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7.幼い記憶

 これはシリウスが幼い頃の話――。


 その日、シリウスは目が覚めると深い森の中にいた。


 ここはどこなのか、まだ夢の中にいるのだろうかと、状況が把握できず混乱する。ただ、草に触れる感触と森林の匂いに、これが現実だと気付かされた。


 昨晩はパシモンから来賓があり、モンブール城で盛大なパーティが開かれた。乱暴なパシモン王女に振り回され、疲れて眠りについた所までは記憶にある。


「……ここ、パシモン? それとも、セルフィールの森?」


 モンブールに森はない。大陸から出るには数日かかる以上、選択肢はその二択しかない。

 シリウスはおぼつかない足取りで、ぐるりと辺りを見渡した。


 月明り以外は何も見えない。吸い込まれるような暗い森に背筋が凍る。


「セルフィールの森だったら、どうしよう」


 緑豊かなパシモンでは、森にも沢山の人が生活をしている。少し歩けば家が見つかり、きっとシリウスを助けてくれる。

 それに比べて、セルフィールの森には妖精しかいない。妖精は人間を嫌い、言葉も伝わらないという。


 せめてここがパシモンであることを祈りつつ、とぼとぼと歩くシリウスの視界に人影が写り込んだ。


「あ、あの。すみませんっ!」


 勇気を出して人影に走り寄ると、その人影がビクリと揺れた。

 人影が、警戒するようにシリウスから一定の距離を取る。


「僕、モンブールの――」


 木陰から人影が姿を現した瞬間、ここがセルフィールの森なのだと気付きシリウスは絶望した。

 その人影は、緑の髪に尖った耳を持つ『風の妖精』だった。


 風の妖精は汚いモノを見るかのように目を細め、トンと跳ねるように森の奥へと姿を消した。

 初めて出会った妖精に突き刺さる程の嫌悪を向けられ、妖精が本当に人間を嫌っているとも実感した。



 セルフィールの森は、別名『迷いの森』と呼ばれている。

 森の入口は硬く閉ざされ、人間は方向感覚を失い、まともに歩くこともできないという。


「お城に、帰りたい……」


 人間を嫌う妖精がシリウスを助けるはずもない。広大な森で奇跡的に『妖精守』に遭遇する以外、助かる道はない。

 幼いシリウスは、どちらとも分からない方角へと歩き始めた。



 しばらく歩いていると、立派な大木へと辿り着いた。その太い根に守られた地面が、不自然に光っている。

 恐々近づいてみると、赤く光る地面の周りには白い小さな花と木の実が並べられていた。


「やった、妖精石だ。しかも一番便利なやつ!」


 赤く光るのは『火の妖精石』の証。

 妖精石には、妖精が生前持っていた能力の欠片が残っている。特に火が使える『火の妖精石』は、比較的希少で重宝されていた。


 シリウスは急いで地面を掘ると、埋められていた妖精石を取り出した。


「やっぱりそうだ。よかった、これで灯りができた」


 妖精石の泥を拭いている時、後ろからガサリと音が聞こえた。驚いて振り返ると、赤髪の妖精が蒼白な顔でシリウスを見つめていた。


 赤髪の妖精はおぞましいものを見るかのように顔を歪めると、手にしていた白いものを放り投げて逃げ去った。


「何、ど、どうしたの?」


 溢れそうになる涙を堪えて妖精が放り投げたものに灯りを近づけると、それはただの白い花だった。


「なんだ、花……あ」


 シリウスは妖精石が埋まっていた地面を見返した。綺麗に並べられていた白い花と木の実は、掘り返されてぐちゃぐちゃに散乱している。

 妖精が持っていたのは、それと同じ花だった。


 きっと今の妖精は、妖精石となった仲間を弔いに来た。でもその妖精石は、シリウスが道具として握りしめている。

 それに気が付き、シリウスは初めて自分に嫌悪感を抱いた。


「で、でも、仕方ないじゃないか。この石が無いと、僕は……」


 シリウスは心の中で言い訳を並べると、全力でその場から逃げ出した。



 ――歩き続けて、何時間も経った。


 太陽さえ昇れば、ある程度方角が分かる。そう考えていたのに、どれだけ歩いても夜が明けない。


「この森、朝が来ないんだ……」


 体力は限界で、お腹も空いた。

 ここには食べ物を与えてくれる者なんていない。シリウスは目についたモノを口に入れては、何度も吐き出した。



 さらに数時間歩いて意識も朦朧とした頃、初めて水の音が聞こえた。

 音に誘われてふらふらと草をかき分け進むと、少し開けた場所に小さな泉が湧いていた。


「……水がある」


 泉の中心には青く光る石が積み重なり沈んでいる。これは普通の泉ではなく、『水の妖精石』を弔う神聖な場所だと理解した。


「で、でも。水は、水だ」


 泉の水を震える両手で掬い、口に含む。

 『水の妖精石』は、水が湧き出る便利な石。これまで何も考えず、妖精石の水を普通に飲んできた。

 でも既に意識は変わった。妖精石は便利道具ではなく、魂が結晶化した尊いもの。この泉の水は、人間が気軽に飲んで良い水ではない。


「……僕、何をしているんだろう」


 飲みたくないけど、この水を飲まないと死んでしまう。無理やり心を無心にして、空腹が落ち着くまで水を飲み続けた。


 気が付くと、水面に小さな影が写り込んでいた。

 きっと妖精に嫌悪感剥きだしで見つめられている。その姿は簡単に想像できた。


「もう、どうでもいい。……その顔にも、慣れたよ」


 シリウスが自嘲気味に顔を上げると、そこに居たのは黄緑の髪色をした妖精の女の子だった。

 女の子は嫌な顔をするわけでもなく、ただ不思議そうにシリウスを眺めている。


「水……違う、風の妖精?」


 辺りは薄暗い。光の加減で髪色が変色して見えているのかもしれない。シリウスが物珍しそうに見つめ返すと、女の子はトンと跳んで草むらに姿を消した。


 再び一人になると、シリウスは膝を抱えて蹲った。これは森で初めて見つけた水場。この先、別の水場が見つけられるかはわからない。


「もう、ここにいようかな。きっと、森から出てもお城には帰れないんだ……」


 何故、シリウスが森にいたのかは分からない。もし捨てられたのなら、城に戻ってもまた捨てられるかもしれない。

 じわりと涙で景色が滲んだ時、耳に何か温かいモノが触れた。


「……な、何?」


 顔を上げると、黄緑髪の女の子が不思議そうにシリウスの耳を触っていた。

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