第7話 国中に広がる噂
討伐から数日後。
俺たちが湿原で魔獣群を一掃したという報せは、想像を超える速さで国中に広まっていた。
「聞いたか? 王女殿下が新しいパーティを組んだらしい」
「しかも聖女イリスと竜騎士エレナまで加わったんだと」
「中心にいるのは……“アレン”って名の従者だそうだ」
市場のざわめき、酒場の喧騒、兵士たちの詰所。
王都の隅々まで噂が駆け巡り、人々は口々に俺たちの名を語っていた。
「……なんで、俺の名前まで」
宿の一室で休んでいた俺は、耳に入る声に苦笑した。
「当然ですわ」
セリアが微笑む。
「あなたこそが新生パーティの支柱なのですから」
「うむ。戦場で支援を受けた身ならわかる。……あれほどの力は誰も持っていない」
エレナは腕を組み、誇らしげに頷いた。
「アレン様の力は、誰か一人のためではなく、仲間すべてを強くする。だからこそ“最強”の名が相応しいのです」
イリスが静かに祈るように言った。
――三人がそろって俺を持ち上げるたび、背中がむず痒くなる。
でも、胸の奥では確かに嬉しさが膨らんでいた。
一方その頃。
勇者ライオネル率いる旧パーティは、別の任務に就いていた。
王都近郊で暴れるオーク討伐。規模は湿原の魔獣よりも小さい。
だが、戦況は惨憺たるものだった。
「ぐっ……重い!」
剣を振るうライオネルの腕は鈍く、受け止めきれずに吹き飛ばされる。
「詠唱が乱れる……!」
魔導士リュカの魔法は不発に終わり、オークの棍棒をまともに受けて地に伏す。
「くそっ、なぜだ……!」
必死に立ち上がるが、かつての連携は影も形もなかった。
結局、彼らは騎士団の援軍に救われ、任務を果たせずに撤退を余儀なくされた。
「……どうしてこうなった」
ライオネルは荒れ果てた天幕で、頭を抱えていた。
「噂はもう広まっています」
リュカが苦々しく言う。
「人々は“新しい最強パーティ”の話ばかりだ。……アレンを中心に、王女殿下、聖女様、竜騎士団長。これ以上の布陣はないと」
「そんな……っ」
ライオネルは拳を握りしめた。
だが否定できなかった。自分たちは敗北し、アレンたちは勝利を収めている。
その差は誰の目にも明らかだった。
王城。
謁見の間では、すでに国王の耳にも報告が届いていた。
「なるほど……勇者パーティではなく、アレンを中心とした新たな一団が魔獣を退けたか」
玉座に座る国王は目を細め、満足げに頷く。
「彼らを正式に“第二勇者隊”として認めよ」
「はっ!」
側近たちが一斉に頭を下げる。
――こうして俺たちは、正式に王国の戦力として認められたのだった。
その知らせを受け、王都の酒場では新たな歌が歌われ始めていた。
♪追放された従者が支柱となり
王女を護り 聖女を導き 竜騎士を駆る
その名はアレン――新たな英雄♪
「……やめてくれ、そんな歌まで」
宿でそれを耳にした俺は、頭を抱えて呻いた。
「いいえ、誇るべきことです」
セリアが嬉しそうに微笑む。
「人々があなたを認め始めた証なのですから」
「ふん、悪くない。英雄と呼ばれるに値する実力はある」
エレナが豪快に笑う。
「アレン様、誇ってください。……あなたはもう、孤独ではありません」
イリスの静かな言葉が心に沁みる。
胸が熱くなる。
――追放された“無能”が、今は国中に讃えられている。
だが同じ頃。
「アレン……アレン……!」
勇者ライオネルは歯を食いしばり、拳を血が滲むほど握っていた。
嫉妬と後悔、焦燥が混ざり合い、心を苛む。
――なぜ、あいつを切ったのだ。
その後悔は、日ごとに重く、鋭く、勇者パーティを蝕んでいった。
次話予告
「勇者の策謀」
追放した従者が新たな英雄となった今、勇者ライオネルは焦燥に駆られ、ある策を練り始める。
それは――アレンを取り戻すための、愚かな計画だった。