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第14話 南方の森の暴走

 南へ進む街道は、夏の日差しが降り注いでいるはずなのに、不気味なほど冷たかった。

 森が近づくにつれ、空はどんよりと曇り、鳥の声は消え、ただ風の音だけが響いていた。


「……いやな気配です」

 イリスが杖を握りしめる。

「まるで祈りそのものをかき消すような、濁った流れを感じます」


「ふん、待ち構えているのは間違いないな」

 エレナが竜槍を背に担ぎ、不敵に笑った。

「敵が誰であろうと、まとめて叩き伏せるだけだ」


「でも、油断は禁物ですわ」

 セリアの瞳は鋭かった。

「大魔王の眷属が一人とは限りません。私たちを試すように、次々と送り込んでくるでしょう」


 その言葉に俺は頷き、杖を強く握った。

 支援魔法――この力が仲間を繋ぎ、守るのだ。


 森に入ると、空気はさらに濃く淀んだ。

 木々は黒ずみ、根は不気味に脈動している。

 やがて聞こえてきたのは、低い唸り声。


「来るぞ!」

 エレナの叫びと同時に、茂みから飛び出したのは狼の群れだった。

 だがただの狼ではない。皮膚は裂け、牙は異様に伸び、目は血のように赤く輝いている。


「……魔獣化している!」

 セリアが息を呑む。


「やっぱり……闇の力に侵されてる」

 イリスの声が震える。


「支援展開!」

 俺は迷わず魔法を放ち、三人に加護を与える。

 光が弾け、仲間たちの力が高まった。


「突き抜けろ!」

 エレナの竜槍が狼を薙ぎ払い、数匹が吹き飛ぶ。


「炎よ、道を開け!」

 セリアの魔法が炸裂し、火柱が狼の群れを切り裂いた。


「癒しの光よ、恐怖を祓え!」

 イリスの祈りが兵士の心を奮い立たせ、負傷を瞬時に癒やす。


 連携は完璧だった。

 だが、狼の数は尽きない。森の奥から次々と湧き出し、際限なく押し寄せてくる。


「……これはおかしい」

 俺は気づいた。

「まるで誰かが“無理やり”呼び出している……!」


 その時、森の奥から重々しい声が響いた。


「ほう。これが“支柱の英雄”とやらか」


 木々がざわめき、闇の瘴気をまとった巨体が現れる。

 漆黒の甲冑に身を包み、頭には山羊のような角。

 背には大剣を負った、禍々しい騎士の姿。


「名を名乗れ!」

 セリアが叫ぶ。


「我は大魔王ガルヴァス様の剣――黒騎士ゾルダ。貴様らを斬り裂き、その命を復活の贄とする!」


 黒騎士の一歩で、大地が震えた。

 その威圧感は、昨日戦ったバルゼルをはるかに凌駕していた。


「こいつは……手強いぞ」

 エレナが槍を構え、笑う。だがその額には冷や汗が滲んでいた。


「アレン様、私の加護を強めてください!」

 セリアが詠唱に入る。


「任せろ!」


 俺は力を集中させ、支援魔法を二重に重ねた。

 王女の魔力が増幅し、炎の魔法陣が幾重にも重なって輝く。


「……やっぱり、すごい。あなたの力があるだけで、魔力が泉のように溢れてくる……!」


 イリスにも光を送り込む。

 祈りは清流のように澄み渡り、兵士たちに勇気を満たした。


「私の声が……遠くまで届く……! アレン様のおかげです!」


 そしてエレナ。

 竜槍が光に包まれ、槍身から竜の咆哮が響いた。


「ハッ、これなら巨山すら砕ける! アレン、悪くないぞ!」


 黒騎士ゾルダが大剣を振り下ろす。

 その一撃は城壁をも砕く威力――。


「受け止めろ!」

 エレナが槍を突き上げ、俺の支援を受けた力で剣を弾き返す。

 火花が散り、森が震える。


「今です!」

 セリアの炎が襲いかかり、黒騎士を包んだ。

 だが、ゾルダは一歩も退かず、炎を斬り裂いて前へ進む。


「……くっ!」

 セリアが息を呑む。


「癒しよ、彼らを護れ!」

 イリスの光が結界となり、黒騎士の剣を弾いた。


「仲間を……守る……! これがアレン様の力……!」


 ゾルダの赤い瞳が俺に向けられる。


「なるほど。貴様が“支柱”か」

 低い声が響く。

「確かに……勇者どもより厄介だ。だが――ガルヴァス様の敵にはなれぬ!」


 闇の瘴気が爆発し、森全体が震えた。

 木々が枯れ、地面が裂け、無数の闇狼が溢れ出す。


「数が多すぎる……!」

 兵士たちが悲鳴を上げる。


「アレン!」

 セリアとイリスとエレナが同時に叫ぶ。


 俺は深く息を吸い、決意を固めた。


「全員を……守る! 支援魔法、全解放!」


 杖から眩い光が放たれ、仲間と兵士たちを包む。

 恐怖が消え、力が湧き、心がひとつに繋がる。


「おおおおおっ!」

 兵士たちの声が響き、戦場に反撃の狼煙が上がった。


 その光景を前に、黒騎士ゾルダの赤い瞳が一瞬だけ揺らいだ。


「……小さき者よ。思った以上に……厄介だ」


 そう呟くと、ゾルダは剣を振るい、闇の霧と共に姿を消した。


「逃げた……?」

 エレナが槍を振り回し、悔しそうに吐き捨てる。


「違います。……まだ完全に力を取り戻していないのです」

 イリスが低く言った。

「次に現れるときが……本当の脅威」


 戦場に残されたのは、倒れ伏す魔獣の山と、息を荒げる兵士たち。

 俺たちは確かに勝った。

 だが、その勝利は嵐の前の静けさに過ぎないことを、全員が理解していた。


次話予告


「勇者の堕落」

その頃、王都で酒に溺れる勇者ライオネル。

嫉妬と後悔に苛まれた彼が踏み出すのは――闇への道だった。

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