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「白薔薇姫の微笑み」にて

あなたは誰?

作者: 榎本モネ



 孤児院のアンナ。彼女は不思議な少女だった。


 ある日突然、孤児院に現れた美しい少女に、皆が驚いた。こんなに美しい少女が、親に捨てられたとは考えにくい。だからこそ、彼女はきっと、親御さんと死に別れたのだろうと皆が不憫に思った。

 当時の彼女はとても仕立ての良い服を着ていた。ただ、仕立ての良い服であることがわかったのは洗濯してからで、当初は泥だらけだったので、きっと孤児院までの道のりで転んでしまったのだろう。その顔立ちの整った美しい顔と泥だらけの服のチグハグさが、彼女の顔立ちを妙に際立たせていた。

 こんなにいい服を着ていたのなら、きっと裕福な家庭だったのだろう。愛されて育ったのだろう。皆がそう思い、彼女を残して旅立ってしまったであろう両親を思い、涙した。


 さて、周囲があれこれとアンナのことを想像するのにはワケがあった。


 アンナは、喋れなかったのだ。


 身振り手振り、質問へのイエス・ノーで、以前は喋れたことはわかっている。きっと、親御さんを亡くしたショックで話せなくなったのだ。

 デリケートな問題を、口がきけない儚げなこの少女に問うのも憚られたため、皆がヒソヒソと予想し、その予想を正として、アンナは孤児院に迎え入れられた。



「アンナ!こっちよ!」



 アンナの手を引いて、花畑を進む。この花は、まとめて売り物にするのだ。

 アンナと似た年頃だから、と馴染むまでの間のお世話係を院長から仰せつかった(大人は大げさに仰々しく言うことで、権威を保つらしい)ミミは、すっかりこの美しい少女のことが好きになっていた。綺麗な金髪に青い瞳、そして柔らかく微笑むアンナは、その優しげな性格が顔や仕草に出ている。だからこそ、アンナは孤児院のチビたちにも大人気なのだ。

 そんな大人気のアンナの隣を陣取っているミミは、チビたちからいつも、ぶーぶーと文句を言われている。まあ、そこはお世話係の特権だし、アンナの親友だからこその特別待遇だ。


「……、」

「え、私に?」


 花畑からの帰り道。かごの中にたっぷりの戦利品を詰め込んで、ふたりで手をつないでいたら、アンナが何かを差し出してきた。にこっと微笑んで、輪っかに編んだ花を渡してきたアンナに、きゅんっとする。どうしよう、私の親友が可愛すぎる。

 私もアンナに何かあげたい。ミミがワタワタとポッケを弄ると、先週、内職で刺した刺繍のハンカチが出てきた。そういえば、と思い出してアンナに提案する。


「あのね、内職のご褒美で、この間、ちょっと材料もらったの。今度、刺繍のブレスレットを作るから、アンナにプレゼントしてもいい?」

「!」


 コクコクと頷いたアンナは、嬉しそうに微笑んだ。私もそんなアンナの笑顔を見て、えへへ、と笑う。


 こんな毎日が、ずっと続くと思っていた。



※※※



「学園?特待生?」


 なにそれ?と首を傾げた私に、院長は「この間、全員が抜き打ちテストを受けたでしょう」と言う。たしかに、この間突然テストを受けさせられた。

 みんながぶーぶーと文句を言いながら、仕方なくガリガリと書き進めたことを覚えてる。院長によると、それは学力があるけどお金がない平民に対して、貴族が通う学園への入学を許可するためのテストだったのだという。


「私、別に学園?に行きたくないんですけど…」

「何言うの!学園へ入学すれば、特待生として授業料も食費も備品代も免除してくださるのよ!ひとりでも食い扶持が減った方が助かるわ」

「ひどいです、院長」

「まあ、冗談はさておき。ミミ、学園に入学すれば、色んなことが学べるわ。それは、貴女の可能性を広げる、素晴らしいことなのよ」


 だから、入学しなさいな、と言う院長に、むぅ…と悩む。特待生の平民は私含めて3人だけなんだって。たった3人で、貴族の群れの中に突入するって、なかなか厳しいと思う。


「アンナがテスト受けてれば、絶対アンナが特待生だったのに…」

「あの日は熱が出て倒れてたんだからしょうがないじゃないの。神さまの思し召しだったのよ、きっと。そう思うことにしなさい」


 いつも私に勉強を教えてくれるアンナ。アンナがテストを受けていれば、たぶんアンナが特待生だったはず。もしかしたら、特待生3人のうち、2人が私たちだったかもしれないのに。そしたら、きっと貴族の中で孤立してても、楽しめた。

