鉄甲船の姫君
今月の投稿となります。
色々衝撃的な事件も多かったですが、私は変わらずに生活できています。
話の進み方が遅いのはご勘弁ください……書きたいこと書いていたら結構話数食っちゃって……ホント、まだまだ色々未熟ですね。
ヨシヨリは大きな船団の中でも、一際異様な構造物を備えた船が近づいてくるのを見た。
「なんだ、あの船は……?」
まるで、積み木細工を積み重ねたかのようなとでも評するべき、やたらと高層建築に近い構造に、思わず驚いてしまっていた。
すると、阿賀野の隣にいた通信兵が阿賀野に耳打ちした。
「すみません。あの船……戦艦『扶桑』に乗っているウチの艦隊司令とその補佐がそちらの責任者にご挨拶をしたいと仰ってるんですが、よろしいでしょうか?」
その点は元気系とはいえ阿賀野も礼儀をわきまえており、自分たちの上司である艦隊司令を紹介することに関しては礼儀正しく発言した。
「……す、少し待っていてほしい。姫様にお伺いを立ててくる」
ヨシヨリは船の中へと戻っていく。
「……どうなるかな?」
阿賀野は不安そうに呟くが、ものの2分足らずでヨシヨリが戻ってきた。
「お待たせいたしました。その、艦隊司令殿と補佐殿1名を、当船に受け入れることといたします」
「すみません、よろしくお願いします」
その報告を受けてから数分後、扶桑から内火艇が降ろされ、『シキシマ』に接舷、旭日と扶桑が乗り移ってきた。
旭日は鉄甲船の構造を観察しながら感嘆する。
「驚いたな。伝承で伝わっている鉄甲船と同じように銃眼がある。この世界には信長公でもいらっしゃるのか?」
「信長公……旭日司令はやはり信長公のことを尊敬していらっしゃるのですか?」
「そうだな。やはり信長公と言えばなんといっても『決断の早さ』とそれに比例するかのような『機を伺い、天地人が揃ったと感じた時に動き出す』という辛抱強さ、だな」
織田信長と言えば『泣かぬなら 殺してしまえ ホトトギス』のような、『短期で苛烈で冷酷かつ新しい物好き』というイメージが一般的には強いが、実際には浅井・朝倉と姉川の戦いで雌雄を決したにもかかわらずその後数年もの歳月をかけてそれぞれの本拠地を攻略したことなどからうかがえる。
また、冷酷だったかどうかという点については賛否両論分かれると思うが、旭日はそう思っていない。
むしろ、他の戦国大名と比較しても裏切られたり謀反されたりする割合が多いにもかかわらず、その謀反を起こした者や自分と敵対した者を割と許している。
兄の信広、弟の信行(ただし2度目には堪忍しきれなかったのか殺害せざるを得なかった)、柴田勝家(そもそも勝家は元を正せば信行の家老)、林秀貞、松永久秀、そして許すと言ったにもかかわらず信長を受け入れようとしなかった荒木村重など。
そもそも論で言えば、桶狭間の戦いの後に同盟を結んだ徳川家康ですら、桶狭間までは今川軍として従事していたが、信長は戦後にあっさり同盟を結んでいる。
宗教に対して厳しく弾圧しているように見えるのは、信長が『宗教勢力が宗教という役割を超えて政治や軍事に介入してきたから』という点が強いという説もある。
実際に『信長』の名前を付けた僧侶は禅宗で信長自身も帰依しており、桶狭間の戦いの際には僅かな供だけ連れて飛び出した後部下が集結するのを待っている間に熱田神宮にお参りする、伊勢侵攻の際には伊勢神宮にお参りするなど、決して無神論者というわけではない。
強いて言えば熱田神宮へのお参りは『必勝祈願をしてますよ』というポーズだったのかもしれないが、それを含めても、であろう。
「信長公と言えば西洋文化を多数取り入れてそれまでになかったことを多数政治・経済において実行したという印象が強いのですが……」
「いや。信長公が実行されたことというのはそもそも他人がやって『これはいい』と判断したこと・ものが多い。楽市楽座なんかはいい例だな」
