第一話 友の上洛
蝦夷の討伐を終えた東国武士団棟梁・清和義朝は、戦功によって朝廷での立場を高めようとする旧友の武士・篁清季と再会する。清季は京へ戻り、魑魅魍魎の活発化や東国情勢を鳳凰院に奏上し、中納言へと昇進するが、実権を握る上皇と貴族社会への嫌悪を強める。一方、京では鳳凰院と左大臣中条乙麻呂が藤咲家排除を含む権力闘争を画策していた。
その最中、東国の要衝・小鷹城陥落の報が届き、義朝は責任を問われて上洛を命じられる。家来らの不安を退け、妻子のみを伴って京へ向かった義朝は、朝議で弁明するも藤咲頼秀の思惑により京に留め置かれる。
京と東国を軸に、武士と貴族の新たな権力闘争が幕を開ける。
皇紀一八二○年
凄まじい悪臭と、見るに堪えない程の死屍累々とした有様が、眼前に広がっていた。
「全軍追いうちをかけろ! 容赦は無用ぞ!」清和義朝はこのとき、蝦夷による略奪行為の討伐を指揮し、朝廷のために手柄を立てようと必死であった。彼は御味方の篁清季が既に勲功を立てたことに焦りを覚えていたのだ。清季は帝が御座す京の警備を担う検非違使の中で最高位の別当という身分でありながら、既に更なる昇進が約束されていた。
義朝が焦るのも道理であった。彼は、清季とは同じ三十八の歳であった。二十の頃ともに朝廷へと仕えていた折は、期待の新星として扱われていた。しかし清季は戦に蹴鞠、典薬の知識、果ては淫行の技で一目を置かれ、官職を昇っていた。義朝との評価は雲泥の差となっていた。
「久々にそなたと戦うことができて嬉しかったぞ」
「まるで昔も戦をしていたかの様な言い草ではありませぬか、篁殿。若人の喧嘩を仲裁した程度のことを懐かしむとは、妙な御方だ」
「まぁ良いではないか。其許はこの、火に焼けた血肉の臭いばかりを嗅いでおる」
「左様です。この東国は、戦に明けくれております故」
「不思議な話だな、義朝殿。そなたは東国武士団の棟梁であり、板東武者の長者だ。京を狙う魑魅魍魎を祓う武士として、征夷大将軍となる日も遠くはあるまい」
「そう願いたいものなれど……坂上大将軍の息災を願いたい故、自身がその地位を継ぐなどと、考えることすら憚られまする」
そう言う義朝の顔を清季は怪訝そうに見たのち、「生真面目なり」と言って、笑った。清季がなにより立身出世を動機にしている強欲な男であるだけだと、義朝は思った。
戦の後、義朝は武士どもを労るべく、宴を催した。武士は日頃から粗末な飯ばかりで、贅沢を知らない。水のような酒しか知らない武士どもに、京の、味も香りも絶品と聞く名酒を振る舞えることを、義朝は嬉しく思った。
「篁清季様が居られぬが何処におられるのだ」
義朝が雑用係へ尋ねると、雑用は答えた。
「既に京へお戻りになられました」
義朝は呆気に取られた。上質な酒や肴を持参しながら、すべてを置いて足早に帰るとは、奇妙なものだと思った。篁方の武士は、褒美に与れず可哀想だとも思ったが、もしかすれば京には更に上質な褒美があるのだろうかと思った。
「いやはや、持参した酒や肴をすべて我らにくださるとは、なんと懐の深い御方だ。かつて期待の新星などと並び称されたが、恐れ多い。雑用よ、心意気には心意気で返さねばならぬ。すべて、今宵の内に食すのだ」
「畏まりました。仰せの通りに」
「己ら! 篁清季様より上質な京の酒と肴をたらふく頂いた! 一夜で飲みほし、一夜で食べきってこそ、我ら板東武者の心意気じゃ! 皆、三瓶飲みほすまで酔いつぶれることを禁ずるぞ!」
義朝のその一言で、武士らは大いに盛り上がった。
