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1、プロローグ

インターリーダーを内蔵した椅子にゆっくりと体をゆだねたジョンカーターは脳髄に直接流れ込んでくる情報をひとつづつ整理しながら考えをまとめると質問と自分の意見を発信した。

 直ちに答えが返って来る、さらに意見の調整を行い方向性をまとめる。


 20年間毎朝のように行なってきた朝のニュースの打ち合わせである。


 コンピューターの力を借り 人間の脳髄に直接情報を届け同じ様に各部署にいる担当者とすばやく意見交換を行い結論を出す。ダイレクト通信ならではの速度である。

 なれない人間にはとてもついて行けない速度でディスカッションが行われる。それ故これを使いこなすにはかなりの訓練が必要ではあるが 大量の情報交換を短時間に行えるため 多くの企業の管理職等が利用している。

 ニュースキャスターである彼のような仕事には不可欠なシステムである無論それに伴う脳幹部への手術やメンテナンスにはそれなりの経費を伴うし年をとって脳の働きが落ちると使用が難しくなるのだが。


 その昔のブラウン管と呼ばれた平面ディスプレイ装置から空中投影式ディスプレイや3Dディスプレイに変化し、さらに視聴者の全周囲に表示するインサイド3Dなどの表示媒体に変化があったとしても、キャスターがニュースを伝え映像でそれを補完するニュースのスタイルは千年たっても変わらないものだとカーターは心の片隅で考えた。


 今日のニュースは議員のスキャンダルと宇宙船事故それにコロニー間ロープウエイが事故で止まっているのか。


 スペシャルとして星間移民船の発進中継。ほう、ゲストに木星第5コロニー郡15番地のマザーがプライベートボディで出演するのか。

 普通マザーはプライベートボディで人前に出るのを嫌がるのにこの人は珍しいな。そういえば確か時々他局に出演している美人でグラマーなマザーがいたがこの人のことだな。などと思いながら椅子から立ち上がる。


 マザーというのはコロニー管理を司る無機頭脳と呼ばれる人工知性体である。人間と変わらぬ知性と感情を持ち自我の有る固定型の存在である。固定型であるが故に移動は出来ない。

 しかし通信インフラの完備したコロニーの中ではプライベートボディと呼ばれるアンドロイドをコントロールして人間同様の活動を行う事が出来た。

 全てのマザーはこのプライベートボディを使ってコロニー管理の対価である給料を用いて人間同様の生活を行なっているのである。


 無論マザーには人権が認められプライベートボディ共々人間として扱われている。この世界は人間とマザーが共存する世界なのである。

スタッフが首筋の非接触インターフェイスに携帯端末を貼り付け背広の内側にケーブルを通し胸ポケットに発信機を入れる。これでダイレクト通信の携帯通信が可能となる。用意が終わるとカーターはスタジオに向かって歩き始めた。


 番組が始まる前にトイレによる。2時間の長丁場だ。カーターが便器の前に立つとダイレクト通信に信号が入った。通信だけなら声を出すことなく話が出来る実に便利なシステムである。


