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掌編小説

企業健診

作者: 斎藤康介

「尿にはタンパク質もないし、血圧も問題ない。ただし……」と医者は診断を結果を見ながら、もったいぶるように間を空けた。

 年に一回の企業健診。診断する医者はきれいな白髪に染まった60歳ほどの男性だった。だが医者にとって企業健診は実入りが悪いのか、まくり立てるようにしゃべり、聞く側としてはなんだか説教を受けている気分だった。

 ふと机に目をやると超ひも理論ついての本が置いてあった。


「去年より目が悪くなってるね」と医者は言った。


 身に覚えはあった。

 毎日8時間以上、パソコンの前に座って数値のチェックとセルの記入内容を確認している。次から次からと更新される数値に目を通しているのだ。帰宅すればすればで、オンラインゲームにテレビ、携帯電話と目を休めている暇などなかった。


「メガネをかけて右が0.6、左が0.5。度があってないね。車とかどうしてるの?」


「運転する時はコンタクトをすることにしてます」


 嘘だった。運転する時もいまのメガネのままでコンタクトなどしていない。


「そう。まあ気を付けて。ならこの問診票を受付に出して帰って。お終い」と医者はこちらを見ることなく、問診票を渡してきた。私は黙って受け取り、立ち上がった。ドアをくぐる間際に振り向かず「ありがとうございます」と声をかけたが、返答はなかった。そして、言われたとおりに問診票を受付に出したが、受付も無愛想に受け取っただけだった。


 エレベーターを降り、1階ロビーのソファーに腰をかけた。時間を確認したら、診察が開始した時刻からまだ20分しか経っていなかった。これから会社に戻ったところで、相変わらず数値を確認するだけだ。すぐにやらないといけない事でも、急ぎの事でもない。そもそも本当に必要なことなのかさえ分からなかった。だが世の中には、私の視力を犠牲にした数値を注視している人たちがいるのだった。

 私は携帯電話を取り出した。どうせ同じく目が悪くなるのであれば、もう少しここで好きに時間を費やしてやろうと思った。

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