第11話 北の砦の戦い
北方の街道を馬車で進むと、冷たい風が頬を打った。
夏だというのに、空気は鋭く澄み、遠くに雪をいただく山々が見える。
その山の麓に、王国を守る要衝――北の砦があった。
「……見えてきましたね」
セリアが窓から身を乗り出し、険しい視線を向ける。
砦の城壁の上には煙が立ちのぼり、慌ただしく兵が動き回っていた。
「想像以上にやられてるな」
エレナが唸る。
「砦は厚い防壁を誇るはずだ。それをここまで追い込むとは……敵の数は相当だ」
「祈りの気配も乱れています」
イリスが目を閉じ、震える声で告げた。
「ただの魔獣ではありません……もっと濃い、邪悪な力が」
俺は深呼吸し、杖を握りしめた。
追放され、無能と笑われたあの日とは違う。
今は俺に託す仲間がいる。
「よし。俺たちで砦を守り抜こう」
三人が頷き、馬車は砦の門へと駆け込んだ。
砦の内部は混乱していた。
負傷兵が担がれ、医師や僧兵が走り回る。
将校らしき男が俺たちを見るなり、深く頭を下げた。
「アレン殿か! よくぞ来てくださった!」
俺の名が兵たちの間に広がり、ざわめきが起こる。
「アレン殿だ!」「支柱の英雄が来た!」
熱い視線を浴びて、背筋が震える。
かつて雑用と嘲られた俺が、今は兵士たちの希望になっている。
作戦会議が開かれた。
「敵はリザードマンを中心に百を超える群れ。だが、それ以上に問題なのは――」
将校が顔を曇らせる。
「……彼らを束ねる“黒き魔導士”の存在です。まるで知恵を持つかのように軍勢を操っている」
「魔導士……」
セリアが眉をひそめる。
「大魔王の眷属かもしれません」
「ならば尚更、ここで叩いておく必要があるな」
エレナが拳を鳴らす。
俺は頷き、仲間を見渡した。
「砦が落ちれば北方は壊滅だ。……やるしかない」
夜。
戦いは始まった。
城壁の外に押し寄せるリザードマンの群れ。
鬨の声を上げ、牙を剥き、棍棒を振りかざして突進してくる。
「来るぞ!」
エレナが先頭に立ち、竜槍を構える。
俺は支援魔法を展開した。
光が仲間たちを包み込み、その力を底上げする。
「燃え上がれ――火球よ!」
セリアの詠唱が響き、城壁の上から炎の嵐が降り注ぐ。
数十のリザードマンが一瞬で焼き尽くされ、兵たちから歓声が上がった。
「癒やしの光よ、勇気を与えよ!」
イリスの祈りが兵たちの傷を癒し、恐怖に震える心を鎮めていく。
「はああッ!」
エレナの突撃が炸裂し、竜槍が敵をなぎ払う。
竜騎士の力と俺の支援が重なり、その一撃はまるで神話の一場面のようだった。
だが、そのとき。
「……フフフ」
低い笑い声が、闇の中から響いた。
兵士たちの背筋を凍らせる、冷たい声。
「人間どもよ。新しい英雄を讃えているそうだな……“アレン”とかいう従者を」
闇から現れたのは、黒いローブを纏った魔導士。
手には漆黒の杖、瞳は血のように赤い。
「貴様は……!」
セリアが息を呑む。
「やはり大魔王の眷属……!」
「ご明察。私はガルヴァス様の忠実なる僕。――新しい英雄とやらを、ここで葬りに来た」
兵たちが怯え、後ずさる。
だが、俺は一歩前に出た。
「……なら、試してみろよ」
かつての俺なら、震えて何もできなかっただろう。
でも今は違う。仲間と共にある。
「セリア、エレナ、イリス。行こう」
三人が頷き、戦いの構えを取った。
闇の魔導士と、俺たち新生パーティ。
砦を舞台に、初めての本格的な決戦が始まろうとしていた――。
次話予告
「闇の魔導士」
大魔王の眷属との初めての激突。アレンの支援魔法の真価が、いよいよ試される!