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第四話 東国の鬼

 東国の鬼門城に魑魅魍魎の大群が襲来する。鎮守府を率いる坂上叶麻呂大将軍は病床に在りながらも軍を統べ、武士たちは辛くもこれを祓う。しかし西には鬼の大群を率いる鬼頭義仲の影があった。

 副将軍・歳綱は義仲討伐を進言するが、叶麻呂は拙速を戒める。義仲を攻めれば東の謀反人大庭が動き、内紛を招くからである。ゆえに北の緑奥藤咲氏と手を結び、大庭を懐柔することで、小鷹城の奪還せよと命じる。


 鬼門城、緑奥、坂東武者――東国は鬼と人と策謀が交錯する戦場へと変貌していく。


 夜、鬼門城にホラ貝の音が鳴りひびいた。大太鼓が何度も叩かれ、続いて武者どもの怒号が飛びかった。鳥が木々から一斉に飛びたった。静かな夜は、一瞬にして混乱を迎えた。

「西から来たぞ! 西から敵だ!」

 鬼門城に魑魅魍魎の大群が攻めよせたのである。東国武士団の叶麻呂大将軍率いる鎮守府は、それを迎えうった。人と違い、敵は血を流さない。刀で斬られれば姿は消え、祓われる。後に残るのは自分たち人間の死体のみである。

 夜が明けるころには、歴戦の猛者である武士たちによって、その大半が祓われた。そして残りは日が登りきる前に、木々の影の中へと消えていった。

 戦ののち、叶麻呂大将軍は「此度は大義であった」と、武士らへ告げた。「此度も病床に伏したままであったこと、皆に詫びる」と続けた。

 叶麻呂大将軍は身分不相応なほどに、腰が低い人物であった。謙虚で、優しく、それでいて賢い人物であった。

 鬼門城は彼の代に変わった。それまでは、有力武士どもの数ある内の一つの城に過ぎなかった。若き鳳凰院の院宣により、朝廷に従わない蝦夷を征服するべく、貴族で編成された鎮守府が東下りをしてから、この城は鎮守府のものとなった。それからというもの、神々を祀る儀式を執りおこない、東国と近畿のあいだに立つ霊的な壁となった。

 叶麻呂大将軍の尽力で東国は開拓され、各地で霊を祀り、魑魅魍魎の数は減った。そして朝廷の意に従わない緑奥藤咲氏と使者を送りあい、朝廷の儀礼には参加し、税を収め、武士と官吏を遣わせることを約束させた。儀礼を除いては時を経て有耶無耶にされたが、叶麻呂の本分である蝦夷、魑魅魍魎の討伐という点に於いては、緑奥藤咲氏とは協力関係を維持できていた。

 東国武士団は今は叶麻呂の存在で、なんとか一枚岩となっていた。しかし叶麻呂にはもはや、時が残されていなかった。

「歳綱のみ残り、他は退出してほしい」何度も咳きこみながら、叶麻呂はその短い言葉を告げた。全員が退出したのち、歳綱へ側に来るよう、手招きした。

「此度の攻撃、西からであったな」

「左様にござりまする、大将軍。西といえば、一つの山岳を越えますれば、鬼頭義仲の地盤となりまする。あれほどの大群が列をなして一様に動くなど、考え辛きことなれば、彼奴の仕業でしょう」

「左様。なれども襲うな」

「何故にござりまするか。我らは貴重な弓矢も、人も、失っておりまする。大群が押しよせる度に祓うなど……無駄に消耗するだけにござ候わずや?」

「さりとて、魑魅魍魎よりも、義仲の方が危険である」

「恐れながら申し上げます。某は、義仲を討つべきと存じまする。敵を作れば、内側がまとまり、義仲討伐に功績を持つ者が次の棟梁となれましょう。義仲を討つべきです。それが最も賢明にございます」

「見識はあるようじゃが、まだ浅い。義仲を討つべく西へ行けば、東の大庭が小鷹城から攻めてくる。逆もまた然り。功績を争うならば守備に残る者は不満を募らせ、さらに敵となる」