 しょんぼりしていたら、院長は「じゃあ、入学するってことでいいわね」と話をまとめた。ほら、と差し出された紙は入学承諾書らしい。

 ほうほう。学園は3年間の全寮制。授業がある日は基本的に寮だけど、長期休みは自宅に帰っていいらしい。放課後も外出は可、だけど寮の門限までに帰ってくること、と。

 なになに、この制度は5年前から始まって、毎年行われているらしい。ということは、私が入学するときには2年・3年にそれぞれ3人、特待生の平民がいるのか。意外と我々の派閥人数はいたらしい。

 上から下まで読んで、ミミ・ルーロックと署名する。ルーロックは、孤児院の名前だ。孤児院にいる子たちはみんな、ルーロックという名字になるので、名乗ると「ああ、ルーロック孤児院の子ね」とみんながわかる。

 私が名前を書き終えた紙をスルリと取った院長は、入学までに荷物をまとめるよう、私に指示して、私を部屋から追い出した。…うん、追い出したは語弊があるけど、ちょっと斜に構えたいお年ごろだから、許してほしい。


 大変なことになった…と頭を抱えて部屋に戻ると、アンナが心配そうに近寄ってきた。事情を説明すると、驚いたように私を見て、震える手できゅっと両手で私の手を握ってくれる。


「大丈夫だよ、貴族の中に突入するなんて、滅多に無い経験だし。

 アンナがいないことだけはショックだけど、休みの日とか、ここに帰ってくるから!ね?」

「…、…」


 今にも泣きそうな顔で、私を心配しているアンナをギュッと抱きしめる。アンナが顔を埋めている方の肩が徐々に湿っていくけど、何も言わない。この優しい親友と出会えたことは、私にとってかけがえのない宝物だ。


 私たちは2人でその日、一緒に眠った。





※※※



「うう、…わからないー!!」

「はぁ…叫ぶなよ、ミミ」


 月日は流れ、学園へ入学して3ヶ月が過ぎた。私はと言うと、レベルの高すぎる授業になかなかついていけず、すっかり図書館と自習室、そして職員室に入り浸りになっている。

 クラスはA〜Dに分かれていて、貴族の人たちは成績と階級、それに卒業後の進路に応じてクラス編成されているらしいが、私たち特待生は、自動的にDクラスだ。簡単に言えば、自分で手に職をつけないといけない貴族の次男三男とか、次女三女とかが多いクラス。学ぶレベルは一番優しいらしいけど、私の頭じゃついていけない。

 放課後はもっぱら自習だ。今日も今日とて、自習室で唸りながら課題に取り組んでいる。


「なんでここが73になるの……意味がわからない」

「お前、よくこの学園入れたな」

「私に付きっきりで教えてくれる、親友のおかげだから……うう、なんでここにアンナがいないの…」

「いないもんは仕方ないだろ」


 はぁ…とため息をつきながらも、私に勉強を教えてくれるのは、同じ特待生の平民、フラムだ。フラムは大きな商会で働く父を持つ長男。子沢山の家で下に兄弟がたくさんいるので生活はカツカツらしい。

 もうひとり、私の代はリーナという女の子が特待生なのだが、残念ながら私とリーナとは馬が合わない。リーナは1学年上に、入学前からの友だちがいるそうで、私とは全然つるんでくれないし、普段は特待生じゃない平民(つまりお金持ち)の子たちと一緒にいる。


「ぜんぜん、わかんない…」

「はぁ〜俺も暇じゃないんだけど」

「面目ない…」


 ため息をつきながら、でも見放さずに教えてくれるフラムに感謝を捧げるしかない。いつもありがとう、友よ。


「…ん?ゲッ…」

「どうしたのー?」

「下、下」


 窓の下をくいくいと指さされたので、覗いてみる。そこには、学園で有名なマリアンヌ様が、いつも通り、たくさんの男性に囲まれていた。


「ひゃーっ相変わらずだね、マリアンヌ様」

「甘いもんに群がる蟻みたいだな」

「言い方ひどっ」

「あの人、あんなに男を侍らせて大丈夫なのかね?第2王子の婚約者だろ、一応」

「うーん。それだけ魅力的ってことなのかな」


 たっぷりの金糸の髪を揺らめかせて、イケメンに囲まれている姿は、この3ヶ月ですっかり見慣れてしまった。マリアンヌ様は私たちの1個上なんだけど、特待生の先輩たちからは、触るな危険!と言われている。

