第3話 聖女と竜騎士
夜の王都を抜ける馬車の中、俺は揺れるランタンの光に照らされながら、セリア王女の横顔を盗み見ていた。
第一王女である彼女が、直々に従者あがりの俺に声をかけるなんて、どう考えても異常だ。
しかも「力を必要としている者がいる」とまで言う。
どこへ向かっているのかと問えば、セリアはただ「着けばわかります」と微笑むだけ。
その笑顔は、冷えきった胸の奥をほんのり温める――だが、同時に不安を膨らませるものでもあった。
俺が本当に必要とされるなんて、信じていいのか?
長年「無能」「役立たず」と言われ続けてきた心は、容易く答えを出せずにいた。
やがて馬車は石畳を外れ、郊外の修道院の前で止まった。
高い鐘楼に、夜風に揺れるステンドグラス。ここは王国でもっとも神聖とされる場所の一つだ。
「こちらです」
セリアに導かれて中に入ると、柔らかな光をまとった女性が立っていた。
白い衣、澄んだ瞳。修道女というにはあまりに気高い。
「……聖女さま?」
思わず声が漏れる。
そう、彼女は国が誇る聖女イリス。民を癒やし、祈りの力で幾度も戦線を立て直した存在だ。
イリスは俺を見て、花がほころぶように微笑んだ。
「ようやく会えました、アレン様」
「えっ……なぜ、俺の名を……」
「あなたの〈支援魔法〉が、どれほど私を救ってくれたか……誰よりも知っていますから」
胸が熱くなる。
仲間ですら気づかなかった力を、彼女は確かに覚えていてくれたのだ。
「勇者様が無茶をして、何度も倒れかけました。でもアレン様の支援があったから、私は祈りを続けられた。……なのに、あなたを“役立たず”だなんて。――そんなの、許せません」
イリスの声には、珍しく怒りが滲んでいた。
聖女がここまで言うなんて。俺は返す言葉を見失う。
そのとき、修道院の扉が再び開いた。
重い革靴の足音が響き、長身の影が現れる。
「王女殿下。遅れました」
鋼の鎧に身を包み、背に巨大な槍を背負った女戦士。
黄金の髪をひとつに結び、赤いマントを翻しながら堂々と歩み寄ってくる。
――竜騎士団長、エレナ。
数少ない飛竜騎乗の使い手であり、戦場の華と称される人物だ。
「紹介します、アレン様。竜騎士団の誇り、エレナです」
「ふん。王女殿下がそこまで評価する男とはどんなものかと思ったが……ずいぶん地味だな」
鋭い眼光が俺を射抜く。
思わず身をすくめるが、次の瞬間、エレナは言葉を続けた。
「だが、私は知っている。かつての戦で、飛竜が限界を超えて飛べたのはお前の支援魔法のおかげだ。あの一度きりの奇跡、忘れはしない」
「……え」
「お前がいなければ、私は竜と共に墜ちて死んでいただろう」
そう言い切ったエレナの声音には、誇り高き騎士としての真実があった。
王女、聖女、竜騎士。
三人の言葉が胸に突き刺さる。
俺が、必要とされている。
無能ではなく、支柱として。
今まで浴び続けてきた嘲笑や罵倒が、少しずつ溶けていく。
代わりに胸の奥で何かが膨らみ始める――希望、なのかもしれない。
「アレン様」
セリア王女が立ち上がり、手を差し伸べてきた。
「私たちと共に来てください。あなたの力を欲する者は、ここにいます」
「……」
差し出された手の先には、聖女イリスの微笑みと、竜騎士エレナの鋭い眼差しがあった。
彼女たちはそれぞれ違う表情を浮かべているが――共通しているのは「俺を求めている」という事実。
そんな日が来るなんて思わなかった。
だが、もう迷う理由はない。
「……わかりました。俺でよければ、力を尽くします」
その瞬間、王女の瞳がきらめき、イリスは祈るように目を閉じ、エレナは満足げに頷いた。
――そして気づけば、三人は同時に俺へ一歩、踏み出していた。
「ただし、王女殿下。アレン様は私が支えるべきです」
「いいえ、アレン様には王家の庇護が必要です」
「どちらでもない。戦場でこそ、この男の力は最大限に生かされる」
三人の視線が交錯し、空気が張り詰める。
王女、聖女、竜騎士――国を背負う三人の美女が、まるで獲物を争うように俺を見据えていた。
「……ちょっと待ってくれ! 俺は、まだ何も――」
慌てて両手を広げた俺を、三人の声が同時に遮った。
『――アレン様は、私が必要としているのです!』
静かな修道院が、一瞬にして戦場のように熱を帯びた。
次話予告
「争奪戦の始まり」
王女、聖女、竜騎士。三人の英雄たちによる“アレン争奪戦”が幕を開ける――!?