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初恋はささみ味


 夕焼け空の校舎裏。体育館の前。青紅葉の下。

 万年帰宅部の私には縁がないはずの場所。


「付き合ってください!」


 私には縁がないはずの言葉が、ありえない人物から発せられている。


「裕太? なんかの冗談?」

「いや! 本気だ!」


 そんなはずはない。

 だって、私と裕太は保育園からの幼馴染で、姉弟きょうだいみたいに育って来たって言うのに。


 例えばこれが、卒業式間近の発言であるなら、理解できなくもない。

 これが冬、進学先が分かれるから、離れ離れになる前にー、とかだったらわかる。

 あるいは秋、文化祭の季節に一緒に学校を巡ったあとー、とかだったらわかるんだよ。


「えっと……なんで今なの?」


 それでも今は夏休み期間。私たちはわざわざ、学校関係者しかいない時期に、二人で届出を出してまでここにいるのだ。


「他のヤツに見られたら、みっちゃんが困ると思って」

「いや、まあ……それはそうかもだけど」


 校舎の中に誰もいないのだから、そりゃ校舎裏にも誰もいないだろう。

 というか普通は、誰にも見られたくないから校舎裏を告白スポットにするのであって、誰にも見られない場所なら校舎裏じゃなくてもいいんじゃないのか。

 というか、私たちはお互いの家を知っているし、連絡手段もあるのだから、普通に別の場所に呼び出せばいいだけじゃないのか。


「それで、返事は……?」

「う、うーん」


 困惑の真っ最中に返事を求められても困ってしまう。

 正直、今は時期が悪すぎるから。

 心の準備ができていない中で、いきなり今後の生活を左右するような決断を迫られても、さらにややこしくなるだけだ。


「ちょっと考えさせて……」


 結局私は答えを出さずに、その場を納めることにした。

 裕太はとてもショックを受けた顔をしているけど、別に断ってはいないのだから、そんな顔をしないでほしい。


 ***



「ただいまー」


 と言っても、誰もいないのはわかってる。

 夏休みの宿題は最初の一週間で終わらせてしまったし、お母さんが帰ってくるまで、今日は本当に暇になってしまった。

 ひとまず、自室に戻ってベッドの上に仰向けになってみる。


「ほんと、どうしようかな……」


 正直、わざわざ前置きをして呼び出してくるんだから、ただの用事じゃないことはわかりきっていた。

 だから今日は丸一日空けているわけだけど……それが裏目に出てしまうとは。

 目をつむって昼寝を試みても、まだまだ全然眠くないから、瞼の裏で余計に余計に考えてしまう。


「ほんと……なんでこのタイミングで告白するかなぁ……」


 今でなければ。

 ちゃんとしたシチュエーションで、ちゃんとその気にさせてくれれば、その場で受けてしまっても良かったと思う。

 別に、裕太のことを嫌いなわけではないのだ。

 ただ、今まで全く、恋愛対象として見てこなかっただけで……


「今、告白されたと言ったか?」

「えっ」


 聞き覚えの無い、男性的な声。

 部屋中を見回してみても、人影はない。

 窓が開いているのかと思ったけど、そういうわけでもない。

 冷房を効かせているから、部屋の扉も閉まっている。


 おかしいな、幻聴かな?

 それとも、右手のスマホが変な広告でも踏んだかな?


「答えなさい。今告白されたと言ったのか?」

「う、うん……そうだけど……」


 おかしい、やっぱり声の主が見つからない。

 ひょっとして、どこかに隠れてる?

 ベッドの下とか……だとしたらストーカー?


 もしかして、逃げた方がいい?


「……警察!」


 とりあえずここから逃げて、通報しないと!


「まてぃ!」「あでっ!」


 何かに足を掴まれてずっこける。

 いや、掴まれたっていうか、絡めとられた?

 何? 縄紐でも引っかけられたの?


「その話、詳しく聞かせてもらおうか」


 そんな声は、今まさに何かが絡まっている、足元から聞こえた。

 咄嗟に覗いてみるけれど、薄暗い隙間には誰の姿もなく、腕が伸びてきているわけでもなかった。


 じゃあ、私の脚に絡みついているものはなんだったのというと……それは、彩度の低い緑色をした、蠢くロープのような何かだった。


 いや、ていうかヘビだこれ。


「いやあああっ!?」

「落ち着け!」


 いや落ち着けっていったってヘビなんだけど。

 アパートの室内に居て良いわけない生物なんだけど。


「まあ、こんな体だが、嚙んだりはしない。落ち着け」

「そ、そうなの……?」


 嚙まないなら大丈夫……なのかな。

 少なくとも意思疎通はとれるみたいだし……

 いやでも、ヘビが喋るなんて異常事態だしな……


「まあ座れ。話をしよう」

「わかった……」

「相手は誰だ?」

「言ってもわからないと思うけど……」

「いいから言いなさい」


 む、ムカつく詰め方ね……何様のつもりなのかしら。


「……裕太よ。山口裕太。私の幼馴染」

「裕太くんか……やめておきなさい」

「……ほんとに何様?」


 こいつに裕太の何がわかるの?