「ならば、如何なされと」

「鎮守府の者を、北の藤咲氏の許へ。手を結ぶのだ。そして大庭へ金と土地を渡し、小鷹城を確実な御味方とするのだ。しかして」

 咳き込む叶麻呂の背を、歳綱は摩った。水を運ばせ、飲ませた。痰壺を要るかと尋ね、断られれば、それを机の上へと戻した。

「よいか歳綱、小鷹城は東の要であり、今や棟梁の城としての意味すら持つ城と相成った。鎮守府の者が抑えることが肝要ぞ。義朝殿の家来の城となれば、必ずや仲間内で争いだす。坂東武者に義朝殿ほどの傑はおらぬ。必ずや鎮守府の者が、必ず、必ず治めねべならぬ」

「承知いたしました」

「さすれば義仲の小細工にも、我らは揺れることはなきものと心得よ」

「御意にござりまする」

 歳綱は深々と頭を下げた。そして叶麻呂に退出を促され、一礼し、退出した。


 退出した歳綱は鬼門城のそばにある、藤が咲きみだれる森へと向かった。歳綱はこういう、自然の中に居ることが好きだった。木陰を突きぬけてくる日光に照らされる瞬間は、どうしようもない状況にあっても、必ず打開策が見つかるような気がした。

「何故……義朝殿はもしもに備えて、後継を決めなんだか……」

 独り言が飛びでる。沐浴し、心を悩ませる毒を吐きだしたくなったのだ。

「容易には決められぬのです。決めれば弱腰と思われ、要らぬ乱を誘発する。なれども上洛せねば、それはそれで、弱腰と思われる」

 振りかえると、声の主は笑った。そこには河内炎龍重永の姿があった。

「重永殿は現状を如何にして打破すべきとお考えか」

「兎にも角にも、小鷹城を取りもどさねばなりますまい。かの地は、単独でも魑魅魍魎を迎えうてる堅固な城にござりまする。当然、城内や城外にある村々の田畑も広大で、十分基盤に成りうる場所にござりまする」

「さればこそ、棟梁たる義朝殿もそこに居られた」

「左様にござりまする。言うなれば、叶麻呂将軍率いる鬼門城の鎮守府を除けば、東国武士団の本拠地たる小鷹城を失ったままとあらば、義朝様に並ばぬ存在として、我らの家来から裏切り者が出る事態となるやもしれませぬ」

「なるほど……左様な道理もあるものか」

「義朝様は緑奥藤咲氏の力を削ぐべく、為義様の代に奪われたこの城を奪いかえした。それにより、その名をこの東国に轟かせ申した。今思えば、それがかの御方の棟梁としての始まりであったように思いまする」

「なれば、我らは小鷹城を取りかえさねばなりませんな。実を申さば、叶麻呂大将軍からも、小鷹城を手中に収めるべしとの指示があったのだ」

「左様とあらば、すぐに準備をいたしましょう」

「そうであるな……」

 揺れる藤の木が、澄んだ風を運んできた。歳綱は、木漏れ日を浴び、燦燦と輝くお日様を見てこれが天意であると思った。

「しからば、これより某は足利城へ向かい、兄の義家に伝えて参りまする。兄の家来どもは生粋の坂東武者らしく、荒くれ者が多い故お役に立ちますぞ」

「心強きものだな。こちらも準備を整え、それが終わったのち、使いを出そう」

 重永は一礼し、去っていった。そういえば、どうして重永がここに居るのだろう。歳綱は覚えていなかった。しかし城へ戻ったとき、思いだした。配下の丸基則が毒蛇に噛まれ、命を落としたことを報せに来たのであった。足利城は肥沃な土地であるがために、蛇やトカゲが多く、その毒によって死ぬ者は少なくなかった。

 河内八幡太夫義家もまた、当時義朝と敵対していた足利城を攻めた折り、毒蛇に足を噛まれていたが、その類まれなる生気で生きのびていた。そのとき義朝は自ら傷口の毒を吸いとって漢気を見せたというのは、坂東武者の胸を打つ話として有名である。

