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5.混乱の二人

 妖精は、倒れたままピクリとも動かなかった。

 元々リンクが連れてきた時点で、かなり弱っていた。シリウスが考えていたより危険な状態だったのかもしれない。


「そんな、手が……!」


 透き通る程に白かった妖精の手が、指先から腕にかけて黒く染まっている。触れると腐った桃のようにブヨブヨと柔らかくなっていた。


「し、しっかりして」


 抱き上げてソファへ座らせると、妖精がうっすらと目を開ける。


「よかった……意識はあるみたいだね」


 よく見ると、妖精は足も顔も所々黒く染まっていた。妖精に関する知識が少ないシリウスにも、その命が危ないと理解できた。


「どうしよう、こんな状態だったなんて。ごめんね、気付けなくて……」


 妖精は虚ろな目で床に残された桃を見つめている。倒れていた時も、妖精は桃を握りしめていた。


「大事な桃だったんだね。何も考えずに食べて、ごめん」


 桃を拾って妖精の膝に置くと、妖精は首を横に振った。大事にしていたのは、甘くて美味しい桃。もう二度とそんな桃は作れない。


「え?」


 今、シリウスには妖精が言葉に反応したように見えた。シリウスが戸惑っていると、虚ろな瞳の妖精が顔を上げる。


「あの。僕の言葉、わかる……?」


 モモがコクリと頷く。赤い星に襲われた時、モモも初めて自分が人間の言葉を理解できるのだと気が付いた。


「信じられない!」


 シリウスの大声に驚いたモモがビクリと跳ね、シリウスも慌てて興奮を抑え込む。


「ご、ごめん。僕はシリウス。キミを傷つけるつもりは無いんだ」


 そもそも妖精は人間を毛嫌いしている。怖がられないよう、シリウスは極めて落ち着いた声を絞り出す。


「夜が明けたら森まで送るね。森の近くまで行けばキミの仲間が迎えに来てくれるかな?」


 モモの集落は全滅したけど、森には他にも沢山の妖精がいる。森へ帰ればモモは再び捕まり、次の牢へ閉じ込められる。

 顔を曇らせるモモに、シリウスが困惑する。


「あ、あれ。もしかして仲間がいないの?」


 仲間と呼べるような妖精はいない。モモが力なく頷き、シリウスが絶句する。

 迷子ではなく、森から妖精達に追い出された所を人間に捕まったのかもしれない。そう考えるだけで心が苦しくなる。


「……それなら、ここに残らない?」


 シリウスは『桃の妖精』に恩がある。同じ種族の妖精を見捨てるわけにはいかない。自然と、その提案が口をついた。


「回復したら好きな時に出て行っていいから。……少しの間キミを守らせて」


 その言葉に悪意は感じられないが意図が理解できず、モモが首を傾げる。

 シリウスは苦笑すると腰から短剣を抜いてモモに差し出した。


「そんな事言われても、人間は信用できないよね。……これをキミにあげる。怖かったら、いつでも僕を刺して逃げていい。それなら安心できるかな?」


 モモは困惑しながらも、ずしりと重たい短剣を受け取った。


(……これで、終わろう)


 どこへ逃げても死ぬ運命。もう終わりかけの命なら捨てても構わない。モモが剣先を自分の胸に向ける。


「待って、ダメだ!」


 モモの胸に届くより早く、シリウスがモモの意図を察して刃を握りしめた。


 痛みに震えるシリウスの手から血が滴り、ワンピースに赤く染みを作る。モモが、シリウスの手を凝視した。


「違う、そうじゃないよ。手を……離して?」


 無理やり引き攣る笑顔を浮かべるシリウスは、刃先から手を離す気配はない。

 モモが諦めて手を放すと、シリウスは自分の手を止血する事すら忘れて慌ててモモの体を確認した。


「け、怪我はしてないよね? ……良かった、僕の心臓が止まるかと思った」


 人間なのに妖精を心配するシリウスが理解できず、モモがますます混乱する。


「あなた、どうして…………あ」


 人間の言葉が喋れる事に自分で驚き、モモが慌てて自分の口を塞ぐ。


「え? うそ。妖精って喋れるの!? ……何より、か、可愛い!」


 ここまで無理やり冷静を装っていたシリウスも、それには我慢できず混乱して絶叫した。

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