義朝らを残し、清季は京へと戻った。
太安の京は碁盤の目に例えられるほど、整えられた街である。この京は、国の中心であった。世界の東の端であるこの秋津洲は辺境の地として、大国からは見むきもされない。だが秋津洲中から商人が訪れ、ありとあらゆる献上品が集まるこの京だけは、海の向こうの大国にも勝るとも劣らない街であると、帝は考えていた。
帝のその考えを裏づけるのは、それだけではない。この京は攻めがたく守りやすい上に、風水の観点に於いては神の気が集まり易い地形であった。千年の繁栄が約束されており、いつかこの京の名が世界に轟く日が必ず来ると、帝が信じるのも道理であった。
だがそんな帝の考えを阻害する寄生虫が、京に巣食っていた。
「貴族のクズどもめが」
清季は呟いた。
清季は貴族を嫌っていた。貴族とは武士や農民を働かせ、その富を吸いとるだけの、朝廷に巣食う寄生虫。そんな誰よりも卑しい生きかたをしていながら、彼らは先祖の功績によって高い身分を与えられ、歌や蹴鞠に興じるのだ。それだけでも有害ながら、時として意中の人や権力を巡り、醜い争いを始めるのである。
清季は、貴族の存在意義をこう定義していた。国の歴史に箔をつけるために、ただ息をしていれば良い存在。その存在はまったく無用なものではない。長い歴史と、英雄豪傑の血筋が今も残るというのは、この秋津洲が野蛮人の国ではないことの証明であり、東国や西国の様な魑魅魍魎の住処とは異なるこの京を、京たらしめる存在であった。
だがその害は、あまりに無視できないものである。清季はこれを取りのぞくため、京に居た。
清季の目的は、武士として貴族の位を登り、京から国を正すことにあった。武士の地位はさらに高められて然るべきというのが、彼の考えであった。
参内したのち、清季は東国で見聞きしたことを、上皇である鳳凰院へと奏上した。彼が東下りをした理由は、東国の魑魅魍魎が活発化し、坂東武者と交戦する頻度が高まっていることに対する調査であった。
「その儀、事実にござり申す。鳳凰院様」と言い、清季は黙った。貴族どものため息や恐れおののく声を聞きながら、清季は内心、彼らを嘲笑した。歌や蹴鞠では、敵を滅することはできないからである。
貴族の長である上皇の鳳凰院は、誰よりも恐れをなし、瞬き一つしないまま、開いた口も塞がらない有様であった。
清季はすかさず「魑魅魍魎と相まみえんとした折り、我らは蝦夷の奇襲に遭い申してござりまする」と続けて、貴族どもの心を抉った。狼狽える貴族らや鳳凰院を見ていると、楽しい気持ちにすらなった。人の痛みが分からない者どもに、恐怖を植えつけている実感があったのだ。
「蝦夷どもは朝廷にまつろわぬ異人なれども、日々その脅威を増す魑魅魍魎どもより住処を追われ、我らの地へと逃げおおせてござりまする。さりとて、ご安心召されませ。我が盟友、清和義朝と共に彼奴らを成敗し、国土をお守りいたし申した」
「さすがは、篁清季である。そちには約束通り、中納言の位を与えようぞ。もう武器を取り、戦うことはない。この京にて優雅に暮らし、下の者どもが働いた報告のみを受け、采配を下せばよかろう。余の側にて、火急なる由には余のために剣を振るわれよ」
「鳳凰院様には既に、優れた護衛が多くおられまする。某めは、内裏様を御守りいたしたく存じ奉りまする」
清季は深々と頭を下げた。内裏というのは、朝儀や祭祀を行う帝の住まいのことであり、貴族たちは帝を内裏と呼んでいた。帝は国体そのものであり、武士として京で栄達を極める清季がその護衛に就くというのは、道理に適っていた。