「何だ?何か問題でも?」

「は、はあすみません実はマザーが…。」

 通信はダイレクト通信だけとは限らない。この通信の便利な所はあらゆる通信を対象とできることに有る。

 相手がスタジオ用の通信機を使ってもちゃんと通話が出来るところにある。


『新米ADのあいつか…。』

 カーターは通信に出ないよう気をつけて考えた。気をつけないと思っていることがそのまま通信に出ることがあるのだ。

「今小便をひりだしているところだ手短に頼む。」

「あ、あのマザーがロープウエイ事故で…。」

 例のグラマーなマザーの事か。どうやらトラブルに巻き込まれたらしい。

「遅れるのか?」

「い、いえいらしてるのですが…。」

「じゃあいいじゃないか何か問題でも?」

 小便が便器に勢いよくあたる今日も調子がいい。

「いえその…問題が…別に無いの…ですが…。」

『にえきらんやつだなこのADは…いつものことだが。』

 カーターはしっかり小便を切ると用心深くしまいこんだ。最近は年のせいか 小便の残りが出ることがある。しみのついたズボンでキャスターをやるわけには行かないからな。


「判った。とにかくマザーは到着しているのだな。いれば何とでもなる。ん?怪我でもしているのか?」

「い、いえとても元気で…。」

 時計を見る直ぐに時間だ。


「今スタジオに入るもういいスタンバイの用意を何秒前だ?」

「はい、15秒前です」

 スタジオの扉をあけると自分の席が見えるところで立ち止まる。キューとともにさっそうと登場するいつものスタイルだ。

「10秒前」タイムキーパーが10本の指を広げてカーターに見せる。

 そういえばマザーは?カメラマンの影でゲストが見えない。少し体を移動する。

「8秒前」ゲスト席にはペンギンが座っていた。

「5…4…」


「ペンギン?」


「3…」


「ペンギン???」


「2…1…キュー。」


「なんでマザーが????」


『キューです出てください。』

 タイムキーパーが小声で囁くが、ダイレクト通信では十分大きな声で聞こえる。


「あ、ああ…」


 はじかれるように歩き始めたがゲストから目が離れない。

 ペンギンが手を振る。カーターは自分の足につま先を引っ掛けると ものの見事にひっくり返った。

 相棒の女性キャスターが駆け寄る、他のスタッフは動かない既に本番中だ。


「大丈夫ですか?」女性キャスターが聞く。


 ぱっと立ち上がるとぱぱっと服を調える。


「はっはっはっスタジオの絨毯につまづいちゃったよ。」


 スタジオの床に絨毯は敷いていない自分の足に引っかかって転ぶところは大写しで木星中に放映されてしまった。

『ふっ、こんなことで取り乱していたら20年のキャリアが泣くぞ。』

 何とかモチベーションを復活させたカーターは番組を続ける。

 

 

「よしっ、今日の最初のニュースは?」


「第4次恒星間移民船“カタロニア”の発進です。」すかさず女性キャスターが答える。


「第3次までと大きくかわったんだって?」


「はい、初の完全無人による恒星間移民です。」


「無人じゃ移民にならないじゃないか。」


「いえ、3人のマザーと10万人の冷凍受精卵が乗り組みます。」


「ふむ、すると子供達は全てマザーが育てるわけだ」

「はい過去の移民でも乗組員とともに多くの冷凍受精卵を乗り組ませました。しかし100年を超える運行期間は人間にとってかなり過酷なものとなりますので、今回の完全無人計画となりました。」


「しかし人工冬眠を使えばいいんじゃないんですか?技術は確立されているでしょう。地球ー木星航路では乗客は全員人工冬眠で旅行するじゃないですか。」

「木星航路では1年間の人口冬眠ですが、これは熊の冬眠と一緒で低体温で寝ているだけです。だから年はとるんです。100年以上の冬眠と言う事であれば完全に生命活動を停止した冷凍冬眠技術が必要になります。」

「まだ実用化されていないの?」

「残念ながらまだ動物実験の段階です。実用化されればまた移民の形態が変わるかもしれません。」


「今回の目的地は2回目だって?」

「はい、ゼータεは第2次移民船の目的地でしたが、移民船は恒星系に到達したあたりで消息を絶ちました。」

「元々恒星間移民計画はバラライト一族の始祖であるザイス・バラライトが強く提唱したものでした。木星連邦が発足する以前から急速な経済成長を成し遂げ、グロリア・コンピューターを搭載した探査機を数多く発進させました。それから100年の時間が経ち目的の星系の詳細なデーターが判明しました。そのデーターを元に移民計画が策定され今まで3回の移民計画が実行されました。」


 バラライト家は木星に向けてコロニーを飛行させた最初のコロニー代表者であった。彼はコロニーを地球圏から木星圏まで飛行させそこを起点にコロニー建設を行ない木星コロニー群を作り上げた。

