第9話 勇者の罠
王都の広場に人々が集まっていた。
今日は勇者パーティによる公開討伐が行われるという触れ込みだ。
勇者ライオネルは、この舞台で派手に手柄を立て、その勢いで王の前に進み出るつもりだった。
――「アレンを勇者隊に戻すべきだ」
そう進言すれば、王も民も賛同するに違いない。
そう信じて疑わなかった。
「今日は絶対に成功させるぞ。俺の栄光を取り戻すためにな!」
ライオネルの声に仲間たちは重々しく頷いた。
だが、胸中に不安を抱いていたのは誰も同じだった。
広場に檻が設けられ、中には捕らえられた魔獣がうごめいている。
鎖を引きちぎられれば暴走は必至。観客の前で討伐を成功させ、喝采を浴びる――それがライオネルの計画だった。
けれど、鎖が外された瞬間、事態は思わぬ方向へ転がる。
「ギギャアアアッ!」
現れたのは二頭のオーガだった。
しかも暴れる勢いは常軌を逸していた。
「なっ……なぜ二頭も!? 一頭だけのはずでは……!」
リュカが青ざめる。
「構うな! 派手に倒せばいい!」
ライオネルは剣を抜き、突撃した。
だが。
「ぐっ……重い!」
剣を振るう腕に力が入らず、受け止めた瞬間に吹き飛ばされる。
以前なら一撃で斬り伏せられたはずの相手が、今はまるで岩山のように動かない。
仲間も同じだった。
魔法は詠唱が乱れ、弓矢は弾かれ、盾役は足を取られて転ぶ。
かつての“最強”と呼ばれた面影は、そこにはなかった。
「に、逃げろ! 観客を守れ!」
兵士たちが悲鳴を上げる。
観客の群れが逃げ惑い、広場は混乱に包まれた。
その中で、俺たちは王女の要請を受けて駆けつけていた。
「アレン様!」
セリアが杖を掲げる。
「私たちが援護します、どうか!」
「任せろ!」
俺は支援魔法を展開した。
瞬間、エレナの槍が閃き、オーガの腕を貫く。
イリスの祈りが結界を張り、逃げ遅れた人々を守る。
セリアの魔法が炎となって敵を包み込む。
――わずか数分で、二頭のオーガは大地に沈んだ。
「おおっ!」
「さすがだ、新しい勇者隊だ!」
「王女殿下万歳! アレン殿万歳!」
人々の歓声が広場に響き渡る。
一方、地面に膝をついたライオネルたちは、ただ呆然とその光景を見ていた。
自分たちが果たせなかった討伐を、アレン一行は鮮やかに成し遂げてしまったのだ。
「なぜだ……俺は勇者だぞ……!」
ライオネルは震える声で呟く。
「なぜ、俺じゃなく……あいつなんだ……!」
答えは明白だった。
俺という“支柱”を失った彼らには、もはや立つ力すら残されていなかったのだ。
討伐を終え、王の前に報告へ向かう。
謁見の間で国王は深く頷き、言葉を放った。
「アレンよ。お前こそ、真に国を救う英雄だ。王女、聖女、竜騎士と共に――国の未来を託す」
その宣言に、俺の胸は熱く震えた。
もう“追放された無能”ではない。
国王に認められ、国中に讃えられる英雄になったのだ。
その傍らで、勇者ライオネルは必死に叫んだ。
「お、王よ! アレンは我々勇者パーティに戻すべきです! 彼がいなければ大魔王は……!」
しかし、王の瞳は冷ややかだった。
「愚か者。彼を切り捨てたのはお前たちだろう。今さら取り戻そうなど、言語道断」
ライオネルの顔色が真っ青に染まる。
「……そ、そんな……!」
その瞬間、広間に失笑が広がった。
勇者の名を持ちながら、愚かさを晒す姿。
人々の目はすでに、アレンを英雄として見ていた。
こうして勇者の罠は失敗に終わった。
皮肉にもそれは、俺たち新生パーティの絆をより強く固める結果となった。
次話予告
「大魔王の影」
国中に新たな英雄の名が広まる一方で、遠い地では“本物の脅威”が動き始めていた。
やがて訪れる最大の試練――それが、俺たちをさらに強くする。