さよならだけが人生さ。
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草も木も動物も人間も異形の生物も、皆燃えたのか燃え滓と炭が野晒しになっていた。
生き物らしい生き物も見当たらず、けれど生物だったらしいものの残骸がそこらに散らばる。
地面は所々どす黒く染まり、その近くには夥しく血を流すなにかの屍もあった。
その中で仰向けになったカレンは、忌々しいほど青い空に己の手をかざし見た。
全体的に細い手指はしかし、爪先があちこちひび割れ歪み、指の先はひどく焼け爛れて肉が異様な凹凸を作り、皮膚は瘡蓋が黒ずみ腐り落ちるのではないかと思うほど醜い有り様で。
カレンはそっと、か細く息を吐いた。
(汚い)
思考は言葉にはならなかった。
こほりと咳をした瞬間、口の中に鉄さび臭い液体が一杯になったからだ。
喉がその液体に圧迫される。
しかし、首を横にするだけでも身体のあちこちが痛い。
僅かに液体を吐き出そうとして、掲げていた手がぱたりと腹の上に落ちた。
(手は唯一の自慢だったのにな……)
カレンはゆったりと目を瞑った。
かつて、彼女の手を褒めた後輩がいたのだ。
彼は仰々しくカレンの手を額に押し当てて、祈るような仕草をくれて。
その少年特有のふっくらした頬を赤く染めていたのが、とても強く印象に残ってる。
(「綺麗ですね」って言われて、馬鹿みたいに逆上せあがった)
ふっと懐かしさを感じて笑おうとして、また咳き込む。
それだけでも四肢は引き裂かれそうに傷んだ。
徐々に血が失われていくせいか、指先が冷たい。
(さむい)
死が段々と近付いてくるのが、カレンには解った。
とある国の寂れた神殿に封じられた邪神とやらが復活し、魔物が凶暴化して暴れだしたのが六年ほど前。
故郷の士官学校の魔術師科から、志願兵という名目の強制的な学徒動員で戦地に数名のチームで派遣されたのが五年前で、そこから各地を転戦した。
最初は後輩と肩を並べ、背中を守り守られしながら戦っていたけれど、カレンの後輩は優秀だった。
その活躍に負けまいと、足手まといになるまいと精進を重ねるうちに、唯一の自慢だった手は荒れ果てた。
魔術師は手に魔力を集めるから、大きな魔術を使えば圧がかかる。未熟な魔術師でありながら、強い魔術を行使する代償として、カレンの手は焼け爛れ襤褸布のようになったのだ。
それでも強くなる後輩の背を守るには、もっと強くなくてはいけなかった。
血反吐を吐くような無理もした。
しかし、三年前。
とうとうその日はやって来た。
晴れた空のような青い眼に憐れみと労りを浮かべて、後輩は彼女の醜く変貌した手を取って言ったのだ。
「こんなになるまで無理をさせてしまって申し訳ありませんでした。でももう大丈夫です。ありがとう御座いました」と。
(私、なんて答えたっけ?)
後輩の肩越しに見えたのは、とても綺麗な、それでいて強い魔力を感じる女性だった。
カレンはそこで唐突に理解した。
自分が彼にとって要らないものになったことを。
(ああ、そうだ。「幸せになってね」って……)
上手く笑えていたと思う。
その後もカレンは故郷に帰らずに、戦地を転戦した。
後輩の足手まといになる程度の力でも、いないよりはましなのか、各地で重宝がられた。
やはり無茶苦茶をしながら戦っていたからか、手は後輩と共にあった頃より、随分と酷い有り様にはなったけれど、それでも誰かが生き延びられればいい。
そうやって三年過ごした。
その間に騎士だった後輩は勇者と呼ばれるようになり、とうとう邪神を追い詰めるに至って。
先日ついにその首を落としたと、前線の救護テントのなかで聞いた。
そこからは防衛戦から残党狩りに、カレンのいる戦場も変わっていった。
追い詰められた魔物の抵抗は凄まじく、カレンのいた戦場は一段と攻勢が激しかった。
油断した覚えはないけれど、味方が少し浮わついていたかもしれない。
それは邪神を倒した勇者と、彼を補佐したどこかの国のお姫様が婚儀をあげるという話が、ここまで届いたからだろう。
少しの弛みが命取りだった。
魔物達の攻勢に押し負けて、逃げてくる兵士を庇いながら戦ったカレンも、疲労の末膝を地面に膝をついたところに、魔物が殺到してきた。
殺して殺して。
気がついたらもう息をするのも辛い状況で、仰向けに転がっていた。
(とうとう幸せになるのか……。お祝いはできないけど、いいよね)
ゆったりと瞼が落ちて、いよいよ喉が詰まる。
終わりはあっけなく。
誰にも看取られることなく、カレンはその人生を終えたのだった。
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