『楽市楽座』はかつて信長の功績としてよく取り上げられることが多かったが、実際には南近江に住む六角氏が始めたことである。
火縄銃の導入についても大量導入を決めた・決められた背景には、信長の実家である織田弾正忠家がずっと港町の交易で得られる利権を得ていたことによって経済的に潤っていたという一面がある。
もっとも織田信長が転生して支配しているような国があれば、それはそれで取り入るのも難しそうな話だと考える旭日であった。
内部を通りながら最上甲板へ上がると、阿賀野が待ちくたびれたように立っていた。
「おぉ。待たせたな、阿賀野」
「司令!お待ちしてましたっ‼」
阿賀野に続いて、陸戦隊と通信兵も敬礼する。
「ご苦労だった。とりあえず自分の船に戻っていてくれ。後のことは、また後でな?あと、救助者がいれば能代を手伝ってやってくれ」
「はいっ。不肖阿賀野、先に戻り要救助者の救助に当たります‼」
阿賀野はそのまま陸戦隊を率いて戻ろうとするが、『シキシマ』にロープを引っ掛けたままだったことを思い出したらしく、それを外してから戻っていった。
「全く、ちょっとばかり抜けてるかもな……」
「まぁ、それがあの子の可愛いところでもあるのですが」
扶桑の穏やかな笑みを見ていると、仲間や後輩たちを大事にしているのだということがよくわかる。
すると、様子を窺っていたヨシヨリが声をかけてきた。
「阿賀野殿の仰っていた、艦隊司令殿と補佐殿ですかな?」
「申し遅れました。大蔵艦隊司令官の大蔵旭日と申します。こちらは、私の補佐をしてくれている扶桑といいます」
「扶桑と申します。以後お見知りおきを」
随分と若い2人のことを訝しみつつも確認すると、ヨシヨリが先頭に立って案内をする。
「さぁ、こちらへ。姫様がお会いになられます」
ヨシヨリについていきながら、2人は踏みしめる感触で改めて実感する。
「……なんというか、本当に安定しているな。安宅船はそのトップヘビーさもあって外洋じゃ安定しないはずなんだが……なにか特殊な技術でも使ってるかな?」
「それについてはなんとも……ですが、想像以上に揺れませんね」
2人が大型安宅船に酷似した船の中へ入ると、奥の方に小部屋のような場所があった。
「姫様、例の船団……ではなく、艦隊司令殿と補佐殿をお連れしました」
『お通しなさい』
扉越しでも聞こえるほどの、澄んだ声が聞こえてきた。
「どうぞ、お入りください」
ヨシヨリに案内されるまま部屋の中へ入ると、奥の間に座る、和服を着こんだ美しい女性が座っていた。
その耳はエルフ耳だった。
だが、驚くべきことに黒い艶やかな髪を持ち、ハーフのようなアジア系の顔立ちをしているように思えた。
「(エルフ族、なのか?さっきから人の着ている服は和服にそっくりだし、気になるところだが……)」
質問したい気持ちをぐっとこらえて、旭日は正座して頭を下げる。
「大蔵艦隊が艦隊司令官、大蔵旭日と申します」
「同じく、補佐の扶桑と申します」
「頭を上げてください」
再び聞こえたきれいな声に耳を傾けつつ、再び目の前の女性の顔を見る。
「(綺麗だ。だけど、カワイイともいえる顔立ちだな……)」
なんと表せばいいのかわからない、そんな美しさであった。
だが、ハーフのような顔立ちであるにもかかわらず、なぜかやたらと和服が似合っており、そして親近感が持てる。
そんな不思議な感覚が混ざっているような存在であった。
扶桑を凛々しい系の美人と評するならば、このお姫様はさらに愛らしさを兼ね備えていると考えられる。
「申し遅れました。私はここより北方に存在する島国、大日本皇国第1皇女のタカマガハラ・エリナと申します」
ふんわり、やはんなり、というような音がしそうな仕草で、上品に頭を下げる女性……エリナであった。
驚くべきことに国の名前を含めて日本人のような名前だが、そこにはあえてツッコみを入れない旭日であった。