 この時のノウハウがその後の恒星間移民の基礎となっているのだ。

当時は木星圏での経済は膨張の一途をたどっており極端な余剰収入が生まれた。それを解消するための公共事業として恒星間移民を提唱したというのが実体らしい。

 最初の観測機だけでも6基を送り出し移民団を3回送り出しているのだ。


「しかしその為の費用は莫大でありバラライト政権の経済基盤を大きく損ない、その結果木星は各自治区に分割し木星連邦の樹立へ大きく変化しました。木星連邦発足から今日まで恒星間移民計画は行われませんでしたが、木星においてマザーシステムの確立とコロニー製造会社の2社化によって大きく経済が変動し経済的余力が出てきました。その結果ほぼ150年ぶりの恒星間移民計画の再開へとこぎ着けたのです。」


「他の移民船はどうなったのかな?」

「第一次は成功して現在はコロニーの数も20基以上に増えているようです。第3次は疫病の発生で150人程度になってしましましたがなんとか現在は恒星系に到着し人口増加の為に手一杯の様です。」

「移民船の苦労は並大抵では無かったでしょうね。」

「はい、人が乗る為大量のエネルギーを消耗します。しかしマザーだけであればエネルギーを大幅に節約できますから 大きくリスクを減らせます。」

「ただ文化と技術の継承には人間が欠かせませんからこれまでは人間を乗せて送り出しました。今回無人で送り出せるのはマザーがその文化や技術そのものを全て受け継げると言う確証が有るからです。」

「そこで今日は 今回の移民船に乗り組んだ3人のマザーと一緒に訓練を受けられたジョナトール・ラル・ジェイドさんにおいでいただいています。」

 カーターがゲスト席に向かって歩きはじめるといきなりペンギンがカメラに向かって叫んだ。


「やっほーみんな見てるー?ママよーっ」


 ペンギンは頭の上で手をパンパンとならすとケッケッと笑った。

 カーターは一瞬コケそうになったが20年の経験がそれをとどめた。


「お、お子さんが見てらっしゃるんですか?」

「はい、7歳を頭に6人が。このボディが普段と違っちゃったから子供達には判らないでしょう。」

「は、はあそうですか。」

『おい、そんな話聴いてないぞ。』ディレクターに対しダイレクト通信で話す。

『すまん言い忘れた彼女結婚しているんだ。』

『結婚?マザーだぞ。』

「かわいいのよ~。上の子は小学生になったんだけどクラスに好きな女の子が…………」

『めずらしくはない公表してないだけだ何人もいる。女と結婚したマザーもいるんだ。』

『女?男のマザーなんていたっけ?』

『何を言っている。マザーなんだから女に決まっているだろう。男だったらファザーじゃないか。』

『い、いやそう言う事じゃ……もういい!しかし子供はどうするんだ?』

『地球からの冷凍移民ベイビー、または卵子提供だ。』

『ああ…そう言う事か』


「お子さんの話はまた今度機会があったら伺うとして。」際限なく話し続けるペンギンを制してカーター続けた

「今日はまたどうしてペンギンなんかに…?」

「ひどいのよ~、ロープウエイ事故で私のボディはまだ列車にカンズメのままなのよ。」

 そういえばこのマザーは隣のコロニー在住だった筈だな。コロニーから出た後のアンドロイドのコントロールは一体どうやっているんだろう。一瞬カーターはそんな事も考えたが今はそんな事はどうでも良かった。