 義家はそれ以降、自らの体に毒を入れ、体を強くしているのだという。そのため、敵の毒矢も効かず、幾度も一番槍として義朝のために戦うことができた。

「八幡太夫殿は蠱毒の生きのこりというべきか」

 歳綱は、坂東武者らしいその狂気に、呆れ笑いが出た。その昔、歳綱が東国に初めて足を踏みいれたときは、坂東武者が怖くて堪らなかった。義朝や義賢、義家や重永、吉光、吉國といった重鎮が、若武者として成りあがろうとする姿を目の当たりにし、京の馬上槍試合で名を挙げただけで東下りを希望した自分が、憎くなったこともあった。

 しかし、いざ鎮守府に若武者として参入して叶麻呂大将軍の下で働くようになると、義朝をも従える叶麻呂大将軍の姿に憧れるようになり、坂東武者にはない品性を持つ武人として戦うことに、自分の存在意義を見出すようになった。迷いがなくなった歳綱は、みるみるうちに頭角を現し、今や副将軍の地位にまで登っていた。

 坂東武者と異なり、鎮守府の貴族は、生粋の戦好きではない。主がすげ変わるとき、血で血を洗う戦など始めたりはしない。彼は、叶麻呂大将軍が薨去されたのち、自分にその地位が務まるのか不安で仕方がなかった。義朝が居なくなった今、坂東武者を束ねられる自信など、ありはしなかった。

 彼は、叶麻呂大将軍が薨去するよりも前に、義朝の後継者を棟梁の地位に就かせなくてはならないと、改めて思った。



 緑奥藤咲氏が支配する緑奥は、秋津洲最北の地である。冬は雪が降りつもり、生きていくことさえも困難になる土地柄でありながら、古い神が多く住んでおり、魑魅魍魎もまた生者の命を奪おうと生まれいずるのである。

 緑奥藤咲氏の長者である清原望衡きよはらのもちひらは、朝廷に従わず、森を切りさいて田畑を耕した。そして鉄を採掘し、魚を獲っては売り、そうして得た金と資材で街を発展させた。彼が三代目の長者となった今、この緑奥の地はかつてないほどの隆盛を誇っていた。

「我が君、鎮守府より書状が届いてございます」

「読ませろ」

 そこには、鎮守府の坂上叶麻呂大将軍より、ご機嫌伺いが記されていた。

「字が綺麗になったのかと思えば、歳綱副将軍の代筆か。筆圧の弱さは老齢故、治らぬな」

 望衡もちひらの戯言に、臣下は一様に笑った。

 しかし臣下筆頭の良彦成衡よしひこのなりひらだけは、笑わなかった。

「最後にご機嫌伺いが届けられたのは一年前、清和義朝めが棟梁となって、統治が安定してからの一度にござりまする。それは、その前任の為義のときも然り。さりながら今、棟梁が不在でありながら、久方ぶりのご機嫌伺いが届きましてござりまする」

「つまり……鎮守府と坂東武者の統治は、上手くいっていると我らに見せたいということか」

「ご明察にござりまする。我らが返事をしたためれば次に、こう返答がありましょう。共に手を取りあいて敵と戦いましょう、と」

「我らの共通の敵は、西の清和義……いや、鬼頭義仲と名を改めておったか。しかし成衡よ、東国武士団どもは棟梁がなく、鎮守府の要たる叶麻呂大将軍は、長らく病床に伏しておる」

「そこが肝にござりまする。鎮守府並びに坂東武者は、今や崩壊寸前。すぐにでも同士討ちを始めるものと心得まする。故に彼奴らは、外に戦を求め、内を団結させようという心づもりにござりましょう。我らは……静観する他ありませぬ」

