[ルートB] 執念の深き悪魔
「...ちょっと刑事、この車エアコン効いてるんですか。
寒すぎますよ」
「79年式のトランザムがすぐにエアコンかかるわけないだろが。後ろに毛布あるからそれ羽織ってろ」
「...うぅ、いくらシチリア島とはいえ早朝は寒いんですね...」
「てか、朝5時から張り込みなんて気合い入りすぎですよ。出直してきた方が....」
「....しっ!
黙れ黙れ....!」
「こ、こんどはなんですか」
「出てきたぞバカタレが。
さっさとメモとれ」
「え、はい。
....どうぞ」
「いくぞ。
...午前5時」
「...午前5時」
「チャリオ通り、3-13」
「...はい」
「不法入国者、かたくらあざみ、確認」
「かたくらあざみ.....」
「よし、後は突撃して手錠かけるだけじゃ。
準備は?」
ガチャッ
「え?、え、ちょっと....!」
「いや、足はや!」
「...今日で退院か」
「思えば早かったような、長かったような」
タッタッタッタッ
「...?」
カチャッカチャカチャ
「逮捕じゃ、署までついてこい」
「うお、なんだお前っ」
バチンッ
「ついてこいと言ったんじゃボケ。
ついてこいや」
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _
__チゼータ署____取調室にて________
「んじゃ、取り調べでも始めよか」
「...てめぇ、病み上がりの人間に...」
「あぁ、痛かったです、やめてくだちぃい!
ってか?笑わせるぜ」
「別にお前みたいなクズ何人殴っても変わりゃせんだろ。
なんせそんな世界にずっと生きとったわけだからの」
「はぁ?てめ何言ってんだ」
「とぼけんな、お前ヤクの密売人じゃろ」
「....いや、違うわ。
てかなんだその....じゃろって」
「黙れこれは私の口癖じゃ」
「...ったく。
ほんとになんなんだよあんたら。
短髪のハードボイルドなお姉さんと、
後ろで突っ立ってるその華奢なベビーフェイス」
「私、ですか」
「あぁその、いかにも助手って感じの」
ボゴッ
「黙って刑事の話を聞け」
「....お前も、殴るのか....」
「痛てぇ...」
「っていうわけなんだわ。
さっさと吐け」
「待てよ、第一何で私が密売人なんて...」
「不法入国者プラスその身なり。
そんな格好するやつはマフィア以外にいない」
「私はお前がポッジョーリ家に入り浸ってたのも知ってる」
「だから推測するに、お前はジャパニーズマフィアかもしくは...」
「違う、私は誘拐されて来たんだ」
「面白いこと言うやつだ。
じゃあずっとそこにいろ。
禁固100万年じゃボケ」
ガチャッバタン
「....クソ...」
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _
「_____なに」
「...今は取調室にいるらしいです」
「カスターニョを向かわせろ。
あと、彼女にこれ持ってかせて」
「はい」
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _
エスカは屋敷の裏に出た。
日陰のある小道を少し歩くと、そこでは硬そうなジーンズのオーバーオールを着て農作業をしているカスターニョがいた。
姉を見つけたエスカは、小走りで柔らかい土を踏みながら駆け寄っていった。
「姉ちゃーん」
「なんだ、ジュリア」
「エスカって呼んでよ。
その名前は嫌いなんだ」
「ははっ」
「何笑ってんだよ」
一度振り返ったはずのカスターニョは再びスコップを持ち土を掘り返し始めた。
「あのな、私にとっちゃ妹は妹だ。
エスカだと?ははっ」
「あーもう黙れよ...!
ボスが取調室に行って日本人を解放しろだってさ」
「姉ちゃんもそんな畑作業終わったらさっさと行けよ、いいね!」
「ほら、金、ここに置いとくから...!」
「おい、畑作業の何が悪いんだよ、おーい」
「...ったく..」
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _
______チゼータ署__休憩室_______
「....刑事、コーヒー飲みます?」
「飲む」
「砂糖入れます?
