[ルートA] 脳の奴隷
ある曇りの日、無垢な少女がいた。
髪は汚れきって、服は土埃に塗れていた。
彼女は廃墟の屋上にいた。
そして敵のヘリと勘違いして指導者の乗ったヘリを持たされていた固定機関銃で撃ち落とした。
するとヘリの下で走っていた護衛の装甲車両が少女目掛けて鉛玉を撃ってくる。
どうすればいいかわからなくなった少女は恐怖とパニックに押しつぶされ、走って屋上から飛び降り1階の屋根に落ち潰れた。
冷たい鉄板をパァンッと叩いたような音だった。
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悪魔が来る。
その恐怖が女たちを支配した。
ヘルメットを被った緑の悪魔だ。
だからその女達は住んでいた廃墟のロッカー室で自分の赤ちゃんを水の中に入れた。
隠して見つからないようにする為に。
だが皆隠そうとした壺や容器などには水が溜まっており、どうしても子供が浮いてきてしまうのだ。
なんとか隠そうと格闘してると時間が無くなってきた。
緑の悪魔がやってくる。
そう考えた後、彼女達は自らの赤ちゃんの水落を殴り、殺した。
最初のひとりが殺すと他の女達も次々殺した。
ボコ、ボコと嫌な音が薄暗く、妙に広さのあるロッカー室で響き渡る。
そして女達は全員その場から逃げきれた。
すると、しばらくすると奥の扉から緑のヘルメットを被った不気味な笑みを浮かべた四角い男が入ってきた。
走っては来ず、一定のスピードで真っ直ぐ歩いてくるのだ。
そこでようやく私達国連軍がロッカー室の別室から入ってきた。
軍とは言っても私とカイテルの二人だけだった。
そしてその悪魔を銃で撃ち殺した。
するともう一度奥の扉から誰かが入ってきた。
スーパ _マンだった。
比喩とかではなく本当にスーパ _マンだった。
あのスーツを着て、奴もゆっくりとこちらへ歩いてくる。
右手でナニを扱きながらやってきた。
走らず、普通のスピードで。
「海兵隊...?」
私が気づいた時にはスーパ _マンは血を流して私の前でうつ伏せで倒れていた。
あのアメリカの象徴、右手は隠れたまま。
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「......っ______」
「______はッ」
「...はぁ はぁ....」
「おはよう、随分うなされてたようだ」
「また例の戦争でも思い出したのか」
「_____ベレストダーレ」
「...はぁ .... っ.....」
「仕事だ、私の護衛に来てくれ。
時間は、そうだな。元軍大尉であれば1分で十分か」
「...ここは戦場でも訓練所でもない」
「10分だ」
「はは、わかったよ。
君の朝飯は途中で買ってく。
トラメジーノサンドは嫌いか」
「...食べられるものならなんでも」
「じゃあそれで。
駐車場のエイトに乗ってるから、装備もしっかり整えるように」
「......」
私の名前はベレストダーレ・ロッカー
脳の奴隷だ
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君は映画を見るだろうか。
コメディと戦争映画以外は私も見る。
この薄汚れた部屋でブラウン管テレビにビデオテープを差し込んで見る。
でも時々、その必要なんてない時もある。
真っ黒な稼働してない画面を見てても頭の中で記憶という名のビデオテープが再生されるからだ。
ジャンルは戦争映画。
爆撃の音と阿鼻叫喚に飲み込まれ周りが戦場へと移り変わる。
それはその映画を最後まで見るか、誰かが私の肩を叩いて現実世界に呼び戻すか。
それしか、治療法がない
だから私は脳の奴隷なんだ。
奴隷だ
...奴隷だ
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ ._
「____来たようだ。
....ちょうど10分」
「いつものその濃いグレーの大きいコート。
似合ってるよ」
「.....」
「運転はエスカドールに頼んでる。
君は私の隣に来てくれ」
「...」
エスカドールとはこの肩まで髪を伸ばした女だ。
前髪を分けて横髪にカールを入れている。
左前の運転席から方向転換し右後ろからのドアからカルロッタの隣に座る。
入った瞬間、彼女が今日機嫌が悪いのを私は感じ取った。
「9番街の映画館が襲撃された話を君は聞いたか」
「....あぁ」
「その襲撃された日。
あの時、私の何よりも大切な大切な大切なものが危険にさらされた」
「わかるかい。娘がだよ」
「もしかしたら死んでいたかもしれない」
「なんとしてでも襲撃してきた屋敷に住み着いてるゴミ虫にも劣るクソ野郎共を始末したい」
「...始末したいが、まず君に頼んだ仕事は護衛だったな」
「これからその映画館と勇敢にも娘を守った子にも会いに行く」
「始末はそれからだ」
「.....」
「出せ」
「...」
「車を出せと言ってるんだエスカッ!!