「ご挨拶、恐れ入ります」
一方の旭日は、あくまで低姿勢を崩さなかった。
日本人のような名前とはいえ、相手がどういう存在か読めない以上、下手な態度を崩すべきではないと判断したからである。
「どうか楽にしてください。あなた方は私たちの命の恩人ですので」
「いえいえそのような。私共はたまたま姫様の危機をお見掛けし、馳せ参ずることができただけにすぎませぬ故」
あくまでも低姿勢を崩さない旭日に対し、エリナはどうしたらよいかと一瞬悩むような表情を見せた。
すると、いきなり立ち上がり旭日の目の前にぺたん、と音を立てそうな感じで座り込んだ。
「大丈夫ですよ」
その一言と眩しい笑顔を見た瞬間、旭日はなんとも言えない感情に襲われた。
まるで、全てを見透かしているかのような済んだ瞳と、全てを安心させてくれるような母性が入り混じったかのような雰囲気に、思わず顔が赤くなってしまっていた。
「怖くないです。私は、怖くないですよ」
そして、そのまま頭を撫でられてしまった。
なぜそんなことをされているのかは全然わからない。だが、そうされてしまってよいという感覚が、旭日の中で芽生えていた。
そのため、対応を変えることにした。
「……ありがとうございます。ここからは、普段の態度をとらせていただきます」
「やっぱり、色々遠慮されていたんですね」
どうやら、旭日の態度から心中を見透かしていたようだ。
「(恐ろしいお人だ……会って間もない俺の心を完全に把握しているかのような雰囲気を見せている)」
旭日は自分が腹芸の得意な人間だなどと己惚れてはいない。だが、それでも会った瞬間と言っていいほどの時間で自身のことを把握されたというのは、少なからずショックであった。
「では、改めまして。実は、姫様をお助けしたのには、下心もございました」
「はい。それはなんでしょうか?」
下心、といってもまるで動じない辺り、かなり世渡り慣れしているのかもしれないな、と思う旭日であった。
一方で、エリナの護衛を務めているヨシヨリは下心という言葉が飛び出したことで、一気に旭日たちに対する警戒心を強めていた。
「実は、我が艦隊の……燃料はさておき、食料と水がかなりか細くなっておりまして、どこか補給できる場所がないかと伺うつもりでした」
「まぁ、それだけですか?」
「えぇ、まぁ……」
最後が言いにくそうになってしまったのは、燃料と言っても通じないだろうな、という感覚からであった。
だが……
「では、ひとまず我が国に来ませんか?」
「姫様のお国に?」
「はい。私の故郷、大日本皇国はここから船で2日ほどの場所にある大きな島国なのですが、とある事情から水と食料は豊富なんですよ」
「そうなんですか?」
「はい。命を救っていただいた恩もございますし、お父様にお話ししてお客人として迎えさせていただきます。なので、ぜひお越しください」
先ほども言ったとおり、燃料はさておき食料と水はかなり厳しい部分がある。それを一時的にでも解決させてもらえるならばありがたい話であった。
「それに、神託にあった方を無碍になどできませんから」
「え、神託が?」
旭日が驚く横で、ヨシヨリも声を上げた。
「姫様、そのようなお話、我々は……」
「はい。しておりませんでした。太陽神様より、他言無用との言いつけでしたので。太陽神様からお告げがあったのです。『航海の帰り道、黒鉄の船団を率いる者たちが現れる。その者たちこそ、皇国と世界に平穏をもたらすカギとなる』と」
太陽神の名前が出た瞬間、旭日は確信した。大日本皇国こそ、太陽神の神託にあった『向かうべき場所』なのだと。
「そこまでご存じなのであればこちらもさらに腹を割ってお話させていただきます。確かに私共は太陽神様のお計らいによってこの世界へと参りましたる、『異界の者』でございます」