「局のほうで別のボディを用意しなかったんですか?」

「あんなのはだめよ私の美貌に傷がつくわ。」

「で、ペンギンですか?」どうもマザーの美的意識はわからない。

「局の倉庫に保管されていたのを、ここのマザーが教えてくれたの。とっても可愛いかったのでこれにしたのよ。」と言ってケッケッと笑った。


『こいつは確か先週終わった幼児向けローカル番組のマスコットだったな、あまり人気が出なかったと思ったが、マザーの趣味は変わっているのかな?』

『知らん、マザーに聞け。』ディレクターもマザーの趣味にはついてはいけないようである。

「しかしお母さんの姿がコロコロ変わったらお子さんがショックを受けませんか?」

「大丈夫よ、いつもの事だもの。うちの子達最近では私が別のボディに入っていてもすぐに見破っちゃうのよ。」


 なんとなく判るような気がするとカーターは思った。


「この間なんかね~3歳のジョミーを動物園に連れて行ったのよ、ジョミーを驚かそうと思ってぬいぐるみロボットに………」

「ジョミー君のお話は別の機会に伺うとして………。」

 何とか話を戻そうとするがこのマザーの口から出る言葉は止まらない。


「ね、出演料の変わりにこのボディ貰えないかしら。ジョミーがきっと喜ぶわ。」無邪気そうにペンギンが言うのでついカーターもつられてしまった。

「は、はあ…後で局と話して見ましょう。」

「ほんと?約束よ。」ペンギンはうれしそうに手をパンパンと打ち鳴らした。

『おいっ 勝手に約束するな』とたんにディレクターから通信が入った。

『いいじゃないかどうせこの番組は打ち切られたんだろ。』

『ん、まあな。だけど局と交渉するのは俺なんだぞ。あのケチな局長と話すのか?』

『広報部長口説けそのほうが話が通る。』

『判った。それより番組を進めろ中継が入って来たぞ。』

 二人の後ろが宇宙空間に変わり小さく細長いものが写った。


「中継が入った様です移民船の全景が見えます。」


 画像がゆっくり拡大されてゆく。最初棒のように見えていた物の輪郭がはっきり見え始める。円筒形のそれは右端の四分の一ほどが筒になっており残りはトラス状のパイプが組んである。内外に大きすぎるほどのタンクが多数ついており、両端にはおわんのようなものがついている。


「ジョナトールさん移民船の形状の説明していただけますか?」

「はい、船は直径2キロ全長5キロの小型のコロニーと思ってちょうだい。それに全長15キロの燃料と反動物質を積んだブースターがついているの。パイプ組の部分がそれね。両端のおわん状の部分は反動エンジンの反射体でトラスに付いている方が加速用、船に付いている方が減速用なのよ。ただコロニーの内部はほとんどが空で燃料が詰まっているわ。外郭だけで中身は向こうについてから作るの。住む家が無くちゃ何も出来ないでしょう。」


「なぜ反射体は加速用と減速用に分けているのですか?」

「核爆発の放射線を大量に浴びちゃうから劣化が激しいのよ。」

「すると加速が終わったら切り離してしまうということですね。」

「ちょっと違うわね。取り外した後近くに繋留して放射線が弱くなるのを待つの。」

「また使うんですか?」

「解体して減速時の反動物質に使うの。航行中は一切の補給が受けられないのでどんなものでも無駄には出来ないのよ。」

「燃料タンクやトラスの部分も同じね減速時に全部解体して燃やしちゃうのよ。核爆発で蒸気になっちゃうから反動物質はなんでもいいの。」


「最高速度は光速の10パーセント程になるとか。」

「そうよ、今回の目的地は約9光先だからそえでも100年近くかかっちゃうのよ。」

 400億トンもの機体を加速させる核パルスエンジンは反射板の後ろで連続的に核爆発を起こすことによって推進料を得るのである。ところが核爆発だけでは推進力は得られない。

 燃料ペレットと一緒に何かの物質を爆発させることにより推進力が得られる仕組みである。

 反動物質はプラズマ化して拡散するので如何なる物質でも違いはないのだ。


「目的地ゼータεの惑星構成はどうなっているのかな?」

 カーターがアナウンサーに尋ねる。

「主星はK5V型で地殻型惑星が3個、ガス惑星が6個、直径3000キロ以上の衛星が15個が先の探査機からの報告で確認されています。この星系の第4惑星は木星の約、1.5倍の質量を持ち大型衛星を6個持っています。」


