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2.妖精売買

 麻袋に詰められていたモモは、小さな檻へと移された。両手と首に枷をはめられ、鎖で檻に繋がれる。


 そこは見覚えのない小屋で、窓の外には広い砂漠が広がっていた。

 妖精王の加護が及ばない森の外に連れて来られた事に気づき、背筋がゾクリと凍る。


 その時、小屋の外から馬車の音が聞こえてきた。


「おっと、リンク様の到着だ」

「予定より早えな」


 人間達が外へ出ると騒々しかった小屋が静まり返った。

 薄暗い室内には檻が並び、同じように枷で繋がれた妖精達が項垂れている。


『モモ、無事だったのか』


 不意に名前を呼ばれ、モモが顔を上げた。


『シミリ?』


 隣の檻にいたのはボロボロになったシミリだった。その首にも、黒い紐が巻き付けられている。


『シミリ、何があったの?』

『わからない。村が突然襲われたんだ。ここにいる妖精以外、全員殺された。……人間の言葉は分からないし、これからどうなるか』

『そんな……』


 檻の数は多くない。生き残った妖精は、ほんの数匹だった。


『シミリ、今なら人間がいない。この隙に逃げたほうがいい』


 シミリは火を自由に扱える。他の妖精達も、能力を使えば逃げられるはず。でも、シミリはただ首を横に振るだけだった。


『できない。この黒い紐のせいで力が出ないんだ』


 捕らえられた妖精全員の体には黒い紐が巻き付いていた。


『に、逃げられないの?』

『そうだけど……それより、モモは自分の心配をしろよ』


 生け捕りにされたという事は、人間は妖精を利用しようとしている。そうなると、桃の実しか作れない『桃の妖精』が生かされるとも思えない。


『お前、死ぬぞ』

『……わたし、もういい』


 既に生きる事は諦めている。むしろ、モモはやっと死ねると安堵しているに見えた。シミリが悔し気に歯を軋ませる。


 その時、人間達が戻って来た。


 赤い星に続いて、長い金髪を束ねた青年が入って来る。リンク様と呼ばれるすらりとした青年は、その身なりから高貴な存在だと伺い知れた。


「リンク様、見てくれよ。今回は『火の妖精』もいるぜ」

「へぇ。珍しいね」


 火の妖精の能力は高く、人間ではまともに戦えない。さらに森に炎が広がると妖精王に気付かれる可能性があり、妖精を襲撃する時はまず火の妖精から殺すようにしていた。


「ああ、隠れていた所を捕らえたんだ。その先の牢で別の妖精を見つけたんだが、それを庇おうとしたらしいな」

「牢……? 捕らわれ姫のナイト君かな。その姫もいるの?」


 牢に入っていたという妖精に興味を持つリンクに、赤い星が半笑いを浮かべる。


「残念だが姫というより、みすぼらしい能無し妖精だ。だが『火の妖精』は活きがいいぜ、対価は倍だ」

「うん、それでいいよ」


 リンクはニッコリと笑うと、品定めをするように檻を覗き込んだ。手元の灯りで檻を照らし、妖精の状態を確認する。


『あの人間が持っている灯り、妖精石だ。本当に人間は石を道具として使うんだな。気味が悪い』

『……妖精石』


 妖精石から、死への無念が伝わって来る。


 妖精が死ぬと、『妖精石』という結晶になる。妖精達が妖精石を弔うと、妖精守と呼ばれる人間がそれを掘り返して持ち去ってしまう。

 妖精石には生前の能力が少し残っていて、人間たちはリンクのように妖精石を便利な生活道具として使っているらしい。

 妖精達が人間を嫌う理由も、そこにあった。


 リンクが、妖精石の灯りをモモへと近づける。


「能無し妖精って、これかな? 珍しい髪色だね。黄色?」


 通常の妖精なら、『火』は赤髪、『水』が青髪で、『風』が緑髪と、髪色で能力を判断できる。桃の妖精であるモモは、当然どの色にも属していない。


「根本は確かに黄色いが、毛先は赤い。『火』の出来損ないだろう」

「全体を見ると桃の実にも見えるね。ねえ、本当に能無しなのか試してみようよ」


 リンクが楽しそうに檻を開けてモモの枷を外す。黒い紐に手を伸ばすリンクを、赤い星が慌てて制止する。


「待てよ、リンク様。さすがにそれを外すのは危ねえ」

「それじゃ、何か起きたらすぐ殺せるように準備してよ」


 赤い星が渋々斧を取り出し、モモの首に添える。


「殺すのは構わねえが、死んだ場合、代金はどうなる?」

「もし『火』として使えたようだったら倍額払うよ。それでいいでしょ?」

「……ああ、それなら問題ねえ」


 赤い星が納得すると、リンクがモモから紐を外す。


「さぁ、キミの能力を見せて」


 リンクが笑顔のままで、モモのお腹を蹴り上げる。


『……っ!』


 激しい痛みにモモが蹲って咳き込んだ。シミリが柵を掴んでリンクを睨みつける。


『おい、何すんだ! モモ、大丈夫か!?』

『……大丈夫』


 妖精の会話は人間に届かない。無反応のモモを不思議そうに見つめ、リンクが首を傾げる。


「もっと命の危険を感じたら、少しは能力を見せるかな」


 リンクがモモの髪を掴んで数回鳩尾を蹴り上げると、モモは血の混じった胃液を吐き出した。


「ああ、本当に能無しなんだ。殺しちゃうけど、代金は半額でいいよね」

「いいが、妖精石は俺達がもらうぜ」


「あはは。能無しの妖精石なんて要らないよ」


 その時。


 コロリ、と、モモの手から桃の実が生まれた。

 床を転がった桃が、コンとリンクのつま先に触れる。


「……あれ、これ何?」

「こいつ、桃を生んだのか?」


 リンクが桃を拾い上げ、赤い星と顔を見合わせて噴き出した。


「まさかキミ『桃の妖精』とでもいうつもり? すごいね、珍しいよ! こんな役に立たない妖精が存在したんだ!」


 リンクが桃を一口齧り、床に吐き出した。


「あはは。酸っぱいし、硬い!」


 ケラケラと笑いながらリンクが桃を投げつける。固い桃がモモにあたり、額に血が滲む。


『やめろ、モモに何をする! モモ、立て! 逃げろ!』


 ガタガタと暴れるシミリに、リンクが満面の笑みを見せる。


「こっちのナイト君は元気がいいね。その他の妖精も状態が良いし、全部買うよ」

「よし、今回も商談成立だ。この出来損ないは処分していいよな?」


 赤い星がモモの首に斧を添えると、リンクがふむと考え込んだ。


「いいよ、これも買う。知り合いに桃が好きな奴がいるんだ」


 リンクはモモを足で転がすと、楽しそうに笑った。

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