「やはりそうでしたか。太陽神様はこうも仰せられていました。『彼らの掲げる旗は、我が国と同じである』とも」
「え?」
旭日が恐る恐るエリナの後ろを見ると、そこには驚くべき旗がかかっていた。扶桑も今気づいたらしく、目を見開いている。
「あれは……旭日旗、ですとぉ!?」
なんとか丁寧な口調を維持したが、それでも叫んでしまっていた。
旭日旗。
それは、大日本帝国海軍のみならず、現代の海上自衛隊をも象徴する、日本の証とも言うべき旗である。
一部のとある国からは『侵略の証』として忌み嫌われているが、日本にとってなくてはならない旗印である。
「旭日旗、と皆様は呼んでおられるのですね。私共の国では、精霊の母たる太陽神様を象徴する旗なのです。わたくしのお父様の代で海外との交流が増えたために制定された国旗なのですわ」
まさか異世界にも旭日旗があるとは露ほども想像していなかった旭日だったが、それでなんとなくこの親近感に納得がいった。
「(和服っぽい服を着ているのも、船が安宅舟っぽいのも、日本的な設計思想をたまたま持っていたから。しかし、そのたまたまには太陽神様が深く関わっている可能性が高い、か……)」
これにはヨシヨリも驚いているようで、完全に目を丸くしている。
「そういえば……先ほど我らを助けてくれた阿賀野殿の船も、我が国と同じ旗を掲げていましたな……」
「えぇ。あれが太陽神様の眷属たる国の出身の証なの。で、どうでしょうか?我が国に来ていただけませんか?」
もしこれが本当ならば、間違いなく大日本皇国こそが神託の場所だ。
「わかりました。つきましては、姫様の船を我が艦隊で護衛させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「はい、願ってもないことです」
その笑顔には、一片の曇りもないように旭日には感じられた。
「ただ、お願いがあるのですが……」
「え?」
それから1時間後。
「で、司令、その方は?」
「えぇと……大日本天皇国皇女の、タカマガハラ・エリナ様だ。皆、すまんが色々よろしく頼む」
なぜか、香取の会議室の中にエリナの姿があった。
「タカマガハラ・エリナです。各軍艦の艦長の皆さん、どうかよろしくお願いいたします」
ニコニコと微笑むエリナに多くの者が毒気を抜かれたような形だが、ちょっと根暗気味な北上や酒匂はあからさまに嫌そうな顔をしている。
「彼女の乗っていた船では速度が出ないので、扶桑と山城で曳航することになった。で、その間エリナ様が……」
すると、エルヴィナが旭日の脇腹をツンツン、突ついてきた。
「アサヒ様。私のことは『エリィ』と呼んでくださいと言ったじゃないですか」
直後、会議室の中に少なくない衝撃が走った。名前は日本風なのに、呼び方は洋風なのか、という点にツッコみを入れる者はいない。
山城は『ほほぅ、司令も隅に置けないねぇ』などと呟き、北上などは『なによ……いきなり現れて司令を気安く呼ぶなんて……』などと呪詛の文句を吐き、天城と葛城などは『司令にあんなに近づいて……羨ましぃっ』と意外な声を上げていた。
どうやら、艦長娘たちの中には旭日に男性としての好意を抱いている者もいるらしい。
太陽神からなにか細工でもされたのか、純粋に旭日の軍艦を愛する心に感じ入っているのかは分からないが。
「ま、まぁそういうことで、エリィはウチの艦隊を見学したいそうなんだ。皆、色々質問されると思うが、答えられることは答えてあげてほしい」
山城や雲龍、大鳳や津軽、そして意外にも駆逐艦など大人な対応のできる者たちは『はい』と素直に答えてくれたが、他の面々は若干不承不承と言わんばかりに『は~い』と言っていた。
どうやら、結構焼きもちを焼かれているらしい。
こうして、まずは戦艦『扶桑』の見学から始まった。
「アサヒ様、扶桑様の艦橋はなぜこのようにうず高くなっていらっしゃるのですか?」
