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4.逃げない妖精

 シリウスが鎖を外す様子を妖精は虚ろな瞳で眺めていた。


「森まで送ってあげたいけど、朝まで待てないよね」


 窓を全開にすると乾いた夜風が部屋に流れ込む。空には綺麗な満月が浮かんでいた。

 高く跳べる妖精なら、枷さえなければ簡単に森へ戻る事ができる。


「もしよければ、元気になったら遊びに来てよ」


 シリウスは小さい頃、妖精に助けられた事があった。その妖精が今どうしているのか、知っているなら話が聞いてみたい。

 でも、そもそも言葉が通じない妖精を留めておくわけにもいかない。


 また別の機会があると自分に言い聞かせ、シリウスは全ての灯りを消して執務室から通じる寝室へと姿を消した。



 月明りが差し込む部屋で、妖精――モモは窓の外をじっと眺めていた。


 枷は外され、檻の扉も開いている。人間も姿を消し、モモ以外には誰もいない。

 モモに、初めての自由が訪れていた。


 森に戻るとまた牢に入れられる。妖精王に見つかるまで、別の土地に行ってみるのもいいかもしれない。

 高鳴る胸を押さえてどこへ行くか悩んでいる間に、空が白んできてしまった。


(とにかく、外に出よう)


 檻から這い出ると、柵に掴まりゆっくりと立ち上がる。


 何年も閉じ込められていた森の牢は狭く、立ち上がる事すらできなかった。

 立ち上がるのすら久々で、緊張しながら足を踏みだそうとした瞬間。


『……っ』


 脚に力が入らずその場に崩れてしまった。


 長年の幽閉生活は、モモから歩くだけの筋力を削ぎ取っていた。転んだはずみで、蹴られた腹の痛みがぶり返す。

 嫌な汗が止まらず、お腹を押さえて蹲った。


(あ……もう死ぬんだ)


 まともな筋力どころか、体力すら残っていない。もう二度と自由は掴めないと気付いたモモの心が、ドロリと黒く染まる。


(あれが、最後の桃)


 何とかテーブルまで這い寄り、硬くて苦い桃を手に取ると、モモの目にじわりと涙が溜まった。


 小さい頃は、もっと柔らかくて甘い桃が作れていた。

 牢に閉じ込められた後、モモは妖精王に食べられる事しか考えられなくなった。肉を齧られる痛みを想像していると、次第に桃は硬くなっていった。さらに生きる事を諦めた時、甘味すら消えた。


(どこに行っても、死ぬのは変わらない)


 悠久の時を生きる妖精王は、千年に一度『桃の妖精』を食べる事を楽しみにしている。どこへ逃げても、妖精王は必ずモモを見つけ出す。


(でも……やっと、死ねる)


 ずっと、死ぬのを待つだけなら、早く終わりたいと願っていた。


 ずぶずぶと底なし沼のように、心が黒く染まる。引きずられるように、モモの指先も黒く染まっていた。



 シリウスは寝室で悶絶していた。


「……うう、逃がしたくない」


 人間を毛嫌いする妖精と会える機会は、滅多にない。本当は弱った妖精に頭を下げてでも、シリウスを助けてくれた妖精について聞きたかった。


 小さい頃シリウスを助けてくれた妖精も、まさに同じく『桃の妖精』。

 珍しい種族だし、探している妖精を知っていた可能性が高い。


 ただ、あの酷い状況で妖精を引き止めるわけにもいかなかった。


「ダメだ、もう忘れた方がいい。……寝よう」


 もし何とか居場所を聞き出せたとして捜しに行こうにも、セルフィールの森に『妖精守』以外の人間は入れない。


 朝になって妖精が姿を消せば、色々と諦めがつく。

 シリウスは必死に自分に言い聞かせると、横になって固く目を閉じた。



 ……結局、朝までシリウスに眠気は訪れなかった。


 ギンギンに目を見開いて耳を澄ましていると、空が白んだ頃にようやく物音が聞こえてきた。何かが倒れたような音がした後、執務室がシンと静まり返る。


(……帰ったかな)


 音を立てないように立ち上がる。そっと扉を開けて様子を伺うと、当然ながら妖精の姿は見当たらなかった。


「これで、良かったんだ」


 窓を閉めようと執務室へ足を踏み込んだ瞬間、ぐにょりと柔らかい何かを踏んだ。


「わわっ、何か踏んだ……って……ど、どうして!?」


 足元にあったのは、桃を抱きしめるように蹲る妖精の姿だった。

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