「いいから、やめておきなさい」

「あなた、裕太のこと知ってるの?」

「相手が誰でも、恋愛なんてするもんじゃない」

「はあ……」


 なんというか、ホントに誰? こいつ。

 逆恋のキューピットかなにかかしら。

 メルヘンチックな存在なら、せめてもうちょっと可愛い姿で具現化してほしいんだけど。


 なんて考えていたら、玄関の方から物音がした。


「美香ー? もう帰ってるー?」

「あっ、はーい!」


 下から私を呼ぶ声が聞こえる。

 お母さんがお仕事から帰ってきたみたいだ。


「じゃあ、私晩御飯作ってくるから。その間にいなくなっておいてくれない?」

「えっ、いつも美香が料理してるのか?」


 何こいつ、人の名前聞いたそばから馴れ馴れしいわね……


「違うわよ。お母さんと分担してるだけ」

「そ、そうか……」

「とにかく! 私が帰ってくるまでにどっかいっててよね!」

「そういうわけには……あっちょっと!」


 話しててもキリないし、さっさとトンズラしちゃいましょう。

 家事のあれこれが終わってもまだいたら、窓から投げ飛ばしてやればいいし。


 ***



「ごちそうさまでした」

「おいしかったわ。ありがとう。美香」

「どういたしまして」


 夕飯は唐揚げ定食にした。

 付け合わせは千切りキャベツだけのシンプルなやつ。

 ご飯と味噌汁もついてるから、満足感は結構高い。


「ところでお母さん」

「なに?」

「ちょっとまだキッチン使ってもいい? せっかく揚げ物したから、明日の分のお弁当作りたくて」

「あら、どこか出かけるの?」

「うん、裕太に誘われたの」

「へえ、裕太君に……いいわよ。後片付けはちゃんとしてね」

「ありがとう!」


 そう、夕飯を済ませている間に、裕太から連絡があったのだ。

 なんでも、明日花火大会があるから、私と一緒に行きたいらしい。

 別にいいけど、屋台巡りをするお金はないから、お弁当を作っていこうと思う。


「じゃあ、私は寝るから。ちゃんと後片付けしておいてね」

「わかったー」


 お母さんが部屋に戻ったのを確認して、私はキッチンへ向かう。

 明日もパートで疲れてるだろうし、あんまり遅くまでうるさくはしないようにしよう。


「おい」

「……なんでいるのよ」


 賞味期限間近のささみに衣をつけていたら、突然目の前にヤツが現れた。


「お前が遅いからだ」

「いなくなっといてって言ったでしょ?」

「承知してない」

「なによそれ」


 めんどくさいやつ。

 せめて大人しく部屋で待ってればいいのに。


「今はなにしてるんだ?」

「お弁当作ってるのよ」

「何!? 誰のだ!?」

「自分のよ自分の」

「そ、そうか……」


 さっきからなんなのかしら。

 いちいち変なところで突っかかってくるわね……

 まあもう無視してカツ作っちゃいましょ。


「しかし、夕飯だけでなく昼食まで自分で作っているとはすごいな……」

「いきなり何?」


 ヘビに褒められても気味が悪いだけでうれしくはない。

 さっさとどこかにいってほしい。


「別にいつも作ってるわけじゃないわ。明日だけ」

「明日なにかあるのか?」

「デートよ」

「デ、デート!?」


 うわ、いきなりデカい声。

 お母さんが起きたらどうするつもりなのかしら。

 ただでさえ今は揚げ物の最中だし、気が散る事しないでほしいんだけど。


「認めないぞ! 今すぐ断るんだ!」

「えっ!? ちょっと! なにするのよ!」


 いきなりヘビが私の手に絡みついてきた!

 しかも菜箸を持ってる方の手に!

 信じられない。揚げ物の危険さがわかってないのかしら。

 いやまあ、揚げ物なんてしたことなさそうだけどさ!


「やめて!」

「やめない! ケータイ手にとってキャンセルしろ!」

「絡みついてたらできないでしょ!! 離して!」


 腕を締め付ける蛇が暴れて、食器類を次々なぎ倒していく。

 卵液の入ったボウルが跳ね飛んで、パン粉の袋がぶちまけられる。

 これ以上めちゃくちゃにしないでほしいんだけど!


「ぐっ!?」「あっ!?」


 たまらず腕を振り回していたら、菜箸ごとヘビが手から離れてしまった。放物線を描いて飛んで……油に飛び込みそうだ!


「きゃあ!」


 跳ねた油を浴びないように、とっさに思い切りしゃがみ込む。

 上で物凄い音がして、キッチンの床に脂が散る。


「あー……」


 大惨事になったキッチン。

 その真ん中に、巨大なカツが二つ。

 大変なことになってしまった。


 とりあえず、どっちがささみだったっけ……


 ***



「お弁当作ってきてくれたの!?」


 夜の土手で、裕太が無邪気に喜ぶ。


「うん。私の分はあるから、気にせず食べて」

「わあ!大きなささみカツ! ありがとう!」


 二分の一の確率で、それはささみじゃないけれど、敢えてそのことは伝えない。

 私だって引く可能性はあるんだから、たぶん許してくれるだろう。


「それにしても……結局どうしてこのタイミングで告白なんてしてきたの?」

「うん?」


 裕太が巨大カツを頬張りながらこっちを向いてくる。

 あほっぽいからやめてほしい。


「それは……彼氏になったら、みっちゃんのこともっと近くで支えられると思ったからかな?」

「どういうこと?」

「ほら、たしか昨日って、慶介さんの命日でしょ?」

「あー……」


 そういえば、もう10年は経つから実感なかったけど、昨日はお父さんの命日だっけ。

 お母さんも忙しくしてたから、忘れちゃってた。


「みっちゃんは大学にもいかないんでしょ? 働き手が増えたら、生活も楽になるんじゃない?」

「……まあね」


 ふーん……なんでこんな時にって思ったけど、裕太も結構、考えてるのね。ちょっと見直したかも。


「だからみっちゃん。改めて、僕と付き合ってくれないかな」

「……」


 そうもまっすぐな眼で見つめられると、ちょっと恥ずかしいんだけど。


「考えておくわ」


 照れ隠しに頬張ったカツは、しっかりとささみの味がした。

 鱗もなければ完璧だったんだけどな。


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