第4話 争奪戦の始まり
修道院の静けさが、三人の声によって一瞬でかき消された。
「アレン様には、王家の庇護が必要です!」
「いいえ、戦場こそが彼の舞台。竜騎士団に加わらせるべきだ!」
「どちらも違います。彼は祈りと共に歩むべきです。……アレン様、あなたは私の傍に」
王女セリア、竜騎士エレナ、聖女イリス。
王国を支える三人の美女が、一斉に俺へと迫る。
――どうしてこうなった。
俺は思わず後ずさるが、彼女たちの瞳は真剣そのものだ。
まるで戦場で剣を交えるかのように、視線が火花を散らしていた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺は、まだ何も決めていない……!」
「だからこそ決めるのです!」
「彼を託すに足るのは私の部隊だ」
「いいえ、彼は神に選ばれし人。私が導きます」
三者三様の主張に、頭がくらくらしてくる。
追放され、無能と蔑まれていたはずの俺が――今や国の中枢を担う三人から同時に必要とされている。
現実味がなさすぎて、夢でも見ているのではと疑いたくなるほどだ。
「……落ち着いてください」
ようやく声を振り絞る。
「俺は一度、仲間に裏切られています。だからこそ、今度はちゃんと考えて選びたい。皆さんの期待に応えられるように」
沈黙。
すると、セリアが先に表情を緩めた。
「……さすが、アレン様。やはり誠実なお方です」
その声音には、安堵と微かな喜びがにじんでいた。
「ふん。だが、誠実さだけで戦場は生き残れん」
エレナが腕を組み、鋭い視線を向ける。
「証明してみせろ。お前の支援魔法が本物かどうか」
「ええ、それが一番です」
聖女イリスが柔らかく微笑んだ。
「祈りと癒やしの場に、真の力は現れますから」
――結局、試されるのか。
だが不思議と嫌ではなかった。
むしろ、ようやく訪れた機会に胸が熱くなる。
「……わかりました。なら、俺を試してください」
三人の視線が一斉に輝く。
その瞬間、俺の運命は大きく動き出した。
翌朝。
王都郊外の森。
魔獣が出没する危険区域で、俺たちは肩を並べていた。
「対象は森の奥に巣くうオーガだ。勇者パーティでさえ苦戦した怪物だが……」
エレナが槍を構え、口角を吊り上げる。
「お前の力が本物ならば、我らは必ず勝てる」
「無茶をしないでくださいね、エレナ様」
イリスが祈りの杖を握りしめ、俺を振り返る。
「……アレン様、どうか私に加護を」
「もちろんです」
俺は深呼吸し、〈支援魔法〉を展開した。
淡い光が聖女の身体を包み込む。
同時に、彼女の魔力の流れが驚くほど滑らかになっていくのがわかった。
祈りの力が高まり、周囲の草花さえ静かに揺れ、癒しの気配を広げていく。
「……ああ、なんて澄んだ感覚」
イリスの頬が赤らむ。
「やっぱり……あなたの支援は特別です」
続けて、竜騎士エレナに手をかざす。
金色の竜鱗に覆われた愛槍が光を帯び、彼女の体躯に力がみなぎるのが見える。
「おお……竜の鼓動が、今まで以上に熱い」
エレナの瞳が戦士の輝きに燃える。
「悪くない。これなら、オーガを斬り伏せられる」
最後に、王女セリアへ。
彼女はまだ実戦経験が浅い。だが魔術の素質は誰よりも高いと言われていた。
支援魔法をかけると、彼女の魔力が安定し、魔法陣が鮮やかに浮かび上がる。
「……驚きました。詠唱の途切れがない。魔力が、泉のように湧いてくる」
セリアが目を丸くし、唇に笑みを刻む。
「やはり――あなたは、必要不可欠です」
支援を終えた瞬間、森の奥から轟音が響いた。
大地を揺らし、巨躯の影が現れる。
緑の皮膚に鋭い牙、棍棒を振りかざす巨人。――オーガだ。
「来るぞ!」
エレナが地を蹴り、槍を突き出す。
竜の咆哮のような一撃が、オーガの棍棒を弾き飛ばす。
「癒しよ、彼らを守って」
イリスの祈りが光となり、エレナの身体を包む。傷一つ負わせない結界が生まれた。
「炎よ、巨躯を焼き尽くせ!」
セリアが詠唱し、巨大な火柱がオーガを呑み込む。
――信じられない光景だった。
かつての勇者パーティと同じように。いや、それ以上に。
三人は完璧に連携し、支援魔法を受けて驚異的な力を発揮していた。
数分後。
オーガの巨体が地響きを立てて倒れ伏す。
黒煙の中で、三人の英雄が立ち尽くしていた。
「……勝った、のか」
俺は呆然と呟いた。
「当然だ。お前の力があったからな」
エレナが槍を肩に担ぎ、勝ち誇った笑みを浮かべる。
「やはり、アレン様は欠かせません」
イリスが静かに頷き、祈りの言葉を口にする。
「私の判断は間違っていませんでした」
セリアがこちらを振り返り、真っ直ぐな瞳で告げた。
「アレン様。……これからも共に歩んでください」
胸の奥に熱いものが込み上げてくる。
追放された“役立たず”は、今や――王女、聖女、竜騎士に必要とされる存在になった。
だが次の瞬間、またしても三人が同時に口を開いた。
「アレン様は私と共に――」
「いや、彼は竜騎士団で――」
「いえ、祈りの傍らにこそ――」
再び始まる争奪戦。
俺は頭を抱え、心の中で叫んだ。
――もう勘弁してくれぇぇぇ!
次話予告
「勇者たちの後悔」
アレンを追放した勇者パーティの耳にも、彼の活躍が届き始める。
知らぬ間に広がる“新たな最強パーティ”の噂。――そして、後悔が芽生える。