三話
あの後、昼休み中に残っていた文字を消して残りの授業を受けた。
放課後
「しっかし、あいつらの手先がどこまで迫ってんのかが分かんないよなぁ」
日真里は腕を組みながら悩んでいる。
「陰湿だし、頭悪いから最悪なパターンだね。ほんとやだ、マジきもい、許せない」
綾香は怒り込み上げすぎて語彙が消えてうせているようだ。
帰り道をトボトボと帰る。
今までだったら楽しい会話ばかりが続いていたのに、今はいじめの話で繋がっている。
はぁ、とため息を吐く。
「そういえば、詩音の姉さん今日は帰ってきてるのか?」
日真里がこちらに話を投げかける。
あぁ、そうだ。今日いるんだった……。
「今日帰ってくるってこと忘れてた……。」
はぁ、と二度目のため息が小さくでる。
三度目も出そう……。
何故嫌なのか。それは一つしかない……、嘘。二つある。
一つ目、姉は大きな会社の社長を務めている。帰ってきた時はいつも上々な結果を、いわゆる戦果を自慢げに話すのだ。
そして私に言う。お前も今までよりもっと勉強し、規則正しい生活を送り、大手の企業ぐらいには就職できるようにしとけ、と。
うるせぇ!わかってんだよ!と口を悪くして叫んで暴れたくなるほど、その言い方がうざいのだ。
自分が頭が良いからって人を見下す姿勢、その性格が嫌いだ。
喧嘩の時も、私の方が正しいという時があった。そんな時も認めずに、認めたとしても、だから何、それで上に立ったつもり?と言ったように蔑んだ目をこちらに向けてくるのだ。
態度全てが気に入らない。
二つ目は、姉が戦果を話すことによって父と母が私と姉を比べるのだ。
姉は私と同じ歳の時には将来のことを全て決めて勉強を毎日してたのに。お前は毎日碌に勉強もせずに、学校の授業の内容も理解できてないなんて、呆れるわ。もっともっと勉強して姉のようになりなさい、と。
姉は姉、私は私だ。私はいくら努力しても実らないのだ。
父と母が見ていない時にも勉強をしている。にも関わらず、飲み込みが遅いため、何も努力をしていない人間というレッテルを貼られているのだ。
なんで私は不出来なのか。
なんで姉よりも性格は良いはずなのに姉のようになれと言うのか。
なんで姉は傑作品なのか。
なんで私よりも性格が悪いはずなのに私と比べられないのだろうか。
大人は学力だけをみる、外面の生き物なのか。
不公平だ。
「にしても、詩音のお姉ちゃんって優しいよねぇ」
ビクッとしてしまう。
綾香の声が聞こえた。
「やさ、しい……」
二人には聞こえないように小さく呟く。
姉が?
いつも私を蔑み、見下し、こき使うあの姉が?
「確かに優しいよなぁ。この前偶然会った時にクッキー買ってくれたんだよな」
え、いいなぁ〜、という綾香の声が遠くからきこえる。
「性格よくって頭よくって社長……。神か?やばすぎだよな」
日真里は何の気なしに歩いていく。
姉は傑作。上出来。優しい、優しい……。
他人から見た姉に関する単語がぐるぐると頭の中をかけ回る。
「詩音いいよねぇ、あんないいお姉ちゃんがいて。そうだ、今回のいじめの件、お姉ちゃんに話してみたら?解決策みつけてくれるかも!」
は?
「何言ってんの?あいつに相談するわけないじゃん。言ったことなかったけど、あいつ最低な人間だよ?」
そこまで言ってハッとする。
綾香と日真里の顔が引き攣っている。
「えっと……。ごめん。」
顔を引き攣らせたまま日真里が謝る。
綾香は思考が止まっているようで瞬き一つもせずにいる。
そりゃあそうだ、今まで姉のことが大好きだと嘘をついていたから。
不出来な私が家族の評判まで落としてしまったら、本当に不要品になってしまう。
なのに、我慢してたのに、いじめの事もあったからか感情を偽れなかった。
「私の方こそ、ごめん……。」
その後のことはあまり覚えていない。
空気が最悪で吸いづらかったことだけ覚えている。
日真里はなんとか明るくしようとしていたが、私は不要品になるかもという不安で暗いオーラを放っていたし、綾香は目を逸らしながら一歩後ろを歩いていた。
日真里が話を振った時もそっけなく返しており、ちっとも明るくはならなかった。
日真里たちと別れ、今は家の前にいる。
うちの家族は噂をすぐに聞きつける。
私に関する悪い噂にも早い。
もし、あの話を聞いている人がいたら、姉や両親が聞いていたら。
きっと……。
そう思うと足がすくむ。
しかし、ずっとここにいる訳にもいかず、私は勇気を出して扉を引く。
「た、ただいま〜……」
「おかえりなさいっ!」
いつも通り返事は返って……きた?
どういうこと?
いつもなら帰ってこないはずなのに……。
突然リビングの扉が開き、母が出てくる。
すごい速さでこちらに近づいて来て私を抱きしめた。
私は頭の中でハテナを浮かべるしかできなかった。
「え、ど、どうしたの?」
突然のことに狼狽えながらも尋ねる。
「優君が今さっきうちに来たのよ。それで詩音に何か用?って聞いたら学校でいじめられてるかもって言われて!私、心配で心配で……」
こんなにも私に対して心配してくれたことは初めてだった。
途端に涙が出て来てしまう。
いじめのことなんか知られたくないのに……どうしても止まらない。
でも、言いたくない。
私の口はいじめはないとしか言う事ができない。
「いじめなんて……ないよ。いじめられてなんかない」
母が驚いたようにこちらを見る。
「でも、泣いているじゃない。何かあったんでしょう?話してみなさい」
姉と話すときのように優しい声で促される。
だけど、私は迷惑なんてかけれないのだから、言えるはずがない。
「本当に何もないから、大丈夫。ただ返事が返ってきたのが嬉しかっただけ」
嬉しかったのは事実だ。
いつも姉ばかりだった言葉がこちらを向いてくれたのだから。
「そう。じゃあいいわ」
急に空気が凍りついた。
さっきまでは心配そうな顔をしていた母は、すっかりいつもと同じ目でこちらを見る。
唐突な急変に涙が出なくなる。
「この機会に末の娘も心配する良い親として広めたかったけど、何もないなら話にならないわ。返事が返ってきて喜ぶなんて。これじゃあまるで虐待してるみたいじゃない」
そう言いながらさっさとリビングに戻っていく。
理解ができない。追いつかない。
やっぱり最低だ。姉だけではない、この家族全員が最低だ。