誘惑してくるのは、君のほう。
「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第38弾です。(短編シリーズ)
王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。
二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。
※本編の時間軸は「新発見をしたのは、君のほう。」の後の話です。
悩む。とても。
引っ越してから、おそらく……ノインは。
(浮かれてる気がする……!)
いつも穏やかに微笑んでるし、優しい。
柔らかい声と、見つめてくる瞳。
(昨日は、横向きにされた……)
慣れない体勢だったけど、楽だなとは感じた。
抱きしめて眠るのとは違うけど……やっぱり顔が見れるのは安心する。
でも。
(ノインはなにかすごく、考えてた)
まあ、いいんだけど。
しばらくは続くとは思うけど……。まあ、うん。
気にかかるのは、慣れない体勢だから変なところに力が入ることくらい。気のせい……かもしれないけど。
(触られないの、嫌だなとは……思うし、キスも……嫌いじゃない)
近くにいて欲しい。
(変なのかなぁ……)
父も母も、そんな素振りは一切なかった。
兄も、お嫁さんにはノインみたいな態度をとったこともない。
(他人に見せるものじゃないけど……ノインみたいな目で見てない)
母のことも。
兄の奥さんのことも。
ノインが自分に向ける眼差しは、ない。
ノインにたくさんもらってるから、少しでもお返ししたいからって……思ったけど。
顔を、しかめる。
(これでお礼になってるとは思えないんだけど……)
私は変な反応しかしてないと思うし、知識が足りないから、ノインに任せっぱなし。
ノインはそれでいいって言うし。
(……うまく、反応を返せない、し、私)
キスをされていても、ぐっと自分の拳を握り込んでいるだけ。
ノインの服を掴んでいいのかも、触れてもいいのかもわからなくて、手の置き場に困っちゃうことも多い。
だから。
ノインが手を掴んだり、握ったりしてくれるとすごく安心する。
いいんだ、って思うから。
だけど。
(毛布とかショールとか、蜂蜜まで……絶対に足りない……)
お礼をちゃんとしたいけど、問題は思いつかないこと。
食べ物の好き嫌いがそもそもない。
あえてと挙げられたスモモだって、絶対に食べたいという感じではなさそうだった。
三ヵ月も一緒に暮らしているのに。
オルガは頭を抱えて、目の前のテーブルを凝視した。
「ノインが好き好き言ってるの……私しかないんだけど……!」
思いつくのがそれだけなんだけど!
***
三日前の買い出しの時に、冬服用にと布を見ていた時に買った……生成り色の薄い綿のもの。
それを使って、縫い上げた……。
日が傾いているし、もうすぐノインが帰ってくる。
「はぁ」
大きく深呼吸をする。
ノインは今、馬で詰所に通っている。距離の問題もあるから、それはわかる。
視線を動かす。
つまり、最初に裏口から入ってきて外套を脱いで、そのまま台所で顔と手を洗う。
それから居間へと移動してくる。
台所からこっちに向かってくる間に、こちらの姿を目に入れるのは……驚き具合が減りそう。
あそこで「なにしてるんです?」なんて呆れて言われたら……。
(やだぁ……ぜったい悲しくて辛いよ……!)
大泣きして、肌着で涙を拭いていたあの時。
まさかノインまで泣いているとは思ってなかった……あの、時。
結局あの時の、ノインが泣いてた理由はよくわかってない。
選んで欲しい、とか、欲しがって、とは、言ってた……気がする……けど。
(…………あぁ)
あの、やさしい水色の取っ手付きのカップのことを思い出す。
選ぶことに慣れて、と。
(選ぶ……)
欲しいものを、欲しがって、と。
(でも……欲しいものってそんなにない……)
生きていくのに、贅沢なものも、特別なものも、必要とは思えない。
……人生で初めて、絶対欲しいって思ったのが……ノインだっただけで。
(……ううう、諦めよう……。呆れられたら笑って誤魔化そう)
結局そうなっちゃう……。
「はっ!」
馬の蹄の音!
(か、かかか、帰ってき、た!)
裏口の扉が開く。
「ただいま」
静かに言って、いつもの制服姿のままノインが入ってくる。
外套を外して壁の釘にかけると、剣をはずして、一度……置く。一時的な置き場に。
剣帯をはずして台所に向かい、顔と手を洗ってから、ノインは不思議そうにした。
「?」
視線がこちらに向く。
「……なにしてるんです?」
ベッドの敷布にくるまって、変な笑いを浮かべているオルガに、ノインはどうしたんだろうとうかがっている。
「?? 風邪でも引いたんですか? 寒い?」
「…………」
目の前に来られてから、オルガはちょっとだけ離れ、口を開く。
「……お、おかえ、り」
言いながら、敷布から手を離した。
布が軽い音を立てて床に落ちた。
(う、うわああああ! 汗すごい……! 足、たよりない……うぐっ)
ふつうの肌着は、足首やふくらはぎまである長いものだ。
膝より上の丈……かなり短い肌着姿のオルガは、裸足の足先で少しひんやりした床をこすった。
結っている髪もほどいているし、肌着の襟元も緩めている。
裸足になって待っているとか、ありえない……ことだとは思うし。
「……………………」
ノインが、硬直してる。
(ひ、ひえええええ! やっぱり間違ってた!? 前の時は持ってる肌着だったから新しく作ったんだけど……)
こんなありえない短さの丈を作るのも、かなり勇気を出したのに!