しかし老獪な鳳凰院は、不満気であった。それもその筈である。彼は帝を軽んじていた。今上帝の曽祖父として、何代にも渡り、幼い帝に代わって政治を行ってきたのだ。その院政と呼ばれる政治体制は、彼の子と孫の崩御後、当たりまえのように続けられ、今に至る。彼の中で帝など既に、国の主などではない。自分こそが国の主だと勘違いをしているのだ。
帝への護衛という清季の願いを、鳳凰院は「それよりも余を守ればよいのじゃ」という呆気ない一言で片づけた。
清季の中で、この鳳凰院を排除しなくてはならないという確固たる思いが、このとき、より一層強まった。
朝儀を終えて、内裏を出ようとしたとき、清季の許を訪ねる一人の女性がいた。彼女は剃髪した仏僧でありながら、その知力や床上手としての評判から、権勢を強めている人物であった。
「ようやく終わったか。報告が長びいたとは、東国はこの京がある畿内よりも遥かに語ることが多い土地ということだな」
「これこれ、円華殿、下らぬことを申すな。参議のじゃじゃ馬どもは余談が多い。それだけだ」
「そなた、貴族の方々を貶すとは良い度胸だな」
「円華殿、某にも建前を用いるのか。まだそういう仲であったとは寂しいな」
清季は敢えて弱みを見せた。円華は嬉しそうな顔をした。清季は、仏僧とて所詮は女子であると見ぬいていた。
円華は鳳凰院に好かれていた。それは、彼女の知力による面と、床上手な面があったが、主に後者が理由であるというのがもっぱらの噂であった。
鳳凰院は七十を越す老齢でありながら、下半身が健在であることで知られていた。五十年前に正妻を失ってから、食事を与える若い女官である采女を初めとし、臣下の妻にまで手を出すほどの強欲さを見せた。それが一因となって、五年前に京で乱を招いたこともあったが、その色欲が収まることはなかった。
「鳳凰院様は、私が居なければ日々の彩りがなくなるとまで申されるのじゃ。真、優美な思いにさせてくれる。さすがは、朝廷の貴族をあまねくお纏めになる御方じゃ」
円華は顔を赤らめた。麗しい顔が、更に麗しくなった。誰もが見とれてしまうほどのその玉のような美しさも、清季にとってはどうでもいいことであった。
清季は老人に好かれ顔を赤らめる円華を、内心で嘲笑していた。その火照りは、朝廷での地位が保証され、贅沢ができるという、鳳凰院に好かれた先のことを想起していればこそということは、容易に想像できていた。つまり彼女は、貴族や鳳凰院に与する存在である。清季は彼女を、敵だと認識していた。
同じころ、鳳凰院は酒を呑みながら、左大臣の中条乙麻呂と談話していた。乙麻呂は齢六五という高齢でありながら、鳳凰院の右腕として健在の男であった。今や鳳凰院へ直接、諫言することができるのは唯一無二の腹心である乙麻呂のみであった。その信頼は彼の職に現れていた。
左大臣というのは、朝廷の最高位である太政大臣の一つ下の位で、常設の役職の中では最も高位であった。現状、血筋や能力が最も高く評価されている存在なのである。
二人を唯一無二の友たらしめるのは、女好きという共通点にあった。二人は円華をたらい回しにしている好色家だが、貴族社会の中では、同じ女性を使いまわすことはよくあることであった。だがこれほどまで長生きをした上で、生涯現役を貫くその逞しさは、この二人の強烈な個性であった。
「五年前、我が孫である朱雀上皇が乱を起こしよった。乙麻呂よ……余は暗殺を恐れておる」
「それ故、篁清季を側に置こうと思しめしあそばされておるのでしょう」
