第38話 祝福は、読める文字で
婚約の正式発表にあたり、私は最初に確認した。
「招待状、難しい言い回しはやめましょう」
そう言うと、王都から来た筆耕係が目を丸くする。
「で、ですが、慶事の文面は格調が」
「格調が高すぎると、誰がどこへ何時に来ればいいか分かりません」
「それはそうですが……」
「祝福は、読める文字の方が届きます」
結局、招待状は二種類作ることになった。
一つは王都向けの正式文面。もう一つは北の街用の平明な文面。日時、場所、参加方法、贈り物は不要、あたたかい格好で来てください――必要なことだけを、きちんと。
「お嬢さま、それ絶対こっちの方が喜ばれます」
ミアが断言する。
「でしょうね」
式を大げさにするつもりはなかった。
でも、街の人たちはそうは思わないらしい。ハンナさんは“祝い用の保存パンは普段より少し甘くする”と張り切り、鍛冶屋は“指輪箱くらい打たせろ”と言い、施療所の子どもたちは“雪が解ける前に花をどうするか”で真剣に揉めている。
「皆さん、だいぶ乗り気ですね」
「お前が思っているより、好かれている」
ルシアン様が淡々と言う。
「公爵様もですよ」
「私は普通だ」
「普通の基準が北基準なんですよ」
その日の午後、王都から意外な贈り物が届いた。
セレナ嬢からで、小さな花押しがついている。中には淡い色の押し花と短い手紙が入っていた。
『北の温室のお話を思い出して、王都で咲いたものを押しました。
難しい言葉は苦手ですが、おめでとうございます、はちゃんと読める言葉で言いたかったのです』
私は思わず笑ってしまう。
押し花は完璧な形ではない。少し崩れている。でも、だからこそ手で作った感じがあって嬉しかった。
さらに別便で、王都財務再監査室からも事務的な祝いが来た。
『婚約に伴う役職変更がないことを確認』と、なんとも私たちらしい文面である。
ベルンハルトさんがそれを読んで鼻で笑った。
「祝いなのか確認なのか、どっちだ」
「両方でしょう」
「王都も少しは学んだか」
「少しなら」
夕方、私は招待客の一覧表を前に頭を抱えていた。
王都の貴族、北の代表、交易都市の関係者、神殿、兵舎、施療所。祝い事ほど席次が厄介だ。だからこそ、早めにやる。
「疲れた顔をしている」
背後から声がして振り向くと、ルシアン様がいた。
「祝儀袋の受付導線で悩んでいます」
「……そこまで考えるのか」
「混むと危ないので」
「そうか」
彼は私の隣へ立ち、一覧表を覗き込む。
「この列は北を前に」
「理由は?」
「王都の者に待たせても死なないが、雪道を来る北の者を長く外へ並ばせると危険だ」
「採用です」
「役に立ったか」
「かなり」
こういうところで、やっぱり好きだと思う。
華やかな言葉ではない。けれど生きる順番を知っている。
その夜、招待状の最後に一文だけ手書きで足した。
『お祝いは、どうか無理のない範囲で。来てくださるだけで十分です』
読める言葉で、誤解の余地なく。
私たちの祝いには、それが一番似合っていた。




