第5話 勇者たちの後悔
――王都、勇者専用の訓練場。
鋼鉄の扉が閉まる音が、やけに重く響いた。
勇者ライオネルは額の汗を拭い、荒い息を吐きながら仲間たちを振り返る。
「……おかしい。なぜだ、こんなはずはない」
剣を握る手が震えていた。
先ほどの模擬戦で、彼はオーガ相手にまともに立ち回れなかったのだ。
以前なら一撃で倒せたはずなのに、今は防戦一方。
「ライオネル様、やはりアレンを外したのは……」
魔導士リュカが言いかけ、慌てて口を閉じる。
「何だ? はっきり言え!」
ライオネルの怒号が訓練場に響く。
だが、仲間たちは互いに目を逸らすばかりだった。
数日前、アレンを追放した夜。
皆は胸を張っていた。「無能を切った。これで我々はもっと強くなる」と。
けれど――現実は違った。
体力は続かず、集中力も散漫。
魔法の詠唱は途切れがちになり、戦士ガルドの剛腕さえ鈍っている。
その原因に気づくまで、そう時間はかからなかった。
「……アレンが、いたからだ」
リュカが震える声で呟く。
「俺たちが“最強”と呼ばれたのは……全部、あいつの支援魔法のおかげだったんだ」
「ふざけるな! そんな地味な術に、俺たちが縋っていたとでも言うのか!」
ライオネルは激昂し、剣を床に叩きつける。
だが反響する音は、否応なく真実を突きつけてくる。
戦士ガルドが重い声を出した。
「……正直に言おう。俺は気づいていた。アレンの術がなければ、俺は何度も膝をついていた。だが……認めたくなかったんだ」
沈黙。
誰も反論できない。
聖女イリスが守り切れたのも、竜騎士エレナが戦場で飛べたのも、勇者ライオネルが英雄と呼ばれたのも――すべてはアレンの支援魔法の恩恵だった。
それを“地味だ”“無能だ”と切り捨てたのは、自分たち。
「……戻ってきてもらおう」
ライオネルが低く呟いた。
「アレンを呼び戻す。そうすれば――」
「遅すぎます」
扉口に立っていたのは、宮廷の伝令だった。
息を切らし、緊迫した面持ちで言葉を続ける。
「アレン様は、すでに王女殿下と行動を共にされています。それだけでなく、聖女様、竜騎士団長までも……アレン様の配下に加わったとの噂が」
「なっ……!?」
ライオネルの顔色が変わる。
信じられないと叫びたかった。
だが胸の奥では、妙に納得してしまう自分がいた。
――あいつなら、そうなる。
自分たちが手放したものは、誰よりも価値のある存在だったのだ。
「王女殿下、聖女、竜騎士……国の三柱が一人の従者を中心に集うなど、前代未聞。すでに“新たな最強パーティ”と呼ぶ者まで現れています」
伝令の声が、剣より鋭く突き刺さる。
「……バカな。俺たちが勇者パーティだぞ……! この俺が、勇者だぞ……!」
ライオネルは叫び、膝をついた。
握った拳から血が滲む。
だが、どう足掻いても現実は変わらない。
アレンは追放された無能などではなかった。
勇者パーティの“支柱”であり、誰よりも必要とされた存在。
そして今、彼を失った自分たちは――音を立てて崩れていく。
「……俺たちは、取り返しのつかないことをしたのかもしれない」
誰の言葉でもなく、全員の胸の内に同じ痛みが広がっていた。
次話予告
「最強パーティ、始動」
王女、聖女、竜騎士に囲まれたアレン。新たな冒険の始まりは、勇者たちの後悔と対照的に、眩い光を放ち始める――!