「しかしあやつは、内裏を守りたいなどとと言う。まだ十歳の子供に仕えたいなど、まさか美童趣味なのか、男色家めが」
「その可能性もなきにしもあらず……なれども現実的なところは、清季が所詮は野蛮な武士ということにござりましょう。帝が国の長であるという古来の在りかたに拘り、真に朝廷を取りしきっておられるのが鳳凰院様であることが、理解できぬということでござります。本に野蛮なるものぞ……」
乙麻呂は扇を仰ぎながら、ため息を吐いた。
「乙麻呂よ、余は朝廷を変えたいのじゃ。朝廷は内裏のものであり、幼い内裏は、摂政の藤咲頼秀の手中にある。内裏が大人となれば、頼秀が関白となって、そちをも凌ぐ権勢を誇ることとなる」
摂政関白とは、朝廷に置いて太政大臣を頂点とする【二官八省】を除く役職であり、幼い帝を輔弼するための役職である。政に長けた太政大臣や左右の大臣も輔弼する御役目は同じだが、所詮は他人。幼い子供である帝に心を開いていただき、政や祭祀に関わっていただくため、親類が就く役職というのが、摂政や関白であった。
乙麻呂は、ため息を吐いたのち、口を開いた。
「長い歴史の中で、藤咲氏は代々摂政として幼い内裏様を手懐け、元服の儀ののちに、関白となっていつまでも内裏様を子供扱いし、政を私しつづけてきておりまする。その血は、元は二官八省の中で下級の役職を担う小さな存在に過ぎなかった。さりとて、澄んだ水面に落とした墨汁の如く、瞬く間に二官八省中を侵食し、今や恐れ多くも皇族にまでその血を広げております」
「そうじゃそうじゃ、そちの申す通りよ。余は長く藤咲氏と戦い、政を皇族の長、治天の君たる余の手に取りもどしたのだぞ。旧時代の遺物は、淘汰されねばならん」
「内裏様を、お救いいたさねばなりませぬ。藤咲氏の中で未だしぶとく生きのこる反逆者の宗家、藤咲家ともども内裏様が淘汰されては……八百万の神々を怒らせ、魑魅魍魎がこの京へ攻めいってくる恐れ、これあり。構えて尋常ならぬ故、必ずお救いいたさねば」
「そうよのう……藤咲家のみをこの京から完全に淘汰するは至難の業。恐らく……血が流れ、京が再び、火の海と相なろう。それをやり遂げる武士として、余は清季を、内裏や藤咲家に渡す訳にはいかん」
京では、政の長を巡り、不穏な空気が流れていた。血が流れない戦が行われているのである。しかし遠い東では、京に居る誰もが予測していない出来事が起きていた。
東国より報せが届けられたとき、朝廷に激震が走った。東国の坂上叶麻呂大将軍から送られた書状によれば、東国の小鷹城が陥落したらしかった。ここは魑魅魍魎の住処と接する土地であり、朝廷の国境を守護する最重要拠点であった。
鳳凰院は報せを受けて、すぐに朝議を開いた。鳳凰院は叶麻呂大将軍の安否を心配するとともに、小鷹城の城主であり、坂東武者の棟梁でもある清和義朝に対する失望から、怒りくるっていた。
清季は諌めようとし、時を見はからっていた。そして良い頃合となり、口を開こうとした瞬間、先に言葉を発したのは藤咲宗家当主の藤咲頼秀であった。頼秀は「清和義朝めを、上洛せしむるべしにあらんや」と言った。場は静まりかえった。
「精強さを誇る坂東武者の棟梁にして、居城を失うは一族の恥。自ら京へ上り、釈明させるべし。責任の所在を明らかとなし、罰するか、あるいは戦功で汚名を雪がせるか、それからお決めなされば良ろしかろうと存じます」
「おう……それがよかろう。使いを出し、義朝めを連れてまいれ」
その言葉に反応したのは、清季であった。
