第12話 闇の魔導士
黒きローブの魔導士は、月明かりに照らされながら砦の城壁の前に立っていた。
赤い瞳は燃えるように光り、その背後には怨念のような影が渦巻いている。
「名を名乗れ!」
セリアが杖を構え、魔力を高める。
「ほう、王女殿下自ら立ちはだかるか。よかろう。我が名は――バルゼル。大魔王ガルヴァス様に仕える影の魔導士だ」
その名が放たれた瞬間、兵たちの顔が恐怖で蒼ざめた。
彼は過去の戦争で幾度も名を残した存在。封印されたはずの魔王軍の将の一人だった。
「まさか、復活していたなんて……!」
イリスが杖を強く握りしめる。
「ええ、完全復活にはまだ遠い。だが、人間どもの“勇者”が衰えた今――試すには十分だろう?」
バルゼルが杖を振りかざす。
闇の魔法陣が砦の前に広がり、リザードマンの群れが再び這い出してきた。
その数は先ほどの比ではない。百、いや二百を超える。
「ひぃっ!」
兵士たちが後ずさり、悲鳴が上がる。
だが俺は一歩前へ進んだ。
かつてなら震えて逃げ出していただろう。
でも、今の俺は違う。
「支援開始!」
杖を掲げ、光を放つ。
王女の魔力は泉のように膨らみ、聖女の祈りは清流のように広がり、竜騎士の槍は竜の咆哮を宿した。
「アレン……! やっぱりあなたの力は特別です!」
イリスの瞳が揺れる。
「ふん、後でお前を巡ってまた言い争うことになるかもしれんが――今は戦だ!」
エレナが笑みを浮かべ、槍を突き出す。
「絶対に砦を守り抜きます!」
セリアが詠唱を始めた。
最初の波が襲いかかる。
エレナが突進し、竜槍が十体のリザードマンを貫いた。
その背を守るようにイリスの光の結界が広がり、敵の爪を弾き返す。
セリアの火炎が上空を裂き、敵の群れを一気に薙ぎ払う。
「こいつら……強すぎる……!」
兵士たちが呟き、歓声を上げる。
彼らにとって俺たちの姿はまさに“最強の隊”そのものだった。
「面白い……だが、これならどうだ!」
バルゼルが闇の杖を振る。
黒い稲妻が地を裂き、十数人の兵が倒れる。
さらに影が蠢き、倒れた兵の体から魔力を吸い上げてリザードマンへと注ぎ込む。
「ぐっ……!」
リザードマンたちが異様な力を得て、体躯が二倍に膨れ上がった。
牙は鋭く、眼は血の色に染まり、ただの魔獣ではなく“魔人兵”と化していた。
「これが……大魔王の力……」
セリアが蒼ざめる。
「アレン!」
イリスの声が飛ぶ。
俺は必死に集中し、支援魔法を拡張した。
仲間だけでなく、兵士たち一人一人に光を届ける。
勇気を奮い立たせ、恐怖を鎮め、体を軽くする。
「おお……体が……動く!」
「俺たちでも戦えるぞ!」
兵士たちが再び剣を構え、砦の壁上から矢を放ち始める。
俺の支援は、個を支えるだけでなく、大勢をも支える――それが本当の真価だった。
「なんと……従者風情が、ここまで……!」
バルゼルの表情に焦りが浮かぶ。
その隙を逃さず、エレナが竜槍を構えた。
「行くぞぉぉ!」
槍が黒雷を切り裂き、バルゼルの結界を貫く。
セリアの炎がその傷口を広げ、イリスの聖光が闇を焼き払う。
「ぐああああああっ!」
バルゼルが悲鳴を上げ、影が霧散していく。
「覚えていろ……人間ども……」
赤い瞳が憎悪に燃える。
「我らは必ず復活する。ガルヴァス様は……すでに目覚めの時を迎えている……!」
その言葉を残し、闇の魔導士バルゼルは霧となって消え去った。
残されたリザードマンたちは統率を失い、散り散りに逃げ去っていく。
兵士たちは歓声を上げ、砦は再び光に包まれた。
「勝った……のか」
俺は膝に手をつき、大きく息を吐いた。
「当然だ! お前の支援あってこそだ!」
エレナが笑い、肩を叩く。
「やはり……あなたは国を支える柱です」
セリアの瞳がまっすぐ俺を射抜く。
「アレン様……」
イリスが祈るように微笑む。
胸が熱くなった。
追放された従者は、今や国を救う英雄となりつつある。
だが、バルゼルの残した言葉が耳に残る。
――「ガルヴァス様はすでに目覚めの時を迎えている」
大魔王復活の影が、確かに迫っていた。
次話予告
「大魔王の胎動」
砦の勝利の余韻も束の間、各地から届く不穏な報せ。
大魔王の復活は近い――新生パーティは、国を揺るがす戦いの渦へと踏み込んでいく。