「扶桑型戦艦は元々、日本……旧世界の故国初の超弩級戦艦と呼ばれる存在として建造された船なんだけど、環境が変化していくうちに戦法も変えなくてはならなくなり、それに合わせて艦橋構造物を増築していったんだ」
「なるほど。『必要に応じて』積み重ねた結果、このようになったわけですね?」
「そう。だけど、この特徴と、祖国のもう1つの名前を付けてもらったということからも扶桑の人気も高いんだ」
「そうでしたか。それはいいお話ですね」
旭日の隣で聞いている扶桑は、『嬉し恥ずかし』と言わんばかりの表情でむず痒そうに立っていたのだった。
山城が『ま~ま~姉ちゃん』と言わんばかりに肩をポンポンと叩いているのもどこか微笑ましい。
続いては航空母艦・雲龍へと向かう。
「この雲龍は飛行機と呼ばれる空を飛ぶ機会を海の上でも使えるようにということで考案された航空母艦という存在でして、彼女に搭載されている戦闘機『烈風』は、時速600km以上……ワイバーンの3倍以上の速度で飛行することが可能です」
ワイバーンが北西から飛んできたので、もしかしたら知っているかもしれないと思い聞いてみたら、『あぁ、ワイバーンの3倍……それは速いです‼』と声を上げていた。どうやら通じたらしい。
「なるほど……制空権を取れれば、海でも陸でも戦いを有利に進めることができるんですね。先進的です」
その点まで理解するというあたり、中々鋭い感性を持っているらしい。
敢えてカタパルトには触れなかったが、後で説明してもいいだろう。
次は装甲空母の大鳳であった。
「この大鳳も空母なんですけど、他の空母と違って甲板に装甲を施してあるんですよ。なぜだかわかりますか?」
「木製の甲板にワイバーンの火炎弾を受ければ、それだけで飛行機の離発着が不可能になってしまいます。だから、敵の攻撃にある程度耐えられるように、という考え方なのですね!」
もしかしたらわかるのではないかと思って聞いてみたが、案の定あっさりと理解してしまった。
これには大鳳も驚いたようで、『お見事です』と拍手していた。
実際、大鳳の装甲甲板は500kg爆弾の直撃にも耐えることができる想定だったと言われており、これは当時世界初めての試みだったという。
もっとも、その成果を発揮することなく沈んでしまったわけだが。
次は練習巡洋艦である香取へと向かった。
「この香取は練習巡洋艦といいまして、本来は戦闘用ではないんですよ」
「でも、アサヒ様の艦隊には戦闘をするための船として加わってらっしゃるのですよね?」
「まぁ、そうですね。それでも、彼女たちがいずれ重要な役割を果たしてくれるのではないのかと思っていますよ」
「まぁ、司令ったら。煽ててもブタしか木に上りませんよ?」
香取は満更でもなさそうに笑っている。しかも、サングラスをかけたブタが木に上っている絵までつけて。
意外と芸が細かいようだ。さすがは練習巡洋艦といったところか。
その次は重雷装巡洋艦の北上……は不機嫌であからさまに嫌がったので、仕方なく妹の大井の方へと向かった。
「すみません司令。お姉がわがまま言って……」
「しょうがないさ。人間的に合う、合わないは仕方ないからな」
「それだけじゃないとは思うんですけど……」
大井は少々顔を赤らめながら目を逸らした。旭日は疑問符を浮かべながらも解説を始めた。
「この重雷装巡洋艦という船は、船の喫水線下に魚雷と呼ばれる水中自走爆弾を大量に撃ち込むことを想定して改装された船なんですよ」
「確かに攻撃力はとても高そうですが……」
「どうしました?」
エリナは『言っていいのか……』と言わんばかりの顔で旭日の方を向いた。
「この船って、もし一撃でも砲弾を食らったらこの魚雷という兵器が誘爆するんじゃないですか?」
どうやら、たった一瞬で重雷装巡洋艦の持っている最大の欠点に気づいたらしい。旭日も大井も驚いた表情を隠せなかった。