「憚りながら、言上仕りまする。義朝を上洛させるあいだ、誰が魑魅魍魎を抑えられましょうや。大将軍は病床に伏しており、自ら指揮は取れ申さず。それのみならず、東国における祭祀の要として、結界となる鬼門城で常に着陣して頂く必要、これあり」
「清季中納言、坂東武者の武辺者は、義朝しかおらぬのか。親類縁者に腹心、優れた家来も数多居ようぞ」
「藤咲様、構えて言上仕りまするが、武士というものは一人では戦わぬもの。仲間ととも戦い、初めて戦果を出すことが叶いまする。棟梁の不在とあらば、次は城を一つ失うだけでは済まぬやも知れませぬ!」
二人の口論は、鳳凰院が割って入り仲裁した。
「叶麻呂の腹心である渡辺歳綱がいるであろう。それに、蝦夷の住処である緑奥地方には、鬼頭義仲がおる。こやつは義朝の甥であったな。まだ十四だが優れた手腕を発揮し、坂東武者を率いて蝦夷を退けておるであろう。詳細は当人らに決めさせるが、兎にも角にも城を失った責任について、義朝を上洛させて釈明させるのじゃ!」
朝議ののち、清季は頭を抱えていた。清季が形振り構わず立身出世を図ったのは、朝廷で武士として太政大臣の位に登り、権力を用いて秋津州中の武士を優遇させるという大義があったからである。そこには当然、東国も含まれている。しかし、身内同士であっても血で血を洗う派閥争いを続けてきた坂東武者を従えるには、当代きっての武辺者として崇敬を集める義朝の存在が必要不可欠であった。
「このままでは……坂東武者の纏まりがなくなり、某が太政大臣となったとて、京から東国へ指示を出すことができぬ……!」
予想外の出来事に、冷静沈着な清季でさえ困惑する他なかった。
義朝は仲間たちとともに鬼門城にて、朝廷の使いから院宣を受けとった。
「院宣ということは、内裏様ではなく上皇の鳳凰院様からの命令……。篁殿が来られた折り、某が東国を治めていることが肝要と申しておったが……上洛し朝議へ参内せねばならぬとは、面目次第もない」
朝廷の臣下という立場である以上、義朝に、上洛を断る権限などなかった。
「棟梁、院宣には我らの同道について明文されておらなんだが……如何捉えるべきでありましょうや」
「確かに、武者どもについては触れておらなんだ。正室の由良に関しては同道せよとある。倅に関しても、嫡男の悪来太郎のみならず、朝頼も同様である」
義朝の腹心である河内重永は食いいるように、末っ子について問いかけた。
「牛若様はいかがでござるか。牛若様は……あの容姿です。角こそありませぬが鬼の血を引く鬼の子として、京で穢れのように非道な扱いを受けるやもしれませぬ」
「末の牛若まで同様に、上洛させよとある。某や悪来太郎もいる。牛若には何人たりとも手出しはさせぬわ」
「身内ばかりは上洛させ、我ら武者について触れもせぬとは……」
「然るに……武者殿は東国にて戦働きせよとの仰せであろう」
重永は、悪い予感がした。
「不躾ながら、はっきりと申し上げとうござる」
「今更、遠慮など無用。申せ」
「五年前に朱雀上皇の反乱に加わりしお父君の清和為義様は、打首と相成りました。なれども叔父上の清和八紋蛇為朝様は、流罪となり、配流先の西国にて、王のような振るまいをしておられまする。今や朝廷の目の上のタンコブ。棟梁やお世継ぎの義平様を、人質としたいのではありませぬか」
「そうであったとて、断ることはできぬ」
「傷を得て病床に伏したと申されてはいかがか」
「傷を得て伏すなど、坂東武者の恥。知れわたれば死ぬほかない」