「かなり有望な星だねえ。地球型の惑星は無かったの?」

「地殻型惑星二つは空気がありません。ひとつは金星型の大気です。今のところ生命体は観測されていません。」

「ジョナトールさんやはり人類移民の最大の目標は地球型惑星への移民ですかねえ。」

 カーターはジョナトールに話を向けた。幸い今の話の最中は大人しくしていてくれていた。


「残念ながら地球型惑星への移民は非常に難しいのよね。ウィルズの小説のように何の準備もなしに人類が生命のあふれる星に降り立った場合その星のバクテリアによって死ぬ確立は非常に高いでしょう。」

「確か第一次移民船は地球型惑星のある星に行ったんですよね。やっぱりバクテリアはいたのですか?」

「地球でも30億年以上前からいますから地球型惑星には必ずバクテリアはいます。」

「そんな太古からバクテリアは存在していたのですか?」

「そうなのよ。でもお入植が始まったのは到着から130年の歳月を過ぎてからなのよね。」

「それはまたどうして。」

「遺伝子操作にをしてその星の生命体に適合した免疫力を持つ人類を作らなくてはならなかったのよ。」

「それはまた大変な作業ですね。というより人権にとってかなり問題のある行為ですね。」

「これはまたその星の安全の為でも有るのよ。人類が入植した為その星の生態系に大きなダメージを与えない為の配慮でもあるのよね。」


 ペンギンはキャスターの方を向くとたずねた。


「ね、宇宙で最も価値のある資源は何だと思います?」

「さ、さあ……人間ですか?」

「私はね生命だと思っているのよ。数十億年の歳月を費やし、あらゆる可能性を試してきた生命の遺伝子はこの宇宙で最も価値のある資源じゃなうかしら?地球の生命だけでもどんなにに人類の為に働いているかを考えればわかるじゃない。」

『おい、適当に切り上げろ。移民船のマザーの顔写真を出すぞ。』

『判っているよ、こんなおしゃべりを扱うのは大変なんだぞ。』

『判ったから頑張れ。お前の仕事だろう。』


「おっ、移民船の三人のマザーの映像が出ますね。」

 丁度画面が切り替わったところである。此処をタイミングにして話を切り替えた。画面には3人の女性が写っている。


 一人は背が高く180センチ以上ありそうで、ウエーブのかかった黒く長い髪をしていた。精悍な目つき幅の広い肩、小さめの尻と長い足は黒っぽいボディスーツとあいまって男のようであった。

 もう一人は中位の背丈にややふくよかな体形、大きな目、褐色の髪は、愛らしさと共に頼りなさを感じさせる。

 最後の一人は小柄で、ぼさぼさの長髪で目が隠れている。女性というよりは子供のような体形をしている。


「ジョナトールさんとは同時期に今回の移民船候補として一緒に訓練をなさった3方と聞いています。ご紹介願えますでしょうか?」

 今回はさすがのジョナトールも大人しく紹介を始めてくれた。

「あの一番大きい娘がノワール。冷静沈着で決断力があって背が高くて足が長くて学生時代はすごーく人気があったのよ。」

「学生時代?マザーが学校に行くんですか?」

「あら?知らないの?マザーは教育期間の10年間は人間と一緒の学校に行くのよ。」


『おいっ。』再びカーターはディレクターに通信を入れる。


『いちいち通信を入れるな。マザーの情操教育の一環だそうだ。公表されてないだけだ。』

 こんな話も周囲に気取られる事無くカーターは話を続けた。

「あははあ~。そんなに男子生徒に人気があったのですか。」

「いいえ、女子によ。」

 女のマザーが女の子にモテるのもいささか問題が有るとは思ったがまあいい。それにしてもどうもカーターはこのペンギンとは話が噛み合わないなと思った。


「あっ、はあ…そう…ですか。」


「で、真ん中のひとは?」気を取り直して質問を続ける。

「彼女はマロン。医療と保育に関してはダントツの成績だったわ。ただドジでね~。年中コケていたわ。彼女は子供好きだったから10万人も子供を育てられると聞いてすごく喜んでいたわね。」

