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#5 変身

 車に揺られ続けること二十分ほど。ようやく、市の北端が近づいてくる。

「こっち来るんは、久しぶりじゃな」

「盗賊の襲撃は南や西が多いからなぁ。オレはたまに新人の訓練でこっち来るけど」

 ベクターの言う「盗賊」とは「メモリ盗賊」のことを指す。他人のデータ目当てに無差別な襲撃をする奴らのことだ。街の外や交易路では、そういった連中の襲撃に遭った誰かが行方不明になることは珍しくもない。

 だが、街の北側で被害が出ることはかなり珍しい……というより、ほぼゼロだった。

 センダイ市はアルカディアの中でもかなり北の方にあるエリアだ。ここより北には敵対するような勢力も、盗賊が狙うような交易路もない。

「……嫌な予感がするな」

「そーだなぁ。盗賊団が北に住み着きでもしたのか?」

「もしくは、もっと面倒な奴らか。音楽隊も同一教も消えて、三日月の黎明も崩壊した。一時期に比べればだいぶ落ち着いてきたが、逆に言えば対抗馬が減ったってことでもある」

「ヤベー奴らが新規に居付くなら今、ってことか。嫌になるなぁ……」

 色々と可能性を頭に浮かべてみるが、窓の外の景色は沈黙を続けるばかりでヒントの一つもくれやしない。もんもんとした気分が晴れないまま、目的地のイズミへたどり着く。人っ子一人も見えない静かな街……のはずなのだが、路地の外れに何やら動くものが見える。

 駅と一体になったショッピングモールの前で、ベクターは路上に車を停めた。

「……ったく、スパイダーだ。ヴォイドくん、頼んでいいか?」

「了解だ」


 スライド式のドアを開いて車から飛び出すと、路地の隅からキューブ状の何かが飛んでくる。回し蹴りで側面を蹴り飛ばすと、キューブは甲高い声を発して地面に転がった。

「キシャァァァッ! フーッ!」

「げんた誰ごす。ごはんの時間です?危険なりぃぽあされファファファ~」

「ぎゅいぃぃん。ぴぴぴ。ぷるぷる。ぷるる」

 狂ったレコードのように無茶苦茶な音声を吐き散らしながら、ヴォイドの周囲に次々とキューブが集まってくる。

 キューブの正体は、顔だ。雑なマンガのようなT字型の目と一文字の口。下の方には五本の指が生えていて、それを脚代わりにカサカサと動き回る。スパイダーとは良く言ったものだ。あれではただ死んでいないだけ、もはや人間としての自我も残っていない。

「……相変わらず騒がしい奴らだな。すぐ楽にしてやる」

 ヴォイドが空中に手を翳すと、その先の空間にノイズが走り、荷物に入っていたはずの薙刀が現れる。白い柄を握ってぐるりと振り回すと、指先にわずかに電流が走る。

 フロートの新作である「呼び寄せ」トリガー……まだ少し動作が不安定だ。

 エラーが落ち着くまで体術でスパイダーたちを往なし、指先の痺れが薄くなる瞬間を狙ってキューブへ刃を突き立てる。もともと持っているメモリが少ないだけあって、刃が触れた瞬間に四角い生首たちは真っ白なマネキンに変わってしまう。

 十体ほどの群れだったが、一分と経たずに片付いた。


 マネキンの頭部を歩道に退けながら、遅れて降りてきた二人に首を横に振る。

「知っている顔はいなかったと思う。一応スキャンしてくれ」

「あいよ。さすがに新入りでもスパイダーに負けることはねぇだろうがな。……それはそうと、それ、複合トリガーか?」

 ホログラムを白いさらし首に向けながら、ベクターはヴォイドの薙刀を指さす。

 確かに傍から見れば薙刀にメモリーバイターと呼び寄せの二つのトリガーが組み込まれているように見えるだろうが、実際はそういうわけではない。ヴォイドは首を横に振ると、薙刀の刃と柄の継ぎ目のボルトを指さす。

「いや、薙刀を刃と柄の二つのデータに分割して、それぞれにトリガーを割り振っているだけだ」

「刃が『メモリーバイター』で柄が『呼び寄せ』か。相変わらずフロートちゃんは良いもん作るなぁ。安全性の方は?」

「まだ呼び寄せた後が少々不安定だ。危険なラインを超えるほどじゃないが、接合部のノイズが酷いのと、たまにお互いのトリガーが干渉して動作が怪しくなる。帰ったら調整してもらわないとな」

