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遺書を届けに旅立ちの夜

メイドロイドがゆるーく旅します。果たしてどうなることやら。

―わたしは、アルカディアコーポレーション製 多目的生活支援ガイノイド 通称メイドロイド V101a型 第三期モデル。名前はスミレ。これはご主人様がつけてくれた名前です。―




―log.40th y.5,1,141.

「スミレ、スミレ。こっちへおいで。」

「はいご主人様。」


バイタルチェック機構作動。緩やかな心拍数の低下を確認。


「どうやら最期の時がきたようだ…。わしはそろそろ死ぬ。スミレ、わかっておるな。」

「…はい。パソコンのドライブは物理的に破壊。ですね。」


脳波低下。血圧低下。体温低下…。


「そうだ。後もう一つ。わしの最期の言葉を、友人に、やつにとどけておくれ。」

「…かしこまりました。」


「遺言」プログラムインプット完了。最重要記憶として保護。


…午後三時十二分。ご主人様は、お亡くなりになられました。わたしは、涙は流せませんでした。―


 彼女、メイドロイドV101a、スミレは四十年ほど仕えた主人に別れを告げた。

それは必然であった。耐久年数が寿命のあるものとは遥かに違う彼女が痩せこけた老人の遺言を受け取るというのは。

春にしてはやや強い日差しが、大きな採光窓から、老人の白く、青く、冷たくなった身体と、彼女の少し古くなった濃紫色の髪を照らしていた。


 この惑星では様々な機械が、いや機械人間、アンドロイドが働いている。先の大戦からもう何年経ったのか。先の長きに渡る大戦で総人口を0.001%まで減らした人類は極端に緩やかな衰退の中にいた。

戦争を終結した、というより戦争をできなくなるほどに人類は死滅した。と言っていいだろう。国々は散り、集落となり、汚染された大地にしがみ付きながらも適応し、それまでの高度な文明を基盤とした、それぞれの文明を再度築き始めた。

それが141年前。そして今は「終戦暦」141年。誰が呼び始めたかわからないが。その名前が定着している。

人々は少なくなりすぎた人類を補うかのようにアンドロイドを製造した。そのアンドロイドがアンドロイドを改良して製造し、アンドロイドは人類を創造主として、人類はアンドロイドを労働力として。お互いに良き隣人として生活していた。

アンドロイドは総人口と比べて約35%程稼動しており、ある学者は「第二人類」だとか「機械人類」等と呼んでいる。

事実上として、発達した人工知能は学習と有機的かつ高度なプログラム処理能力によって彼らアンドロイドを人間たらしめた。いや、正確には「人類に人間と錯覚させる」までにいたったのだ。


 死後硬直のはじまった主人の遺体を戦前製のタンスを分解して作り上げた棺に入れ、彼のやや大きな屋敷の、そこそこ大きな庭に埋めたスミレは、長方形に加工された墓石をその上に優しく置いた。


どすん!

「あっ!ご主人様?すみません!お怪我は…。そうでした、ご主人様はお亡くなりになられたのですね。」


自分の失敗を恥じるように苦笑いして、主人の墓を作り上げていく。だが何をどう間違ったのか、何かしらの宗教で使うような巨大な祭壇と化していく。

何せ墓石の大きさが彼女の158cmの背丈を超える程の巨石であったし、彼女は線香と称して松明を何本も立てていったのだから。彼女の指先から発せられる高熱プラズマで溶かし書かれた名前等、一見すると何かしらの呪文に見えるかもしれない。作業を始めてからとっぷりと暮れていたのもあるだろう。