 その言葉に、望衡は大笑いした。

「ならば返事は書くまいな。鬼門城や小鷹城が燃えあがったのち、我らがその地を得るとしようぞ」

「御賢察にござります!」

 成衡の考えに異を唱える者がいた。それは緑奥の武官を司る侍所の長である、大伴望久おおとものもちひさ中将であった。

「それは危うきにござります、我が君」

「中将、考えを申してみよ」

「つい先日、西より魑魅魍魎の大群がこの緑奥城りょくおうのきへと迫ってまいり申した。その数およそ二万。あれほどの大群は、自然に生まれいずるものにあらざらんことは、明白にござりまする。それがひとかたまりで現れるなど、人為的なものにあらんか。疑わざるを得ませぬ」

「西とあらば……鬼頭義仲の支配地。彼奴が大群を操ったとでも言いたいのか」

「左様にござりまする。数ヶ月の前にも、東側の街である鉢渡柵はちどのさくが、百鬼夜行によって灰塵と化し申した。鬼は緑奥の南より現れ、狙うならば直接この緑奥城を狙うはずにござりまする」

「結界の力が強いゆえ、逸れて東へ向かったのではないか」

「然にあらず。如何に結界が強かろうとも、狙うべきは西の昴禅城こうぜんのきにござりまする。街は大きくとも、陰陽師の数が足りず、結界は少なきものなれば、とどのつまり西進せなんだは不自然極まれりにござりまする。鉢渡柵は海面に面し、漁や交易の要所。我らがこれを失いて利するは、山岳の主であり山猿どもの王、鬼頭義仲にござりまする」

 その毅然とした態度を受け、望衡は一考に値すると思った。鬼頭義仲は、義朝以上に坂東武者としての荒々しさを兼ねそなえた人物であり、年齢不相応なその統率力の裏には、圧倒的な武勇が背景にあった。

「父の義賢を殺せし砌、この山猿めも殺しておくべきであったのだ。若輩故にみすみす見逃しよって、挙句の果てにはそのまま緑奥守に据えるなど、あぁ口惜しや」

「義朝殿は悩みの種を残したまま逝き申したが、当時はこれこそが最善の策にござり申した。坂東武者の山猿どもは、長くこの地を治めた清和義賢に忠誠を誓うておりまする。その嫡子が後を継がねば、必ずや乱が起きたことにござ候わずや」

 望衡はその場にいた臣下に問いかけた。

「戦うか否かはさておき、我らは鬼頭に勝てるか」

 その問いに誰もが口ごもった。戦を恐れ、戦を忘れてしまった北の貴族たちには、勝てるはずがないのである。それは全員が自認していたが、口に出すことは恐れ多いと思っていた。

 はっきりと言葉にしたのは、望久だけであった。「勝てませぬ」と言えたのは、それだけ望久と君である望衡とのあいだには、他の臣下を寄せつけないほどの信頼があったことの証明であった。

 しかし良彦成衡は、不服であった。彼はこの緑奥藤咲氏の国に於いて、事実上の左大臣の地位にあった。御飯役目を担い、実績を出し、信任を得てきた。その不満から、彼は望久に対し「武人でありながら、勝てぬと申すのか」と吐きすてた。挑戦状を叩きつけたのである。

「この望久、坂東武者の槍の味、嫌というほどに味わい申した。故に断言致す。勝てませぬ」

「それならば勝てる様につわものどもを調練するのが、うぬの役目であろうが!」

 激昂する成衡を、望衡は主自ら宥めた。

「その憤怒は我らの国を想ってのことと、知らぬ我らではない。堪えてくれぬか成衡よ。そなたは、第一の忠臣ぞ」

 主君に諌められては、怒鳴り続ける訳にも行かない。成衡は黙り、目を逸らしつづけた。



 東国中が鬼や魑魅魍魎、内輪揉めに頭を抱えていたとき、鬼頭義仲は宴を催していた。美酒に酔いしれるのは、人だけではない。そこには額から牛の角を生やし虎の革を纏った鬼の姿があった。

「飲め飲め鬼ども! 酒はまだまだあるぞ!」

 義仲は酒に酔い、声高に叫んでいた。饒舌になり、酒も進んだ。義仲の隣で、酒を呑む鬼が居た。盃を持つ手は赤く、角を見ずとも彼が人間ではないことは、誰の目にも明らかであった。

