波紋を呼ぶ発見
その知らせは、ある雨の日の午後に役場にもたらされた。リゾート建設予定地で、土中から古い木箱が見つかったというのだ。作業員が重機で地面を掘り起こした際に、偶然発見されたらしい。開発反対派の古老が、「祟りじゃ!」と騒ぎ出したため、工事は一時中断された。
すぐに現場へと向かう。雨に濡れた赤土の斜面に、数人の作業員と、開発反対派の古老たちが集まっていた。その中心に、泥にまみれた黒っぽい木箱が置かれている。大きさは、みかん箱より一回り小さいくらいだろうか。錠のようなものはなく、古びた木製の蓋が被せられているだけだ。表面には、何か模様のようなものが彫られているが、泥でよく見えない。
「こりゃあ、昔のモンじゃろうな」古老の一人が唾を飲み込みながら呟いた。「この辺りには、昔、凪ぎ巫女様を祀る祠があったって話じゃ。そん時のもんかもしれん。触らぬ神に祟りなしじゃ…」
凪ぎ巫女。その言葉に、俺の心臓が掴まれたように痛んだ。周囲の作業員たちも、気味悪そうに顔を見合わせている。
警察も現場に到着し、木箱は慎重に役場へと運び込まれた。中身の確認は、関係者立ち会いのもとで行われることになった。俺も、観光課の担当者として、その場に居合わせることになった。重苦しい空気が、役場の古い会議室に満ちていた。
泥を落とされた木箱の蓋が、ぎしり、と音を立てて開けられる。息を詰めて見守る中、現れたのは、和紙に包まれたいくつかの束と、小さな土人形のようなもの、そして、数点の古びた装飾品だった。湿った土と、古い紙の匂いが混じり合って漂う。和紙の束を解くと、中からは墨で書かれた古い文書が出てきた。島の歴史や因習に関する記録のようだった。
「これは…シズさんの字じゃないか?」
文書の一部を見た田辺課長が、驚きの声を上げた。シズは島の歴史にも詳しく、個人的に古い記録を書き写したり、まとめたりしていたという。
「シズさんの?」ざわめきが広がる。「どうしてこんな場所に?」
その時、別の和紙の包みから、ひときわ丁寧に保管されていたらしい、小さな手帳のようなものが見つかった。表紙には何も書かれていないが、明らかに他の文書とは違う、比較的新しいものに見える。
ページをめくると、そこにはシズ自身の筆跡で、几帳面な文字がびっしりと書き込まれていた。日記のようでもあり、調査記録のようでもあった。日付は、五年前の夏で止まっている。
読み進めるうちに、その場にいた全員の顔色が変わっていった。そこには、島の因習の暗部、特定の家系にまつわる秘密、そして、シズ自身が抱いていた島の有力者や本土の企業(八潮開発の名前も挙がっていた)に対する疑念などが、赤裸々に記されていたのだ。さらに、彼女が死の直前、何か重要な事実を掴み、それを外部に告発しようと考えていたことまで示唆されていた。告発の準備として、この手帳を安全な場所に隠そうとしていたのかもしれない。
そして、最後の方のページに、俺の目を釘付けにする記述があった。
『…相葉の孫、海斗。あの古きカメラ。何を写し、何を隠す…? 凪を守るためか、それとも…? 真実を知る必要あり。接触を試みるべきか…彼の持つフィルムに、真実が…』
血の気が引いた。全身から力が抜けていくようだった。シズは、俺のカメラの存在を知っていた。そして、そのフィルムに何かがあると考えていたのだ。
この発見は、瞬く間に島中に広まった。シズの手帳の内容は、一部の有力者によってすぐに回収され、詳細は伏せられたが、「シズさんが何かを告発しようとしていたらしい」「あの事故には何か裏があるのではないか」といった噂が、尾ひれをつけて広がっていった。島の空気は、一気に不穏なものへと変わった。開発計画への反対の声も、以前にも増して強くなった。
佐伯はこの発見を、自身の調査を裏付ける決定的な証拠と捉えた。彼はすぐさま行動を開始し、過去の警察の事故記録を再度洗い直した。そして、現場の状況証拠(例えば、シズが崖から落ちたにしては不自然な遺体の位置など)と、手帳の内容との間に、いくつかの明確な矛盾点を見つけ出した。事故として処理するには、あまりにも不自然な点が多すぎる。
俺と凪の関係は、この発見によって、さらに歪な緊張を強いられることになった。凪は、シズの手帳が見つかったことに激しく動揺し、俺への依存と監視を一層強めた。
「海斗くん、あの手帳、見たんでしょ? 何が書いてあったの? 私たちのことが…書かれてた?」
夜ごと、凪は不安げに俺に問い詰めた。その瞳は怯えているようでいて、同時に、何かを探るような鋭さも宿していた。俺は「たいしたことは書かれていなかった。昔の因習の話とか、そんなのだよ」と嘘をつき続けるしかなかった。真実を知れば、彼女がどうなるか分からない。
凪は、俺の言葉を信じていないようだった。時折、俺が寝ている間に、俺の鞄や机の中をこっそり探っている気配を感じることがあった。一度、押し入れの奥にしまい込んだカメラの包みが、僅かに動いているような気がしたこともあった。俺たちの間にあったはずの、歪んだ信頼関係すら、音を立てて崩れ始めていた。
俺自身も、日に日に追い詰められていくのを感じていた。シズの手帳の記述、佐伯の執拗な視線、凪の不安定さ、そして、自分自身の罪悪感。全てが重くのしかかり、息苦しさは限界に近づいていた。時折、一人で海岸を歩いていると、このまま海の向こうへ消えてしまいたいという衝動に駆られることもあった。
そんな時だった。本土から、一本の電話がかかってきたのは。
非通知の番号。躊躇いながら電話に出ると、懐かしい、けれど今は聞きたくない声が、五年という時間を飛び越えて、鼓膜を震わせた。
「…もしもし、海斗くん? 私、ユイだけど」