夢と現実
リリアを連れて仮住まいに戻るとどっと疲れが押し寄せて眠気に襲われる。
「リリア。お前は眠くないか?おれはもうくたくただ…」
「あんなことになって疲れたに決まっているじゃないですか…それよりもさっきの会話はなんなんですか?話が繋がらないのですが…」
「⁉︎」
返答がないものだと思っていた。
今までだんまりだったリリアが急に話したためリリアの方を光の速さで振り向いてしまった。
「お前…話せたのか…」
「当たり前じゃありませんか…」
リリアは当然のような顔をしていた。
「なんでさっきは話さなかったんだ…?」
「そりゃあ…ってそのリリアって呼び方やめてください。なんだか気持ち悪いです」
「!?お前…もしかして記憶があるのか?
それに…その口調からしておれを知っているのか!?」
リリアは大きく目を見開いていた。
どれほどの時が経っただろうか。
おれはとても長い時間リリアの返答を待っていた気がする
しかし聞いておかなければならない
おれがナニモノであるのかを
そして長い沈黙の後リリアは口を開いた。
「私は…何も覚えていません…あなたのことも…忘れました…」
俺は悟った。
リリアは黒だ。
こんなにわかりやすい奴で良かった。
だがいきなり態度を変えた辺り言いたくない理由でもあるのだろう。
今はそっとしておくのが吉か?
いや、しかし俺のことを知っているならば知りたい。
まぁ今はいいや…ほんと疲れてるんだよ…体が限界…
明日にでも聞こう
「そうか。お互いにつらい状況だがこの町の人はとても親切だ。これから少しずつ思い出していこうな」
頭を撫でる。リリアの顔が綻ぶ。
すこし嬉しそうだな…
リリアが町の外にいる間に何があったのかは今は聞くべきじゃない気がした。リリアが時折見せるとても悲しい表情からも今は聞かないでくれと言っているような気がしたからだ。
「寝るか。今日は疲れたな……おやすみ…」
「おやすみなさい…」
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「マカイ!お前は何のために生まれてきた⁉︎」
「はい!僕は歴史を語り継ぎ、いつしか人々の栄光のために生まれてきました!」
「そうだ!ならお前のするべきことはなんだ⁉︎」
「はい!歴史を学び人類を学ぶことです!」
「素晴らしいぞ。我が息子よ」
悪夢のような時間だった
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額に大きな汗をかき、飛び上がるように起きた。
目を覚ますとそこは見覚えのない天井が見えた。
「そういえば昨日は眠かったから一瞬で寝てしまったんだったな。それにしても今の夢はなんだったんだ……悪夢だったことしか覚えてない」
思い出そうとするとチクリと頭が痛む
直前に見た夢のことすら覚えてない。
夢では良くある話だろう。
でも俺は直感的に理解した。これは「それ」とは少し違う。自分の意思が思い出すことを拒んでいるようなそんな感じだ
横を見るとリリアはいなかった。
「少し外でも散歩するか……」
外は先ほどまでの賑やかさとは違った雰囲気に包まれていた。
酒を酌み交わす者、川に向かって盛大に嘔吐する者、男女で戯れている者、
夜の町へと変化していた。
街灯は先日見せてもらったウィルのお手製だろう。
とても綺麗だ
そんな日常が広がっている。
ふと空を見るとそこには大きな獣がいた。
真黒だ
この町を呑み込まんとする大きな口は地面に向けられどんどん加速している。
30mほどの高さだろうか。その口はまるで俺を呑み込もうとしているかのように見えた。
先ほどまで見ていた日常が見上げた瞬間に急変した。
あまりの恐怖に声も出ず、身体も動かなかった。
次の瞬間には他の者も気付き、町は混沌としていた。
何が起きているのかも理解できず俺は立ち尽くしていた。
「みんな逃げろぉ!!」
「大型のマクロが現れたぞぉ!!!!」
「きゃあぁぁぁぁぁ」
近くから聞こえる悲鳴はどこか非現実的で夢でも見ているのかと思った。
俺はこのまま食われるんだろうか。
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「マカイよ、全てはお前にかかっている。人類の全てがお前にかかっている」
「絶対に成し遂げるよ。父上」
「素晴らしいぞ、我が息子よ」
俺はいつになく笑っていた。
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目を覚ますとそこは見覚えのない天井が見えた。
「おはよう。大丈夫か?」
横にはなぜかマリがいた。
「おはよう」
「…………」
昨夜の出来事を少しの沈黙の後思い出した。
「昨夜の後はどうなった⁉︎みんなは無事か!?町は!?」
消えることのない不安はマリに向けられ多くの言葉となっていた。
「? 昨日の後?
特に何事もないし、みんなは無事だぞ?どうしたんだ?」
クスクスと笑うマリとは正反対に俺の表情は凍りついていた。
「大きな真黒が上から降ってきただろ!