「ええっと。どうするんでしたっけ。…そうです。これを鳴らしてオキョウを唱えるんでしたね。」


ガインンンン…


と大きな墓石から吊り下げられた戦前のビークルの部品が、彼女の持つ戦前に使われたというスポーツ棍棒で打ち鳴らされる。


「さらまんだぶ、さらまんだぶ…。ご主人様冥土に行っても安らかにお眠りくださいませ。…メイドロイドだけに。」


スミレは主人が好きであった言葉遊びを付け加えて主人を弔った。




 主人の葬式を済ませると、彼女は自らの拡張モジュールと予備バッテリーをこれでもかとリヤカーに積み込み、減重力装置を取り付ける。そしての車庫のアルミシャッターを力任せに蹴り上げると、中からビンテージの一人乗り用半重力フライングビークルを引っ張り出してきた。ビークルとリヤカーを牽引装置でつなぐと、(二世代前は)高性能 (だった)光学センサーである眼を保護するために強化プラスティックバイザーを掛ける。

フライングビークルの半重力装置が作動し、地面を離れる。


「さて!わたしの最後のお仕事です!ご主人様!立派にやりとげてみせます!安心してください!!」


彼女がスロットルを開け、ビークルが加速していく。住み慣れた広くがらんどうな屋敷をバックミラーから置き去りにする。


「目指すは西!スミレ、いきまーす!」





一時間後、暗いカーブを曲がりきれなかったビークルは、戦前の道路柵と物理的な運動エネルギーの比べあいをして、ビンテージからスクラップへとクラスチェンジしていた。


「…やはりバランサーの調子が。いや、暗視装置を付けていなかったのが敗因かしら…。」


言うまでもなく彼女の操作ミスである。幸いにも彼女のボディは、主人から施された後付け装甲によりまったくの無事であった。なぜメイドロイドに後付け装甲が必要なのかはお察しである。

リヤカーも荷物も無事だったのは本当に幸いである。ビークルは犠牲になったのだ。

ひん曲がってはずせなくなっている牽引装置を追加装甲された拳で「ていっ」と叩き切ると、彼女はリヤカーを引いて歩き出す。ここで止まってなどいられない。彼女は一刻も早く遺書を届けなければならないのだから。


「わたし、負けませんからね!」


と、誰に言うでも無く、いやもしかしたら主人との会話パターンを繰り返しているのかもしれない、そんな独り言を口にして彼女は夜道をあるいていくのだった。

目指すは街。主人からインプットされた座標へと向かって彼女はひたすらに歩み続けた。


 街とは言っても、そこは人口3000人程、1000世帯ほどの規模で、背の低い建物が密集している程度のものだ。街はアンドロイドが労働し、人間はアンドロイドと協力してある程度の仕事をしている。農耕、商業、製造業、医療、そして井戸端会議のような政治。人が少なくともとりあえずはコミュニティとして機能している。街というよりも、極小サイズの国と言い換えてもいいかもしれない。

文明レベルではある程度元に戻ったが、先の大戦で遺伝子に傷を負った人間は、出生率の低下に伴って半強制的に少子化となり人口をおだやかに減衰させている。

それでも人々は生きていることに感謝して、昔どおりの暮らしをすることに不満を感じていなかった。何しろ対戦のつめ跡は少し街を出れば目にすることができる上に、大戦から1と半世紀たった今でも、それは生々しさを伴って人々に恐怖を植え付けているからだ。


―log.40th y.5,2,141.

身体機構チェック。おおむね良し。

稼動に支障無し。

熱源多数、非敵性と判断。

先ほどの事故のパターンをチェック、インプット完了。

…。ここはどこでしょうか。―


スミレが座標に従ってたどり着いたのは半壊した廃墟だった。朝焼けがスミレの虚無感を照らし出す。往来ではビークルに乗ったアンドロイドと人間が行きかいだし、勤勉な主婦が働き出す。


「ああ、そこのメイドロイドちゃん。そこの人なら結構前に引っ越したよ。」


という衝撃の事実を受け止められないでいた。


「今日の休息ポイント、どうしよう。」


メイドロイドは静かに呟いた。

とりあえず初めてみます。彼女のゆるい旅を楽しんでもらえたら幸いです。

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