[ルートB] 生存者
「____クッソ...!」
「行くぞ!」
「あ、え...」
アリーの手を引き劇場の出入口に駆け込む。
頭ん中はアドレナリンが出まくっていて興奮しきっていた。
「あざみ、シャロが...!」
「パニックで脳やられちまったか!?
今行ったら私達もぶっぱなされるだろうが!」
「...っち」
アリーを横抱きにして走る。
こんな時になんだが、彼女は近所の野良猫よりも軽かった。
「ひゃっ!?」
「動くなよ、今はマジでやばいんだ」
走りに走ってようやく入場してきたゲートにたどり着いた。
外は人で混んでいて、銃撃があったなんて思わせないように賑わっていた。
「よし、なんとか、着いた...次は」
「あざみっ、いや!!」
「は?」
パシュッ
______瞬間。
ペットボトルが弾けたような音が聞こえた。
「_______」
____奇妙な吐き気覚えて口を閉じる。
...なんだ、この脳みそから汁が漏れ出すような気持ち悪さは。
汁が流れていくにつれて力が抜けてくようだ。
地面のコンクリートに膝が着く。
「(これは一体...)」
と、その時。
アリーの清潔な赤茶色の服に真っ赤な絵の具がどっぺりと付いていた。
いや、これは絵の具なんかじゃない。
私の胸にぽっかりと空いたペットボトルキャップサイズの穴が私をそう判断させた。
これは私の血だ。鮮血だ。
「これは...」
「うそ、あざみ...」
今度は膝から横に倒れる。
その時私は自分自身が倒れたことすら気づかないほど感覚がなかった。
ただ感じるのは、胸の痛みとコンクリートの冷たさだけ。
耳はハウリングしたスピーカーみたいにキーンとなっているだけだった。
でも甲高い声は聞こえる。
多分アリーだろうな。
でも生憎、川に溺れたみたいに波で掻き消されてよく聞こえないんだ。
なんだ、もっと感覚が遠くなっていくぞ。
体と意識が離れてくような。
あー。
これがテレビとかでよく見る幽体離脱ってやつなのかな。
違うか。
よくわかんないけど体から離れていってるのはわかる。
死ぬのか、私は。
なんか、嫌だなぁ。
まぁでも、この美しい孤島で死ねるなら悪くないかも。
今までで一番のおもい、で_________
ザジュッ
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _
時に、生と死を考えることがある。
生とは歓喜を与えると同時に悲哀を与え、死とは悲哀を与えると同時に歓喜を与える。
解釈の違いだ。
どうせ死後の世界なんてあるわけないし、胡散臭いテレビに出てた髭のおっさんが言う天界なんてものも無い。
あるのは現実だけだ。
生体機能が稼働してるかしていないか。
事切れて生体機能が停止するかしないのか。
何人も殺した殺人犯やレイプ魔が天国に行くのか地獄に行くのか。
くだらない。
あるのは土に埋まって生体機能が失われた白骨死体という現実だけだ。
電気椅子や首に看板掛けられて吊るされてたって同じだ。
そう。
たった今死んだ私 、片倉莇も同じなのだ。
あれ
じゃあなんで今考えることが出来て________
ピッ ピッ ピッ ピッ
甲高い電子音が聞こえる。
一定のリズムを刻むように。
ただ、心地は悪くなかった。
嫌な音でもないし、耳に障るような、そんな音ではなかった。
_____何だろうこの匂いは。
無駄に清潔感のある匂い。
マスクをした時の匂いと似てる。
タバコ臭いカルロッタの家より澄んだ匂いだった。
「うっ...ぁ....」
目が霞んでまだハッキリとは見えなかったが、私はベッドの上にいて、辺りは明るく昼のようだった。
周りには観葉植物が置かれてて部屋が白い。
病院か、ここは。
「...いっ..」
途端、劈くような激痛が走る。
胸がすごく痛い。
比喩とかそんなんじゃなくて、物理的に。
確認しようと首を少し持ち上げる。
_____すると、目の前に影があった。
黒い塊のようにも見えたが視界がだんだん慣れてきたところでそれは人影だとわかる。
どうもそいつが痛みを与えてるようにも思えた。
「...ぁうあ、いっ、ぃてぇ.......」
視界がようやく戻ったところで人影の正体がわかる。
それは真っ白なワンピースを着た白い髪の眇眇たる少女だった。
「ありぃ...」
「...んっ....ちぅ..」
痛みの原因は彼女だった。
何故かぴちゃぴちゃと音を立てて私の傷口を舐めているのだ。
やらしぃ。
と感じると同時にビリビリと痺れる痛みが直撃してくる。
「アリー...やめ....」
「....ぢゅ、ちゅぽっ」
どうやら彼女には聞こえてないらしく、そのまま口をすぼめて勢いよく吸い出した。
「ぅあ、まじで...しんどい....」
「あ、アリーちゃん!