義理堅い義朝には、院宣を拒否するという道理にそぐわない行動は、なおのこと取れるはずもなかった。
「明日、家来衆を集めよ。某が上洛した後の体制について指示を出す」
「御意」
翌日、招集した武者に事情を説明した上で、今後の体制について指示を出すことになった。そこに至るまで、やはり京へ行くのは危険だという意見が幾度も吹きでたが、義朝はその度に不忠を咎めた。
「では命令を下す。甲武新羅丞吉光」
「ここに御座りまする」
「其許はこの鬼門城にて坂上大将軍や、渡辺副将軍を補佐せよ。兄の義家のように、難攻不落の城として、この鬼門城を守る柱となれ」
「御意」
「甲武諏訪太夫吉國」
「ここに御座りまする」
「其許は体躯も良く、機転も効く。渡辺副将軍をお支えせよ」
「御意」
「大庭愛宕権現景虎」
「ここに御座りまする」
「其許は義家同様、幼少のころより、某と共に戦ってくれた腹心だ。某や叔父上の為朝とともに狐狸精や八岐大蛇、大嶽丸といった魑魅魍魎の討伐を行ってくれた。我が弟の義賢を討伐した折も……首級を挙げる功績を立ててくれた」
「良き友にござりましたが、我が主たる棟梁はあなた様にござりまする。そして義賢殿のご謀反は……不忠を諌めきれずに緑奥藤咲氏と通じさせ、坂東武者の絆を割ろうなどという蛮行を止められなかった我らの罪にござりまする」
「もう良い、過去のことだ。そなたには小鷹城の奪還を命じる。死ぬことは許さん。必ず取りかえせ」
「御意……!」
「鎌村幸良」
「ここに御座りまする」
「共に八岐大蛇を鎮たその力を買い、其許を景虎の側仕えに任じる」
「御意!」
「小佐田佐吉」
「ここに御座りまする」
「其許は小鷹城奪還までのあいだ、美浦利明殿の下にて、美浦御厨に参陣せよ。美浦殿は我が妻の由良御前が鬼に拐われた折り、鬼の村を焼きはらう功績を立ててくれた、坂東きっての豪族。無礼のないようにせよ」
「御意」
「丸基則」
「ここに御座りまする」
「其許はまだ若い故、守りを命じたい。奪還までのあいだ、我が親類にして盟友である河内八幡太夫義家、そしてその弟である河内炎龍の下で足利城を守れ。ここは肥沃な足利荘を含む重要な地だ。義家はすぐに所領がある河内国へ戻る故、その後は重永に従え。戦にはならないであろうが、気を緩めずに励め」
「御意。炎龍重永殿のご子息である永康様とは共に机を並べ学問を修めた仲にござりまする。共に城を守りぬき、坂東武者としての覇気を養ってまいりまする」
誰もが義朝の言葉に従い、任地へと発っていった。
それから数日して、義朝は妻の由良御前や三人の息子、そして僅かな供廻りのみを率いて、上洛すべく西南へと進んだ。
やがて、京を中心とした畿内へと入った。京に入るまでに、東国とは異なる雅な気配に感嘆し、京の整理された碁盤の目のような街並みには、目が眩んだ。参内の許可を待つ義朝は、父の為義を思いだした。
「我が父や叔父も、ここで戦をしたのであるな。鳳凰院様に逆らい、朱雀上皇のため、京に火を着けた」
「父上、何故我が祖父は戦に敗けたのでござりまするか」
「覚えておけ悪来太郎。朱雀上皇は戦の素人でありながら、我が父が望む夜襲を禁じ、日が昇るのを待ったがために、敗れた」
「もし我らがこの京にて戦をするとあらば、我らの戦いかたを致しましょうぞ」
「無論、そうだな。そうならぬことを願うが……」
京の治安維持を担う検非違使が東門を開き、一行を朝廷へと招いた。
内裏へと足を踏みいれ、浅沓を履いて垂纓の冠を被る。手に笏を握って畏まる義朝らは、東国の人間であっても朝廷に仕える武士であることが見てとれた。