「うーん、便利そうなんだが、そのラインってのがオレらには分かんねーからなぁ。しゃーねぇ、完成まで楽しみに待つか。

 よし、こいつが最後……やっぱり違うな。ウチの奴じゃねぇ」

「ということは、また別の場所か……」

 スパイダーたちが消えて静かになった駅前を、ヴォイドはじっくりと見渡す。

 三つのビルでコの字型に囲われた二層の駅前広場に人の姿はなく、街の中心部ではうざったく感じるほどだったホログラムもこちらには一つたりとも見られない。そこにあるのは息が詰まりそうなほどの静寂に包まれた、無人の街だ。しかし、この街は荒廃などしていない。建物が荒れ果てるどころか、道端には塵一つ見当たらない。あらゆるシャッターが閉まった駅前の景色は、人が去ったというよりも、むしろ全てが作られたばかりの新品の街といった印象だった。


 ここは市民から「郊外」と呼ばれる場所だ。

 街の形は保っているが、外観だけで中身はほとんど機能していない。ここまでインフラを伸ばせるほどセンダイという都市は裕福ではないのだ。処理能力は都市の中央に集中させ、郊外は外敵を迎え撃つ戦場かつ万が一の時のための避難所という扱いになっている。こんなところに防衛隊以外の人がいるとしたら、相当な捻くれ者か、歓迎されない部外者だけだ。どのみち碌な奴じゃない。


「……新人が心配か、ベクター?」

「まぁな。あいつ、南部戦線から逃げ延びてきた奴なんだよ。落ち着いているように見えるが、あの目を見りゃわかる。大切なものを全部セントラルにぐちゃぐちゃにされてきたんだろう。ちゃんと見ててやらねぇと壊れちまうような、そんな気がするんだ」

 この手の話に関しては、ベクターの勘はよく当たる。そして新入りを助けるためならいくらでもその身をすり減らす。その情熱は新人の教育係という役目を抜きにしても異様なほどに思えた。

「こんな過剰戦力でお迎えに行くのも、お前の勘が理由か?」

「悪いな。あとで何か奢る」

「んじゃ、『芭蕉』の芋餡団子を二人分で。お前の世話焼きも相変わらずだな」

「どうかな。そんな境遇に心当たりがあるだけかもしれない」

「……二人とも、急ぐんじゃなかったんか? こっちは準備できとるけぇ」

「おっと悪い、ダブルちゃん。今行く」

 二人がスパイダーの身元確認をしているうちにダブルがキャビネットの荷物を開けていた。

 ベクターに太刀を渡し、彼女も得物の雌雄剣を腰のベルトに掛ける。どちらも純白の刀身を持つ、メモリーバイターを仕込んだ武器だ。


 しばらく辺りのマップを見つめていたベクターは、チェスのポーンのようなものをホログラムの上に三つ並べ、周囲を指さしながら指示を出す。

「最後に連絡が取れたのはこの辺りだ。駅を中心に、三人で手分けして探そう。オレはデッキの上を探してから西側を、ダブルちゃんは下層の広場を見てから東側を調べる。ヴォイドくんは壁抜けで駅ビルの中を探してから北に向かってくれ。

 何かあったら、即座に連絡しろよ? 特にヴォイドくん」

「わかってる。そっちも、ちゃんと連絡はよこせ」

「了解じゃ」

 銃声が響き、旋風と共にベクターの姿が消える。髪を乱されて不機嫌そうにしながらダブルも下層のロータリーへと歩いていった。

 二人と別れて、ヴォイドはコの字型のビルへと足を進める。

 ビルは外観を見る限りでは鉄筋コンクリートによるオーソドックスな作りに思えた。それほど複雑そうな構造はしていないし、柱や配管の位置はある程度予想が付く。壁抜け中に足場として使える場所も多そうだ。

 トリガーを起動し、彼はビルの壁に右手を伸ばす。


 ジジジッ。


 壁に触れる寸前で彼は手を止めた。

 ピリッと肌がひりつくような感覚……以前も感じたことがある、データクラッシュの兆候……。


「……⁉」

 咄嗟に背後を振り返ると同時に、真っ黒な一撃が飛んできた。

 間一髪でそれを避けて、大きく後ろに飛び退く。追撃の薙ぎ払いを飛び越え、空中で一回転して体勢を立て直す。薙刀を構え直し、ヴォイドは襲ってきた何者かを睨み、驚いたように目を見開いた。


 目の前に立つ、巨大な影。

 そのシルエットを見上げて、彼が最初に抱いた印象は「巨大なザリガニ」だった。

 四つん這いの姿勢でも、ヴォイドよりずっと背が高い。複数の細い脚ででっぷりとした胴を支え、橋脚のように太い一対の腕を振り上げる。巨体に似合わぬ速さで振り下ろされる腕を横に躱して、ヴォイドは二人に通信を繋ぐ。

