由香ちゃんの幽体離脱
朝から体が熱っぽく保育園を休んだ鹿目由香ちゃん。お母さんも仕事を休み一緒に病院に行きました。お医者さんの診断はインフルエンザ。ちょっと苦いお薬を飲むように言われましたが、お注射は無かったので良かったね。由香ちゃん。
日中に咳や熱は出ず体調は割と良いようで…。お母さんから
「お昼寝しておきなさい」
と言わているのに、お母さんが家事をしている間は言いつけを守らずにこっそりテレビを見たり、お絵かきしたり、ぬいぐるみで遊んでいます。由香ちゃん大丈夫かな?
すると夕方になると由香ちゃんの体温が上がり少し体が辛くなってきた模様。でも由香ちゃんはある事に気が付きます。なんと魔法が使えるようになったのです!
それは物の大きさや時間の長さを由香ちゃんの思い通りに変える事ができる魔法のようです。由香ちゃんのベッドから向かいの壁までの距離は普段であれば1mぐらい。
でも…あら不思議!
由香ちゃんが薄目を開けつつ、眼球を後方にひっぱりながら呼吸を速く浅くすると、壁がどんどん遠ざかって10mも奥まで移動してしまったのです!
由香ちゃんは楽しかったのか、そのまま3畳程しか無かった由香ちゃんのお部屋を保育園の教室のような大きなサイズに変えます。続けて時計の秒針に意識を向けると時計の秒針がぐるんぐるんと高速で回り、あっという間に30分も時間が進んでしまいます。お母さんが鍵を開けて部屋に入って来た時にもお母さんの頭がリビングの50Vの液晶テレビぐらいの大きさになっていて由香ちゃんは大爆笑。
お母さんは
「ママの顔見て笑うなんてひどいわね。甘いシロップのお薬…ちゃんと飲んでね。」
と微笑んで言ってくれています。おでこのタオルを交換してくれたお母さんの頭はバカでかいけどいつも小言ばかりでうるさいお母さんと違って、優しいお母さんで良かったね。由香ちゃん。
夜になると由香ちゃんの体温がドンドン上がり汗を相当にかき、体を動かすのも億劫になっているようです。でも一方で由香ちゃんは魔法をより進化させているようで存外に楽しめているようです。由香ちゃんの周りには24色クレヨンやぬいぐるみ、洋服が踊り、庭で飼っている犬が
「由香ちゃん、今日はずっと家にいたよね?」
「風邪ひいちゃったの?大丈夫?」
「明日のご飯は僕もお肉が食べたいな~」
と話しかけてきて、由香ちゃんと取り留めの無いおしゃべりをします。遠くにいるはずの大好きなおじいちゃんとおばあちゃんも由香ちゃんの手を握って微笑みかけています。
ふと由香ちゃんは憧れの大魔法を思い出しました。
それは幽体離脱!
何のTV番組で見たかは忘れちゃったみたいですが、自由に空を飛び回れるという体験者の話に目を輝かせて聞き入っていました。由香ちゃんも今なら使えると思ったのか、深く意識を集中させています。
由香ちゃんの周りにいたクレヨンやぬいぐるみ、洋服、おじいちゃん、おばあちゃんは掻き消え、昼のように明るかった部屋が漆黒の暗闇に戻ります。
すると…何という事でしょう!
徐々に体がベッドの中に沈み込んでいく感覚。しかし反対に視界は上方に浮かび上がっていきます。体の感覚が下に下に沈んでいく程に、視界が上に上にと浮かび上がっていきます。由香ちゃんはその不思議な違和感が楽しかったのか、天井の手前で一瞬悩んだように見えましたが一気に天井を抜け、屋根を越え、上空へ20m程も浮かび上がりました。
夜。しかも高所からの視界。本来であれば怖がりの由香ちゃんには耐えられないでしょうが、体が沈んでいると感じていたせいか恐怖はあまり感じなかったようです。時刻は深夜12時00分。それにも関わらず空には何故か明るい満月。ふたご座流星群が降り注ぎ星が瞬いています。地上の方も家々の明かりがあちこち点いており由香ちゃんを安心させたようです。
由香ちゃんはこれまで夜7時より遅くにお外に出た事がありません。保育園の絵本で読んだ物語
(昼間は人間が生活していて、夜はお化けや幽霊といった怖い存在が町を支配している)
という話を信じていました。でも初めて見た夜の町はそのような怖い存在なんていません。それどころか流星が綺麗で、吸い込んだ冷たい空気も心なしか美味しいようです。夜は怖くないと分かったからか夜の保育園に行ってみたくなったようです。
…でも残念。真上の方向には浮かび上がれましたが、頑張っても横に進めないようなのです。由香ちゃんは保育園に行く事を諦めて幽体離脱の魔法を解いて部屋に戻ろうとします。
「由香ちゃん」
【私】は由香ちゃんに声をかけます。空中にいる由香ちゃんは驚いた様子で【私】の方に振り返ります。【私】は由香ちゃんに近寄り言います。
「しんどかったよね?おじいちゃんとおばあちゃんが待ってるし、明日にはお母さんも来るから行こう」
【私】は由香ちゃんを天の星々の元に送ります。最期に嘘を吐いてしまったことに【私】は少し胸を痛くします。そしてそのまま由香ちゃんのお母さんの横についたのです。