(誰かに、訊くべきだったかな!? で、でもクララさんは貴族だし、男性を誘惑する大人の女の人のこと……なんて)
娼婦って実在するの!? いっそ一度会ってみたい!
教えて欲しい。ど、どうしたら……いいのか、って。
ノインの視線が、下がる。
脚。裸足。そして、膝。
微かに眉を動かし、怪訝そうにした。
な、なにその顔。
「……夢……?」
首を傾げて真剣に呟いてる。
戸惑っているオルガを、再度見てきた。
膝。太もも。そして裸足。
「……ん? 現実?」
?????
なに言ってるの!?
「げ、現実だよ……。
……ごめん。なにか少しでもお返しできればって思ったんだけど、思いつかなくて……へ、へへ……。
ノインってなんか、その、脱がせるの好きだし、そういうほうがいいのかなって……作った……んだけど、は、恥ずかしい……ね」
必死に考えてこんなのなんて。
ノインが凝視したまま、口を、ゆっくり開く。
「俺の、ため?」
「そ、そうだけど、ノインの好きなのってよくわからないから……、こ、こんなのしか……」
「……俺のため」
繰り返さなくても、そ、そうなんだけど……。
ノインがこちらを見つめたまま言う。
「とても」
「?」
「いいです。好きです。好みです」
「そ、そう……?」
めちゃくちゃ恥ずかしいけど……!
(す、すっごい見てくる……)
よ、よし!
両の拳に力を入れてから、ゆっくりと両手を左右に開く。
「だ、だだ」
うわああああ、緊張して声が上擦る……!
顔が真っ赤だ。もう、なんでノインみたいにできないの!?
「だ、抱いて! の、ノイン!」
くっつくのが好き。
触って来るのが好き
キスしてくるのも好き。
……私と、夫婦ですること……好き。
夜にするのはわかってるけど、私も意欲的だよって宣言するのは……どうかな!? 嬉しく思ってくれる?
きょとんとしてから、ノインが「はい」と近づいてきて。
そっと、包むように抱きしめてくれた。
「???」
あれ?
(あれっ!? 間違えた!?)
「ち、違う!」
「? 抱きしめて、という意味では?」
ノインが時々言ってたから、そういう意味なんじゃないの!? 違ったの!?
(えええええええ、やっちゃったぁ……)
羞恥に泣きたくなってきた。
(べ、べつの言い方……べつの……???)
う、うわ。
うわああああ!
こんな格好、恥ずかしくてたまらないし。
でも。
でも。
(ノインが好きって言ってるの、私くらいしか、思いつかないし)
私みたいに、喜ばせたいのに、できない自分が情けなくて……、言葉も多く知らない。
「う、っく」
涙がこみ上げてきた。
抱きしめてくれるノインはやさしい。
「うぇ……」
泣きたいわけじゃないのに……!
「欲しいよぉ……」
ノインの腕が、軽く震える。
「大好きなノインが、欲しぃ……」
ほんの一瞬。
ノインの動きが完全に停止した。
抱きしめてくれている腕も、呼吸も、なにもかもが止まったように……思えた。
(あれ……?)
鼻をすすってうかがう。
「ノイン?」
恐る恐る、呼ぶ。
……返事が、ない。
包み込んでくるような抱きしめ方が、急に変わった。
苦しい。
強い抱擁に驚いて涙が引っ込んだ次の瞬間、さらに腕に力が込められた。
「わっ」
体がふわりと浮かぶ。
驚いてノインの服を掴んだ。
視界がぐらりと揺れて、すぐ横にあったテーブルの縁が目に入る。
「え……?」
ノインが、テーブルの上にオルガを座らせる。
高さの違いで、顔の位置が変わった。
近い。
とっても……近い。
いつもとは違う、見上げ方。
はっきりとノインの顔が見えた。
だけど。
(…………)
なにも、言わない。
いつもなら、なにか言うのに。
好きとか、大丈夫ですかとか、優しい言葉を……同じくらいやさしい眼差しとともに。
違う。
穏やかな笑みがない。
目は、まっすぐこちらを見ている。
(べつの人みたい……)
「ノイン……?」
呼ぶと、やっと動いた。
手が伸びてくる。
頬に触れるのかと思ったら、そのまま首の後ろに回されて。
「……っ」
強く引き寄せられて、唇が重なる。
いつもより深い。
はなれ……ない!