患者さんの傷口舐めたらダメって言ってるでしょ!」
バタン、という音が聞こえると同時に白衣を着た女が入ってきた。
虫みたいにくっついたアリーを全身使って私の元からひっぺがす。
かく言う私は
「...はぁっ....はぁっ...」
「あ」
憔悴しきっていた。
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _
「んで、私が着いた頃には見事なイキ顔になってたと」
「しばくぞ」
私のベッドの横に椅子を置いて座り込む白衣の女。
どうやらこいつが私の主治医らしい。
ジーパンに赤色のセーターを着て、よく似た茶髪のマッシュルームヘアをしてる。
そんでもって追加の丸メガネ。
うさんくさい印象の医者だが何故かそれらをオシャレに着こなし、彼女にあった服装だとも思った。
「...くっ」
「まだ動かない方がいいです。しばくのはまだ先の話になりそう」
「くそ...」
「いや、別に恥ずかしがることは無いですよ。
痛みで快楽を感じる人もいるものですから」
「だから、そういうことじゃ_____」
「ジャケッテッド・ホローポイント」
「はい?」
「____これが何だか分かりますか」
「急になんだよ...」
「これは...銃弾、なのか。
弾頭がキノコみたいに膨らんでる」
「あんたの頭みてぇに」
「これはジャケッテッドホローポイント弾。
通称JHP」
「(無視された...)」
「これがあなたの体内から発見されました。
そう、その胸の傷から」
「....つまり、私は撃たれたってことか」
「そういうことです」
「穴みたいなのがあったはずだが、人体ってのはすごいな。時間が経てばこんぐらいの傷にまで治ってるし」
「は?」
「えっ」
そう言って彼女は静かにメガネを取り外し、私に心底呆れた顔をした、
「...医者になってはや1年。
ここまで馬鹿な患者に会ったのは初めてですよ」
「...」
「私が手術したんですよ。
24時間も掛けて」
「このレントゲンを見てください。
あなたがさっき言った穴、というのを治すのはごく簡単なことでした」
「ですが問題はこの弾がJHPというところにあったのです」
「このレントゲンを見てもらえればわかる通り、ひとつの弾丸のくせに複数の破片が体内に拡散してくい込んでいますよね」
「JHPというのは撃ったらその弾からさらに細分化された弾が拡散する強力な弾薬です。」
「普通胸に撃たれたら即死のはずです。
肋骨を貫通し心臓に直撃、のはずなのです」
「ところがあなたは奇跡的に心臓をはずれ、私による努力と技量と知識と時間によって生きながらえているんです」
「だからもう二度そんなこと言わないでください」
「_____...悪かったよ」
「はい」
「次に、入院代の話に入るのですが」
「合計168万円となります」
「いや、高すぎる。
計算ミスしてるだろ」
「そんなことはないですよ。
この紙に詳細をまとめているので確認してください」
「点滴代50万...やっぱり高すぎる。
医者なんだろ。計算ミスはやめてくれ」
「だからミスじゃないですって。
2ヶ月分の点滴代なんですから」
「は?2ヶ月?」
「言い忘れてましたけど、あなた今日まで2ヶ月間ずっと昏睡状態だったんですよ」
........え?