 この国の貴族で一番偉い公爵家の令嬢なんだけど、どうやら家族とうまくいっていないらしい。実の父母、それに妹から邪険にされているとか何とか。そんな家族からの仕打ちを嘆いて、周りのイケメンたちが憤る、という展開を何度も見かけた。


「まあ、俺たちには関係ない話だな。それよりもミミの壊滅的な数学を何とかする方が先だ」

「はい先生!よろしくお願いします!」


 気を取り直して、フラムとの勉強を再開する。所詮、関わりのないこと。そのときは、そう思っていた。



※※※



「なに?何か言いなさいよ」

「あの、大丈夫です?」

「大丈夫に見えるの?」

「見えないですね、すいません」


 イケメンたちに囲まれて、何やら怒鳴られて、最終的に突き飛ばされたのを見かけて、思わず手を差し伸べてしまった。

 きゅっと口元に力を入れて、彼女は私の手を取って立ち上がる。失礼します、と声をかけてハンカチで制服の汚れを払ってあげた。


「エリザベス様、どこかお怪我はありませんか?医務室に行かれてはいかがでしょうか」

「どこも怪我なんてしてないわ。大袈裟ね」

「大袈裟じゃないですよ!」


 私が強く否定すると、エリザベス様はくすり、と笑った。エリザベス様はマリアンヌ様の妹だ。例の、マリアンヌ様を虐げている、と噂されている張本人である。

 さっきエリザベス様を突き飛ばした面々は、マリアンヌ様の取り巻きなので、きっと抗議に来たのだろう。家族間のことに口を挟むのはどうかと思うけど。


「貴女、名前は?」

「ミミです」

「そう。そのバッジ、特待生ね。覚えておくわ」


 そう仰って優雅に去っていくエリザベス様を見送る。気高さを背中からも感じるその姿に、「とてもじゃないけど、お姉さんを虐めるような人には見えないんだけどなぁ」と首を傾げるしかなかった。

 そして、覚えておく、という言葉の意味は、寮に帰ってから判明した。私の部屋には、エリザベス様からのお礼の品が届いていたのだ。

 美味しそうなメレンゲ菓子。ひとつ摘んで口に入れると、甘いいちごの香りが口いっぱいに広がった。

 いいことをすれば、回り回って自分の利益になることもあるんだなぁ。勉強の合間に大切に食べよう。



※※※



「あら、ミミじゃない!」

「…エリザベス様、こんにちは」


 あれからさらに3ヶ月ほど経った。何度かエリザベス様をお助けしていたら(といっても、貴族に喧嘩を売るわけにもいかないので、相手が立ち去ってからだけど)、エリザベス様はすっかり私を気に入ってくださったらしい。こんな風に、フランクに話しかけてくださるようになった。

 「同い年なんだから、そんなに畏まらなくてもよろしくてよ」と言われたが、平民には無理な話である。エリザベス様も無理なことはわかっていながらそう仰っていたので、それだけ私を信頼している、ということを暗に伝えてくださったようだ。

 そんな風に、信頼していただいているのは嬉しいけど、こういうタイミングでの呼びかけは止めて欲しい。


「ああ、君がエリーが言っていた特待生の子か」


 第2王子との談笑中に、なんで私の名を呼ぶんですか、エリザベス様!

 内心抗議しつつ、丁寧に頭を下げる。第2王子から「今は公的な場ではないから、そこまで畏まらなくてもいい」と言われ、頭を上げた。

 第2王子、ウォルター殿下は、マリアンヌ様の婚約者である。文武両道をまさに体現したような方で、他人にも自分にも厳しいと評判だ。そして今、学園中に広まっている噂の当事者である。