 義仲と異なり、その顔に笑みはなかった。

「義仲、聞かせてみろ。俺はいつ王になれるのか」

「まだ辛抱せよ童子どうじ、いつか必ず王になれようぞ。其の約束に、偽りはござらん」

「義朝は死んだ。いつなれるのだ」

「義朝が死ねば王になれるとは申したが、それが早急に達せられるという意味にはあらず。分かるだろう。情勢は何ひとつとして動いてはおらぬ」

「最期のときまで、馬車馬の如く働かせるつもりか」

「違うわい。やれやれ疑り深いのは、鬼の性か」

 義仲の顔から、笑みが消えた。人から喜びや幸福を奪い、絶望や恐怖を植えつける鬼の性は、手を取りあう仲間と言えども拭えるものではなかった。

「義朝を殺すため、我らは共に神々へ生贄を捧げた。鬼門城という結界から彼奴を剥がし、西へと向かわせた。そして……我らの呪詛により魔の者となった彼奴は、京の結界によって、魂が薄まり、やがて祓われた」

「それは知っている」

「知っているだけで理解してはいない。よいか童子、我らが第一の敵は義朝であった。義朝は我が父清和義賢を殺し、そして鬼門城の支城を固め、お前たちの京への道を阻む盾となった」

「それが祓われたのならば、いつ西へ向かえるのだ。百鬼夜行を、俺は待ち望んでいるのだ。俺たちが」

にも。すべての鬼がそうであろうな。この俺、鬼頭に従う武者も含め、すべての鬼が……。義朝の命はなくなり、その生涯をかけて築きあげた名誉も失われた。鬼と鬼頭家、それぞれの呪詛が、義朝を完全に殺した」

「次は何をするのだ、義仲。鬼門城を支える柱は崩れようとしている。鬼門城を陥すには、どうしたらいいのだ」

「まだ時を要する。なれども、待ちかたというものがある」

「殺しなら、楽しそうな待ちかただな」

「ならば共に楽しもうぞ。よいか、坂上叶麻呂大将軍が病で死ぬまで、そう長くはかからん。それまでにすべての柱を外すのだ」

「坂東武者を殺すのだな。義朝を失いオロオロしている羊どもを」

「違う……。柱ともども鬼門城を貫く最強の矛を作りだすべく、緑奥の貴族どもをだ」

 義仲は地図を広げ、童子へ見るように促した。義仲は童子が陥した城を指差していった。

「先日陥した鉢渡柵で、城は六つ目だ。そして次にここを落とせば」

「北斗七星か!」

「左様、その矛先は鬼門城。これを貫き、一気呵成に攻めほろぼすのだ!」

 義仲の指先が示すのは、胆沢城いわきのきであった。それは緑奥藤咲氏と鎮守府の領域の狭間にある城であった。

「義仲、鎮守府が黙ってはいまい。鎮守府は緑奥藤咲氏とは異なり、祭祀に長けている。北斗七星を防ぎ、我らを祓いに来るのではないか」

「大丈夫だ童子よ。連中は、手を取りあわぬ。じっくりと、緑奥の敵を討つのだ」

 義仲は酒を飲みほすと再び盃に注いだ。

 童子の盃にも酒を注ぎ、にこやかに、乾杯をした。

「そもそも朝廷より緑奥の国司として任命されておるのはこの俺だ。前任は我が父義賢であった。それを藤咲の連中は、やれ義賢に謀反の疑いがあるだの、その後継の義仲は鬼と通じているなどと要らぬことを告げ口し、緑奥城をはじめとした緑奥の地の明けわたしを拒みつづけている」

