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美容師さんに職業を聞かれると気まずいタイプ

「さて、どうするか」


 壊れて捨てられたのを拾ってきたのだろう。無理やりな補強を加えられた――折れた足の代わりに刃の抜けた剣の握りが縄で巻きつけてある――丸椅子に俺を座らせ、目の前のドネートが呟く。手には床屋から借りてきたというハサミを握っていた。


 全裸中年を卒業する前にやる事があった。イメチェンだ。街中を全裸で走り回った俺である。街の人や憲兵に顔が割れ散らかしている。服を着た所ですぐにバレるだろう。髪型を大胆に弄って風貌を変えようという事になった。


「いい感じでお願いします」

「贅沢言ってんじゃねぇ。イメチェンが目的だって言ってんだろアホが」


 冷たい視線が心地い。しかめっ面で誤魔化しているが、よく見ればドネートはちょっと童顔だった。俺に舐められないよう頑張って背伸びをしていると思うと萌えるものがある。


「つってもなぁ。髪型だけで誤魔化せますかね?」

「誤魔化すしかねぇだろ。街を出るんだって金が要るんだ。てめぇの服やら装備やら揃えたせいでこっちは文無しなんだよ。そんだけお前に賭けてるんだ。とっととイメチェン済ませて働いて貰わねぇと飯も食えねぇ」


 初期投資という事だろう。その日暮らし――予想だが――のドネートにニートを養う余裕はない。日々の暮らしの中で貯めた雀の涙のような金を使わせたんだ。期待に答えたい気持ちはある。


「頑張ります!」


 全裸中年の会心の笑みをスルーされる。まぁ、どう頑張った所で爽やかな笑みを浮かべられる顔の作りはしてないが。そんな事では傷つかない。負け犬おじさんはスルーされる事には慣れている。長年の負け犬&原稿没生活で自尊心を根っこから破壊された俺だ。相手をして貰えるだけで幸せを感じてしまう。安上がりな人間なのである。


「うーん」


 髪型を考えているのだろう。真剣な顔でドネートが俺を見つめる。気恥ずかしいが、可愛い異世界ギャルに見つめられて悪い気はしない。なんならその間、顔も胸も臍も見放題だ。エチチな動画サイトの無料宣伝パートで日々シコリ散らかしてきた俺である。生身の女は天上の花だ。実に癒される。


「やっぱ、元の印象とかけ離れた髪型にした方がいいよな」


 なにか思いついたのだろう。呟くと、ドネートはおもむろに俺の頭にハサミを入れた。


 ざくり。

 右のもみあげが根元からなくなる。


「だ、大胆に行きますね」

「気が散るから喋んな」


 しょぼん……。


 とはならない。それよりも、俺は鼻先に近づいたドネートのπに夢中だ。椅子に座った状態で向かい合って髪を切って貰ってるんだ。当然、ドネートの胸との相対距離は限りなく近くなる。ワイルドな体臭が鼻をくすぐり、全裸中年のマスターソードが反応する。バレたら叩かれて軽蔑されて嫌われるだろうしおじさんもくっそ恥ずかしい。


 俺は必死に怒れる相棒を太ももの間に挟んで隠した。こんな時は素数を数えるのが定番らしいが、生憎俺は数字に弱い。万年赤点の高卒おじさんである。代わりになにか適当な短編のプロットを考える事にした。


 お題は床屋だ。いつも通っている床屋の店主がぎっくり腰で倒れ、美容師になった娘がピンチヒッターに駆けつける。初心な主人公はどぎまぎしながら、必死にオティンティンがティウンティウンしないよう萎える事を想像する。


 そんな主人公の努力を知ってか知らずか、薄着の美容師さんは無防備すぎる姿勢で主人公の髪を切る。果たして主人公は最後までおっきせずにいられるのか!


 うむ。悪くない。投稿サイト向けじゃないが、俺好みの小粒の短編だ。けど、このままじゃちょっと弱い。そうだな。美容師さんを中学生時代の同級生で初恋の相手にしたらどうだろうか。それなら、おっきを隠したい理由も増すし、読者も感情移入しやすい気がする。


 で、お互いに積もる話をする。初恋の相手は最近彼氏と別れて傷心だ。毒にも薬にもならない主人公は彼女の話に耳を傾ける内、彼女が自分を誘惑しているのではないかという疑念に駆られる。いやいや、そんなわけないだろ! 心と下半身両方を抑えるが、ついにはおっきしてしまい、それを相手に悟られる。


 終わった。グッバイ初恋。最初から始まってすらなかったが。と思いきや、実は初恋の相手は主人公の事が好きで、最初から誘惑するつもりで父親に仕事を変わって貰っていた。ハッピーエンド。ってのはどうだ? 


 ちょっとシモに走り過ぎているだろうか。生々しいエロを入れてしまうのは俺の悪い癖だ。


 ――一戸さんのエロってなんか違うんですよね。いかにも発想がおじさん臭いって言うか。そういうの、若い子は嫌がるんですよね。


 イマジナリー編集者もそう言っている。


 ……うるせぇ! んな事は俺が一番わかってんだ! けど、そうなるだろ普通! えっちな事は悪い事か!? 人間は服を着て生まれてくるわけじゃないだろ! 裸の否定は人間の否定だろうが!

 

 いかんいかん。つい脱線してしまった。


 妄想力が強すぎるのが作家という生き物の悪い所である。


 気がつくとドネートは前を切り終え背後に回っている。異世界のハサミだからか借りてきたのがボロなのかしらないが、ちょいちょい刃に毛が引っかかって痛い。まぁ、異世界ギャルに散髪して貰っているのだから文句はないが。


 背中にぎゅっと胸が当たっているなら猶更だ。どう考えてもノーブラである。シンプル嬉しいが、童貞おじさんには刺激が強すぎる。燃料棒からの漏出事故が起きないよう、俺は先ほど浮かべたプロットを頭の中で清書した。


 ……この世界にはパソコンがない。勇者の役割を与えられた俺は作家をやめるのだろうか。 


 そう思うと、一抹の寂しさが胸を過った。


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