ーエリザベス様とウォルター殿下が密会している。2人はマリアンヌ様を蔑ろにして、距離を縮めているようだー


 そんな噂が、学園のそこかしこで囁かれているのだ。まさか、課題の息抜きに猫を追って、密会現場に遭遇するとは思わなかった。とても気まずい。


「そうだわ、ミミ。貴女の意見も聞かせて頂戴」

「意見、ですか?」

「ええ、忌憚のない意見が欲しいのよ」


 コロコロと笑ったエリザベスは、ピンっと長い指を立てて、私に語りかけた。


「貴女は宝石の鑑定士だとしましょう。どう見ても本物だけど、実は偽物の宝石があったとする。鑑定士は偽物だと主張するけど、周りは本物だと言って、鑑定士の言うことを信じてくれない。

 鑑定士は、どうしたら周囲の人に、この宝石は偽物なんだとわかってもらえると思う?」

「うーん。そうですね…」


 エリザベス様の指に填められている指輪の宝石を眺めながら、もしかしてパチモノをつかまされて怒っているのかな?と思った。

 貴族も大変だ。


「本物の宝石を見つけ出して、比較するしかないんじゃないですか?」

「やっぱり、そうよねぇ」

「本物がないからこそ、偽物が本物だ!という認識が通ってしまっているということは、本物があれば、偽物だと明らかになるように思いますが…」

「それがね、探しているけど本物の宝石が見つからないのよ」


 はぁ…と困ったように私を見るエリザベス様。素人にそんな意見を求めないでほしい。


「では、偽物が偽物である証拠を探すしかないですね」

「そうよねぇ」


 どうやら、私の意見は目新しいものではなかったようだ。力になれないことを詫びつつ、2人に頭を下げる。


「私の孤児院の院長が言っていましたが、灯台下暗し、だそうですよ。意外と探し物は近くにあるのかもしれないですね。気づいていないだけで」

「灯台下暗し…なるほど」

「それもそうね…殿下、最近は地方ばかり探してましたが、改めて王都を探してみましょう」

「たしかに…王都の捜索は4年前で最後だったしな」


 お二人で真剣な表情で話されているのを見ながら、たしかに声を潜めて話している様は、「密会」で合っている気もするな…と思う。特に色恋には見えないけど。

 私がいるから、色恋の空気を封印しちゃってるだけなのかな?

 とりあえず、ご挨拶をして、その場を離れることにした。



※※※



「何でですか!!」

「里帰りは認められません」

「赤点も取ってませんし、里帰り不許可事由に当てはまることは、何もしてません!」

「自分の行動を振り返りなさい」


 寮長に冷たくあしらわれて、部屋を文字通り追い出された。それを見かけた子たちが、私を見てクスクスと笑っている。

 2年生の夏休み。いつも通り、孤児院に帰省するため、申請をしたところ、却下されてしまった。抗議をしたけど梨の礫。いったい私が何をしたって言うんだ。


 ぷんぷんと怒りながら寮を出て、自習室に行くと、いつも通りフラムが出迎えてくれた。


「ミミ、どうした?顔が怖い」

「帰省却下された!」

「は?お前、赤点取ってないよな?」

「取ってないし、不許可事由のことはなーんにもやってない!

 なのに、自分の行動を振り返れってさ!」

「なんだよそれ」


 フラムが訝しげに私を見る。私がイライラしながら「ありえない」「なんでよ」「理由を言えっての、あのクソ寮長」とぶつぶつ言っていたら、近くにいた3年生の先輩が話しかけてきた。


「ねえ貴女、もしかしてプリズム寮の寮生?」

「そうですけど…」

「もしかして、エリザベス様と仲が良かったりしない?」

「仲が良いかはわかりませんが、お話させていただくことが度々あります」

「…たぶん、それが原因ね」

「え?」


 先輩によると、プリズム寮長はエリザベス様を目の敵にしているのだという。プリズム寮長はマリアンヌ様と親しくて、マリアンヌ様を邪険にし、さらにマリアンヌ様の婚約者であるウォルター殿下と怪しい関係と目されているエリザベス様を苦々しく思っているそうだ。