「自らも帝に背きながら、白々しい。なんとも人間らしい恥ずかしさだ」

「緑奥の地をすべて奪いかえせば、義朝の家来どもや鎮守府は我らに逆らえない。我らは……向かうところ敵なしとなる」

 義仲は緑奥藤咲氏を攻めるに当たって、西国の武士から横槍を刺されないための大義名分を掲げる必要があった。清和家が鬼頭家を敵として一致団結し、西国武士もそこに加われば、鎮守府は全力で祭祀に力を注ぎ、鬼を祓う可能性がある。武士と鬼を戦わせれば、武士は分が悪い。それはどれほどの猛者であっても、体格や、そもそもの殺人や放火に対する欲求が異なる以上、武士の被害が増えることは確かであるからだ。

 そうとあれば、神仏へ生贄を捧げて確実に鬼を祓うというのが、鎮守府の戦いかたとなる。それでは、鬼頭家にとって分が悪いものとなる。

 つまり、鬼頭家はその単純な武力で、順に城を攻め陥せば良いという話ではなかった。故に、義仲は頭を使いつづけてきた。

 そして北斗七星という剣を使うことを思いつき、実行に移した。だがそれだけではなかった。

 宴ののち、義仲は腹心の金刺光雪かなさしのみつゆきへ密命を下していた。

「次の戦では鬼どものみ戦わせろ」

 その密命の意味を、光雪は瞬時に理解した。鬼と人とは共存できず、いつかは必ず反目する。それに備えて鬼を弱らせるときが来たという意味であり、それは同時に、鬼頭家がこの東国を支配して東国武士団の棟梁となる道筋が立ったということを意味していた。



 鎮守府は緑奥藤咲氏より書状を受けとった。そこには、機嫌伺いへの返答のみならず、鬼頭家に対して言及がなされていた。叶麻呂大将軍と共に内容を検めた歳綱副将軍は「やはり彼奴らにとっても鬼頭家は脅威であるようですな」と言い、叶麻呂大将軍は静かに頷いた。

「敵の敵は味方と申すであろう。武士や武人を出させねばならぬ。北の脅威がなくなれば……いずくんぞ邪魔だてするものあらんや。こちらはそのあいだに、小鷹城を奪いかえさん」

「既に河内炎龍重永殿の尽力もあり、多くの坂東武者どもが参陣を約束しておるよし」

「大庭愛宕権現景虎めを、討ちほろぼすのだ……!」

「御意にござりまする!」

 歳綱副将軍は朝廷へ、大庭愛宕権現景虎の謀反を奏上し、追討使に任命された。これは朝廷に背いた叛徒を討伐する軍を意味し、歳綱副将軍はその大将として、小鷹城へ進軍することを宣言した。木枯らしが吹きあれる中、一行は帝の軍を意味する錦の御旗を掲げ、東へと進んだ。

 その動きは、重永の下僕として潜む間者によって、鬼頭家へと報告されていた。重永は義朝麾下の時代、後詰めや護衛、城の守備といった後方を任されることが多かった。そのため、義賢と義朝が争った際に、捕虜とした者が間者として紛れ、事あるごとに情報を流されてしまっていたのである。


 鬼頭義仲は伝書鳩にて数日以内にその報告を受けとり、ついに進軍を決意した。

「光雪!」

「ここに御座りまする!」

「今宵、鬼どもを森へ潜ませよ。胆沢城を、一夜の内に奪いとるのだ!」

 夜、鬼は密かに胆沢城を囲うように森へ集結した。鬼は夜にしか動けず、旭に照らされれば、天照の力にて祓われてしまう。

 日を浴びずに済む森は神と鬼の住処であり、神聖な場所であった。鬼と言えども、神仏には敵わない。だからこそ、神がいない城や村は、彼らにとって餌場であり、恰好の住処であった。

 童子は今まで、義仲の指示でいくつかの村や城で百鬼夜行をするだけでなく、焼きはらって廃墟とした。灰燼に帰すのは、鬼にとっても好ましくない。しかし童子は並の鬼よりも賢く、義仲の指示の意味を理解していた。

「北斗七星を成すには、人が城の中に祀った神仏や、村の側にある神木などの依代を消しさるのみでいい。沢山の城を焼いて灰とするのは、目眩し。この城の寺さえ焼けば……陥せば、北斗七星は完成する……!」