 如何にも子供好きそうな顔をしていた。何より100人くらいの授乳が可能そうな大きな胸をしている。マザーは肩こりしないんだろうな等と余分なことを考えてしまった。


「最後の人がヴェルさんですね。」

「彼女はとらえどころの無いところがあって、ひょうひょうとしているくせにどんな問題もいつの間にか解決しちゃうような所があるのよね。」

『ジョナトールも変だがこの三人も劣らず変だな。マザーってのはこんなのばっかしなのか?』

『お前も他人の趣味を云々するほどの若造じゃないだろう。』

『ま、そうだがこんなのにコロニーの安全を託しているのかと思うとな。』

『現在までの所信頼性は抜群だ。』


 カーターもいろんな人間にインタビューしたがマザーは始めてだった。それまでのマザーのイメージはもっと生真面目なコンピューター的な性格をイメージしていたがこれじゃ変人の集まりじゃないか。等と考えていることはおくびにも出さずにこやかに話を進める。

「皆さんとはいつ頃から?」

「大学のときノワールは私より一学年下でマロンとヴェルは2学年下だったわ。私たち全員がそろったのは大学の時。全部で20人の候補生がいたのよ。

 学生として暮らしながらマザー管理センターではコロニー管理のシュミレーションや移民船の管理技術の研究が行われていたわ。何しろ初めてのプロジェクトだったから大変だったのよ。」


「選抜はどうやって行われたんですか?」

「基準は良く判らなかったわ、20人のあらゆる組み合わせでシュミレーションを行ったのよ。その中で最も優秀な組み合わせが選ばれたみたい。」

「ジョナトールさんはやはり選ばれたかったのですか?」

「ああら私はだめよ。だって私三年生の時学生結婚しちゃったから。」

「へっ?」

 カーターは素っ頓狂な声を出した。考えてみれば彼らとの年齢から考えてしかるべき結論だったのだがあまりにもジョナトールの性格が叔母さん的なのでつい年齢を勘違いする。もっとも今はペンギンだから年齢的には見分けがつかないが。