 そのエリザベス様と親しい私への嫌がらせで、帰省を許可しなかったんだろう、ということらしい。


「あの人、寮長だから先生たちからも信頼されてるし、たぶん抗議をしても煙に巻かれるだけだと思うわ」

「そんな…ひどい…」

「私も何かできることがあれば、してあげたいんだけど…ごめんなさいね」

「いえ、そんな…事情を教えていただき、ありがとうございます」


 頭を下げると、先輩は「頑張ってね」と声をかけて、自習室を出ていった。


「…どうしろっていうのよ」

「お前、エリザベス様と親しくしてたのか…知らなかった」

「だって、エリザベス様、高貴なのにフランクで、素敵な方なんだもん。気づいたら沼にハマってヌクヌクしてた」

「で、今回ばかりは泥沼だったわけか」

「そんな事言わないでよ!エリザベス様のせいじゃないし」

「…しゃーねぇな。お前、帰省できないんだし、孤児院に手紙ぐらい届けてやるよ」

「ほんと!?」

「お前への手紙も受け取ってやる。新学期楽しみに待ってろ」

「ああ…神さまフラム様!」

「大袈裟すぎだろ」


 ニッと笑ったフラムに、後光が差して見えた。



※※※



「これ、アンナに渡して!あとこれと、これも!」

「……そんなにいっぱい運べと?」

「ありがとう!フラム」

「…へいへーい」


 アンナにプレゼントするために買い揃えたアレコレをフラムに渡して見送り、私ははぁ…とため息を付く。せっかくの長期休み、まさか学園にお残りだなんて……!学園にいれば食事はタダだし、図書館にも通い放題だけど、久しぶりにアンナに会えると思ってたのになぁ。

 放課後はもっぱら自習だから、孤児院に一時帰宅することもできなくて、いつも長期休みに帰って親友を堪能してたのに。

 ガックリと肩を落として、トボトボと寮へと戻る。その道すがら、名前を呼ばれて振り返ると、エリザベス様が立っていた。


「エリザベス様!まだお帰りじゃなかったんですね」

「ミミ…私の事情に巻き込んで、ごめんなさいね」


 軽く頭を下げたエリザベス様にギョッとする。慌てて「お止めください!」と叫ぶと、エリザベス様はゆっくりと頭を上げた。


「…そこで少し、話せないかしら」

「もちろん!」


 木陰のベンチを指さされたので、コクコクと頷く。ゆっくりと優雅に腰掛けたエリザベス様は、さらさらの金髪をするりと耳にかけて、困ったように笑った。


「何から話せばいいかしら…」


 そう言いながら、どこか遠くを眺めているエリザベス様。儚げで消えてしまいそうで、私はそんなお姿を、静かに見つめることしかできなかった。


「私には姉がいるの」

「マリアンヌ様ですね」

「…そうね、名前は合ってるわ。でも、違うのよ」

「違う…?」

「お姉様は、ある日突然、お姉様じゃなくなったの。今いるのは、偽物よ」

「偽物、ですか?」


 私が首を傾げると、エリザベス様は苦く笑った。


「…今から7年近く前のことよ。王都の視察を終えて帰ってこられたお姉様は、そのまま倒れて寝込んでしまったの。幼い私は、お姉様の部屋の前で、必死に良くなるよう祈っていたわ。

 そんな思いが通じたのか、お姉様が快方に向かったと聞いて、本当に安心したの。お姉様が目が覚めたと聞いて、家族でお姉様を見舞ったわ。

 …そしたら、そこにはお姉様じゃない誰かがいたの」

「そんなこと、あるんですか…?」

「最初は、窶れられただけなのかもしれないと思ったわ。医者が言うには、記憶も混濁していて、過去のことが曖昧になってるって。だから、お姉様に思えなかったのかもしれない。そう思おうとしたの。

 …でも、やっぱりどこか違うのよ。私には、目の前にいるのはお姉様によく似た別人としか思えなかった」

「エリザベス様……」


 ぐっと膝の上で手を握りしめたエリザベス様は、視線を落として話を続けた。


「そう思ったのは、私だけじゃなかった。お父様もお母様も、違和感を覚えたの。この子は自分の子どもじゃないって。

 だから、私たちは聞いたわ。お姉様に成りすましている誰かに。


『あなたは誰?』


って。そしたら、取り乱して。錯乱状態になったのよ。

 医者が飛んできて、記憶障害の幼い子どもに、何てことを言うのかと憤って私たちを部屋から追い出した。…それからは、もうひどいことになったわ」


 姉じゃないとしか思えない誰かを、姉として扱えなかったこと。両親も自分の子どもじゃない誰かに対して、これまで通りの愛情を注げなくなったこと。

 そして、本物の姉を探して手を尽くしたこと。

 そうこうしていたら、年齢も年齢なので、仕方なく例の姉をお茶会に出席させたこと。すると例の姉は、自分は邪険にされてるとさまざまなところで言いふらし、自分たち家族を貶めるようになったこと。


