第2話 王女の依頼
「……王女殿下?」
思わず言葉を失った。
扉の向こうに立っていたのは、確かに王城で幾度か目にした第一王女セリア殿下。
紅のマントに身を包み、夜にも関わらず気高く輝いていた。
だが、なぜこんな場末の宿に――追放された従者のもとに来るのか。
「驚かせてしまいましたね。ですが、どうしても直接会わなければならなかったのです」
セリアはまっすぐに俺を見つめ、その声音には一片の揺らぎもない。
「……殿下が、俺に? しかし、俺は勇者パーティを追放されて……」
「ええ。だからこそ、です」
扉を閉め、宿の一室に王女を招き入れる。
粗末な机と椅子に腰を下ろした彼女は、迷いなく切り出した。
「――アレン様。あなたの〈支援魔法〉の本当の価値、私は知っています」
「……!」
思わず息を呑んだ。
誰も理解してくれなかったはずの力を、王女が口にしたのだ。
「勇者ライオネル殿下が短期間で英雄と呼ばれるまでに強くなったのは、誰の功績か。戦士や魔導士が驚異的な成長を遂げたのは、誰の手によるものか。……城に仕える者であれば、少し観察すればわかります」
セリアの瞳は真剣だった。
俺が必死に隠し、仲間でさえ気づかなかった“真実”を、王女は見抜いていた。
「……では、なぜ今になって?」
「大魔王との戦いが迫っているからです」
彼女の声が低く響く。
「勇者パーティは確かに強い。けれど、アレン様を失った今、彼らは急速に脆くなるでしょう。力を維持する支柱を欠いたのですから」
――支柱。
その言葉に胸が熱くなる。
初めて、自分の役割を正しく言い表された気がした。
「だからこそ私はお願いに来たのです。アレン様、私の配下に加わっていただけませんか?」
「……っ」
王女の依頼。
驚きと戸惑いで、思考が追いつかない。
「もちろん、危険な道です。ですが……私は、あなたの力を信じています」
セリアは胸に手を当て、深く頭を下げた。
王女が臣下に頭を下げるなど、本来なら有り得ない。
だがそれだけ、俺を必要としてくれているのだ。
「……俺を必要としてくれる人がいるなんて、思ってもみませんでした」
声が震えた。
追放され、無能と罵られた俺に、初めて差し伸べられた手。
「わかりました。王女殿下――俺にできることなら、全力でお応えします」
そう告げた瞬間、セリアの顔に安堵の笑みが浮かんだ。
「ありがとう、アレン様。……では早速、共に来ていただきたい場所があります」
「場所?」
「はい。……あなたの力を必要としている者が、すでに待っています」
――その言葉が意味するものは、俺にとって想像を超える出会いの始まりだった。