それかミルクか」
「黙ってブラックじゃ」
「いや、あんたブラック飲めないでしょ」
「飲める」
「飲めない」
「飲める」
「飲めない」
「飲める」
「...刑事いいかげん認めてくださいよ」
「あぁ?飲める言うとるが。おちょくっとんのか」
「しつこい人ですね_________」
ガチャッ
「誰な」
「ポッジョーリの者だ。
是非ともその取調室にいる日本人を解放して欲しい」
「まだ取調が終わってねぇ。
出直してこい」
「こいつでどうだ」
ガパッ
「...おぉ」
「フェルナンダ、見ろ。
これが賄賂っつーやつじゃ」
「軽く10000ドルはある。
これ貰えりゃ高級腕時計も簡単に買えるぞ」
「別にこの金をどうするか決めるのはあんたの勝手だ
(...じゃってなんだ)」
「どうだフェルナンダ、欲しいか」
「...そりゃ欲しいですよ」
「でも汚い金なので貰えません」
「そう、そういうことだ」
「この金はな、強盗や詐欺、その他犯罪で稼いだ汚い金じゃ」
「麻薬とてその例外じゃない」
「こんな金にキスするぐらいなら捨てた方がマシじゃ」
「....」
「ま、私達はそこら辺の賄賂に釣られる警察じゃないってことをあんたらのボスにも言っとけ」
「せいぜい一般人を利用して、汚ぇ金稼いで、今のうちにシャンパンでも飲んでおくことじゃ」
「もうすぐ飲めなくなるからよ」
「....」
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _
_____公衆電話内________
「...だめだ、あの刑事全く金を受け取らない」
「どうすりゃいい」
「...あぁ」
「...マジか」
「...ちょ、それ私がやんのか」
「...わかった」
ガチャンッ
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _
ガチャッ
「...よう」
「またお前か。
今度は何しに来た」
「...トイレ、借りてもいいか」
「はあ?」
「....」
「....勝手にせ」
「悪いな」
「で、トイレはどこだ」
「...フェルナンダ、案内してやれ」
「はい」
「こっちです」
コツ、コツ、コツ、コツ
「ここです」
「すまない、助かる....よ!」
「むっ....!んん....!」
「暴れるな、ガムテープが巻けないだろ...!」
ビーーッビビーッ
「しばらく個室にいてくれ」
「...っ!!!」
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _
今、何時間経っただろうか。
生憎この部屋には時計というものがない。
手錠もかけられたままで、あの刑事達に殴られた頬がヒリヒリと痛む。
外は雨が降り始めたみたいで、窓を水滴が叩く音が聞こえる。
私はこのままずっと、ここにいなければならないのだろうか。
「....」
「おい」
「うおっ」
「バカ、大声出すな」
「あんた誰だ」
「カスターニョ。
カルロッタに、お前を解放しろと言われた。
一緒に来い」
「え、でもまだ手錠が....」
「んなもん後で屋敷で外してやるよ。
いいか、外に車を用意してるから、静かに、ゆっくりついてこい」
「わ、わかった(なんかカッコイイぞ、この人)」
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _
「(...おい、休憩室通んないと出口まで行けないぞ)」
「(あぁそうだ。
だからNINJAで行こうNINJAで)」
「(またエセ日本かよ、勘弁してくれ)」
取調室を後にし、靴を脱いで廊下に出る。
足音を立てないためだ。
というのも、この警察署内には全くと言っていいほど人がいないのだ。
そのうえ中は薄暗いし、ヤバい雰囲気はそこら中に立ち込めていた。
左斜め前方から休憩室らしい空間が見えてくる。
と同時に、あのハードボイルドな刑事の腰掛けた背中が見えてくる。
カスターニョが刑事の様子を壁越しに確かめ、その刑事の真横を通り過ぎようとする。
「(見つかったら刑務所行きか。
こんな緊張したのはアメリカの政治家を食事会で撃った時以来だ)」
「(...)」
「(...)」
「____遅いのぉ」
瞬間、その刑事が独り言を漏らしながら、振り返って私たちと目が合った。
「あっ」
「うわっ」
次いで私達も変な声を出す。
すると刑事も状況を理解したようで、顔が般若のように歪んできた。
「てめぇら」
「このクソバカタレ共がッ!」
その時、私は脳からの緊急信号を得たような気がした。
「逃げろ逃げろ!」
「死に晒せコラぁ!」
パァン、パァンパァン
「マジかよあいつ撃ってきたぞ!」
「早く車に乗れ!」
ガチャッバタン
キキキキキキ
「....まずい、エンジンが....」
「何してんだよ早くかけろよ!」
「お前ホラー映画見た事あるか!?
あれと一緒だよ!」
「うおおおおっ、付いてきたぞおお!」
キキキキ
ブォオン
「つ、ついた!」
ガガガガ ゴーーー....
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _
「...なんだったんだありゃ」
「...あれはな、私達の天敵だ。
リンダ・バルボーレ、27歳」
「そして相棒のフェルナンダ・ドレスト、21歳。
こいつもリンダに完全協力している」
「正直いってあいつらは現時点で無敵だ。
警察上層部からの命令もろくに聞かない上、片っ端からマフィア組織を潰そうとしてる。
どんな手を使ってでもな。
あまり干渉したくないから今後は捕まるな」
「....」
確かに、病み上がりで退院してきた人間をぶん殴って署まで連行するなんてありえない話だ。
そのうえ取調室で監禁。
無茶苦茶だ。
「まぁでも、あんたに助けられたおかげで一安心、だろ」
「...」
「いや、それは違うらしい」
「なに」
途端、カスターニョが車のギアを上げ速さが増した。
「うぉ、今度はなんだよ!」
「後ろを見ろよ」
「あ?」
助手席から身を乗り出して後ろを見る。
すると、なにか玉みたいな物が私の髪に当たった。
「...は?」
「伏せろ!」
カスターニョに頭を押えられ座ったまま伏せた状態になった。
すると頭からなにかベタっとしたものが垂れてきた。
真っ赤な何かが。
頭が正常に作動し始めて、伏せる前の後ろを見た時を思い出すと、ギアを上げた理由がわかる。
雨で見ずらかったが、79年式のトランザムが私達の後ろに付いてきてて、中にはあの刑事が乗っていた。
そしてあの華奢な助手みたいなやつが窓から身を乗り出して銃を構えていた。