 そこまでポツリポツリと言葉を紡いでいたエリザベス様は、すう…と一呼吸置いて、また口を開いた。


「ウォルター殿下とお姉様は、相思相愛の仲だったわ。そんなウォルター殿下も、病気後に久しぶりに会った例の姉を見て、私にひっそりと声をかけてきたの。


『アレは誰だ』って。


 ウォルター殿下から見ても、アレは姉じゃなかった。でも、見た目は姉そっくりだったし、医者や視察の日に同行したメイド、執事、全員がアレは姉だと言うのよ。

 …私たち家族は、家族を家族ではない扱いをするひどい家族だと言われたわ。今も、社交界では笑いものよ。

 だから、ウォルター殿下には表面上、アレを受け入れているよう、見せてもらってるの。下手に殿下に悪評をつけるわけにはいかないもの」


 でも、でもね……。


「姉じゃない人を、姉に成りすましている人を、受け入れるなんて、私にはできないわ!」


 絞り出すような声でそう叫び、ワッと手で顔を覆って肩を震わせているエリザベス様。

 そうか、マリアンヌ様を邪険にしているという話は、ここから来てるんだ。ウォルター殿下との密会の噂も。でも、エリザベス様と殿下は、ただただ、愛する人を探し出そうと、取り戻そうとしているだけなんだ。

 いつか、本物のマリアンヌ様が見つかることを祈ろう。


「話してくださって、ありがとうございます」


 私はエリザベス様の膝に手をおいて、そっと声をかけた。ハンカチを渡すと、そっと涙を拭い、震える声で私に告げる。


「ミミには、悪かったと思っているわ。私の評判が悪いから、巻き込んでしまって……。

 本当にごめんなさい」

「そんなこと仰っしゃらないでください!恐れ多いことですが、私はエリザベス様を友だと思ってます。友に巻き込まれるなら、本望です!」


 そう力強く宣言したら、エリザベス様はやっと、ホッとしたように小さく笑ってくれた。その笑顔が、なぜか懐かしく思えて首を傾げていると、涙を拭い終えたエリザベス様が静かに立ち上がった。


「ミミ、このハンカチは洗って返すわね」

「いえ、このまま返していただいて大丈夫ですよ!すぐに洗いますから」

「それじゃあ、私の気が済まないわ。こんな見事な刺繍が……ミミ、これは何の刺繍なの?」

「猫だそうです」

「猫?これが?」

「はい、孤児院にいる親友が刺してくれたんです!」


 アンナはあんなに勉強ができるのに、刺繍の腕は全く無い。というか、芸術関係の能力がほぼ0なのだ。でも、親友が刺してくれたというだけで私には金貨以上の価値がある。

 胸を張って、グチャグチャの線にしか見えない猫の刺繍ハンカチを自慢すると、エリザベス様は目をパチクリさせて私を見てきた。


「ミミ、貴女、孤児院に親友がいるのね」

「はい、とっても美人で優しい親友です!…ああ、そういえば、笑った顔が何処となくエリザベス様に似てますね」

「私に?」

「はい、アンナも金髪碧眼ですし、似てます」

「…その方、いつから孤児院に?」

「私が10歳ぐらいのときからです。たぶん、私と同じ年頃ですね。正しい年齢はわかりませんが」


 私がそう答えると、エリザベス様は目を見開いた。


「ルーロック孤児院でミミと同年代の金髪碧眼の少女…?そんな子、報告書には記載されてなかったはず」

「報告書?」

「…気分を悪くしたら申し訳ないのだけど、私と親しくなったときに、ミミの身辺調査が行われたの。そのとき、ルーロック孤児院についても調査されていて、報告書には孤児院にいる子どもも記載されていたわ。

 そう、そうよ、金髪碧眼でこの年頃の娘なんて、どこにも書かれてなかったはずだわ」

「でも、ルーロック孤児院にはアンナがいますよ、本当です」

「ええ、ええ、そうでしょうとも。ミミを疑ってはいないわ。…報告書に抜けがあったか、わざと省かれたとしか思えない。

 …ミミ!!」


 突然名前を強く言われてビクッとしたら、エリザベス様にギュッと抱きしめられた。突然のことに戸惑いつつ、エリザベス様のお胸の柔らかさと華やかな香りを味わう。


「ありがとう!貴女のおかげよ!」


 また会いに来るわ!と言って、エリザベス様は颯爽と去っていった。

 私はしばらく呆然と立ち尽くしていたけど、虫が顔にくっついたので、払い除けてようやくノロノロと動き出す。

 なんか、よくわからないけど疲れた…今日はもう寝よう。昼寝だ、昼寝。




※※※



「……アンナ?」

「ミミ」


 小さく囁くように発せられた声に、私は全身に何かが巡ったような、ざわっとした感覚が走った。とても綺麗な服を着て、椅子に腰掛けて微笑むアンナを、勢いよく抱きしめる。


「アンナ!アンナ!喋れるようになったんだね!

