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遺書を届けにお持ち帰られ

感想ありがとうございました!励みになります。

―ワタシはアルカディアコーポレーション製 多目的生活支援ガイノイド 通称メイドロイド x111y型 第一期モデル。名前は「リリー」。これはご主人様がつけてくれた名前です。―


 彼女リリーは三ヶ月前に起動したばかりの新米である。とはいえ技術革新によりある程度の知識、データ蓄積ノウハウは生まれながらに持っている最新鋭である。性格パターンが「冷静」であることもあって彼女はエリート然とした無駄のない動きで家事手伝いを行っている。

人格パターンは日が浅いながらも少しずつ蓄積されていってはいるが、それはやはり経験不足なのだ。わかりやすく言えば「ロボットらしい動き」が残っている。それは無駄のない最小限の体の運びだとか、人を傷つけてはならないという制約のもと、半径3mに設定された「加害可能領域」に人間が入ると一定の速度以上で動けないといった所に出ている。

この惑星のアンドロイドは有機的かつ高度なプログラム処理によって日々学習をしていく。それは人間の表情の変化だとか、脈拍、血圧、体温、筋肉の萎縮などをスキャニングし、解析して人と彼らとの「ちょうど良い距離」を模索していくのだ。

警務などに勤務するアンドロイドは日にちを掛けて犯罪者に向けての「人を傷つけてはいけない」という制約を外していくし、もっとゆっくりしていってくれ、と隣人としての立場を要求された生活支援ドロイドは当初のきびきびとした動きを失っていく。長く稼動した機体程、「味のある」アンドロイドになっていく。

非効率的だと思うかもしれないが、個人個人でやって欲しい事と欲しくない事に差異がある。そんなものを一々気にしてプログラムなんてやりたくない。というのが本音だ。だったら各個でちょうどいい距離を見つけてしまったほうが楽なのだ。無論、データの蓄積や加減などは日々改良されて次への開発へと繋がるのだが。


 そういう意味ではリリーは人間との「ちょうど良い距離」が未だに計れていない機体なのだ。

だが彼女の主人の家庭ではそんな事まったく問題ではなかったし、むしろそれを求められてすらいた。アンドロイドはアンドロイドらしく。人間味を持つということはあまり歓迎される事ではなかったのかもしれない。しかしそれでもリリーは名前を与えられて家族として扱われていた。

親、子、ペット。そしてアンドロイドという新しい役割を求める家庭は少なくない。

ペットほど下に扱われず、子ほど保護されず、親ほど尊敬されない。アンドロイドという役割なのだ。


「リリー、そこのコンビニでタバコを買ってきてくれないか。」

「かしこまりましたご主人様。銘柄は?」

「カクボロ。」

「いつもと同じですね。」


日も暮れた午後九時。タバコが切れた主人はリリーにお使いを命じる。

アンドロイドは小間使いをよく頼まれる。それが彼ら、彼女らにとって嫌な物ではなく、むしろ存在理由としてあるからだ。ゆえに、アンドロイドは小間使いをよく頼まれる。

そして、そこに奥さんが便乗しマヨネーズのお使いが追加されることとなった。


―log.1st y.5,3,141.

装置使用記録。

暗視装置作動。通常視覚レイヤに同期。

GPS作動。目的地までのルートを決定。

拡張現実認識装置停止。

熱源感知視覚レーダー作動。別視野タスクを展開し貼り付け。

反響視覚レーダー作動。熱源感知レーダーに重ねるように貼り付け。

自己表示発光ダイオード作動。

反重力装置作動。反重力滑走モードの最適化設定を適用。―


彼女は足の裏からの反重力装置によって浮き上がり、オートバランサーが転倒を防ぐように複雑な演算を処理していく。後は斥力と、地面を蹴る摩擦で進む反重力滑走アンチグラビティスケートで夜の街角にすべりこむように進む。

自己表示発光ダイオードが淡い翠色を彼女の肩と額、追加装甲の無いすらりとしたふくらはぎを浮かび上がらせ、あまり長くない残光を残す。同じ色の長い髪が夜風に辺り後ろへと流れていく。スマートに改造されたメイド服が翻る。

車よりも遅く、走るよりも速い速度で優雅に滑っていく。これは彼女の好みというわけでもなく、というよりまだ好みとかが芽生える段階ではないのだが、ひとえに「何かに当たって破損させたり、破損してはいけない。速度は出さなくていいからゆっくりいってきなさい。」という命令を忠実に守っているだけなのだ。

