第8話 勇者の策謀
夜。
王都の勇者宿舎は、以前のような華やかさを失っていた。
豪奢な調度品に囲まれていながらも、空気は重苦しく、誰一人口を開こうとしない。
机に肘をついたまま、勇者ライオネルは額に手を当てていた。
人々の口から聞こえてくるのは、もはや自分たちへの賛美ではない。
――「王女殿下を中心とした新生パーティ」
――「聖女イリスや竜騎士エレナまで従う従者アレン」
――「真の最強は勇者ではなく、あの男だ」
耳を塞ぎたくなる言葉ばかりが、日に日に増していく。
「……許せん」
ライオネルは低く唸った。
拳を机に叩きつける音に、仲間たちがびくりと肩を揺らす。
「すべてアレンのせいだ。あいつが俺たちを裏切り、王女殿下を唆したに違いない!」
「……ライオネル様、それは……」
魔導士リュカが口ごもる。
「むしろ我々が彼を……」
「黙れ!」
ライオネルの怒声が響き渡り、場を凍りつかせる。
自分たちの過ちを認めたくない。だからこそ、ライオネルは全てをアレンのせいにした。
「取り戻すしかない」
ぽつりと呟かれたその言葉に、仲間たちは顔を見合わせた。
「アレンを……?」
戦士ガルドが怪訝そうに眉をひそめる。
「ああ。あいつの力がなければ、大魔王など到底討てぬ。だが、まだ間に合う。勇者の権威を持つ俺が呼び戻せば、必ず戻ってくるはずだ」
「……ですが、今や彼は王女殿下と共に……」
「それがどうした! 王女など所詮は女。権力よりも勇者の栄光を選ぶに決まっている!」
強引な理屈。
だがライオネルは信じて疑わなかった。
「方法は簡単だ。俺たちが魔獣を討伐し、手柄を立てる。そして王の前で“勇者パーティにアレンを戻す”と進言する。王も拒めまい」
勝手な計画。
その目は焦燥に濁り、かつての英雄らしさは欠片もなかった。
「ライオネル様……もし、彼が拒否したら?」
リュカの問いに、ライオネルは笑みを浮かべた。
「そのときは――強引にでも連れ戻す」
その言葉に場の空気が凍りつく。
だが誰も逆らえなかった。
勇者という肩書きに縛られ、彼らはただ従うしかなかった。
一方その頃。
俺たちは王城に招かれていた。
正式に「第二勇者隊」として認められ、王から直々に勅命を受けたのだ。
「アレン。お前には王国の命運を託す。王女、聖女、竜騎士と共に、新たな道を切り拓け」
重々しい声に、胸が熱くなる。
もう“無能”ではない。
堂々と顔を上げて、答えることができた。
「……はっ。全力を尽くします」
セリアが微笑み、イリスが祈り、エレナが槍を握りしめる。
三人の仲間に囲まれ、俺は誓った。
――必ず、この力で国を守り抜く、と。
だがその決意を嘲笑うように、別の陰謀が動き始めていた。
「アレンは俺のものだ……必ず取り戻す」
勇者ライオネルの執念は、やがて国を揺るがす火種となっていくのだった。
次話予告
「勇者の罠」
アレンを取り戻そうとする勇者ライオネルが仕掛けた愚かな罠。
だがその策は、逆に“新生最強パーティ”の絆をより強固にする――!