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9.ちょろい妖精

 モモの寝顔を眺めていると、突然扉が叩かれた。


「ルカ、入っていいよ」


 僅かに開いた隙間をすり抜けるように、ひょろりとした長身の男が入って来た。

 彼はシリウスが信頼している唯一の従者で、名前をルーカミスという。浅黒の肌に切れ長の目が特徴的で、砂漠の民らしく常にターバンを巻いている。


 ルーカミスは部屋に入るなり、無造作に置かれた檻と横たわるモモを見比べ、シリウスに向かって歯をむき出した。


「とうとう誘拐ですか。人身売買は犯罪です。この変態王子が」

「うん、そう言われると思ったよ。まず、僕の話を聞いてもらえるかな」


 シリウスは頬を引き攣らせて、昨晩の出来事をルーカミスに伝えた。



「なるほど。リンク様が頼んでもいないのに妖精を連れてきたと。相変わらず、正気の沙汰ではありませんね」


 率直な意見に、シリウスも苦笑いを浮かべる。


「モモはしばらくここで保護することにしたから。人間の言葉が話せるし、生活に不便はないと思う。それに……少し、ワケありみたい」


 シリウスが上着を捲ると、ルーカミスが顔を歪めた。白いワンピースはボロボロで、所々血に染まっている。


「これは酷い。何が起きたんです?」

「詳しくは分からない。様子もおかしいんだ。弱っているし、もしかすると病気かもしれない」


 桃を食べて少し回復はしたが、放置すれば簡単に命を落としてしまいかねない。折角再会できたモモを、失うわけにはいかない。


「ルカには、モモの看病をお願いしたい。僕はしばらく執務室で過ごすから、寝室を自由に使って」

「……私が、妖精の世話ですか?」


 ルーカミスがジロリとモモを見る。


「構いませんが、妖精知識は疎く正直手探りです。報酬は高くつきますよ?」

「いいよ、何でもする」


 言い切ったシリウスに、ルーカミスが白い歯を見せてニンマリと笑う。


「それでしたら、報酬は燻っている市中の件で」

「あれか……」

「ええ。私、心待ちにしていますので」


 ルーカミスは金銭ではなく特定の報酬で動く。逆に報酬を約束する限り期待は裏切らない。


「わかったよ、了解」

「それにしても、シリウス様の顔色も酷いです。倒れる前に寝てください」


 ルーカミスは目を細めると、モモを抱き上げて寝室へと姿を消した。



 ベッドに寝かされたモモが、薄っすらと目を開ける。


「……誰?」

「おや、起こしてしまいましたか。私はルーカミス。お気軽にルカとお呼び下さい」

「ここは?」


 ルーカミスはモモを軽々と抱き上げ、開いた扉から執務室を見せた。


「あちらの部屋に覚えがありますね? ここは、隣の寝室です」

「シリウス?」


 そわそわとシリウスを探すモモに、ルーカミスは自分の頭をパチンと叩いた。


「失礼、自己紹介が雑でしたね。私はシリウス様の従者ですのでご安心ください。しばらくモモさまには、こちらで回復に専念して頂きます」

「回復?」


 モモが不思議そうに首を傾げる。まるで回復を望んでいないようにもとれる様子に、ルーカミスが呆れて溜息を吐く。


「モモさま……モモ。あなた、死相が出ていますよ。何を死に急ぐ必要があるんです」

「あ、あの。顔、近い」


 鼻が付くほどに顔を近づけられ、モモが言葉を詰まらせた。ルーカミスの言う通り、モモは死を受け入れている。


「……わたし、死ぬから」

「死ぬ?」


 ルーカミスがさらに顔を近付ける。モモの額にターバンがぐりぐりと押し込まれた。


「い、いたい」

「ふん、馬鹿らしい。妖精も人間も、いずれ死にます。その時に満足して死ねるよう、死ぬまでの時を気ままに生きればいいんです」

「……死ぬの、満足?」


 意味が分からないと混乱するモモの目の前に、ルーカミスがぐいと手を差し出した。そこには透き通った小さな球体が乗っている。


「きれい」


 ルーカミスはその小さな球を、じっと見つめるモモの口へと押し込んだ。


「あ、あわっ!」


 一瞬焦ったモモだったが、口に広がる爽やかで甘酸っぱい味に目を輝かせた。分かりやすいその変化に、ルーカミスがニィと笑う。


「どうです。美味しいでしょう。それは、飴という食べ物です。まだまだありますよ」


 ルーカミスの大きな手には、いつの間にか沢山の飴が乗っていた。夢のような光景にモモの目がキラキラと輝く。


「す、すごい。美味しいの、たくさん」

「はい。まだまだこの世界には、美味しいものや楽しいことが沢山あります。そんな世界を生きてみないで、どうするんです」


 ルーカミスはもう一つ飴をモモの口に押し込むと、残りはモモに握らせた。モモが大事そうに飴を握りしめる。


「ふむ。妖精って案外チョロいですね」


 ルーカミスは小さく呟くと、どこからか鋏を取り出した。


「まずその汚い体を綺麗にしましょうか。そのボロ雑巾のような服は切り刻みますが、よろしいですね?」


 モモのワンピースは血が乾燥して簡単に脱げそうにもない。切り刻むしか脱がす方法は無さそうだった。

 大きな鋏をカチカチ動かして蟹のように威嚇するその姿が、妙におかしく見えてモモがクスクスと笑う。


「いい、大丈夫」

「では、切りますよ。危ないですから、動かないでください」


ルーカミスがジョキリとワンピースに鋏を入れる。裾から胸元に向けて鋏を入れたた時、モモのお腹を見てルーカミスが絶句した。


「……これは酷い。なんてことです」


何度も打ちつけられたのか、そのお腹は青黒く腫れあがっていた。

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