第10話 大魔王の影
王都の広場での討伐劇から数日。
俺たちの名は、国中に轟いていた。
「従者アレン――“支柱の英雄”」
「王女、聖女、竜騎士と肩を並べる男」
街を歩けば人々に声をかけられ、兵士たちに敬礼される。
かつて“無能”と呼ばれた俺が、今や英雄扱いされているなんて……未だに実感が追いつかない。
「すっかり有名人ですね、アレン様」
セリアが微笑む。
「おかげで王都の士気も上がっています」
「ふん、英雄扱いに慣れておけ。いずれ大魔王を倒す者なのだからな」
エレナは豪快に笑い、槍を背に担ぐ。
「……でも、忘れないでください」
イリスが穏やかな声で告げる。
「人々の期待が大きいほど、背負うものもまた大きくなる。あなた一人の力ではありません。私たちが共にいます」
その言葉に、胸の奥が温かくなった。
――そうだ。今の俺には仲間がいる。
だが同じ頃。
遠く離れた黒き山脈。
その地下深くに眠る暗黒の玉座に、ひとつの影が蠢いていた。
「……人間どもが、また愚かな宴を開いているらしい」
漆黒の瞳を持つ巨体。
大魔王ガルヴァス。
百年前に封じられた存在が、長き眠りから目を覚ましつつあった。
「勇者どもが弱体化したと聞いたが……代わりに、新たな芽が現れたか」
彼の口元が歪む。
炎のような息が玉座を揺らし、魔の瘴気が洞窟を満たしていく。
「“支柱の英雄”アレン……か。面白い。小さき人間にしては、なかなか響きのよい名だ」
重い声が、地の底に反響した。
王都に戻り、俺たちは国王から新たな勅命を受けていた。
「北の砦が魔獣に襲われている。第二勇者隊に鎮圧を命じる」
「承知しました」
セリアが深く頭を下げる。
新生パーティとしての初の正式任務。
王女、聖女、竜騎士に囲まれて、俺は胸の鼓動を感じていた。
「……あの勇者たちは?」
思わず口にすると、王は苦々しく笑った。
「ライオネルらには別の任務を与えたが、成果は芳しくない。お前たちの方が頼りになる」
その言葉は、勇者たちがもう過去の存在になりつつあることを示していた。
出発の準備を整える最中、街の噂はさらに膨れ上がっていた。
「勇者よりもアレン様こそ真の英雄だ!」
「王女殿下を守る従者なんて、物語の主人公みたいじゃないか!」
「聖女様や竜騎士団長までが信頼する男……私も会ってみたい」
人々の憧れと尊敬が混ざり合い、やがて一つの言葉が生まれた。
――「第二勇者隊」ではなく、「真の勇者隊」。
耳にするたびに、複雑な気持ちになる。
でも、胸の奥ではどこか誇らしかった。
夜。
宿で荷物を整理していると、セリアが静かに言った。
「アレン様。……実は、気になることがあります」
「気になること?」
「魔獣の活動が急激に活発化しているのです。まるで誰かが意図的に……“導いている”ように」
その言葉に、イリスが頷く。
「私も同じ感覚を覚えています。祈りの中に、暗い影が忍び込んでいるような……」
「もしや……大魔王が……?」
エレナの声が低く落ちた。
空気が重くなる。
冗談では済まされない気配が、確かに迫っていた。
「……来るのかもしれないな。俺たちの出番が」
胸の奥に冷たい予感と、燃えるような決意が同時に湧き上がる。
追放された無能だった俺が、今は仲間と共に国を背負っている。
逃げるわけにはいかない。
――立ち向かうしかない。
一方その頃、勇者ライオネルは薄暗い酒場で酒に溺れていた。
「アレン……アレン……」
呪詛のように名前を繰り返す。
だが彼の視線の先にあるのは、すでに英雄となったかつての従者の姿だった。
英雄の名は広がり、勇者の名は色あせていく。
その現実に、彼はただ苛まれていた。
次話予告
「北の砦の戦い」
新生最強パーティの正式任務。北の砦を襲う魔獣群の背後に潜む“黒い影”が、いよいよ姿を現す――!