第17話 闇に堕ちた勇者
夜の王都。
鐘の音が鳴り響き、広場に集められた兵士たちはざわめいていた。
その中心に現れたのは――黒き炎を纏った男。
「……ライオネル」
俺は息を呑む。
かつて勇者と呼ばれたその姿は、もう完全に別物だった。
赤黒い瞳、黒い剣、身体を覆う漆黒の鎧。
背後には闇の炎が揺らめき、見る者すべてを震え上がらせる。
「ハハハ……アレン。ようやく本物になれたぞ」
嗄れた声が広場に響き渡る。
「俺は勇者でも、人間でもない。大魔王の剣だ! ガルヴァス様の力を授かり、再びこの世の頂点に立つ!」
兵士たちの間に恐怖が走る。
だが俺は一歩も引かなかった。
「……ライオネル。まだ戻れるはずだ。お前は本来――」
「黙れぇぇぇ!」
轟音と共に黒剣が振り下ろされる。
地面が裂け、闇の稲妻がほとばしった。
「くっ……!」
俺は支援魔法で結界を張り、兵士たちを守る。
背後でセリアが詠唱を開始した。
「アレン様、後方は私が抑えます!」
彼女の炎が奔流となって広がり、兵士たちを覆う闇を焼き払う。
「癒しの光よ、怯える心を照らして!」
イリスの祈りが広場を満たし、兵士たちの震えが止まった。
「よっしゃ、正面は私がやる! 派手にぶっ飛ばしてやるぞ!」
エレナが竜槍を構え、闇狼の群れへ突撃していく。
仲間たちの声が重なり合う。
俺はその中心に立ち、光の支柱となった。
だが、ライオネルの力は凄まじかった。
「見ろ、この力を! かつてのお前では、指一本触れられなかったはずだ!」
黒剣が振るわれるたび、地が裂け、炎が爆ぜる。
闇に呼応して無数の魔獣が湧き出し、兵士たちを襲った。
「やめろライオネル! お前は人々を守るために――」
「違う! 俺は人々に裏切られた! 英雄として讃えられるはずだったのに……アレン、お前のせいで!」
その叫びは痛みに満ちていた。
嫉妬と絶望に飲まれ、もはや正気は残っていない。
「アレン様……」
セリアの瞳が揺れる。
「彼を討たねば、この国は……」
「わかってる」
俺は唇を噛む。
「でも、あの時の仲間を完全に失いたくない。……まだ、救えるはずだ」
「なら、私たちが全力で支えます!」
イリスが杖を掲げ、光を放った。
「お前は一人じゃない。……ずっとそう言ってきただろ?」
エレナが背中を叩く。
「……みんな」
胸の奥に熱が溢れた。
そうだ。俺はもう、追放された孤独な従者じゃない。
仲間がいて、俺を信じてくれる。
「ライオネル!」
俺は杖を突き出した。
「お前がどれほど闇に囚われても、俺は支える! 支柱の力で――必ずお前を取り戻す!」
「くだらん!」
ライオネルが突進し、黒剣を振り下ろす。
「アレン様、今です!」
セリアの炎、イリスの光、エレナの槍――三つの力が同時に重なり、俺の杖へと集束した。
「支援魔法――共鳴展開!」
光が爆発し、俺と仲間たちを繋ぐ絆が炎の柱となる。
その光は、闇を切り裂き、ライオネルを直撃した。
「ぐ……あああああッ!」
ライオネルの絶叫。
闇の鎧が軋み、ひび割れ、砕け散っていく。
一瞬だけ、彼の瞳から濁りが消えた。
「……アレン……俺は……」
「戻れ、ライオネル!」
だが、次の瞬間――漆黒の瘴気が再び彼を覆い尽くした。
「……ふはははは! 惜しいな、アレン。だがこの男はすでに我らの器よ!」
闇の奥から響く声。
大魔王ガルヴァスの影が、ライオネルの背後に浮かび上がった。
「次こそ決着をつけよう……支柱の英雄よ」
ライオネルの身体は闇に包まれ、その姿を戦場から消し去った。
静まり返る広場。
残された兵士たちは震えながらも、俺たちを見上げていた。
「アレン殿……我々を……救ってくださった」
「やはりあの方こそ英雄だ……!」
俺は拳を握った。
ライオネルはまだ完全には失われていない。
だが、次に会うとき――決断を迫られるだろう。
次話予告
「支柱の英雄」
王都に迫る大魔王軍。
その先陣を切るのは“堕ちた勇者ライオネル”。
アレンは仲間と共に、最終決戦へ挑む――!