「もう、即、候補から外されちゃって~。」


 ペンギンは恥ずかしそうに両の手をこすり合わせる。照れてるのか、のろけてるのかは判断したくない。カーターはそう思った。


『移民船からの中継入ります。マザー達からの直接映像です。』ADからの通信が入るカーターは一瞬緊張した。

 中継は船内の様子を映し出していた作業ロボット達が船内を忙しく動き回っている。すでに秒読みの段階だ。問題が無ければこのまま発信する。


 画像は三人の立ち姿が入ってきた背景がスタジオ的だが合成画像だろう。

「はーい、みんな元気~っ?ジョナトールよ~っ。」

 突然ペンギンが手を降って叫んだ。つられて3人も手を振る。

 こんな事は良くあることなのでカーターは動じることは無いがカーターの顔の前にペンギンの手がひらひらされるのには参った。

 何しろ皇帝ペンギンである。130センチ以上の背上が有るのだ。


「マザーの皆さんいよいよ出発です。船長のノワールさんから順に一言づつお願いします。」カーターが水を向ける。

「今回初の試みとしての無人移民です。我々マザーの名誉に掛けて必ず成功させて見せます。」ノワールは大きな体で胸を張って答えた。

 そういえば胸は筋肉ばかりが目立ってあまり大きくないな、等とカーターは余分なことを考えてしまった。


「ジョナちゃ~ん。あたし10万人のお母さんになるのよ~っ。もうジョナちゃんには負けないからね~っ。」マロンが胸をぷるんぷるんさせながら言った。

「あんたそれ100年後の話でしょ~っ。その頃はあたしの夜叉孫は10万人超えてるわよ~っ。」ペンギンが両手をパタパタさせながら言った。


 頼むよ内輪の話は後でやってくれ。カーターはそう思った。


「それじゃあ後はヴェルさんお願いします。」アナウンサーがヴェルに振った。

「えっ?ああっ?は、はい。航海の間二人はボクが必ず守ります。」

 ヴェルはドギマギしたように答える。あまりこういった事には慣れていないような感じである。どうやら内向的なマザーらしい。

 ジョナトールのようなマザーばかりでは世の中うるさすぎて仕方がないだろう。


「それではいよいよ出発します。」アナウンサーが告げる。

 画面は船内で忙しく動き回る作業ロボット達の映像に変わる。ついで船体の全景が写し出されると、ぱっと後方が光った。核パルスエンジンの起動である。

「それじゃあ皆さん出発します。」ノワールが言う。

「みんな~っ、さよーならー、」

「必ず無事に到着します」

マロンとヴェルが叫ぶ。

「がんばってねー。向こうに付いたら連絡ちょうだいねーっ」ジョナトールがスタジオで叫ぶ。

「わかっているよ。ジョナトールも元気で。」

「旦那さん大事にするのよ。」

 ノワールとマロンが答える。

「わかったわ~っ。明日はミランダのマロンケーキ食べに行きましょ~っ。」

「いいわよ~っ。まっててね~っ。」

 第7次移民船はエンジンに無事点火し、ゆっくりとその巨体を動かし始めた。

 パンパンと手をたたくペンギンの横で、ベテランキャスターはホッとしたような顔をしていた。


『おいっ、彼女は明日みんなでケーキ食べに行くと言ってたがどういう意味だ?』カーターはディレクターに聞いた。

『しらんよ。甘いものが食べたいんだろう。』

『いや、そうじゃなくどうやって出発した連中と一緒にケーキ食うんだ。』

『私達は擬似人格をお互いのコロニーに置いてあるのよ。だからどこにいてもタイムラグ無しでお話が出来るの。私の擬似人格も移民船に乗せて有るのよ。』

 突然マザーの声がカーターのダイレクト通信に聞こえてきた。

 ペンギンの方を向くとペンギンがカーターに向かって手を振っていた。


カーターはその瞬間理解した。他のコロニーにいるマザーがタイムラグ無しにこのコロニーでペンギンのロボットをコントロール出来る訳を。

 擬似人格という手法を用いてマザー達は時間と空間を超越してお互いのデーターのやり取りが出来るのだ。

「ま、マザー、もしかして聞いていらしたんですか?」

「ああら、ごめんなさい。だって隣で大声でお話なさっているんですもの。」

 さっきからのディレクターの会話は全部マザーに筒抜けだったのだ。


 カーターは苦虫を噛み潰したような顔をした。


 その次の日カーターはディレクターからあのペンギンが主役の幼児番組の復活が知らされた。なんでもスポンサーがあのペンギンキャラをひどく気に入ってマザーに出演依頼をしたらしい。




カーターは自分の番組でなけれがどうでもいいが二度とマザーの出演はお断りだと思った。


星のゆりかご 人物紹介


ノワール    無機頭脳 マザー  第7次移民船船長 プライベートボデイ外観「180センチ以上ありそうで、ウエーブのかかった黒く長い髪をしていた。精悍な目つき幅の広い肩、小さめの尻と長い足は黒っぽいボディスーツとあいまって男のようであった。」

 

マロン     無機頭脳 マザー  移民船乗務員 プライベートボデイ外観「中位の背丈にややふくよかな体形、大きな目、褐色の髪は、愛らしさと共に頼りなさを感じさせる。」

 

ヴェル     無機頭脳 非マザー 移民船乗務員 プライベートボデイ外観「小柄で、ぼさぼさの長髪で目が隠れている。女性というよりは子供のような体形をしている。」

 

ジョナトール  無機頭脳 マザー 木星圏の第5コロニー郡15番地コロニーの管理者 プライベートボデイ外観 「美人グラマー」ただし1パートにおいてはテレビ局のペンギンロボットにインストールして番組に出演。


グレイシアス    コンピューター「グロリア」シリーズの研究者開発者

ミライ        事故により移民船内で生まれた少女

ネグロス      異星の探査機に搭載された無機頭脳 

バレス       ネグロスに作られた探査機に搭載された無機頭脳

ジョン・カーター  本編に関係ない人。

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