたら大変でしょう。母体の健康も考えなくちゃ。」
「母体は人工子宮なんですけど。」ヴェルが呟く、どうせ言っても無駄だと思うが。
「この移民船は太陽系にあるいかなる病院の無菌室よりも高度な無菌状態にあるはずだが?」ノワールも呟く。
「第一ボク達、呼吸はしていないんだよね。」
「雰囲気よ、ふ・ん・い・き」
マロンはフリフリしながら答えた。
「前にもこんなシーンがあったような気がするが。」
「じゃいくわよ。」マロンは実に生き生きとしている。
垂直な壁に取り付けてあった人工子宮が下にすべり下りてきて水平に設置される。出産はこの形で行われる。
「助手!」いきなりマロンは怒鳴った。
「へ?」ヴェルは空気が読めずに固まった。
「メス!」
「無い!」すかさずノワールが答える。
「カンシ!」
「忘れました!」ヴェルが反応する。
「患者の心電図は!?」
「異常ありません。」
人工子宮から羊水が抜かれる羊膜は子宮外部に付着したままだ。
「切開!」
子宮上部の透明部分が開き、胎児が露出する。マロンはそっと赤ん坊を取り上げるとへその緒がずるっと赤ん坊かからぶら下がる。
「はさみ!!」
「はいよ。」
「汗!!」
「かいてません!」
「ここが難しいところなのよ大丈夫私がうまくやってあげるからね。」たいぶマロンは芝居がかってきている。
チョキンとへその緒を切る。
「手術成功!!」マロンは大手術を成功させたかのようにはしゃいでいる。
「おめでとう」ぱちぱちと気の無い拍手。
「泣かないな。」ノワールが気付く。
「泣かない。」不安そうにヴェルが言う。
「泣かないわね。」目をぱちぱちさせてマロンが言う。
いきなりマロンは赤ん坊の足を持って逆さにぶら下げると、お尻をパンとたたく。ゲボッと赤ん坊は羊水を吐き出す。
「ああ~っ」
赤ん坊が産声を上げる。初呼吸である。マロンはVサインを出してる。
なんか太公望が釣った魚を自慢しているシーンを思い出してしまった。ヴェルは、視覚映像を秘密の記憶バンクに保存する。
ヴェルはボディの片目を高性能カメラアイに改造してある。この目を使って決定的瞬間を二次元データーとして保存すると言う趣味があるのだ。
誰にも知られず時々一人で画像を見て楽しむのだ。人はこの趣味を「カメラ小僧」と言う。ミライが大ききなったらこの画像を見せてやろう、そんな事をチラッと考えるヴェルで有った。
産湯を使うと、オムツを付けてベッドに寝かせる。集中管理の出来る赤ん坊専用のベッドだ。三人が赤ん坊を取り囲む。
「見て見てかわいい~。」マロンはもう顔が崩れている。
「うん、美人になる顔だ。」
ノワールもまんざらでない顔をしている。やはり二人ともマザーだ。ヴェルはそう思った。
「お父さん似かしらお母さん似かしら?」
「どっちだろうね。」
残念ながらマザーでないヴェルには二人のそんな気持ちはわからない。
「そんなにしわくちゃなのに良くそんな事がわかるね。」絶対的禁句を口走ってしまった。
ばこっ!
ノワールがヴェルの頭をどついた。
「ぐへっ!」
どかっ!
マロンが脇腹の蹴りを入れる。パンツ丸見え。すばやくヴェルは視覚映像を保存する。
「ぐふっ!」
悶絶したヴェルを尻目に二人は赤ん坊談義に盛り上がっていた。
「ああ~っ」
赤ん坊が声を上げる。
「ミルクよ、ミ・ル・ク。」
マロンはぴょんぴょんと跳ねながらミルクを取りに行く。
「ノワール、いつまでつきあうの?」ヴェルがわき腹をさすりながら聞いた。
「そうだな、そろそろ……」マロンがミルクを持って来ると赤ん坊を抱き上げる。
「はい、みるくですよ~。」
いきなりマロンは哺乳瓶を自分の口へ持っていく。口から乳房にミルクを移してそこから飲ませるつもりだ。
ばこっ!
ノワールがマロンの頭をどつく。びっくりしたマロンが赤ん坊を取り落としそうになる。すばやくヴェルが赤ん坊を抱きとめる。
「恥ずかしい事を や・る・な」
「ふえ~ん、赤ん坊は母乳で育てたほうがいいのよ~っ。」
「どっちも同じバイオミルクだろう。」
ヴェルはひどく疲れたような気がした。