朝儀にて頭を下げる彼らを見た鳳凰院は、その威風堂々たる風格に、唸った。
「面を上げよ」
「感謝申し上げまする。東国武士団棟梁にて小鷹城城主、兵馬司清和義朝にござりまする」
「そちは誰じゃ」
鳳凰院は義朝の横に並ぶ大柄の若武者に問うた。
「清和義朝が嫡男、造兵司、清和悪来太郎義平にござりまする」
「父親と異なり大柄じゃな。よいよい」
そう言って鳳凰院は気だるそうに藤咲頼秀を一瞥し、扇子で合図した。それは、義朝らの取りしらべや処遇の一切を任せるという合図であった。
「兵馬司殿、そちは我の親戚、緑奥藤咲氏が築き上げた小鷹城を失ったことに対し、申開きしてみよ」
「申し上げます。蝦夷が攻めいるはずのない小鷹城に、蝦夷が夜襲を仕かけたる段、蝦夷どもは、鬼と共に居り申した。双方、戦慣れしており数も二千は下らぬ故、少数で抵抗することは正しからずと思い、鬼門城に近き城へ退きましてござりまする」
頼秀は淡々と頷きながら耳を傾けた挙句、「左様か、ならば良い」という一言で話を終わらせた。呆気にとられた義朝は、瞬きを忘れてしまった。その情けない面を見た貴族は裾で口元を隠しながら、くすくすと笑った。
「まるで鳥のようでおじゃるな」
「左様左様、アホ面でおじゃる」
くすくすと笑う貴族を牽制する如く、清季は咳払いをした。そして、頼秀を見て「話がお済みとあらば、棟梁は東国へお返しいたしましょうぞ」と言った。
しかし頼秀は首を振りながら、「その儀におよばず。折角まかり越されたとであらば、ごゆるりとして貰いましょうぞ」と言い、そして不敵な笑みを浮かべた。
朝儀の後、清季は頼秀の発言の意図が読めず、思案するしかなかった。頼秀が清和氏を京に置いておくことで得られる利が何か、読みとることができなかったのだ。
「よもや……某が目指す、義朝殿を蔵人頭として内裏様に近づける策を、藤咲家も望むというのか。しかし何故か……」
武士の台頭を憎む貴族の中でも特に高い地位を持つ藤咲家。しかし藤咲家は五年前の朱雀上皇の乱に参加したことで、その地位が危うくなっていた。
鳳凰院やその側近である中条乙麻呂が、帝や藤咲家を警戒していることを鑑みれば、清季が望む貴族対武士の構図に、立場をなくした名門貴族である藤咲家が武士の側に立って抗おうという考えが理解できた。そうであれば、藤咲家を味方につけられることは、現実的な話であると清季は思った。
「武士のみでは朝廷を取りまとめることは叶わない。それ故に某は武士の世のため、あくまで貴族を従えるべく、官位を登りつめようとしておるのだ。しからば……権威を取りもどそうとする藤咲家がいることにより、貴族の反発は抑えこみやすくなろうぞ。某が成すべきは……」
清季は義朝の使いかたを改めることにした。それから、武士の世のため、義朝とこの京にて力を合わせていくことに決めた。
清季はある日、義朝と宮中にて邂逅した。正しく言うならば、偶然を装って、義朝を待っていた。清季は義朝の似あわない宿直装束姿を笑い、義朝もまた恥ずかしそうに自嘲した。
「今朝は天気が良い。少し歩きながらお話しませんかな、兵馬司殿」
「義朝で構いませぬ、篁中納言殿」
「されば、某も清季で構わぬ。ここは京だ。歳を取って位に差が付こうとも、共に悪童を懲らしめてまわったあの頃に戻れる場所にござりまするぞ」
「某には、左様に詩的な言いまわしはできませぬ。やはり御辺は大成なさった」
「さりとて足りぬ……まだまだ飛躍せねば。其許の手も借りるぞ、義朝殿」