「おい、ベクター。探している迷子野郎は川辺の甲殻類みたいな見た目しているのか?」

『いいや、最後に見た時にはちゃんと人の形をしてた』

 叩きつけから派生した薙ぎ払いを飛び越え、空中から相手の姿を見下ろす。

 ヴォイドの第一印象は、半分当たって、半分間違っていた。確かに全体のシルエットはザリガニが一番近い。しかしよく細部を観察してみると、所々に異質な物が見える。人間の腕に似た形の四対の脚、ワニ口クリップのような形状のハサミ、全身に纏わりつく黒い電線に、体のあちらこちらから生える無数のコンデンサとトランジスタ、そしてそれらを包み纏めながら、胴体を甲羅のように覆う黒いノイズ……その姿はもはや生物とは呼び難い。

 それはザリガニの形をしたノイズの怪物だった。

「くそ、なんだコイツは……」

 未知の怪物を前に、鼓動がバクバクと音を鳴らす。

 こいつはヤバい。痺れるような殺気を感じるが、その気配があまりに異質過ぎて、動きが読めない。


【…………ゴポッ……】


 怪物はハサミを開き、こちらに掴みかかってくる。

 大きく開かれたギザギザの口。深淵が広がっているように思える漆黒の中心で、人間の頭くらいの目玉がじっとこちらを見据えていた。視線はこちらを向いているが、その目はヴォイドを視ていない。まるで体のその奥に眠る何かを狙っているように思えて、思わず怯む。

 その一瞬で反応が遅れた。

 回避は間に合わない。ヴォイドは薙刀を突き出し、ハサミを受け止める。


 ガギャン。


 聞いたことのないくらい硬い音を発して、薙刀が異様な力で弾かれる。飲み込まれこそしなかったものの、ヴォイドは大きく後ろに吹き飛ばされた。

『ヴォイドくん、いったん下がれ!』

 声と共に、一つの銃声が鳴り響いた。

 ヴォイドを庇うように、大量の物が飛んでくる。椅子や机、バス停、看板、信号機まで、さまざまな物体が飛んできてはザリガニ型の怪物に突撃する。ポルターガイストを腹に喰らった怪物は吹き飛ぶことはなく、逆に机が飛んできた方に引き寄せられる。

 飛び道具を追いかけるように、ベクターが現れた。

 彼は地面すれすれを凄まじい速度で滑空しながら刀を引き抜くと、迫り来るザリガニの胴に刃を叩きつける。しかし、彼の刃は黒い甲羅には通らない。乾いた音と共に刀は弾かれ、ベクターは大きくのけぞり隙を晒す。

『うぉっ⁉ 何だ、この硬さ⁉』

「……ダブル、フォローを頼む!」

『わかった』

 もう一つの銃声と共に、ヴォイドの視界の端で人影が動いた。

 ダブルが突如としてノイズに包まれ、その姿が二つに分裂する。二人の女性はまるで鏡写しのように息の合った動きで、雌雄剣の片割れをそれぞれ分かち合い、黒い怪物へと疾走する。

 一人が甲殻の叩きつけからベクターを庇い、もう一人が甲羅の継ぎ目に剣を叩きつける。刃はあっけなく弾かれるものの、彼女の動きは止まらない。刃先を返して、構え、身を捩る。白い剣閃は流れるように、そして的確に甲殻類の関節をなぞる。舞踏のようなその動きから一歩前へ踏み出すと、再び彼女の姿がノイズに包まれ、分裂した二人の姿が一つに戻った。迫る甲羅の叩きつけを両手の剣で受け流し、彼女は背後まで迫ったヴォイドに呟く。

「今じゃ」

「わかってる」

 ダブルがまた二人に分かれ、合わせた手を押し合ってヴォイドに道を譲る。二人の間、彼女たちのトリガーが発したノイズを煙幕代わりにヴォイドは大きく踏み込む。左手を添えて長柄を水平に構え、突進の勢いを乗せて、渾身の突きを叩きこむ。


 ギャリッ。


 手応えはない。

 硬い音と共に刃は弾かれ、ヴォイドは再び距離をとる。

「どうなってやがる……」

 傷一つつかない化け物を前に、ヴォイドは薙刀を構え直した。



挿絵(By みてみん)

・防衛隊新人隊員のメモ:「メモリーバイター」

特殊な初期型トリガーの一種、およびそれを装着した武器の総称。開発者不明。

物体を相手に食い込ませて、重なった部分から相手のメモリを奪う。奪ったメモリは一時的に武器へ貯蓄され、メモリの初期化権限を持つ人物がフォーマットすることで自分のものにできる。発射後に回収不可な飛び道具には適用できない。

初期型トリガーの中でも特に複雑なものの一つで、改造することはおろか、動作の全貌を理解している者すらほとんどいない。装着時に武器が白化する原因も不明。

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