 なんて可愛い声!」

「ずっと、ミミと話したかったのよ」

「!アンナ…!」


 またぎゅうっとアンナを抱きしめると、後ろから咳払いが聞こえた。ハッとして慌ててアンナから離れると、後ろのナイスミドルに頭を下げる。


「連れてきてくださり、ありがとうございます学園長」

「いや、我が娘の親友を招くことができて、私も幸せだ」


 そう笑うナイスミドルは、アンナ…マリアンヌの父親。そして、私を公爵家の屋敷まで連れてきた張本人である。







 夏休みが始まって2週間が過ぎた。私は、何も考えないように、自習に没頭する日々を過ごしていた。そんなある日、学園長室に呼び出され、あれよあれよと言う間に学園長権限で外出を許可され、そのままこの屋敷に連れてこられたのだ。


「あの、一体どういうことなんですか?…あ、私が聞かない方が良いことでしたら、ご放念ください」

「いや、君はマリアンヌを見つけるきっかけを作った恩人だ。陛下からも、ある程度は話して良いと言われている。

 そこのソファに掛けなさい」


 指示されるがままに、ソファに腰掛けると、学園長は静かに語りだした。


 まず、私の親友アンナは、エリザベス様の姉である本物のマリアンヌ様であること。それは、この間のエリザベス様の反応で、可能性として挙がっていた。とはいえ、五分五分ぐらいの気持ちだったから、まさか本当にアンナがマリアンヌ様だったなんて、と驚きが隠せない。

 マリアンヌ様は視察帰りに同行していた使用人の裏切りに遭い、路地裏に放置された。もし、名乗り出れば家族を殺すと言われて。

 おそらく、人を殺す度胸はなかったので、置き去りにしたのだろう。

 信頼していた使用人による犯行だったので、屋敷内であればたしかに、家族に危害を加えることができるだろうと思い、アンナは誰にも言えなかったそうだ。また、裏切られたショックから、一時期声が出なくなってしまった。その状態で彷徨い、孤児院にたどり着いたらしい。


 公爵家のお嬢様が、そんなことになるなんて思いもしなかっただろうし、どれだけ心細かっただろう。


 当時のアンナの気持ちを考えると、胸が苦しくなる。

 そして、アンナは一時期声が出なかったが、1年もすると声が出るようになったらしい。だが、声が出ると色々事情を聞かれるだろうし、周囲を巻き込む可能性もあると考え、そのまま声が出ないフリをしていたとのこと。

 騙してごめんなさい、とアンナに謝られたが、寧ろ私達を守ってくれてありがとう、と伝えておいた。


 一方、裏切った使用人たちは、アンナそっくりの子どもを替え玉として用意し、マリアンヌとして過ごさせた。目的はお家乗っ取りとのこと。マリアンヌが婿をとって公爵家を継ぐことが決まっていたので、偽物に公爵家を継がせて財産やら何やらを好き勝手に使う予定だったようだ。

 あのマリアンヌ様とアンナ、ぜんぜん似てないのに…と首を傾げたら、学園長は、幼い頃は似ていたが、成長するにつれて顔が変わったんだろう、と語った。父親の言葉は説得力が違う。


 そして、エリザベス様の言うように、学園長は本物のマリアンヌを探して色んなところに人を派遣してた。でも、アンナは自分の存在がバレると家族に危害が加えられるから、と調査員らしき人を見かけたら、避けるようにしていたらしい。

 その中には、本物のマリアンヌを探すウォルター殿下も含まれていた。自分を探してくれていることは嬉しかったが、見つかるわけにはいかなかったので、隠れるしかなかったのだという。