さっさと出せ!!」
「は、はい」
想像以上だ。
ここまでキレたカルロッタを見たのはいつぶりだったろうか。
カルロッタは唾をかけられても動じない女だったのに。
そんな女が目に涙を浮かべてやがる。
私はこの女を尊敬しちゃいないが、この時ばかりは気の毒だなと思った。
私も女だからわかるが、自分の娘を銃撃戦に巻き込みたくない。
娘はいないけど。
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「ここでいい、降ろしてくれ。
エスカはここで待機。いつでも発進できるようにエンジンはかけておくように」
「はい、ボス」
「...エスカ。
さっきは悪かった。
私も気が動転してた、許してくれ」
「いえ、いいんですよ」
「...」
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「___わかりません、爆竹みたいな音がした後に劇場に入ってったらもう姿はありませんでした」
「わかった、その劇場に入ってもいいか」
「はい、6番の劇場です」
「ベレ、採取の用意を」
「.....」
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__________
______________
カルロッタの言う採取 、というのは大概指紋採取のことだ。
手早く済ませたい場合は蛍光パウダーとブラックライトで指紋を確認して写真を撮る。
極力採取したいところだが、今日はミラノまでの長旅になりそうだからこの手法でいく。
「早いな...」
「.....」
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「____ただいま、エスカ。
お土産にジェラート買ってきたよ」
「そんな、ボス。
いいんですか」
「次はミラノまで長旅になるからね。
これを食べてエネルギーを補給して」
「ありがとうございますっ」
「ベレも、美味しいかい」
「....ちゅ、......んむ...(5歳児)」
美味い。
「あーあー、口についてるよ」
「(これが戦争行ってた軍人の姿か。
なんも喋んないけどかわいいんだよなこの人)」
「この冷血な軍人さんを可愛いとか思っちゃダメだよ、エスカ」
「(...心でも読んでるのかこの人は)」
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「ここだ。
あの街灯の近くに停めてくれ」
「エスカはここで待機。
それからベレ」
「...」
「安全装置は外しておくことだ」
「....」
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「..なに」
「_____だから、ここで寝ていた日本人が撃ち殺したんだ」
ミラノのコーラと呼ばれる医者の居る薄汚い地下室にて。
どうやらカルロッタとその医者が揉めているようだった。
どうでもいい。
「...ちょっと待ってくれ。
その日本人がシャロ消したというのか」
「あぁそうだ」
「その日本人はあざみっていう名前だ。
今どこにいる」
「わからない。
何発も撃ったあと、さっさと出て行ってしまった」
「...」
その医者が言うにはこうらしい。
一つ気になることが。
いや、2つも3つもあるんだが
「なぜ動けた。
ここに運び込まれた時は呼吸すら自分でできないほどの致命傷だったはずだ」
「...なぜだ」
「ベレ、安全装置は外しているな」
「....」
言われなくても外している。
ただ、
ただ、だ。
部屋の隅に落ちてある白い錠剤が気になった。
「ベレ、どうした」
「...」
それは本当に暗い隅だった。
都会でコンピューターをいじってるインテリ達には決して分からない程の暗さだった。
驚いたな、こいつは
「....モルヒネ」
「なんだと」
チャキッ
「...」
「...っ撃つのか、私を」
「待て、撃つな」
「別に、あんたを殺そうとは思ってない。
少なくとも今はな」
「だいたい筋書きが分かってきた。
しばらく尋問、というものを受けてもらうぞ」
「...」
「この子は無口だが、戦争に行ってたし、正直言うと精神状態は普通じゃない。
人一倍の酷い光景を見てきたからね。
いつあんたにぶっぱなすかもわからない」
「私に命令されて止まってるんだ、今は。
脳天から鍛え上げた脳みそ飛ばしたくなかったら潔く事実を知らせることだ」
「......っ」
「........mamma mia....」
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冷えたパイプ椅子を置いてそれに医者を座らせる。
禿げあがった頭皮に汗が見えたのを、カルロッタは手持ちのハンカチで丁寧に拭いてやっていた。
5回ほどロープをパイプ椅子と体が密着する形で縛りげた。
最後は必ず五重のだまを作る。
一度二重だけをして逃げられたことがあるからだ。
「....治療器具には触らないでくれ」
「それはあんた次第だ。
早めに吐くと使わないし、ゆっくり吐くとゆっくり使う必要があるから」
「まずひとつめといこうか。
この錠剤はなんだ。
うちの護衛はモルヒネと言っていたが」
「...医療用だ」
バチンッ
「はぁっ.....!......っっっぃっだぇええええ」
一本。
ペンチみたいなやつで切ってやった。
「どうしたベレ」
「あんた、嘘ついたよ」
「なんだと(2週間ぶりに口開いたな)」
「これはモルヒネといえばモルヒネだけど医療用じゃない。Adom39というモルヒネ成分を何百倍も凝縮した強力な特別製だ」
「おいおい。
とんでもない嘘をついてくれたな」
「そんなチンケな嘘ひとつで利き手の薬指一本失うのは愚かとしか言えないぞ」
「しかもこれ原産はコロンビアだよな。
なんであんたがこれを持ってる」
「....誰から買った、ん?
誰からだ」
「ドクター、覚えとけよ」
「今は別件だし、それはまた今度にしてあげるよ。
今度があるかわからないけどね」
「じゃあ質問の続きだが______」
ガチャッ
「あれ、カルロッタだ」
「なんでここにいんだよ」
突如として奥のドアから出てきた異形の人間にカルロッタは大きく目を見開いた。
これも初めて見るカルロッタの表情だ。
これがカルロッタの言ってた日本人の女か。
「_______予想外だよ、あざみ」