第65話 番外編 ベルンハルトの小言:昔より、ずっとましだ
ベルンハルトは口には出さないが、今の契約局が嫌いではない。
昔は違った。
書類は山になって机を塞ぎ、責任は曖昧で、誰がどこまで処理したのかも分からない。声の大きい者の案件だけが先に通り、面倒な案件ほど机の隅へ追いやられる。
誰かが倒れるまで何も変わらず、公爵も局員も“北とはそういうものだ”と半ば諦めていた。
そこへ王都から来たのが、あの妙に冷静な令嬢だった。
最初は面倒なことになると思った。実際、なった。
札で仕事を見えるようにするだの、書式を揃えるだの、引継ぎの責任線を明確にするだの、面倒といえば面倒だ。
しかも当人は細いくせに妙な粘りがあり、必要と判断したことは一歩も引かない。
局長補佐としては、何度眉間を揉んだか分からない。
だが結果として、局は回るようになった。
未清算は減り、棚は空き、確認待ちの案件には理由が付く。新人が入ってきても“見て覚えろ”で放り出さずに済む。
面倒は増えたが、無駄な混乱は減った。
「局長補佐」
ヨルクが声をかける。
「この引継ぎ様式、少し直したいんですが」
「どう直す」
「確認欄を最後に寄せるより、処理段階ごとに小さく入れたほうが、抜けが見やすいかと」
横からエマも口を挟んだ。
「新人研修でも、そのほうが説明しやすいと思います」
昔なら、こういう提案は出てこなかった。
言っても無駄だと、最初から皆が知っていたからだ。
「いい案なら出せ」
ベルンハルトが言うと、ヨルクが少し肩の力を抜く。
「……前なら怒られてました?」
「前なら出す前に諦めていただろうな」
その通りだったらしく、二人が顔を見合わせて笑った。
執務室の奥では、レティシアが最後の札を動かしている。
急ぎではない案件を無理に今日へ押し込まず、明日へ回す札だ。
以前のベルンハルトなら、そこで片眉を上げていたかもしれない。
しかし今は分かる。残っていると分かっている仕事は、もう“見えない負担”ではない。
「本日分は以上です」
レティシアが告げる。
局員たちがそれぞれ手を止め、机を整え始める。その動きには以前のような逃げるような慌ただしさがない。ただ区切りをつけて帰る者の落ち着きがある。
面倒だったが、昔よりずっとましだ。
いや、比べるのも馬鹿らしいくらい、今のほうがいい。
ベルンハルトは新しい引継ぎ様式の草案を受け取り、赤ではなく黒のペンを取った。
直すべきところは直す。残すべきものは残す。
そうやって局が回るなら、それでいい。
昔よりずっとましだ。
それで十分だと、ベルンハルトは思っている。