 朔の夜、鬼は体から青い炎を照らし、姿を現した。

「鬼火だ! 鐘を鳴らせ! 鬼が来たぞ!」

 鐘の音が鳴りひびき、城内は混乱の様相を呈していた。鬼は青い目を光らせ、周囲の森は青く光りかがやいた。その光や炎の眩しさは、城内の武士や城下町の人々を震えあがらせた。

 伝書鳩が飛びだし、村人が山へと逃れる。戦いの前に起こる人の動きに、戦を肌で感じた童子は高揚した。

「さぁ始めようぞ……百鬼夜行だ!」

 鬼は村を焼き、建物を壊しながら叫びまわった。恐怖におののき逃げまどう人々を見て、楽しむのである。老若男女を問わず、金棒で叩き殺し、喰らい、血を口から垂らしながらその美味さに雄叫びをあげる。その声は周囲に木霊し、武士の戦意を削いだ。

 城から放たれる鏑矢は、少なからず鬼に痛みを与えた。しかし貴族の下で銭のために働くだけの武士は、鬼が迫ると我先にと逃げおおせた。鬼を祓うまでの致命傷を与えられず、その痛みは鬼を興奮させた。城はすぐさま鬼による一方的な虐殺によって、血祭りにあげられた。

 童子は金棒を持ち、城内に在る寺へ入った。そして御堂の如来像を叩きこわし、寺に火を放った。

 童子は全身の血が滾るのを感じた。全身にまとわりついていた不快感が薄まったのである。

「結界を破った……鬼門城は丸裸だ」

 青く燃えあがる寺を前に、鬼どもは声高らかに笑った。


 日が昇るころには鬼は姿を消し、残ったのは廃墟と化した城だけであった。義仲は家来を連れて村へと入った。人や家畜の亡骸を眺めながら、大して意味も知らないままに「南無法蓮華経」と唱えた。人に尊厳などないことは、分かりきっていた。

「女は残せと鬼どもに言ってあった。生きている者がおれば、好きに犯せ。まだ付近の森にも居るやもしれんぞ」

 その言葉に家来どもは互いの顔を見あい、周囲の人が隠れられそうな場所を捜索してまわった。

 鬼は銭や玉にも興味を持たないため、まだ壊れていなければ、そういう富もすべて鬼頭家の物となった。

「光雪、この様子では、鬼は一匹も死んではおらんのではないか」

「某もそう考えておりました。なれども安心召されよ義仲殿。鎮守府の貴族どもは、武士の如くそれはそれはよう戦いまする。鬼を減らしてくれましょうぞ」

「俺たちはそのあいだ、北へ昇って緑奥城を包囲する。鬼どもは鬼門城で鎮守府や義朝の家来だった者たちによって、大方は祓われるだろう」

「そうとあらば、貴方様が棟梁となる日は近きものと心得まする。生きのこりの武士は貴方様に従い、鎮守府や緑奥の貴族どもは死にたえ、鬼は祓われ、この東国はようやく一つになりまする」

「清和氏というのはそもそも、力で賊や蝦夷を屈服させ、荒くれ者の坂東武者を家来とし、緑奥の姑息な貴族どもの揉めごとを力で仲裁する中で成りあがった一族だ。何代前かは興味もないしよく知らんが、清和氏は藤咲氏の側に立ち、最終的には他の貴族や、その下についた坂東武者どもを始末した。童の頃、父から教わった清和氏の成りたちの中で、それだけは腹が立つ話だったから覚えている」

「はて……其の那辺に腹をお立てになるところがありましょうや」

「舌先三寸で人を丸めこみ、武士を扱きつかう貴族どもに腹がたつのだ。だがそれももう終わりだ。この俺様が緑奥藤咲氏を滅ぼし、鎮守府の武士もどきの貴族どもも殺す。森は切りひらき、武士や下々の者が飢えに苦しまずに済むようにするのだ。貴族ばかりを助け、働く者を助けぬ神仏など滅べばいい。神木や依代など、俺がすべて焼きはらってくれるわ」


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