「そうなんですよ。実際重雷装巡洋艦は軍艦としての装甲はかなり薄いのもあって撃たれ弱いんです……だから、攻撃が当たらないように祈るしかないんですよね」
「実際、私たちはこの世界で太陽神様の計らいで人の姿で蘇りました……旧世界では北上お姉はさらに別の船に改装されて生き残りましたけど、私は撃沈させられちゃったので……」
重巡・軽巡問わず、日本の高速航行可能な軍艦は攻撃力に特化していて防御性能は二の次というイメージがある。ただし、戦艦(特に長門や大和型)を除く。
「そうだったんですか。私の感性だけでは計り知れないような激しい戦いをされていたのですね」
大井はどこか諦観したような表情で肩をすくめる。
「まぁ、戦うのが軍艦の使命ですから。多くは沈みますよ」
『でも』と付け加える。
「鳳翔さんや葛城、お姉みたいに生き残れたら……最後までお国や人々のために尽くせたのになぁ、とは思いますね」
鳳翔は日本初の『空母として設計された』軍艦であり、太平洋戦争終結時まで稼働可能な状態を保っていた空母の1隻である(他には龍鳳・葛城など)。
そんなちょっと寂しげな彼女を後にして、次は阿賀野型の3番艦である矢矧であった。なぜ彼女かといえば、阿賀野と能代が先ほど戦闘を行ったこともあってまだバタバタしていたからである。
おまけに、海賊の捕虜までいるのだから危ないと言えば危ないのだ。
「扶桑さんとは違いますが、頼もしそうな大砲ですねぇ」
「えぇ。巡洋艦は元々『荒天下でも航行・作戦行動できる存在』として建造された船でして、旧世界の世界大戦時には数の少なくなった戦艦に変わって砲撃戦を行うことも少なくありませんでした。なので哨戒・先頭の両面において、文字通り八面六臂の活躍だったんですよ」
矢矧は『面映ゆい』と言わんばかりの様子で照れていた。
「あれ?これはなんですか?」
彼女が指したのは、扶桑や空母にもあるはずのカタパルトだった。だが、今まであまり目についていなかったようだ。
「これはカタパルト……航空機を搭載して火薬を爆発させる、或いは油の圧力で射出する道具でして、これで飛行機を飛ばせるんです」
「でも、飛んで行った飛行機はどうやって戻ってくるんですか?」
すると矢矧が『説明しよう』と静かに声を上げた。
「空母艦載機以外の飛行機の足には水の上に着水できるフロートっていうソリが付いていてな。それで着水してからクレーンという道具で回収するのだ」
「なるほど。そうすれば空母とは違った形で水の上でも航空機が運用可能なのですね。これは竜には真似できないですよ」
少なくとも、ワイバーンが水に着水してしまったらただのもがくだけのトカゲだ。
某ブタならばこう言うだろう。『飛べないトカゲは、ただのトカゲだ』と。
「では、いざという時はこの3門の大砲が様々に火を噴きつつ、飛行機も上空から援護をくれるんですね?」
「残念ながら、飛行機の使い方は少々違うんですよ……」
矢矧が頬をポリポリと掻く。エリナは『え?』と驚いているので、これまた説明してあげた。
「我が国の戦艦や巡洋艦に搭載された飛行機……水上機という存在は、ある程度の爆撃や空戦も可能でしたが、基本的には偵察が主な役目だったんですよ。あとは、あまりにも遠くへ飛んでいく砲弾を補足して、どこそこの座標へ撃ち込んでくださいと誘導する観測の役目もしていたんです。まぁ旧日本軍ではその過程で『順調に観測をするために敵機を追い払えるように』ということで空戦性能が求められたこともあって、言い方は悪いですが『ぶっ飛んだ』性能の水上機が作られたわけですが」
いわゆる、弾着観測射撃のための航空機なのである。
零式水上観測機などは正にそのいい例である。『三菱の飛ぶ不条理』というあだ名がついている、といえばその暴れっぷりが窺える。