あいつのことだよ!!!」
俺の異常な反応をみてマリが真剣な顔へと変化する。
「まてまて、一回落ち着こう。
まず第一に大きな真黒など降ってきていない
それにあんたは3日も寝ていたから昨日のことは知らない
私は心配になって見にきたら尋常ではない汗をかいていたから少し看病していたのだ」
空いた口が塞がらなかった。
「夢だったのか……」
あまりの驚きにしばらく沈黙しているとマリは立ち上がる。
「まあ慣れない環境で悪い夢でも見たのだろう。
外の空気でも吸いにいかないか?」
「あぁそうするよ……」
鮮明に覚えている夢は忘れたくても記憶にしっかりと刻まれていた。
外に出るととても気持ちいいそよ風に吹かれて気分をリセットすることができた。
「あんたたちはなぜそんなに親切なんだ?どこの誰かも分からないような俺にそこまでに親切にできることに俺はとても尊敬している」
「私は時々考えるんだ。いわゆる「しあわせ」ってやつをね。
私は少し前まで人類の発展のために失われた町を取り戻そうと必死に外の世界を探検していた。
しかし、その果てに思ったことは、幸せと思えることが幸せなのだと。昔は失わられた町を取り戻すために隊を結成して奪還作戦なども行なっていたがその度に多くの仲間が死んでいった。
何の成果も得られず死んでいく民、いつしか私は攻めることよりも守るべきものを守ることがこの町にとっての幸せだと気付いたよ。」
「私は今でも外を調査して未知数を解明していくべきだとも思っている。
だがそう思っているのはこの町ではおそらく私とメタルくらいだろう。私たちは民のためと思ってやってきていても民はそう思っていなかったらただの自己満足なんじゃないかと思えてきてな。それ以来は町を守ることにこの身を捧げている」
「マリは強いんだな」
「武の神を宿しているからな」
「そういう意味じゃない」
「分かっている」
マリは微笑み、わざとボケてみせる。その顔はとても悲しい笑顔に見えた。
「私は強くなどない。過去に大きなミスをしてしまっているし、それ以来わたしは迷いっぱなしだ。何が正しいのかも分からなくなってしまっている。3年前のことだ…」
マリは過去を語る。
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「今回の調査では南東の森林を調査する。作戦を説明しよう。南東の森林はとても大きく未開の地だ。今回の調査で、まずは情報収集や地図を作りたい。今回はとても深い森林のためいつものように空を飛ぶことのできるワワタを上空に飛ばしつつ状況を整理することが出来ないためマクロに出会った班はすぐにテレパシーの使えるアギのもとに知らせてくれ。アギの位置は定期的に知らせるからマクロに出会った班は早馬で伝えに行ってくれ。そして、アギからマクロの出現位置を全員で共有しつつ、作戦はアギを通して臨機応変に対応していくつもりだ。いつも言っているが調査は我々人類の発展には必要不可欠だ。だが、焦る必要はない。あんたらの命の方がよっぽどか大事だからね。マクロがどれだけいるかもわからないし人類にとって脅威となるものや希望となるものがあるかも知れない。」
「さぁ行こうか」
「は!!」
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数時間後
「あねさん!B班の隊員誰とも連絡が取れません!どうされますか?」
「B班は確か森林の中央あたりを調査しているはず……
何かあったのかもしれん。場所はあまり遠くないから一度我々の班で確認してこよう」
「わかりました!」
「A班、全員ついてこい!」
「は!!」
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「あねさん、このあたりのはずです……」
「……………………」
「あねさん?どうされたんですか?あ………………」
「今回の作戦は中止だ。即刻ウェルカに戻る。アギに伝えてくれ」
「…………わかりました」
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「その時の惨事は今でもしっかりと覚えている。 B班は16名だ。あたり一面に血が飛び散り、16名の首が地面に転がっていた。誰かが生きていると信じて全員の顔をしっかり確認した。
あんたには伝えてなかったが本来マクロは心臓のあたりを食べようとしてくるはずなのに胴体はすべて残っていた。どのような殺され方をしたのか、本当にマクロに殺されたのかもわからない。
ウェルカについてB班の家族や友人に彼らは立派に勤めを果たしました。と言えないことがとても悔しくて恥ずかしかった。16名も死者を出すのはいつもに比べて多いし、原因も分からないときた。
そして、本当に外の調査は必要なのかを問われて私はこう答えたんだ「外の調査は必要ないのかもしれない」とね」
「大変なことがあったんだな…ただマリの言う外を知るべきだっていうのはみんなと一緒で反対だ。やはりここには生きたいと思っている人がいて実際に生きている人々がいるわけだからな。それは最も尊ぶべきだと思う」
マリの考えもこの町の状況もよく分かっていない俺だがヒトの命より尊ぶべきものはないと思っている。記憶をいくらなくそうが変わらない信念みたいなものでもあるのだろうか。おれは昔からこう考えていた気がする
「だがその先に人類が滅んでしまうとしたら?」
「その質問はずるい……」
「ずるくなどない。わたしはこの世界に先はないと思っている。今は繁栄してきて人口も増えてきたがこの先もそうなるとは言いきれない。だからこそ分からないものには蓋をしておくことは唐突な終焉を意味している。我々が現在危機的状況に陥っているかどうか知るよしもないのだからな」
「それは可能性の話だろ…」
マリは早口になっていく。なにかを伝えるために。
「そうだ。あくまで可能性だ。可能性がある以上誰かが考えねばならない。だがこの町と町の王はそれを良しとしない。
だから私は今の仲間を助けることを選びこの人類を捨てる選択をした。正しいかどうかはわからない…後悔はないと思っている」
後悔はない
それは嘘だ
マリは全く諦めることができていないのだろう。
明らかにいつものマリではない。
「俺は自分が誰かもわかっていないような人間だ。俺にはなにもわからない……」
「そうやって答えを先延ばしにしようとしているうちは何も
救えない。
マカイ。
あんたも変わるんだ。
何かを。
誰かを救うため」
どこかで見たことのあるような景色だ…
こんな風に…
何かを。
誰かのために。
成し遂げようとしてたんだっけ…
俺って…