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第44話 王都との距離は、前よりずっと健全だ

 春の半ば、王都からセレナ嬢が公式視察で再び北を訪れた。


 以前のような大行列はない。護衛も必要最小限、書記も絞られ、彼女自身が事前に資料へ目を通しているのが分かる手際だった。

 人は変わるものだ、と少し感心する。


「今度はちゃんと読みました」

 開口一番そう言われて、私は吹き出しそうになった。

「よろしいことです」

「褒めてください」

「偉いですね」

「やった!」


 以前なら少し鼻についたかもしれない無邪気さが、今は不思議と嫌ではない。

 それだけ彼女が、無知を無邪気さで誤魔化さなくなったからだろう。


 視察の主目的は、北方方式の一部を王都周辺の施療所会計へ応用できるか見ることだった。

 つまり、王都との距離は前よりずっと健全になった。依存でも従属でもなく、必要なところだけきちんと繋ぐ。


「レティシア様」

 視察の帰り道、セレナ嬢がぽつりと言った。

「以前のわたくし、たぶん王都のほうが楽だと思っていました」

「そうでしょうね」

「でも、楽なだけだと、何も分からないまま終わるんですね」

「ええ。たいていそうです」


 彼女は少し笑って、手帳を見せてきた。

 そこには彼女なりの字で、北方視察の要点が整理されている。まだ粗いけれど、自分で理解しようとしている形だ。


「見違えましたね」

「レティシア様にそう言われると、妙に嬉しいです」

「それは光栄です」


 別れ際、彼女は小声で付け足した。

「エドガー殿下も、前よりはちゃんと読んでます」

「それは朗報ですね」

「でもまだ遅いです」

「でしょうね」

 二人で少し笑う。


 王都からの客を見送ったあと、私は局へ戻って報告を書いた。

 必要なことだけを、必要なだけ共有する。

 昔の王都との関係なら、こうはいかなかった。感情も立場も絡み合って、どこまでが仕事でどこからが私事か曖昧だった。

 今は違う。


 夕方、報告書へ署名しながら、私は静かに実感する。

 距離は近ければいいわけではない。

 壊れない距離で繋がることの方が、たぶんずっと大事なのだと。

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