なにせ、複葉機のくせに単葉機と互角に渡り合ったという話のみならず、『Bー17』を体当たりで撃墜してパイロットが無事に帰ってきただの、上空支援を求めた結果零戦ではなく観測機のはずの零観の方が駆け付けた、という珍事まであったという伝説の持ち主だ。
人、これを『日本面』、『島国根性』と呼ぶ。
「なるほど。必要性による進化、というものですね」
どうやら彼女はその手の技術的なことにも詳しいようだ。
その次は給糧艦である間宮だった。
「ここでは食料やお菓子など、兵の士気を保つために必要なものが搭載されています。いわゆる補給艦です」
「腹が減っては戦ができぬ。そして美味しいご飯は人をやる気にさせてくれる。つまり、戦いに勝つためには美味しいご飯、なのですね!」
「そんな解釈でいいと思いますよ」
実際、現実でもロシアの戦艦ポチョムキンにおいて『腐肉入りのボルシチ』を出されたことで水兵が反乱を起こしたという話があるので、これが結構笑えないのだ。
間宮もニコニコしながら名物『間宮羊羹』を勧めた。最初こそ『食べられるのかな?』という顔をしていたが、一口食べて気に入ったらしく、そのままパクパクと頬張ったのだった。
今度は工作艦の明石である。
「アタシの船はね、機械をたくさん載せているから船の修理が仕事なんですよ」
「すごいです……見ただけではなにがなにやらという感じで……」
明石には本土の海軍工廠にも存在しなかったというドイツ製の高性能修理機械が多数搭載されていたと言われており、単艦による修理能力は当時の水準でもトップクラスだったと言われている。
アメリカみたいに分業させるための数を用意できなかったからこそ、1隻にできる限り詰め込んだという、日本軍の貧乏軍隊なお財布事情故の悲しい事情もあるのだが。
実際、アメリカ海軍では工作艦を多数建造して(特設含む)おり、それによる徹底した分業制を成し遂げていたため、効率という点では明石よりも良かったと言われている。
本当に、貧乏軍隊は辛いよ。
「まぁ、素人さんじゃそうなるって。間宮姐さんとは違うけど……アタシのような船も、必要な存在なんだ」
「縁の下の力持ち、という存在なのですね。頑張ってください」
「ありがと」
その後も足摺や夕張、津軽や朝潮なども回り、それぞれの様々な能力に目を輝かせ続けたのだった。
「皆さん、どれも違った魅力でいっぱいなのですね」
扶桑に戻ってきたとき、彼女は嬉しそうにそう発言した。
「そう思えますか?」
「はい。皆さん特徴やクセがあるからこそ、異なる輝きを放つのですから。ふふっ、国へ帰ったら、お父様に一杯お話ししないと」
どうやら、君主である父親に大蔵艦隊のことをいっぱい話したいらしい。
しかし、旭日はどうしても気になることが1つあった。それは、大日本皇国の技術水準である。
王族御用達の軍艦が鉄甲船ということは、進んでいても精々戦国時代後半か江戸時代初期くらいの技術だと考えられる。
火縄銃や初期的な大砲は存在するだろうが、精々有効射程数百mと言われる初期のカルバリン砲か、信頼性の低かったと言われるフランキ砲がいいところだろう。
もし西洋的なものを取り入れていたとしても、カロネード砲などが関の山のはず。
そんな場所で、果たしてこの第二次世界大戦時の巨大軍艦が停泊できるのだろうか、と。
すると、エリナがギュッと手を握ってきた。
「大丈夫ですよ。アサヒ様」
そんな彼女のにこやかな笑顔を見ていると、本当に大丈夫に思えてくるので不思議な旭日であった。
というわけで、ヒロインと言えるキャラ登場です。
艦これ『光」作戦ラストでヒトミを出して改装設計図で改装したら……ま、まさかの中破ホロ!
某コブラの悪魔よろしく『ヒトミ~、ヒトミ~』と呼んでしまいました(笑)。
新型コロナが急激に広まり、緊急事態宣言時よりも拡大しております。
感染防止には徹底的に注意しつつ、上手く日常を過ごしましょう。