 そうして、日々を過ごしていたら、突然ウォルター殿下が孤児院に現れたらしい。


「ついに、見つかってしまったの。でも、エリザベスとお父様が使用人の洗い出しをして、置き去り当日の同行者と、屋敷内の裏切り者はすべて確保しているから、と言われて……。

 私、安心して泣いちゃって」


 そりゃそうだろう。10歳の女の子が脅されて家族と離れ離れになって。これまでの裕福な暮らしから、突然貧乏な孤児院生活だ。どれだけ苦しくて辛い日々だったんだろう。

 やっと、王子様が迎えに来て、アンナの悪夢が終わったのだ。


「本当に、本当に良かった…家族のもとに戻れて、良かったね、アンナ…あ、マリアンヌがいいのかな」

「アンナでいいわ。アンナは、家族が呼ぶ愛称なの。ミミには、アンナって呼んでほしい」


 そう言ってにっこりと笑うアンナの顔には、一切の陰りはなかった。



※※※



 あの怒涛の夏休みから1年が過ぎた。私やフラム、エリザベス様は最終学年になり、穏やかな毎日を送っている。

 フラムはなんと、私からの手紙やプレゼントをアンナに渡しているときに、ウォルター殿下がアンナを迎えに来たらしい。睨まれて大変だった…と遠い目をしていた。

 エリザベス様は張り詰めていた空気が和らぎ、でも相変わらずの気品で周囲を圧倒している。


 公爵家で起きていた成りすましとお家乗っ取り事件は、世間を揺るがし、学園でも話題になった。偽マリアンヌ様の取り巻きだった面々は小さくなって過ごしているし、エリザベス様に対して何度も謝罪する姿を見かけた。

 でも、あのエリザベス様を突き飛ばしたりと一番危害を加えていた中心人物の姿が見えなくて首を傾げたら、フラムがコソっと「成りすまし事件の主犯の家として、父親の連座だ」と言っていた。噂によると、本人も成りすましに協力していたらしいが、どこまで本当かはわからない。

 偽マリアンヌ様は「こんなはずじゃなかったのに!」「私は転生してマリアンヌになったのよ!」「逆ハーレムルートが!」とか叫んでいたそうだ。何を言ってるのかよくわからない。気が触れたフリをしているんだろう、ということで、刑が執行された。


 ようやく家族のもとに戻れたアンナは、自宅学習中だ。ものすごいスピードで跡取り教育を修得しているものの、これから学園に通うのは難しいので来年、隣国に1年留学予定らしい。

 ウォルター殿下は足繁く公爵家に通い、アンナとの時間を噛み締めているようだ。エリザベス様によると、離れていた分、愛はより一層燃え上がっているらしい。


 そして、私はというと、実は来年から、アンナ付きの侍女として、公爵家で雇ってもらえることになった。アンナの留学にも同行予定だ。

 ついでに、フラムも公爵家に仕えることになった。フラムはああ見えて、貴族を抑えて学年首席の秀才なのである。私経由でのヘッドハンティングだ。


「お前さ、鈍すぎるよな」

「何が?」

「特待生仲間だからって、毎回毎回自習手伝うなんて、下心があるとは思わなかったのかよ」

「はい?」

「就職先まで合わせたんだから、少しは気づけ」


 卒業式の日。そんなことをフラムに言われて、ようやく気づくぐらいには私はポンコツで鈍ちんだ。

 まさか、こんなことになるとは思わなかったけど、終わりよければ全てよし、である。






拙い文章ですが、最後までお読みいただき、ありがとうございました!


本作品を別視点から見た

「わたしは誰?」

https://ncode.syosetu.com/n6485jd/

も投稿しましたので、よろしければご覧ください。


「アルとメリアの怪異奇譚」

https://ncode.syosetu.com/n7610jc/

「阿本くま」名義で、もちまるさんと共著連載中です。こちらもぜひ、お読みください!

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― 新着の感想 ―
[一言] 別視点からのお話も読みました。 短いながらもすごくよくまとまっていて、充実感がありました!どちらの視点からでも違和感がなくてすごいと思いました。楽しく読ませていただきました。
[良い点] ほのぼのしててとっても良いお話でした。 いやお家乗っ取りで犯人は処刑間違いなしなのでほのぼのはしてないのかな、いやでもお話読後感はほのぼの…。 相手が王太子ならアンナが王妃になってエリザベ…
2024/06/15 04:54 退会済み
管理
[良い点] フラムが可愛かったです!よかったね!
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