兄編
高校の監督から推薦をもらったとき
千兄とバレーをしている
知らない女の子
12…24…
カチ
「黒川一星です。好きな食べ物は焼きそば、好きなスポーツはバスケです。よろしくお願いします」
自己紹介を終えて適当にお辞儀したあと、かすかな拍手にヒソヒソ話が混じり聞こえてきた。
《もう話せるともだちができたのか…いや部活で知り合ったのかも》そんなことを考えながら教壇を降りる。
「なんだよ黒、あの淋しい自己紹介は」
席に着くと後ろから声をかけてきた。木村だ。
「そうだぞ、しかも好きなスポーツがバスケってなんじゃ、俺たちにはバレーがあるじゃろ」
木村の隣に座るもう一人の木村も小声でつっこむ。
「”好き”と”できる”は違うから」
そう答えながら、通学用兼、部活用のリュックサックの中を漁る。
クラスメイトの自己紹介を聞き流しながら、あんぱんを探す。なかなか見つからない。水筒、教科書、プロテイン用のボトル、タオル、ノート…。今はこれらが自分の行手を阻む存在にしか見えない。
《"バレーがある"…か。自分の場合、"バレーしかない"が正しいな》そう思いながら目当てのものを見つけると、袋をバッと開封し、パンにかじりついた。
勉強もバレーも好きじゃない。小学生のころから勉強の出来は悪かった。やんちゃしていたわけではない。
ただ、授業を聞かなかったり宿題をやらなかっただけ。バレーをしていたから。バレーが大好きだった。トス、アタック、レシーブ、ボールの感触、バレーコート、試合中の熱気までもが好きだった。
でもある日突然バレーを嫌いになった。本当に突然だった。今でもわからない。なぜバレーをやめようと考えるようになったのか。
そして、自分の中に存在する空白の期間について…
全員の自己紹介が終ると同時にチャイムが校内に鳴り響く。
担任が授業終わりの挨拶をしたあと、男子は体操服に着替えようとその場で制服を脱ぎ始めた。当然女子は教室から退散する。次の授業は体育、バレーだ。
木村たちは誰よりも早く着替えを済ませ、大はしゃぎで教室を飛び出していった。廊下にこだまする彼らの足音を聞いていると、小学生のころの自分を思い出すようだった。