清季は微笑みを消し、真剣な眼で義朝を見つめた。
義朝もまた、その眼から、自分には京にて、やはり御役目が用意されているのだと思った。呼びだされた理由は方便であり、目の前の清季による権謀術数の駒として既に数えられていると察したのである。義朝はこのとき、いかような御役目を言いわたされようとも、自分の本懐は見うしなわずに遂げなくてはならないと、強く自戒した。その本懐とはつまり、坂東武者の棟梁として、そして清和氏の面子や存続を優先することである。
「其許には内裏様を御守りしてほしい。京の真の権力者は内裏様にあらず、鳳凰院だ。鳳凰院は幼い内裏様に代わって政務を執るという道理を笠に着て、院政などと名を付けて朝廷を私する傲慢ぶりだ。そして内裏様が成長しその力が無視できなくなれば、理由を付けて、廃位する。そして再び、操りやすい幼子を即位させるのだ」
「鳳凰院は高齢なれば、年の功がありまする。加えて、朝廷を成りたたせるに必須な貴族のその多くを、手中に収めておると。以前、そう教えてくださりましたな」
「左様。某はその事態を改めたいのだ。とどのつまり、不要な貴族を京から追放し、地方の発展のためにその知識を活かして頂く。そして内裏様に信任して頂き、我々武士が朝廷を正していくのだ」
「それは承知してござりまするが……実現できるのですか、清季殿。未だに武士が太政大臣や左右の大臣として、朝廷にて権勢を振るった前例はありませぬ」
「某は、鳳凰院に懇意にされておる。故にいつかは左右の大臣、いや太政大臣にも成れようぞ。我が大志を果たすには、本来は其許ら精強な坂東武者と、それを取りまとめる稀代の英傑たる其許。そして叶麻呂大将軍といった武士が必要不可欠なものであるという事実を、夢現な貴族のクズどもに見せつけてやる必要がござった。なれどもそなたは今ここにおる。よいか、義朝殿。某が鳳凰院や中条乙麻呂左大臣に取りいり、官位を登る。一方其許は内裏様のお傍にお仕えし、蔵人頭となるのじゃ」
「さすれば……鳳凰院の世が続いても清季殿が官位を登りつめ、武士の世に。内裏様の世が訪れても、某が官位を上りつめ、武士の世に。あいや待たれよ。某が内裏様のお傍にお仕えすることを、貴族が黙って許しましょうや?」
「強い味方がおる。藤氏長者、摂政の藤咲頼秀殿が其許にすり寄ろうとしておる。頼秀殿の言葉添えがあれば、内裏様のお傍にお仕えできようぞ」
「貴族の力を借りると申されるのですか?」
「貴族のすべてを京から除くなど、無理難題ぞ。その後の政が成りたたなくなる。然るに皇族の血筋を守るため、鳳凰院によって政から遠ざけられた名門たる藤咲氏を我が御味方として、武士の世にて選りすぐりの貴族の纏め役となって頂くことが賢明であろうと某は考えておる」
「相分かり申した。清和氏は元を辿れば、清和天皇陛下の親王が臣籍降下あそばしたことにより始まった一族。清和や坂東武者の主は今も昔も内裏様です。坂東武者の棟梁たる某も、東国の蝦夷や魑魅魍魎の討伐の御役目を担う征夷大将軍も、朝廷に仕える身。朝廷を私し内裏様を蔑ろになさるとあらば、鳳凰院を退けねばなりません」
「そうだその意気だ、義朝殿。我らの手で、武士の地位を高めようぞ。戦働きのみさせられ、馬車馬の如く扱きつかわれた挙句に、大した官位も宛てがわれぬなんぞ、言語道断。武士の不当な処遇を改めらるるは、我らのみぞ」
二人は再びにこやかに笑った。武士のため、そして武士の主である帝のため、鳳凰院を退ける。
清季は志の達成に一歩、近づいた気がした。