息が苦しくなりそうなくらい長くて、やっと離れたと思ったら、また触れてくる。
何度も。何度も、何度も。
急かすみたいな……動き。
「の、ノイン……」
呼んでも、返事がない。
ただ息だけが近い。
肩に触れた手が滑って、肌着の布を掴んだ。
ぐっと引かれて、襟元がさらに開く。
「ちょ、……!」
言いかけた声が、またキスで塞がれる。
そのままテーブルの端に体が倒された。
背中が木の板に当たり、支えのない脚が空中に揺れた。
ノインの体が覆いかぶさってくる。
近い。
やっぱりすごく……近い。けど。
ノインの瞳が、すぐそこにあった。
荒い息を吐いて、なにか言いかけたけど……言葉にならないまま、口を閉じてしまった。
触れてくる手も。
触れてくる唇も。
同じもののはずなのに。
太ももに手をそえたと思ったら、滑らせて両脚を持ち上げられた。
ノインは立ったまま、そこにいる。
体を支えるように、脚を抱え込まれた。
(え、ええっ)
動きが止まらない。
乱暴、というほどではないけれど。
……テーブルがきしむ。
「の、ノイン……!」
名を呼ぶと、やっと一瞬だけ顔が上がった。
目が合う。
その目を見て、息を呑んだ。
いつもみたいに優しくない。
怒っているわけでもない。
ただ、まっすぐで、すごく、熱い。
このひと、だれ……?
でも。
(私、知ってる……)
「……オルガ」
やっと、声が。
でもそれだけ、だった。
言葉が続かない代わりに、腕が強くなる。
動きも止まらない。
思わずノインの肩を掴んだ。
(こんなノイン、見たことない……)
喋らないし、止まってくれない……けど。
逃げたいとか、思わない。
ただ、胸がすごくどきどきして、息が追いつかない。
ああ……いま。
(ノインは、私に夢中なんだ……)
それだけを感じて、どうしようもなく胸に歓喜の感情が溢れた。
**
あ。
ノインが瞬きをして、それからこちらを見た。
さーっと青くなって、押さえてた手首から力を抜いて、両手を上に挙げた。
荒かった呼吸を整えて、一歩下がろうとして……やめた。
乱れてる肌着を直し、髪を整えてくれる。
そっと壊れ物を扱うような手つきで、テーブルから下ろしてくれた。
「……申し訳ありません」
……声、おっも。
「止まれませんでした」
空気も、おっも!
お葬式みたいな空気なんだけど。
ノインが泣きそうになって、身を縮めた。
「殺してください」
「…………」
きつく瞼を閉じて、処断の言葉を待ってる。
「ぶっ、くくっ……あはははは!」
オルガはおなかを抱えて大笑いした。
「……笑いごとではありません……」
声ちっちゃ!
「なんで殺すの?」
「……あ」
小さく反応して、それでもノインは視線を合わせない。
「い、嫌……だった、のでは……こんな、襲うみたいな……」
涙が、流れていく。
「女性に乱暴をするみたいな……仕方……」
「……嫌」
びくっと肩を震わせて、ノインが悲痛な表情で……きつく、また目を閉じる。
「じゃない、よ」
明るく笑って言うと、理解できなかったのか……ノインがゆっくりと瞼を開けてこちらを見てきた。
「私が言ったんだよ? 怒ってないよ」
混乱してる目だ。
近づこうとしたけど、脚の力がちょっと抜けてバランスを崩してよろけた。
「すみません!」
さらに青くなってノインが支えてきた。
優しい手つきと、力。
(いつものノインだ)
小さく、唇が緩む。
「ど、どう?」
もう一度、ノインの前で……今度は胸を張った。
「似合う? 好き? ノインは」
ノインは。
「この格好、好き?」
「…………はい。とても、魅力的です。俺には刺激が強かったです」
「また赤い痕いっぱいつけて……」
「すみません……見えるところまでつけてしまって……」
見えるところ?
「ふふ……ははっ、もー、ここ、ご飯食べるところなのに」
「………………節度を弁えず、我を忘れました」
「ふふふ、そう。そっか」
真面目に言ってるノインが。
(すごく、好き)
「そんなに私に触れたくなったの? 我を忘れるほど?」
言葉に、ノインが少し目を見開いて……視線を逸らした。
耳が、赤い。
「…………はい」
小さな、肯定の言葉。
オルガはちょっと黙ってから。
軽く笑う。
「嬉しい」
ノインがこちらを弾かれたように見た。泣きそうな、言葉をうまくまとめられないような表情をしてから。
見たことがないくらい綺麗に、ノインが微笑んだ。
「もー、椅子が倒れちゃってるじゃない」
「すみま」
言葉が続かない。
椅子を起こそうと背を向けたこちらを、ノインが見て絶句している。
「せ、せな……」
「ん? ああ、ちょっと擦れてる?」
「すみません……!」
大袈裟だなあ……。
「……そんなに気にするなら、もう着るのやめようか? これ」
「う」
言葉に詰まったノインに、もうダメだとばかりに笑うしかなかった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
続きを読みたいと思っていただけたら、さらに嬉しいです。