冷徹ではない、むしろ温かみがあるように設計された無表情で、迷い無くコンビニへの最短ルートを滑走していく。とおりには酔っ払いくらいしかいない。

ちょうど半ばに差し掛かった所だろうか。熱源感知レーダーと反響感知レーダーに、酔っ払いではない反応があった。


―log. 1st y.5,3,141

正体不明の高熱源を感知。

温度72度前後。

方位前方右。およそ1時の方向。方位角0320ミル。

彼我の距離は120m。

敵対性の有無、不明。

形状人型。

可能性、野良ロイド、廃棄ロイド、擬態性食鉄蟲、過剰発熱で動けないアンドロイド。

高熱から人間の可能性を排除。

三回まで誰何し、応答ないか敵対行動を取った場合攻撃。離脱。通報。

第一接触まで40秒。

第一警戒態勢に移行。

両手のひらのエネルギー照射機構パルスブラスターの制限を解除。

額のエネルギー照射機構ブラストカノンスタンバイ。

両脚の半重力装置、反重力装置ともに出力上限解除。―





 スミレは呆然と立ち尽くしていた。目的地が変更されていたのはまだいい。問題はその後の足取りがほとんど掴めない事だった。これからどうするべきか。彼女の頭の中でタスクがぐるぐると回りドツボにはまっていく。実に四時間ほどここでバグっているのだ。

致命的なループバグを起こしてそこから動けなくなっているのだ。そこから思考タスクの回復には新しい情報を仕入れなければならないのだが。彼女は高速思考タスクのループに陥っている為に外部からの情報を遮断してしまっている。

動かない為に、放熱機構を兼ねた髪の毛が熱をこもらせ熱を上昇させていく。熱暴走の可能性すらありえる。


「そこのメイドロイド。型番と所属を答えなさい。」


そんな時だからである。突然現れた翡翠色の髪のメイドロイドに声を掛けられて「ひょおぉ!?」なんて変な声をあげてしまうのも無理は無い。何しろ熱暴走しかけて人口声帯は動作不良に陥っているし、158cmのスミレからみればかなり大きいといえる171cmのリリーから話しかけられたのだから。


「そこのメイドロイド、型番と所属を答えなさい。」


ともう一度誰何されてようやく、


「わ、わたわたしは、はルカディア社製メイドロひドv1011a型。名前はスミレです。所属は―――様の所でほ仕えしておりました。」

「おりました?ひょっとして貴方は野良ロイドになったのではありませんか?」

「のの、野良ロイド!!?失敬ななっ!わたしはこれでも最後の命令を遂行しひょうとしている所でですよ!」

「そうですか。…敵性ナシ野良ロイドと判断。エネルギー照射機構パルスブラスター停止。

ワタシの名前はリリーです。スミレさん。とりあえず貴方、熱暴走を起こしかけています。一緒に来てください。貴方の身柄はワタシのご主人様が通報して確保され、貴方は新しい場所へ配置されます。」

「だから!!野良ロイドじゃありませんって―――あれ?」


スミレの視野領域が突如天地反転する。そして地面に逆さまに叩きつけられ (一応装甲のある場所に衝撃を感知したが)ますます混乱する思考タスク。視覚メモリに霞とノイズがかかり、翡翠のようなメイドロイドの声が遠くなる。


―log.40th y. 5,3,141

バランサー機能不全。

電源低下。

音声認識機構機能不全。

冷却システム機能低下。

発声機構遮断。

視覚メモリパフォーマンス低下。

有機中枢機能不全。

統合機構機能不全。

各駆動機関機能不全。

半重力機構機能不全。

安全装置作動、全指のプラズマ回路シャットダウン。

安全装置作動、両腕のロケットワイヤー機構ロック。

冷却系、有機中枢維持を残して熱暴走により全機能停止。

5時間後に再起動。―


通常、今主流である世代のアンドロイドは、体内に飼っている自己修復機能と、データ整理のために四日間で五時間以上の休息をとることがのぞましいとされている。旧式であるスミレならば二日で5時間以上連続してとることが望ましいとされる。

だが彼女、スミレは主人が亡くなる二日前からろくな休息を取っていなかった。今日で連続稼動四日目。

そしてとどめはループタスクと、野良ロイド扱いされたことによる、熱暴走であった。

リリーは自らの耳にある通信機構を展開する。


「もしもし、ご主人様。お電話失礼いたします。少しお伺いを立てたいことがございます。実は―…。」


ぱちん、と耳のアンテナをたたむ。そして無表情だった彼女が、はじめてにぃと笑ったのだった。


―log,1st y.5,3,141.

超お持ち帰りでェーす。―

また次もよろしくお願いします。

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